第40話 白銀猛攻 ★★★

 ついに、最終戦のバトルフィールド――仁王におう立ちした白銀令嬢・クーデリアの前で、ユーリは面倒くさそうにポケットに手を突っ込んだまま、肩を丸めて立っている。

 そんなユーリを見下したような視線を投げつけながら、クーデリアは不敵な表情を浮かべつつ嘲笑あざわらう。


「……がっかりですわよ。実際のところ、セリカさんがわたくしの最大のライバルだと思っていましたのに……。まさか、この場で相まみえるのが、あなただなんてね。“万年サボリ魔の数合わせ”さんがお相手では、白銀令嬢の名が泣くというもの。わたくしの氷魔術がなくとも、場が冷えっ冷えに寒くなっちまいますわよ!」


「同感だね……さっさと終わらせて、熱燗あつかんかましたホット・エーテルペッパ-でも一杯りてえもんだぜ」


 ユーリはそう言いつつ、右肩を一つ、コキリと回す。


「相変わらず、口が減らないようですわね、あなた……ユーリ?…… ユーリ、ローベルなんたら、でしたっけ?


まあ、せいぜいあがいてみてくださいな……それにしてもこの最終戦、呆気ないわの【錬気黄金噴出(アルケナイザー)】って感じの、くっだらない幕切れにならなければいいのですけれど?」


「言ってくれるねえ。まあでもその台詞せりふ、そのまま返させてもらうぜ。えっと……クーデレ……クードロ……?」


「くっ、もうっ! どっちもが相手の名前を互いにうろ覚えじゃ、最終決戦かけあいの場が締まらないじゃないですのっ……! 仕方ないですわね、クーデリアですわよっ! クーデリア・アーンスラッドッ! もうこの一回しか言いませんわよっ、その低能そうなお脳に、はっきりしっかり刻んでおきなさいっ!」


「ああそう、そのクーデスラッドさんよ……あんまし俺をめてくれんなよ?」


「だから、覚えろとっ! そもそも、子名しめい家名かめいとを混ぜるの、やめてくださいますことっ!? わざとやってんですのっ!?」


(間違いないわ、アレ、わざとよね……)

(うん、間違いねーし……ユリっち、けっこう性格悪いもんね)

 

 セリカとティガが苦笑する向こうで、あっさり挑発に乗せられ、顔を真っ赤にしたクーデリアが、いかにも不機嫌そうに叫ぶ。


「わたくしのこの名と家を愚弄ぐろうするなんて、この不心得者ふこころえものがっ! こうなったら、もう一切遠慮なく叩きのめさせてもらいますから、覚悟なさい!」


 クーデリアはそう言い終えるや、彼女愛用の魔装武器マギスギアらしい、蒼銀色そうぎんいろ短槍たんそうを、空中からすらりと引き抜くようにして構えてみせた。


「ほう」


 最初に手に現れた時はごく短いだけだったのだが、それがするすると伸長しんちょうして立派な手槍になる様子は、ユーリとしても何やら珍しい物を見た思いである。


「それ、なかなか高級品らしいな? さすが金持ち貴族様ってとこか」


「ふふっ、その名も『冬待ふゆまち鳥』……タランテラ一のガメント魔術工廠まじゅつこうしょうが誇る最新式ですわっ!


ところであなたのほうは……電理魔装武器マギスギアが見えませんわね。隠してでもいるのかしら? それとも、みすぼらしくて出すのが恥ずかしいとか? あらあら、気にしないで結構ですのよ……いくらあなたとわたくしに埋められない差があっても、それは当然。


偉大なる冬の訪れに、凍った木々が雪の重みで頭を下げるのと一緒、いわば自然の摂理せつりなのですから……!」


 魔装武器マギスギアは、魔術の詠唱を補助するのはもちろん、素材によっては魔術威力を向上させたり、マグス消費量を抑えるといった効果があるものだ。軍の魔装騎士はもちろん、模擬試合にのぞむ学生レベルであっても、本格的な魔術戦闘にはほぼ必須と言える品である。だが、ユーリほどとなれば……。


「はっ、まさに素人しろうとの浅はかさ、っちゅー奴だな。別に魔装武器マギスギアがなくても戦いようはあんだよ。そうだな……」


 ユーリはシャツの内ポケットに手を入れると、一本のびんを取り出す。


「ちょうどいい。“コイツ”が俺の得物えものってことで、どうだ?」


「なっ……!」


 ご満悦まんえつで最新魔装武器マギスギアを披露し、勝ち誇っていたクーデリアだが……その端正たんせいな顔が歪み、露骨ろこつに不機嫌な顔になった。


「あなた、本気ですの? そんな妙な小瓶こびん一つで、何ができると……!?」


「まあ、ちょっと待ってなって……試合の前の景気づけだぜ」


 ユーリは、指でピンッと瓶の蓋を弾き飛ばす。

 凄まじい勢いで回転しながら上空に舞い上がっていくビンの蓋を他所よそに、ユーリはその飲み口を傾け、ごくごくと喉を鳴らし、一気に中身を飲み干していく。


 ユーリはそれから、大きく息をつきつつ。


「ふぅ~……さあて、これでヤル気100%、MAX充填完了じゅうてんかんりょうってとこだな」


「ふ、ふざ……」


「けてねーよ。本気も本気、大本気マジだぜ。この前お亡くなりになった特級エーテルペッパーさんの仇討あだうちだ。この最高最強のぶき一本で、お前とってやろうってんだよ……!」


 魔装武器マギスギアということなら、もちろんユーリも愛用の二振り……長剣の「紅蓮裂ぐれんさきのガルシャダス」と短剣風の「てつくアルファッラ」を有しているが、当然というべきか、こんな学生の模擬試合程度に持ち出すほど野暮やぼではない。

 それに……

 ユーリは、審判として戦いを見守っているイゴル教授を、ちらりと見て。


(ど~せ、派手にやるわけにゃいかねえからな……そうだな、いっそこの戦い、魔術・・も一切使わねえでいく。あのジジィの眼を誤魔化ごまかすついでもあるしな)


 そう内心で呟きつつ、クーデリアへと向き直るユーリ。

  

「ま、こんくらいが丁度ちょうどいいっつってんだよ。甘ちゃん学園でトップ張ってイイ気になってる、世間知らずな白銀令嬢様おじょうさま……てめえにやるハンデとしちゃあな?」


「おのれっ! 無礼千万、怒り千倍! まさに、憤怒激怒ふんどげきどの【獄龍咆哮(メギドラゴン)】ッ!! どこまでもコケにしくさって……! いいでしょう、それならわたくしも……アーンスラッド家を愚弄ぐろうした報い、全力できっちり思い知らせて差しあげますわっっ!」


 直後……対戦開始のブザーが鳴り終わるもの待ちきれないようで、構えた短槍を突き出し、クーデリアは叫んだ。


「【氷精の魔弾(アイシィ・バレット)】!」


 ユーリ目掛けて飛んでくるのは、とげ付き鉄球のような形の、数個の氷弾ひょうだんである。


「おっと……」


 だがそれをユーリは、身体をひねるだけでこともなげに全回避。


(魔装の助けもあるだろが、詠唱速度はなかなか、マグスも良く練られてっけど……やっぱ、学生レベルだな)


 一瞬で、そこまでを読み取る……加えてユーリの場合は、“この程度”の相手ならば、体調や内に秘めた感情までも、マグスの余波で、ぼんやりと感じ取ることが可能だ。

 ユーリが素早く動いた後ろで、回避された氷の魔術が着弾ちゃくだんしたバトルフィールドの地面から、土煙つちけむりが連続して上がる。


 続いて第二波が撃ち放たれたが、ユーリはこれも「よっと」と最低限の動きだけで、全てかわしてしまった。


「くっ……」


 意外に相手が敏捷びんしょうだと見るや、クーデリアは苦い表情になり。


「ふん、逃げ足と身のこなしだけは一人前みたいですわね。なら、これはどうかしらっ……【氷狼雨槍(フェンリル・レイン)】っ!!」


 短槍を大きく頭の上で回転させ、クーデリアが最後に槍舞そうぶの型を決めるように、一振りした途端。

 ユーリの周囲の空気が、キィンと音を立てた。続いて急激に冷やされた大気が、何かの形に一斉いっせい成形せいけいされていく。


 たちまちユーリの頭上に、一本、二本……いや、あっという間に数十はくだらない氷の槍が浮かびあがり、切っ先をこちらに向け、女王の命令を待って整列する軍隊のように、空中にぴたりと静止する。


(へえ……このコントロール力。さすがに、良い資質をお持ちだな)


「さあ、ちょろちょろ回避しようにも、もう逃げ場はありませんわよ! 食らいなさい!」


 ほくそ笑んだクーデリアが、まるで女王の持つ王笏おうしゃくのように、大きく短槍を振りかぶる。

 次の瞬間、まるで不可視の弓につがえられていた矢が解き放たれたかのごとく、空中の無数の氷槍ひょうそうが、一気にユーリに襲いかかった。


「ユーリ君!」

「ユリっち!!」


 セリカとティガが、大きく目をみはる。

 そんな彼女らに、ちらりと「心配すんな」という風に視線を送りつつ、ユーリは……握り締めたビンに、一気に仕上げ・・・のマグスを込めた。

 

 そして……

 それらの氷槍ひょうそうが、雨あられとユーリの身体に降り注ぐかに思われた直後。

 ギャリギャリギャリッ……! と無数の甲高い音が、模擬訓練場内に響き渡る。


 一拍後いっぱくご。クーデリアは、その光景を見て、あごを外さんばかりにして驚いた表情を浮かべる。


「……は、はたき落したッ!? 嘘ですわ!……あの数の氷槍を……空きビン一本で!?」


「おいおい、目玉ちゃんとついてんのか? 全部じゃねーよ、最低限、俺に直撃する軌道を描いてたぶんだけだ……。それよりセリカにティガ、ちゃんと見てたか? このマグスを極限まで通したビン一本がありゃ、硬度は百本の名剣にも勝るんだ。戦いに余計な力はいらねえ……無駄なマグス使って、オーバーキルしてんじゃねーぞ?」


 同じく絶句していたセリカが、ハッとしたように、こくこくと頷く。

 とっておきの技を、ちょうど良い教材扱いされた上に、教導きょうどうのダシにまで使われた形……

 そう悟るや、クーデリアはしばし無言になり……


「く……おのれ! おのれ!! おのれぇッ!!!」


「ハッ、どうした? オノレオノレのカフェオーレってか? ……う~ん、いまいちだなコレ。ははっ……笑えね」


「……ぐぎぎぎぎぃぃぃぃっ!!」


 クーデリアは震える手で、愛用の短槍型魔装武器マギスギアを一振り。

 そして空中に生まれた一本の細い氷柱を、ガリリ、と白い歯でり取り。 


「ふぅ~……これでわたくし、ようやく頭が冷えてまいりましたわ」


「そうかい? けどよ、皇都の春にゃ、まだかき氷は早いんじゃねーか? エーテルペッパーの特製シロップでもかけてやっか?」


 ヘラヘラと笑うユーリ。


「どうやら……あなたを少しばかり、侮り過ぎていたようね。そう、獅子は兎を狩るのにも全力であらねば……すっかり忘れていましたわ……!」


 そして……

 白銀令嬢が放つ凄まじい怒気どきに、大気がギシギシと冷えて・・・いく。


「おっ……?」


「ユーリス・ロベルティンッ! どうも御目出度おめでとう。あなた……この世で最低温度の氷獄ひょうごく行きが確定ですわ……!」 


 続けて、クーデリアは皮肉げに笑い。


「【哀嘆激凍堕天(ジュデッカズ・ソロウ)】……このわたくしの最強氷術ひょうじゅつの前にはっ! 冥府氷獄ジュデッカ咎人とがびとが泣きわめく、謝罪と懺悔ざんげの言葉すらもてつきましてよっ……?」


 クーデリアが高々と掲げた蒼銀色の短槍が、ぴたりと天の一点を差す。

 すると、たちまち周囲の冷気とマグスを集めて、空中にぐんぐんと巨大な氷塊ひょうかいが形成され始めた。

 その拡大が……止まらない。止まるはずもない。

 それは、白銀令嬢のまぎれもない究極の怒りの体現、彼女の特質ギフトたる【凍血激情】の発動の結果なのだから。


 「なにコレ、さ、寒いっ……!」

 「息が……息が凍っちまう……!」


 場内の観客たる生徒たちが、身体を震わせ、制服のえりをかき寄せる。

 

 直後、バトルフィールド上空に現れた巨大氷塊……それは、あまりにも唐突で冷徹で無骨。

 太陽光をさえぎるほどの影が地表に落ち、それにより下がった温度が、周囲の大気をより一層いっそう、凍てつかせていく。


 そして……

 ほとんど城塞塔じょうさいとう一個ほどもあるそれ・・が、クーデリアの指の一振りで、ごく無造作に動き、斜めの軌道で急速落下し始める。


「さ、さすがにヤ、ヤバすぎだってぇ~っ!!」

「ああっ、ユーリ君! に、逃げ……」


 言いかけて、はっと息を呑むセリカ。続いてティガも。


(に、逃げ場なんてどこにも……)

(あ、あのデカさなんだもんっ……!)


 セリカとティガが、互いに顔を見合わせて……思わず目をつぶる。


 数秒後。

 上空から斜めに飛来して獲物たる巨象きょぞうを襲う、伝説の巨大ロック鳥のように……


 恐るべき破壊力を持った大氷塊だいひょうかいが、巨大な質量による急加速をも引き連れて、空気を凍てつかせ震わせながら、ユーリのほうへ落ちかかってくる。


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「呪術廻戦ゼロ」の映画が見たい今日この頃です…!


★★★【読者の皆様に、よろしければ……のお願い】★★★

皆様の応援のおかげで無事、本作、7000PV突破しました! 

で、ついでに無謀ながらも「やる気補助」システムとして、「カクヨムコンテスト」にも応募してみました! この賞は、どうもPVより★が大事っぽいです。


なので、よろしければ目次下の★にて評価いただければ、更新と誤字修正その他、もっと気合入れて頑張れますので、なにとぞなにとぞっ! 

目指せ年内20万字、10000PVっ! (クレクレしまくりですみません…!)


当分は毎日朝7:00か夜19:00ごろ更新の予定です。

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