第38話 紅蓮の戦乙女

 優雅炎剣フレインベルジュの波打つ刃が赤熱すると同時、マグスによる電理魔術式が組み終えられ、まるで空間に松明たいまつともしたように、大人の拳大こぶしだいの火球が現れる。


 続いてそれは、ゆっくりと燃え上がりつつ増殖していく。二つ、三つ、四つ……そして最終的に五つとなったそれらは、赤く輝きながら、セリカの周囲に展開。


 次の瞬間、五つの火球がひときわ明るく輝いたかと思うと、互いを角の頂点とする五角形が空中に描かれ、線に沿って、薄っすらと赤い障壁を張り巡らせる。

 それはちょうど、クリスタルの柱めいた五角柱ごかくちゅう防護障壁ぼうごしょうへきで、セリカの周囲と上空、全てを覆ったような光景だ。

 

「セリィ、すごっ! い、いつの間にあんな防御技まで……あっ!?」


 バトルフィールドの外で目をみはったティガが、そっと傍らのユーリにチラリと目線を送ってきて。


「ん? ああ、お前にだけ、雷光の鎧ブリッツ・ガンドを教えたんじゃ不公平だろがよ……」


 ユーリは微動だにせず、セリカの戦いを見つめながら、そう端的に答えた。 


「へ、へえ~っ……あれって、ウチだけの“特別”じゃなかったんだね……」


 ほんの少しだけ、口を尖らせて言うティガ。


「あ? どういう意味だよ?」


「う、うん、そだよね……ト―ゼン、分かってっし! でもでも、雷光の鎧ブリッツ・ガンドは、雷属性のウチだけが使える魔防術まぼうじゅつだもんね! それでいいや……うん!」


 ティガはそう言って、満足げに笑う。


(それに……さ……)


 ティガは内心でそう呟き、そっと片手を突っ込んだポケットの中で、もう何度めかの、例の白銀色のメダルに触れた。


皇国特別勲章――そのひんやりとしつつも、不思議なマグスをまとった熱もどこかに感じる独特の手触りだけで、さきほどのみじめな敗北の屈辱も、うっすらとやわらいでいくような気がする。


(ありがとう、ユリっち……コレ、マジで、ウチの一生の宝物にすっからね!)


 そんな二人のやりとりはともかく……

 セリカの張った防御障壁を暗黒領域の中から眺めつつ、チェルシー・アルストンは小さくわらう。


(おっと~、アタシがどっから攻めても、周囲をくまなく守れるようにってか~……から苦手の炎属性にしちゃ~、ナカナカ頭、使ったじゃん! ……でも~)


 彼女が見たところ、その全方向に張り巡らせた防壁には、一点だけ大きな隙がある。


(こっちは影魔術かげまじゅつ使ってんの~……! そう、いくら優等生サンだって、発想の外を突けば……“灯台もと暗し”ってね~!)


 ほくそ笑んだ後、チェルシーは黒人形たちに命じて、密かに暗影領域の中を駆けるようにして、移動を開始した。


 ……セリカが呼び出した炎の障壁を警戒するように、チェルシーが暗黒領域に姿を隠してから、どれくらい経っただろうか。

 それは時間にしてせいぜい十数秒のはずだったが、息を殺すようにして見守っているティガや観客の生徒たちには、まるでそれが数時間でもあるかのように、ずいぶん長く感じられた。


 チェルシーの姿が消え、火球の防護に守られたセリカだけが、ポツンとたたずんでいるように見えるバトルフィールド。

 今、そこには激闘の場には似つかわしくない静寂だけが漂っていた。

 だが、それはあくまで表面上だけのこと……水面下では事情は全く異なっていることは、誰もが理解していた。


 その証拠に、セリカの額に、次第に玉の汗が浮き始めている。【ブレイズスフィア・サークレット】を保持するのに、大量のマグスを消耗しているのだろう。


 そもそも炎属性は、あまり守勢に適した属性ではない。文字通り、どの魔術も高火力な代わり、燃費が悪い傾向があるのだ。


 なのに比較的小粒とはいえ、あんな火球と障壁を同時出現させて維持している以上、そのマグス消費は莫大であろう。


 だがチェルシーもまた、リミットを背負っているのは同じだ。暗影領域を作り出し、その中に潜む……そのために変形させた黒人形たちを操っているのだから。それに必要なマグスもまた、決して無償ではない。


 だからこそ……“チェルシーは、多分、次で決める気”だ。


 そう、それは場の誰もが感じ取っていた。確実な必殺の一撃を狙っているからこそ、彼女はこれまでよりずっと長く影に潜み、そのタイミングをうかがっているのに違いない、と……。


 衆人環視しゅうじんかんしの中、セリカがふと、額の汗をぬぐった。それは地面に滴り落ちると、そっと広がって小さな染みを作っていく。

 

 だがその染みが、急に色濃くなって揺らめいたかと思うと、黒インクをぶちまけたように急拡大し。 

 同時、ついに静寂が破れる時が訪れる…… 


「ここだよッ~……!!」


 大鎌を構えたチェルシーの姿が、まさに躍り出るように出現した場所。

 それは……いやは、セリカの“足元”。


 実は暗影領域は、空間だけでなく、限定条件下で、物質中を通過することすらも可能にする。それを伏せておきたかったゆえに、先に彼女チェルシーは空間からの攻撃のみを繰り返し、セリカに先入観を植え付けたのだ。


 【ブレイズスフィア・サークレット】でセリカが周囲の「空間」を守ったのは、妙手みょうしゅのように見えて、チェルシーの狙い通りの落とし穴だったとも言える。


「もらったよッ~! お姫ちゃんッ~……!!」


 叫んだチェルシーは、だがその直後、異変に気づいた。

 己の身体の周囲が、赤熱せきねつしている。いや、自分が地面から飛び出すべく門のように使った“暗黒領域自体”が、赤く輝き幾重いくえにも重なった魔法陣の術式円環で覆われている!?


「ま、まさか……!」


 焦りの色を浮かべたチェルシーに、急激にき上がった炎のマグスの向こうで、セリカが一瞬笑いかけた。


「そう、しかないわよね……! 獲物の隙を狙いすましたつもりで自分が罠に追い込まれたようね、影姫シャドウマスターさん……!」


「じゃ、じゃあ……さっきの派手な防護障壁はぁ! ぼ、防御じゃなくて、“仕掛ける”ためぇ~……?」


「そうよ! 影の狩人のつもりだったんでしょうけど、落とし穴にはまったのは、あなたの方! 唯一防護障壁に覆われてない足元の地面……そこがあなただけじゃなく、私にとっても“狙い目”だったの! 


そして残念ながら“上下空間内のマグス察知”については、私もちょっと、鍛えられててね……?」


 セリカは、ユーリによっていざなわれ、ティガとひたすらに積み上げた、あのビジョン・クエスターの訓練のことを思い起こしながら、そっと微笑んだ。


 通常の四方だけでなく上下をも戦闘空間として活用する、あの特殊な電理仮想領域……そこでつちかった経験と概念がなければ、これはとても到達できなかった発想なのだから。


「あなたが飛び出すタイミングの察知は、完璧ドンピシャだったわ! 後は……そこに、“発火点”たる魔法陣を移すだけ!」


「発火点、だってぇ~……!? こ、このっ……炎の威力はぁっ~……!」


 魔法陣からあふれるその力を感じ取り、チェルシーは思わず叫ぶ。


「二本目の【チャージ】の発動ッ!? まさかまさかまさかぁっ! ……初手の【|斬炎閃刃(ブレイザード)】の時から、全部が全部、伏線っ!? 試合開始直後から、ずっと“二発ぶん”を……並行で、溜めてたの!? 


し、信じられないよぉっ~……! アンタら、いったいどんな訓練をしたら、そんなコトができるようにぃっ……!?」 


 顔をゆがめたチェルシーの叫びに対するセリカの答えは、ただ一言だけだった。


「【約定の天炎(ヘブンズ・プロミス・プロミネンス)】……ッ!!」


 直後、魔法陣の円環内が、そのまま蓄積ちくせきされ続けた巨大なマグスの噴火口となり、文字通り爆裂する。


 セリカの優雅炎剣フレインベルジュが、いにしえの勇者王の聖剣のように掲げられる中、術者たるセリカをのぞく周囲の全てが、凄まじい熱と炎に飲み込まれて焼き焦がされていく。


「セ、セリィ、さすがだよっ! コレはもう……決まったっしょ!」

 

 ティガが興奮に目を輝かせて大声で叫ぶ。

 だが、ユーリはあくまで冷静な表情を崩さない。


 そんな彼の瞳にふと、小さな疑念ぎねんかげりが落ちたかと思うと……まるで神話の戦乙女いくさおとめのように炎に照らされた、凛々しい少女セリカの姿を見つめる。


(ただでさえ吸収が早いセリカあいつに、わざわざ俺が訓練付けたんだ。二本同時ダブルチャージくらいまでは当然の想定内だがよ……どこか……そう、“妙な感じ”がすんぜ……)


 そんなユーリの顔が、続いて確実な“異変の予兆”を感じ取り、ふと、しかめられて……


(いや、妙どころか……明らかに異常だぞ! この炎は、このマグスエネルギーは……!?)


 直後、何事かを悟ったユーリは、かっと目を見開いて、鋭く叫んだ。


「セリカ! やめろ!! “それ以上”は無用だ……!」


 だが、セリカは無言。


 その瞳は、まるでこの世界でないどこかを見つめるように虚ろになっており、ひたすらに掲げた炎剣へとマグスを込めていく。


(身体から魔装武器を通じてのマグスの流出……それが、止まんねえ。いや、止められねえ・・・・・・のか!?)


 その光景は、彼女の意志というより、まるで何かに操られているようで、あたかも炎剣が、彼女の全マグスを吸い取ろうとしているかのようにも見える。


 ふとユーリの視線が、何かを察知し、吸い寄せられるように移動する。

 それはやがて、セリカの胸に輝く赤いペンダント……その緋色ひいろ紅玉こうぎょくの上に落ち、まるで張り付いたようにピタリと静止した。


 そのとき、バトルフィールドを赤々と染め上げる炎の魔光まこうが、ごおっと不気味な唸りをあげて、ひときわ激しく荒れ狂った……


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今日は唐突にきゅうりトマトマヨのホットサンドが食べたい…!


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