第42話 白銀色の輝きと、凄惨な夜に



 一方、模擬訓練場のバトルフィールド――そのただ中では。

 ユーリが、呆然と地面に膝を突いているクーデリアを、シニカルな薄笑うすわらいとともに、見下ろしていた。


「さて、何はともあれ、勝負はついたみたいだな?」


「で、でも……どうして……わたくしの『冬待ち鳥』が……!?」


「前に言ったろ……“エーテルペッパーは最強だ”ってな。お前はこの神飲料の底力をめすぎた……そいつが一番の敗因だぜ!」


「人差し指立ててドヤ顔されても、まるで意味が分かりませんわっ……!」


「おいおい、たっぷり一晩考えた決め台詞だぜコレ……? マジか〜」


「で、でも……とにかくっ! やっぱりあなたが、何かしたのですわねっ!?」


 クーデリアが、いかにも悔しげに、気の強そうな瞳で睨みつけてくるのを、ユーリは涼しげに受け流し。


「まあな。とはいえ……お前の大氷術に免じて、ヒントくらいはやらんでもねえ。そう、いにしえの大賢者は言ったもんさ。“雨だれ、岩を穿つ”……ま、ここまで言や、ヤボな種明かしはいらねえだろ。


あとはゆっくり、今晩ベッドで泣きながら考えなよ、くくっ……」


「ぐぐぐっ……」


「でも心配すんな、白銀令嬢様よ? ちょっと事情アリでな、ここは俺が“究極的に運が良かったんで、まぐれ勝ち”ってことにしといてやんよ……あの老教授様クソジジィの眼はくらましといた以上、当事者の俺とお前が口外しなきゃ、バレようがねえし」


「……えっ!」


 目を丸くするクーデリア。


「魔装騎士の情けってヤツ? ま、せめてもの譲歩ってところだ」


 本当は自分の秘密を守るためなのだが、最大級に恩着せがましく演出するあたり、いかにもずるいユーリの言いざまである。


「さて、まずは勝ちオチの見せ方についちゃ、こんくらいでいいだろ。な? いい取引じゃねーか。俺は個人的な秘密を、お前は体面を守れんだからよ。


で、次だが……もひとつ、敗者たるお前が守るべきもん、“お約束”があったと思うが」


「……!」


 はっとした様子のクーデリアに、ユーリは人の悪い笑みを浮かべつつ。


「そう、優秀なお嬢様が忘れてるわけもねえよな?

てめえが言い出した取り決め通り、お前のレギオン、『シルバーアンジェラ』だったか? ……は、解散ってことで、異存いぞんはねえな?」


「くっ……それ、は……」


「おやおや、どういうことよ? レギオンマスター自らが、約束を守れないんスかぁ? まさか、絶対に負けるはずねえとかタカをくくってた、とか? ……それこそが、おごりっつうもんだぜ」


「う……」


 あくまで意地の悪いユーリの言い方に、唇を噛みしめるクーデリア。

 屈辱に彼女が頬を紅潮させ、目尻に涙さえ浮かべて、肩を震わせた次の瞬間。


「くくくっ……」


 その声に、クーデリアははっとして、顔を上げる。不意に、ユーリが笑い出したのだ。


「ふふ、冗談だよ、白銀令嬢様。レギオン解散なんて大げさなことを、わざわざやる必要はねえさ」


「えっ……?」


 にじみかけた涙をぬぐうのも忘れ、眼をぱちくりさせてユーリを見つめるクーデリア。


「だから、冗談だって。あんたのレギオンが解散したところで、俺らにメリットなんてねえし。あ、でもそういや、俺が例の昼飯後に飲み損ねた特級エーテルペッパーは、ちゃんと弁償してくれよな? ついでに、さっき試合で飲み干しちまった純水仕立てのぶんも、つけてくれっと助かるわ」


「……」


 クーデリアは呆然としているばかり。


「ま、もしお前らが勝った場合はどうするつもりだったか知らんが、セリカはもちろん、どうせティガの奴も本気で『シルバーアンジェラ』を解散しろなんて言い出したりはしねえよ。いろいろ考えが足りねえとこはあっけど、根は悪いヤツじゃねえからな」


 言いながら、ちらりと後ろを振り向くユーリ。

 その視線の先では、セリカとティガが苦笑いを浮かべている。


 それからユーリは続けて。


「そもそも、お前が本当に熱心にレギオンを率いて、切磋琢磨せっさたくまっつーのを積み重ねてきたことは、エルトシャル……はともかく、最新の対幻魔戦術を学んでるっぽいチェルシーや、今の試合で見せた氷術ひょうじゅつのレベルを見れば誰にだって分かんよ。


ま、だからこそ、俺も忠告しとくぜ? 今後はあんまし根拠もなくエラそうな物言いや、周りを馬鹿にした言動はつつしむこった……成長の余地含むホントの強さってのはよ、本来は見かけだけの現在順位や、己の狭い了見りょうけんだけで、勝手に測れるもんじゃねえんだ。もちろん学内順位やなんかは、学生の間は、どうしても気になっちまうと思うけどな……


それと、魔装武器どうぐ自慢も結構だが、さっき身をもって知ったろ? 所詮しょせん、道具は道具で万能じゃねえ。

どんだけ金を張り込んだって、どんだけ貴重な材質を使ったって、武器は幻魔をめっさねえ……結局は、それを使う魔装騎士の意志だけが、奴らを滅するのさ。


行き着くところまで行きゃ、魔装騎士の戦いってのは結局、てめえの身体一つ……マグスの最大量と練度、鍛えた戦闘力に、したたかでどんな苦境でも曲げない意志の力。


そう、究極的には、積み重ねた自分自身への信頼が絶対の柱になんだよ。忘れんなよ?」


「……は、はい」


 思わず釣り込まれるようにうなずいてしまったクーデリア。

 その肩をポンと叩くと、ユーリはそっと、彼女に立つように促す。

 のろのろと立ち上がった彼女に、ユーリは静かに笑って。


「クーデリア・アーンスラッド……お前は結局、まだ未熟なだけ・・なんだよ。白銀どころじゃねえ……お前の内にゃ、それこそ魔法銀ミスリルくらいの未来の輝きはあんじゃねえか。


一回コケた場所ここから学んで、さらに上を目指しゃ、多分最高クラスの魔装騎士になれるだろうぜ」


「あ……」


 それを聞き、一瞬頬を赤くしたクーデリアは、ハッとしたように顔を上げて、叫んだ。


「な……何様の、つ、つもり! それに……わ、わたくしの名前、ちゃんと覚えてたんじゃありませんのっ……!」


「そうだっけ? まあ、まだ一年次いちねんじだっつーのに、あんだけ凄まじい大氷術だいひょうじゅつを見せられちゃな……。どうも、白銀令嬢様のこの先が、楽しみになってきちまったんでね」


 そんなことを言いながら、ユーリは内心で己自身に呆れていた。

 そう、まさに言葉通り……このレギオン・バトルにおいて、自分の血がわずかでも騒がなかった、と言えば嘘になるのだ。


 ユーリから見れば、いかにも学生レベルの青臭い……けれど、意地と誇りをけた、全力での戦い。

 自らが教えみちびいた二人の少女――セリカとティガと一緒にその熱狂の中に身を置き、彼女らの成長ぶりを見守ることは、多少面倒でこそあれ、決して不快ではなかった。


 そして何より……最後、クーデリアの大氷術だいひょうじゅつを見た時に、自分の中に湧き起こったかすかな感情は……。

 本当に久しぶりに、少しは胸が躍るような……とまで言える興奮を、かき立てられたような気がする。

 それは、自分も惜しみなく隠れた力を発揮し、思う存分秘められた可能性を解放してみたい、という熱い血潮ちしおたかぶりを、少なからず示していたような気がするのだ。

 

(ちっ、俺もたいがい……)


 どうにも奇妙な感覚だ、とユーリは、自嘲するように心の中で笑う。 

 それから、そんな自分の心の動きをあえて覆い隠すように、少し真剣な表情を作り。


「それはそうと、白銀令嬢様よ? お前にゃ、それこそウチのセリカと張るくらい……本当にホンモノの、大した才能があると思うぜ。ま、根が傲慢ごうまんっつーかよくある天才型っつーか、お調子にも挑発にも、すぐ乗っちまうクセさえ無くせばな?」


「な、何を……! ふ、ふんっ! だいたい、あなたに言われなくても……わたくし、自分の才能のスケールなどとうに知っていますわっ! こ、今度は……」


 涙をそっといて、クーデリアはキッとまなじりを上げ、ユーリをにらみつけるように。


今度こそ・・・・は、絶対に負けませんわよ! せいぜい首を洗って、お待ちになっていてくださいましっ!」


 指を突きつけてぴしゃりと言い放ち、くるりときびすを返す。

 その様子を見る限り、また再戦を……機会があれば、ユーリに挑んでくるつもりがあるらしい。


 やれやれ、どうにも気のお強いことで、と内心で呟きつつ、肩をすくめて見送るユーリ。

 クーデリアはそれから、しっかりした足取りで二歩、三歩と進んだかと思うと、ふと足を止め。


「……でも、少しは感謝してますわ。わたくしの『シルバーアンジェラ』を……解散させずに済ませてくれたことには……ね? だから、いずれあなたを打ち倒すその日のために、そのお名前、わたくしもきっとおぼえておきますわ……ユ、ユーリス・ロベルティン……さん・・!」


 くるりと振り返ってのそんな言葉だけが、小さく風に乗って流れてきて。

 あ~はいはい、と流したユーリは、耳たぶを少し赤くしたまま、ずんずんと歩き去っていくクーデリアとは逆の方へと……

 笑顔を浮かべたセリカとティガが待っている場所へと、のんびりと歩き出したのだった。


※ ※ ※


 その日、皇都の夜は、珍しく出てきた夜霧のせいで、視界が悪くなった。

 そんな真夜中、静まり返った皇宮こうきゅう前広場……


 月光の下、魔晶灯ましょうとうの灯りが、広場を囲むように走っている街路と広場中央の噴水を、ぼんやりと照らしている。


 そんな中、ふと……漂うもやの中に、一つの長い人影が伸びる。

 同時、コツ、コツ、と石畳に響く軍靴ぐんかの足音。


「本日の見回りも異状なし、か。ふわぁあああ~……」


 そう呟くと同時に、片手で口を覆い隠すようにあくびをしたのは、鉄衛師団の軍服を着た青年だ。

 昨年入隊したばかりの彼は、そこで駆け出しの者に与えられる義務として、いつもの巡回任務に当たっていた。


 いつもと同じ、決まり切った仕事。

 昨夜、交代前に少しだけ飲んだエール酒の酔いの名残りで、まだちょっぴり頭が痛む気がする。

 早くも今日の仕事にみかけている彼は、これまたお決まりの巡回ルートに従って歩を進めながら、内心でこんなことを思う。


(どうせなら、征魔師団で、華々しく活躍したかったんだがなあ……せっかく皇都に出てこれたっていうのに、田舎いなかのおふくろや親父に持っていく土産話みやげばなしもできやしないぜ。そうだ、今度の休暇は、許嫁いいなづけのサーニャに、皇都で流行の髪留かみどめでも買って帰ってやるか……あいつ、きっと大喜びするだろうな)


 ふと、妙な風が吹いた。

 同時、霧が晴れてきたかと思うと、にやついた笑みを浮かべていた青年の前に、唐突に巨大な影が落ちかかる。


「……!」


 ハッとしたように、足を止めた青年は、油断なく影の出元を見上げる。

 その視線の先……黒々とそびえていたのは、皇宮を守る分厚い防御壁に、同じく高々と、夜空を突き刺すようにびている門塔だ。


 さきほどのものは、雲間から急に差してきた月光の下で、それらの作り出す巨大な影が落ちかかってきたものらしい。


(はぁ……俺もこんな地道な夜回りとかじゃなく、さっさと手柄の一つも立てて、あの門塔に登れる、皇宮近衛隊ぐらいには入りたいもんだ……)


 その門塔は、皇帝に最も近いとされる、花形の衛士たちの詰め所にもなっているのだ。

 そろそろ、夜もだいぶけてきた。彼らも交代の時間だろうか。


 青年は、うらやましげに見上げて、ふと気づく。

 そんな門塔につながる防壁の胸塁上きょうるいじょう……


 月光を背負うようにして、いつの間にか、ずらりと横に並んだ黒い影が出現していた。


「……!?」


 青年は、目をこすり……慌ててその正体を確認すべく、防壁の付近に走り寄っていく。


 だが、まるで、それを待っていたように……

 黒いその影たちは、そろって糸が切れたように、壁の広場側、何もない空中へとその重心を傾けた。

 たちまちそれらは一斉に、遥か下の石畳の広場を目指して、落ちかかってくる。


「ッ!!」


 それを目撃した彼は、予想外の驚きに目をみはった。

 直後、精肉店で扱う血入りの肉袋にくぶくろが、高空から硬いものに打ち付けられるような嫌な音が、静かな霧の広場に、不気味に響き渡って……


 呆然と歩み寄った青年は……

 それが互いに手をつなぐようにして結び合わされた、ちょうど10人ぶんの人の身体だと知った。


 服装から察するに、全員が皇国の近衛隊士たち……

 いずれもてのひらを巨大な鉄釘で貫かれていて、釘の根本に巻かれた鎖で、数珠じゅずつなぎにされている……

 さらに彼・彼女らの背中には、等しく銀色に光る、奇妙な短刀が突き立っていた。


 まだ下っ端にすぎない鉄衛師団の青年は知らなかったが、それはドルカ・ナイフと呼ばれる、異端の魔術傭兵たちが使う鋭利な武器である。

 同時、その異様な光景におびえきった青年の目は、犠牲者らの背中に、鋭利な刃によって突き通された紙片へと止まった。


 まるで伝言メモを、無造作にピンで壁にめるように……人肉に凶器で固定されたきっちり10枚のそれ・・には、何やら真っ赤な文字が書いてある。


『ウル・ティオ・ルガ・ノスタルダ・ロムス』


 いずれも同じ、その血染めの文字は、【皇国に告ぐ、復讐するは我にあり】を意味する古語だ……


「ひっ! ひゃあああああああ……ッ!!」


 たちまち顔面蒼白そうはくになった青年は、文字通りの血の海となった凄惨せいさんな現場を打ち捨て、一目散いちもくさんに駆けていく。

 その場から一刻も早く逃げるためか、事の顛末てんまつ詳細しょうさいに上司に報告するためか。

 それはもはや、自分自身にも分からなかった……。


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今日は「男はつらいよ」の第二作を見てみます…!


★★★【読者の皆様に、よろしければ……のお願い】★★★


皆様の応援のおかげで無事、本作【ランキング500】入りし、9500PV突破いたしました! 

で、ついでに無謀ながらも「やる気補助」システムとして、「カクヨムコンテスト」にも応募してみました! この賞は、どうもPVより★が大事っぽいです。


なので、よろしければ目次下の★にて評価いただければ、更新と誤字修正その他、もっと気合入れて頑張れますので、なにとぞなにとぞっ! 

目指せ年内25万字、20000PVっ! (クレクレしまくりですみません…!)


当分は毎日朝7:00か夜19:00ごろ更新の予定です。

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