第41話 奇策なる神業 ★★★

 その時・・・

 ふとイゴル教授は、頭の上に何かがこつんと落ちてきた感触に、ハッと空を見上げた。それはほんの一瞬、まさに刹那せつなともいえる時間だっただろう。

 だが、彼の視線がれた次の瞬間。


 巨大な氷塊が、地表をえぐる隕石のように斜めに落下し、凄まじい暴風とともに、バトルフィールドの土が巻き上げられた。

 砕け散った氷の粒が白い煙となり、もうもうと周囲に舞う。

 ユーリの姿もまた、一瞬で観戦者らの視界から覆い隠されてしまったが……


 やがて、冷たい蒼い風に吹き流されて、その煙が晴れていく。

 だがそこに、誰もが予想したような、無残に押しつぶされて即時クリティカルKOされたユーリの姿はなかった。


「えっ……?」


 クーデリアのみならず、見物していた生徒たちも、おしなべて驚いた表情を浮かべる。


 それは、審判を務めるイゴル教授も同様のようで、彼は慌ててまぶたをこすり、じっと目を凝らしてユーリを――あの凄まじい衝撃の中で微動だにせず、フィールドに突っ立っている彼を見つめる。


 あまりの大氷術の発現に驚いて足がすくみ、逃げ遅れただけに見えるが……それは果たして、どんな天運の采配さいはいか?

 地面を穿うがった、あの城塞塔じょうさいとう一個分もある大氷塊に、いつの間にか大きなひび割れができていた。


 地上に落下・衝突する直前で、それ自体の凄まじい重量に耐えられず、自然に砕けてしまったのだろうか。 

 それも、ちょうどユーリの周囲だけ・・を避けるように、巨大な四つの塊に分裂……その結果、大氷撃だいひょうげきただ中、十文字の亀裂中央に、ぽっかり安全地帯のような場所が生まれていたのだ。

 そして驚くべきことに、そんな隙間に偶然入り込んでしまったかの如く、ユーリのみは、綺麗に巨大氷塊の直撃を回避しているではないか。


 模擬訓練場全体から驚愕の視線が集まる中、ふうっと一つ息を吐き出し、やれやれ……とでもいう風に、頭をかく仕草を見せるユーリ。

 わずかに歪められた口元は、その天文学的確率の幸運に、自分でも少し苦笑しているようにも見えるが……


「ええっ!? てっきり、これは決まったって思ったのにっ!?」


「信じらんねえ! あ、あいつ……な、なんて幸運の持ち主なんだっ!?」


 観客席が一気にざわつく。


 そんな喧騒けんそうの中、生徒たちと同様に、バトルフィールドで目を丸くして立ちすくんでいたクーデリアは……その時、己のすぐ間近で、奇妙な音を聞いた。


 バシリ、そんな軽い音とともに……手にした魔装武器マギスギアたる短槍「冬待ち鳥」が宿すあおい魔光が、激しく明滅する。


 その直後、ガシャン、という乾いた音が彼女の耳に届く。

 思わずそちらへと視線を落とした彼女は、大きく、大きく目を見開いた。

 

 あろうことか……地面に散らばるその蒼銀そうぎん色の金属片は、まさに、「冬待ち鳥」の穂先ほさきの破片。愛用の魔装武器マギスギアが、柄の一部だけを残して、見事に砕け散ってしまっている……!


「はぁっ!? はぁっ!? はぁ~~っ!?」


 思い切り狼狽ろうばいするクーデリアに、ユーリはニヤリと笑いかけた。

 直後、重苦しい轟音を立てて、ユーリの周囲に四つに分かれて散らばっていた大氷塊が、バラバラと砕け始めた。

 それは同時に、クーデリアの魔装武器マギスギアによる発現補助を受けていた、大氷術だいひょうじゅつが崩壊する瞬間をも示していた。


 まるで巨大な砂の楼閣ろうかくが崩れ落ちるように、大氷塊はあっという間に粉々になったかと思うと、全てがマグスの残滓ざんしへと還っていき、後には名残なごりの小さな魔光の輝きだけが残る……


「まさか! まさか! まさかぁっ! ……そ、そんなはずはありませんわぁっ!」


 愕然がくぜんとするクーデリア。


 加えて、今度はクーデリアの「冬待ち鳥」の柄がバキバキと音を立て、あちこちに細かなひびが走り始める。

 やがてはバラバラに砕けたその短槍全体から、完全にマグスの通っている気配自体が失われてしまった……


「おっ、どうした? お前ご自慢の魔装武器マギスギア、もしかすっとちょい酷使し過ぎたかもな? 


だとすりゃ、こりゃあ二重にツイてる……これも史上最強飲料、エーテルペッパー様のご加護ってとこか。もっとも、お前にとっちゃその逆……最低最悪の不運バッドラックだろうけどな?」


「酷使しすぎ、ですって!? これはガメント工廠こうしょうが誇る、最高品質の魔装武器マギスギアなのよ!? そ、そんなコトあるはずが……ハッ!

 そういえば、さ、さっき何かが……わたくしの『冬待ち鳥』に当たったような感触が!? た、確かにッ!」


 途端、周囲を見回し、きょろきょろし始めるクーデリア。あの不気味な音を立てて「冬待ち鳥」が砕ける少し前、かすかに穂先に、何か妙な感触があったのを思い出したのだ。

 だが、周囲には飛び道具のようなものはもちろん、小石一つ落ちていない。

 慌てて拾い上げた「冬待ち鳥」の破片の表面をも確かめるが……。


「くっ、何もない……!? どの欠片にも! 少し、ほんの少し濡れているだけで……?」


「そりゃ、多分お前の悔し涙だろ。いい加減、認めろよ……セリカの時と同じさ。さて、このレギオン・バトルにおいて、戦闘中の魔装武器マギスギアの破壊は、どんな扱いになるんだったっけな……?」


「そ、そんなっ! 教授! ジャッジを! この男、何か……そう、何かインチキをしたに違いありませんわっ!」


 慌てたクーデリアは、審判役のイゴル教授のほうを見やる。

 教授は、苦々しげにこちらを見つめていた。


 さっきは衝突の余波で瓦礫がれきの破片でも飛んできたのだろうか、彼の禿げ頭にコツンと何かが当たり、それに気を取られた隙に、決定的瞬間を見逃したのである。


 だが、いずれにせよルールはルール。いくらクーデリアびいきのイゴル教授とて、一つ前の試合でのセリカの事例がある。

 今回はユーリがピンピンしている以上、「両者敗北」などありえず、それにのっとった裁定を下さざるを得ない。

 

 そもそも、実はさっきの試合では、チェルシーが気絶したのとセリカの優雅炎剣フレインベルジュが砕けたのは、ユーリが看破した通り、ほんのコンマ数秒程度の差であった。


だからこそほぼ同時と見做みなすことができ、それを根拠に「両者敗北」とする判断を下せたのだが……この試合では、どう見てもジャッジを歪める余地がないのだから、仕方がない。


「むむ……ク、クーデリア・アーンスラッドの魔装武器マギスギアの被破壊を確認! しょ、勝者……ユーリス・ロベルティン! 『カラフルブルーム』、最終勝ち抜きじゃっ……!」


 イゴル教授が苦々しく言い渡すと同時、クーデリアは崩れ落ちるように膝を突く。


 一拍いっぱく置いて……観客席が、どっとざわめき始める。


「あれ、もしかしてユリっち、勝っちゃった……? ど、どういうこと? 魔術すら使わないで!?」


「う~ん……な、なんだか、そうみたい、だね……!?」


 ティガにセリカはもちろん、驚愕を隠せない生徒たちが、互いに顔を見合わせる中……

 観客席上部に突き出たガラス張りの特別室の中で、何が起きたのかを完全に把握している者が、この場でユーリ以外にたった一人。


「やれやれ、ユーリの奴。アーンスラッド家の白銀令嬢殿はくぎんれいじょうどの相手に、大人げないことをやらかさないかと、や冷やしたが……杞憂きゆうだったようだな。いや、ある意味で大人げないのは確かか……」


 そう呟いて静かに微笑んだのは、誰あろう、皇国軍に並ぶ者のない美女にして強者つわもの、ヘカーテ軍司令その人だ。


「さ、さすがヘカーテ殿。あれを、その……何が起きたのか、ご理解されていらっしゃるので?」


 そんな彼女のかたわららで、焦った様子で追従ついじゅうめいた笑みを浮かべるのは、シド学長である。


「ああ。学長、あなたはどうだったかな?」


「は、はい……ユリシズ殿……いや、ユーリス殿が、あの巨大氷塊が落下する直前、さっと少し飛び退すさって距離を取った、ところまでは見えました、が……」


「そうだな。あの大氷塊が落ち切るまで、ユーリにはほんのわずか、時間を稼ぐ必要があったのだ。標的を狙いすますためにな」


「標的……? ただ、いずれにせよその先は……具体的に何が起きたのか、私には、到底とうてい……」


「まあ、確かにふざけた行動ではあったがね。ユーリはただ、飛ばした・・・・んだ……しずくを、たった一滴な」


「……は?」


「具体的には、エーテルペッパーだよ。あのビンの中身を最後まで飲み切らずに、少しだけ取っておいたんだろう。純水仕立てだったから色は透明だったが、事前に思い切り凝縮ぎょうしゅくしたマグスを通して、硬い弾丸のように成形したのさ。限りなく透明に近い、ほとんど不可視のな……」


「……な、なんと?」


「そして、そこから先が見物みものだったぞ……あの大氷塊が分裂する直前、その中には端から端まで、銃弾が走り抜けたような小さなトンネルが空いていたはず……穿うがつらぬいたんだよ、極大までマグスで強化した、その一滴の玉でね。


液体エーテルペッパーの特性と凝縮されたマグスにより大気との摩擦熱による減衰はゼロ、超・超高速を誇るこの世で最強の水玉みずたま……いや、水弾すいだんさ。スピードだけなら、あの大氷塊が迫る速度の、ゆうに100倍はあったろう」


「ええっ!? ま、魔術ではなく、マグスのみを使って、ですか!? そ、そんなことができるのでしょうか……?」


「もちろん普通なら無理さ。だが、皇国十二魔将の最強位たる、かの元"神龍魔将”……ユーリス・ロベルティンなら可能なんだよ。彼が立っているのは“そういう立場で、そういう世界”なんだからな」


「……」


 唖然あぜんとしてしまったシド学長。まさか、ユーリの力がこれほどとは……という表情が、顔に率直に出てしまっている。思えば、見た目以上に人のい男なのかもしれない。ヘカーテは、そんな彼の様子を、少し楽しげに眺めつつ。


「ちなみにもちろん、ユーリの狙いは、それだけじゃない。いや、むしろこっちが本命だ……つまり、氷山みたいな分厚ぶあつい氷を突き抜けた水弾すいだんは、物理エネルギーこそ“落下する雨粒程度”に減衰げんすいしたが、凝縮されたマグスの力は保ったままだった、というのがきもの部分だ。


で、それがそのまま白銀令嬢殿の魔装武器マギスギアの穂先に、ピンポイントで打ち込まれることになったのさ。物理的破壊力ではなく、極限圧縮された反発的マグスのエネルギーを届けるためにね。このへんは、ユーリが氷属性魔術をも使いこなせる上、その特性を熟知しているのが効いているな。


 で、ユーリの狙い通り、あの短槍は高品質だ。だからこそ、高い耐久度のぶんだけ時間差を生んで、最後の輝きとともに砕け散るまでは、数秒ほどのタイムラグが発生した。エーテルペッパーの水弾もそこでマグスとともに弾けて一瞬で蒸発、後には何も残らなかった、という仕掛けだな」


「……! それでは、あの大氷塊が、さっきバラバラに砕けてしまったのは……!?」


「そう、全ての魔術式のかなめになっていたのは、白銀令嬢殿の力だけではなく、あの高級魔装武器マギスギアの助けもあってのこと。


そいつにピンポイントに電理魔術法則上の大打撃を加えたことで、魔術自体が……あの大氷塊の硬度も威力も、一気に弱体化されてしまったわけだ。もちろん、中心にすでに細い穴が通っていたせいもあるだろうがね? 


で、ユーリは一瞬で脆くなったそれを、熱したナイフでバターでも切るように、あの空き瓶おもちゃを高速で振って、やすやすと四分割したんだ。あくまで偶然を装ってな。


 ちなみに不可視の水弾の直撃からマグス波が全体に駆け巡り、目に見える魔装武器マギスギアの破壊に至るまでは、時間差アリバイがあっただろ?


そのせいで、クーデリア嬢はおろか、観客席の生徒たちは誰も、真相には気づけなかっただろう……」


 もはや驚きあきれて、口をあんぐり開けている学長に、ヘカーテは小さくウインクして続ける。


「それともう一つ……小細工を仕掛けるのはいいが、ユーリにとって、実はここでさらに気を配るべき要素があった。それはもちろん、彼からすると“甘々な”白銀令嬢殿なんかじゃない……審判を務めるイゴル教授だよ」


「そ、それは確かに……なるほど、人間離れした神業かみわざですが、イゴル教授なら、確かにそのカラクリに気づく可能性があります! というか、彼以外ではさすがに誰も不可能……気づくとしたら、一番間近で見ている教授しかあり得なかったかと……!」


「そうだ。そこで、ユーリが中身を飲み干す前に弾いた、ビンのふたがあるだろ? あれ……どうなったと思うかね?」


「……! そういえば、上空に回転しながら飛んでいったまま……」


「【マグネシス】を使って高空に滞空させ、落下を押し留めていたんだろう。で、それがまさにドンピシャのタイミングで、イゴル教授の頭上に落とされた――まさにユーリが白銀令嬢殿の魔装武器マギスギアに向けて水弾を放った、その瞬間にね。


ほんのわずかの間だが、見事に教授の注意をらしたってわけだ」


「……!! 結果、教授は何が起きたのかを確信することができなかった……?」


「ああ。ただの運か、実力か……? ユーリの力のほどは曖昧あいまいなまま、彼の学園生活の平穏は守られた、というオチだ。まったく小憎こにくらしいぐらいに鮮やかだが、ある意味で究極にセコい立ち回りでもある。


一瞬で終わらせてしまっちゃ、目立ち過ぎるからな……かといって、白銀令嬢殿にめられすぎてもつまらん。彼女や生徒たちが自分を都合のよいオモチャと勘違いして、今後も余計な面倒ごとのタネになりかねんからな。


また、経緯が経緯だから、ユーリとしても軽くおきゅうを据えてやりたかったんだろう。だからあえてアイツは挑発を繰り返して、相手の究極の大技が繰り出されるまで待ったのさ」


「な、なるほど。それで白銀令嬢殿たちだけでなく、観客の生徒全員に印象付けたのですね……!」


「ああ。“実力か運か、実態はよく分からないまでも、うかつに手出しすると何が起きるか分からない不気味な奴”とな。


ここの優秀な生徒たちはおおむね、そこらのチンピラとは違うからな……完全に理解はせずとも、どこか本能的な部分で、無意識なプレッシャーを感じ取れるはずだ。


ユーリもあの学園で、ちょっとは世間の荒波にもまれたというところか。どうしてどうして、くだらない処世術しょせいじゅつを覚えたものだ……」


 苦笑いしたヘカーテは、やがてくるりときびすを返す。


「さて、とりあえずちょっとは楽しませてもらったところで、私もそろそろ司令部に戻るとしようか。メルゼ秘書官が、眼を三角にしてる頃だろうしな。それではシド学長、このレギオン・バトルの結果について、皇姫こうき様への連絡をお願いしたいが」


「は、はい! それは間違いなく!」


「いい返事だ……よろしく頼む」


 そう言い残すと、ヘカーテは悠々ゆうゆうとマントをひるがえらせ、去っていく。


「やれやれ、突然皇姫様を引き連れて、お忍びでやってきたかと思えば……まったく、気ままなお方だ」


 一人取り残された形のシド学長は、そう呟いてから、とりあえず……ひたいに浮かんだ冷や汗を、そっとハンカチでぬぐったのだった。


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明日は「逃げ上手な若君」を一気読みしたい…!


★★★【読者の皆様に、よろしければ……のお願い】★★★

皆様の応援のおかげで無事、本作、7000PV突破しました! 

で、ついでに無謀ながらも「やる気補助」システムとして、「カクヨムコンテスト」にも応募してみました! この賞は、どうもPVより★が大事っぽいです。


なので、よろしければ目次下の★にて評価いただければ、更新と誤字修正その他、もっと気合入れて頑張れますので、なにとぞなにとぞっ! 

目指せ年内20万字、10000PVっ! (クレクレしまくりですみません…!)


当分は毎日朝7:00か夜19:00ごろ更新の予定です。

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