第39話 破壊の炎剣

 観衆全員が、ぽかんとしたように口を大きく開けていた。

 その顔には「まるで訳がわからない……」とでも言いたげな驚きの色が、ありありと見て取れる。


「レギオンメイトたるチェルシーの一方的敗北」という、最悪の状況をまぬがれたクーデリアですら、どうもに落ちない、といった微妙な表情を浮かべていた。


 だが……イゴル教授の判定は、くつがえらない。

 それを裏付けるように、模擬訓練場の立体魔晶型映像装置も、確かに「両者敗北」の文字を、空中に大きく映し出していた。


 そんな奇妙な状況で、終わりを告げたレギオン・バトル第三試合。

 今、バトルフィールド上には……その不可解な試合を終えた、二人の対戦者の姿がある。


 一人は、大の字になって気絶しているチェルシー・アルストン。

その身体は焼け焦げてこそいないが、まるで身代わりになったかのように、チェルシーが腕に付けた魔導バンドマグスレットは無残な有様になっていた。


模擬訓練場のバリアシステムと連動したそれは、想像を絶する高熱にさらされたように外側が焼け付き、内部魔導装置は煙を上げ、完全に機能停止してしまっている。


 そしてもう一人……チェルシーのかたわらには、ただ呆然と突っ立っているセリカ・コルベットの姿があった。


 その手を見れば、あろうことか……彼女愛用の炎剣、その魔装武器マギスギアである優雅炎剣フレインベルジュが、主の手にを握られたまま、無残な姿を晒している。その波打つ刃型はけいを持つラベルナの宝剣は、なんとその中程なかほどで、無残にも折れ砕けてしまっているのだ。


「チェルシー・アルストンのバリアゲージはゼロ! だが同時に、セリカ・コルベットの魔装武器マギスギアの被破壊状態も確認……! ルールにより当者もまた敗北とするっ! 


これで両レギオンとも一勝二敗ずつ! このレギオン・バトルの勝敗は、次の大将同士の最終戦に持ち越しじゃ! おい、聞いとるのか? セリカ・コルベットッ!? 返事をせんかっ!」


(ちっ……そういや、そんなルールもあったっけか。けど俺が見たとこ、セリカの魔装武器が壊れるより、チェルシーが気絶したほうがちょい早かった気もすっけどな。


さてはあのジジィめ、セリカはともかく俺が気に入らねえんで、あえてこっちのレギオンに、厳しめにジャッジを取りやがったな? いや……まあいいか)


 ユーリは内心でそんなことを思いつつ、声を張りあげる。

 

「セリカ! シャンとしろっ!」

 

 イゴル教授に続き、ユーリにもそう大声でうながされ、放心状態になっていたセリカの瞳に、ようやく意識の色が戻ってくる。一種のトランス状態になっていたのだろうか。


「わ、私……何、を……? ……あ!」


 セリカの膝が、急にがくりと震えたかと思うと、彼女はストンと、その場に尻餅しりもちをついてしまう。


「あれ……なん、で……?」


 焦って立ち上がろうとするも、足が動かない。まったく力が入らないのだ。


(やっぱあいつ、極度のマグス切れに近い状態か。けど、さっきのは……)


 ユーリが眉を寄せる。

 場内がざわつく中、ティガが慌ててフィールド内に駆け寄り、セリカへと手を伸ばすと、抱きかかえるようにして、外へと連れ出す。


 ユーリはそれを迎えるようにして、開口一番……


「おい、セリカ。……いったい、何があった?」


 難しい顔でそうたずねるユーリに、セリカは慌てたように。


「え……わ、分からないの。何かね、試合中に、急に意識が飛んだみたいになって……」


「……それは、俺も遠目に確認した。【ダブルチャージ】かました大技を発動した直後だよな。アレ、一種の極限集中トランス状態、か……?」


 ユーリは、険しい表情でそう口にすると同時、そっと考え込む。


(だが、それにしても不可解すぎんぜ。俺ほどの超級魔装騎士じゃあるまいし、コイツがどれだけ凄い集中力だとしたって、それにともなってマグスを流し込んだだけで、魔装武器が砕けるか……?


それも、市販の安っぽいヤツじゃない、ラベルナ大公家が誇る業物わざものだってんだからな……)


「ご、ごめんなさい。まさか、あんなことになるなんて……全く予想外だったわ。大事な第三戦めだったはずなのに……」


 まるで叱られた小犬のように、しゅんとしてしまっているセリカ。

 ちなみに、刃の中程から折れて壊れてしまった優雅炎剣フレインベルジュは、とりあえず圧縮宝珠ハンド・トランクオーブに収納されて、セリカのポケットにしまい込まれている。


「気にすんな、俺も途中まで、気がつかなかったんだからな。次の試合なんざ、どうでもいいこった」


 ユーリがごく軽い調子で言う。実際のところ、は、本当の意味で大した問題ではない。

 単に、次は自分が出る……ただ、それだけ。


 ユーリからすれば、食事の後で表に出て、軽く散歩してくるというのと変わらないのだ。実は決め技以外はさして考えていないので、少々面倒だが……それもその場しのぎで、なんとか解決できるだろう。


「ええっ……つ、次はいよいよクーデリアさんが出てくるのよ?」


「そ、そうそう! ユリっちとの一騎打ちなのにっ……!?」


 セリカとティガが、一斉に呆れたように言うが、ユーリはどこ吹く風、という態度だ。


「ああ、アンスラ……かなんか知らんが、例の貴族家きぞくけの白銀令嬢様だろ?」


「もしかしてユーリ君、名前……覚えてない?」


「ん? ああ、なんかタランテラの出身なんだろ、それくらいは覚えたが」


「出身城塞魔導都市ポリスじゃなくて、家名よッ! アーンスラッド家! 彼女、すごく誇りにしてるんだからね!?」


「まあ、どうでもいいじゃねーか。それより俺が気になんのは、なんでその魔装武器……ラベルナの宝剣が、ぶっ壊れたかってこった。マグスが凄い勢いで、流れ込んでたみたいだったぜ?」


「そんなあっさり流すことかしら……。ま、まあいいわ。で、さっきの状態については、さっきも言ったけど、私も覚えてないというか、正直よく分からないのよね……なんか、無意識にっていうか……」


「セリィ、直前に何度か、あのチェルシーの大鎌おおがまと打ちあってたよね? だからその衝撃に、魔装武器マギスギアが耐えられなかった……とかっ!?」

 

「いや、さすがにあの宝剣は、そんなヤワじゃねえ……何か別に理由があるはずなんだが……」 

 

 ティガの言葉をやんわり否定しつつ、ユーリは、セリカの胸にじっと視線を向ける。


「な……何……? ちょ、ユーリ君……?」


 セリカは、試合の後で少し乱れた襟をかき寄せつつ、両腕で胸を隠すような仕草をしながら頬を少し赤らめると、ユーリを軽くにらんでくる。


「おいおい、俺は思春期のエロガキじゃねえよ……勘違いすんな。そいつだ、お前のペンダントだよ」


「こ、これ……?」


「ああ。ちょっと見せてくんねえか?」


 ユーリがそう言ったのは、さきほど……セリカの胸に光るその貴石から、妙な気配を感じたような気がしたからだ。

 

「う、うん……はい、どうぞ」


 セリカは首に手を回し、そのペンダントを大事そうにそっと外すと、細い銀の鎖ごとユーリに渡してくれる。

 ユーリはそれを手に取り、まずは銀の鎖、次にペンダント本体、さらにはめ込まれている紅玉こうぎょくと、順番に丁寧に調べながら、仔細しさいに観察する。


 その目は細められ、指にひそかに己のマグスをまとわせて、気になる物品に触れていく姿は、まるでプロの鑑定士でもあるかのようだった。


(う~ん……一見したところ、何の変哲もないように見えっけどな? 紅玉自体は、多分かなりの値打ちもんだろうが……これ以上は、俺にゃ無理か。ま、いずれセリカと一緒に、“何でも屋”のマキシモ親父にでも見てもらえればいっか……)


 ユーリは頭を掻きつつ、いったんお礼を言って、それをセリカへと返す。


「そういやよ……このペンダントの由来、改めて聞いてもいいか?」


「え、ええ。以前、ユーリ君に話したかもだけど……亡くなったお母様の形見なの。古くからお父様の大公家に仕えてきた、自分の家に代々伝わってきたものだって言ってたわ」


「……そうだったな」


(確か、セリカの生みの母親は、大公たる親父さんの第二夫人で、護衛女中バトルメイド出身だって言ってたっけか。今の母親は、義母なんだったな……)


 ちなみにティガも、詳細はともかく、セリカの実の母親が亡くなっていることだけは聞き知っているらしい。そんな二人のかたわら、神妙な顔で話を聞いている。


「このペンダントに付いてる紅玉こうぎょくについちゃ、どうだ……? 何か由緒ゆいしょとかは?」


「えっと……元は、武器だか宝冠ほうかんだか、何かの宝物にはめられてたものだって聞いたことはあるけれど。ただ、だいぶ前のことで良く分からないのよね……ごめんなさい」


 セリカはすまなそうに目を伏せる。

 確かにこれ以上は、今は分からないようだ、とユーリは見切りをつけ。


「いや、いいって。このペンダントに何かあるかもっていうのも、ただの推測だしな。まあ……そうだな。ちょい無理やりっぽいが、あえて理屈つけんなら、お前を特訓したことで【チャージ】の威力があがったろ? 


 なにせ、一本だけじゃなくて【ダブルチャージ】が可能な領域まで到達したからな。その副作用って考えもある……電理魔術式に吸い取られるみたいに、必要以上のマグスが放出されちまった結果、とかな。


あと、ここずっと、かなりペースを飛ばした訓練続きで、魔装武器マギスギアを酷使してただろ? なら、そうとは知らねえ間に、炎剣に想定外のダメージが蓄積してた可能性もあるかもな」


 ユーリは淡々と解説するように話す。


「例えんなら、内側のマグスの蛇口じゃぐちが大きくなったって考えだ。それに気づかねえで、そのまま勢いよくせんをヒネって一気に垂れ流しちまっったもんで、容器・・のほうが、それを受けきれなかったって感じか。


【チャージ】は、炎使いの特質ギフトの中でも、コントロールが難しい部類に入んだよ。特にそこそこマグスを溜めた状態だと、暴発を押さえるだけでも、相当に魔装武器マギスギアや術者に負担をいちまうからな……」


「なるほどね……言われてみれば、そうかもしれないわ」


「あ~、分かりみっ! “炎使いあるある”だねぇ~……」


 考え込んだセリカに続いて、ティガもうんうん、ともっともらしく頷く。

 果たしてこっちは、きちんと流れと問題の本質を理解しているのかどうか、怪しいところだが……とりあえずティガは、元気よく続けて。

 

「“魔術の世界に相性の概念はあっても、得意と不得意は表裏一体、バランスが大事”って教本にあったもんねっ! だからこそ、レギオンも多様な属性・個性を持ったメンバーで組むのが基本だし、マギスメイアのクラス分けも、そうなってるんだってさぁ!」


「……そりゃ、あくまで基本は、っちゅー話だ。何事にも例外はあんだよ。列強の特殊部隊や皇国の征魔師団せいましだんにだって、あえて一属性の魔装騎士だけで固めた“一点突破戦術”が売りの集団は、現に存在してんだからな?」


「そ、そうなん……?」


「部隊の属性バランスだけ取れば上手くいくんなら、幻魔と戦ってる現場の戦場司令官は誰も苦労しねえよ……。それはそうと、セリカ、さっきの件、いまいち納得はいかねえが、今のところは“蛇口理論”のせいにしとけ。


だいたいさっきの勝負、実際のところ最後はそれこそオーバーキルに近いかんな? 相手チェルシーも二戦連続で消耗してたし、せいぜい【チャージ】の結果ぶちかます魔術は、150%増し程度の威力で良かったはずだが……そこに400%、いや、5、600%ぐらいは放出しちまったんじゃねーか? なら、バテちまって当たり前だ」


「そ、そんなにっ……? それじゃあ、あのトラブルが起きなかったとしても……?」


「ああ、白銀令嬢サマとの対決は、マグスがスッカラカンな状態からの超ハンデ戦だ。ま、正直勝ち目についちゃお察し、ってとこだったろうな……。いずれにせよ、お前の“蛇口”の精密せいみつなコントロールは、今後の課題になんだろ。何はともあれ“お疲れさん”ってとこだ」


「うう……まだまだ道のりは遠いわね……」


 がっくりと肩を落とすセリカを、なぐさめるようにティガがフォローする。


「だ、大丈夫だって……そんなに落ち込まなくたって、セリィは元が優秀なんだもん! ナントカなるなるっ!」


「ティガ、さっきは頑張りをめてやったけどよ、お前ももっと、てめぇのコトをナントカしろ。扱えるマグス量と雷弾をさらに増やすとか、強化すべき点なら、腐るほどあんぞ?」 


「うんっ! ウチは、セリィほど優等生じゃないぶん、伸びしろがたっぷりってことだもんね!」


「……モノは言いようっていうが、お前のはたまに、マジで尊敬しちまうな。さっきあそこまでボコられといて、どんだけ楽観的なんだよ……」


「へへっ、照れるっすわ……」


「だいたい、戦いには力量に見合ったペースってもんが、だな? 敵が使い捨て上等で放ってきた、しょぼい消耗品扱いの人造精霊くろにんぎょうを迎撃すんのに、あんな派手に飛ばしやがって……まあ、説教は後でいいか。さて、と……」


 続いて涼しい顔で、ユーリは敵陣営に視線を送ると。


「白銀令嬢様、か……楽勝は楽勝だが、改めて考えてみりゃ、確かにちょっとばかりキツいとこもあんな。どうしたもんか。もう“決め台詞”だけは決まってんだがなあ……」


「えっ! まさか……何も考えてないの!?」


「さっき、あんなに自信満々だったっしょ……!? 大丈夫なん?」


 心配顔になるセリカとティガを横目に、ユーリは「なんとかなるだろ」とだけ呟いて、そっと内心で付け足す。


(ま、キツイかもってのは、審判のイゴル教授ハゲじじいにバレないように“上手くやる”のが、ってことだしな……)


------------------------------------------------------------------------------------------

明日は帰ってから、アニメ映画の「百日紅」見る予定です! 葛飾北斎&お栄ちゃん!


★★★【読者の皆様に、よろしければ……のお願い】★★★

皆様の応援のおかげで無事、本作、7000PV突破しました! 

で、ついでに無謀ながらも「やる気補助」システムとして、「カクヨムコンテスト」にも応募してみました! この賞は、どうもPVより★が大事っぽいです。


なので、よろしければ目次下の★にて評価いただければ、更新と誤字修正その他、もっと気合入れて頑張れますので、なにとぞなにとぞっ! 

目指せ年内20万字、10000PVっ! (クレクレしまくりですみません…!)


当分は毎日朝7:00か夜19:00ごろ更新の予定です。

また、応援、感想、レビューなどいただけますと、更新の励みになります! 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る