第37話 炎姫、影姫

 模擬訓練場のバトルフィールド上……続いて始まろうとする第三回戦の場。


 対戦相手のチェルシー・アルストンと対峙たいじするや、セリカは愛用の魔装武器マギスギアたる優雅炎剣フレインベルジュを構えた。


「ようやくご対面か~、銀星組の公女おひめ様のセリカちゃん……影姫シャドウマスターたるアタシと、どっちがホントのお姫様か、光と影のプリンセス対決ってとこかな~……くふふ~……♪」


「……」 


 返事の代わりに、セリカは油断なくチェルシーを見つめた。

 気分屋のチェルシーは、月例試験などでも、今一つ実力がはっきりしない。


 普段は十位台にいることが多いのだが、一度気分が乗ったりすれば、ときに不動のトップであるクーデリアに迫る成績を出すことがあったりもする。常に今一つはかり切れない敵……生真面目なセリカからすると、なかなかに面倒な相手なのだ。


(ただ、ユーリ君はああ言ってたけど……やっぱり心おだやかじゃいられないわね。だって、ティガに対してあんな仕打ち……私、どこかでこの人のこと、許せないもの!)


 セリカは眉をひそめて、そんなことを思う。

 ただ、態度や言葉からはあまり読み取れないが、対するチェルシーも、今度ばかりは少し気合を入れている様子だ。

 何しろ、セリカは一年生の中では、クーデリアに次ぐ優秀さで知られる生徒なのだから。二つ星ダブルスターのチエルシーとはいえ、まったく手が抜ける相手ではない。

 もちろん、先程の試合を経て、自分の手の内がある程度読まれている、ということも考えているのだろう。


 やがて、試合開始のブザーが鳴ると同時。

 ティガとの戦いの時とは逆に、自分から飛び退すさったチェルシーは、すかさず影属性の召喚術で、黒人形を呼び出そうとする。


「【黒人形の踊(ダンス・オブ・ブラッカ)】……んんっ!?」


 だが、セリカの踏み込みは、それよりも早かった。加えて踏み込みとほぼ同時、すぐさま電理魔術式が構築される。


「はああっ! 【|斬炎閃刃(ブレイザード)】!」


 横薙ぎに振るわれた剣が、その軌跡をなぞるように生み出した炎の波。

 それが、チェルシーの影からまさに現れ出ようとしていた黒人形たちを、一気に襲った。

 分裂しかけていたところを広範囲をぐ電理魔術に直撃された彼らは、渦巻く炎の中で一気に数を減らし、辛うじて数体だけが残る。


「おっとぉ、さすがに優等生ちゃん……今のは、ちょい焦ったぁ~! 予想よりずっと速い……ね!」


 残った黒人形たちに守られるようにして、すうっと改めてセリカから距離を取ると、チェルシーはそんな軽口を叩く。


「早速学んできたってことだね、やっぱ先手必勝戦術か~……こっちが数そろえる前にってのは、確かに大正解だねっ……! 

 でも、派手な攻撃のわりに威力はあんまり……じゃん?」


 ニヤニヤしながら、チェルシーは言う。セリカはそれに、凛とした声で応じて。


「分かってるわよ。それはただの挨拶あいさつ程度……けど、たまにはあなた本人がかかってきたらどうなの? 可哀かわいそうな黒人形たちを、けしかけてばかりいないでね! それとも……よっぽど、自分自身の腕に自信ないのかしら?」


 少しばかり意地の悪い挑発は、セリカの内面にまだ少し、親友を無駄に傷つけられたことへの、怒りがわだかまっているゆえか。


「な~にを~! 好き放題、言ってくれちゃってぇ~……! いいよ、そんならアタシの本気、見せたげるから~……!」


 チェルシーは不機嫌そうに眉を寄せると、髑髏どくろの髪留めを触り、何事かを呟く。

 どうやら生き延びた黒人形たちに、新たな電理プログラムを与えたらしい。たちまち黒人形数体が合体すると、そこにはチェルシーの身長ほどもある、真っ黒い大鎌おおがまが出現した。


「【ビッグ・グッド・サイズ(大影鎌)】……人造精霊の黒人形ちゃんたちにゃ、こんな使い方もあるってことだね~……」


「……っ!」


 一瞬ひるんだ気配を見せたセリカを目がけ、大鎌を手に、猛然と飛び掛かったチェルシーだったが……


わね!」


 そんな彼女チェルシーをしっかり見据えつつ、セリカは地面に勢いよく、己の炎剣を突き刺す。 


「ひあっ……!?」


 同時、チェルシーがセリカの間近まで踏み込んだその瞬間に、いきなり地面の上に、真っ赤に燃える円形魔法陣が出現した。

 そこから噴き上がろうとする炎の輝きを見るだけで、それが凄まじいエネルギーを持っていることが分かる。

 どうやら、精錬されたマグスがたっぷりと込められているようだった。


「アタシの【影読み】でも発現が読めなかったなんて~……!? いったいいつの間に……!? 


いや……ソレ、今練ったんじゃないよね~……!? まさかアンタ、試合開始からずっと溜めて……!?」


 セリカの微笑みを見て、チェルシーは真実を悟ったように。


「アンタの! まさかまさか、アンタの特質ギフトは! 【マグスチャージ】なのぉっ……!?」


 驚愕した様子を見せたチェルシーの顔が、次の瞬間、ふと気だるげになり。


「……な~んちゃってぇ~……あは♪」


 同時、大鎌と化していた黒人形たちが変身を解き、一斉いっせいにチェルシーの影に沈み込む。


 続いて闇色のもやが彼女の足元から立ち昇ったかと思うと、さっきまでチェルシーがいた空間に、まるでブラックホールのような球体の暗影領域あんえいりょういきが生まれ出る。


 そこにふっと溶け込んだように、唐突にチェルシーの姿は見えなくなってしまった。

 結果……セリカが満を持して放った炎の柱マグスチャージの一撃は、空しく空中を焼き焦がしたのみ。


「……っ!?」


 今度はセリカが、驚き役をになわされることになった。

 その直後、どこからともなく、チェルシーの声が降ってきたからだ。


「あははは~……アタシの暗影領域はねぇ~、相手を食うだけじゃないのぉ~……自分がひそむこともできるんだ~……♪」


 相変わらず気だるげな声とともに、少し離れた場所に、また黒い球体が発生する。

 その中から、のっそりと姿を現すチェルシー。


「くっ! 【炎飛矢(フレイムアロー)】ッ!」


 セリカは牽制けんせいぎみに、そちらに再び魔術の炎弾を放つが……


「……はっずれ~♪」


 チェルシーは、またも暗影領域の中に姿を隠すことで、難なくその攻撃を回避してしまった。


「逃げ隠れするだけじゃないよ~……こうやれば……さ!」


 声と同時、セリカの背後、1メルテル以内の至近距離に暗影領域が出現。

 そこから不意に鋭い影の大鎌が突き出され、セリカの死角から襲い掛かった。


「……っ!」


 身をひるがえし、かろうじて致命傷は回避したセリカだったが、大鎌の刃は彼女の身体をかすめ、バリアゲージがガリガリと削り取られる。

 何しろ距離が距離だ、体術の訓練を受けているセリカとて、なんとか回避するのが精いっぱいである。


「惜しい惜しい~……でも、これを繰り返せばね~……いくらアンタだって、いつまで耐えられるかな~……?」


 再び姿を消したチェルシーの、揶揄からかうような声が響き渡った。

 そして……二度、三度、そんな超至近距離ちょうしきんきょりからの奇襲が繰り返される。


「くぅっ……!」


 直撃せずとも、この大鎌は掠めただけで、異様なダメージを与えてくるようだ。セリカのバリアゲージの減少が止まらず、本能的な警報アラートが頭の中に鳴り響く。

 反撃しようにも、暗影領域にすぐ姿を隠してしまうチェルシーは、文字通り神出鬼没である。

 少し間を置いては、あちらの空間、こちらの空間から自由自在に現れ、巧みにセリカの隙を狙ってくるのだ。


 今も、危うく直撃を食らうところだったが、セリカは攻撃が来る方向に咄嗟とっさに炎剣を立て、なんとか大鎌を受け止めていた。

 続く連撃も、くるりと手首を返すことで、なんとか受け流しに成功する。


「ちぃっ、ちょこまかとぉ~……!」

 

 やや苛立いらだった感じのチェルシーの声が響き、再びその姿が、暗黒領域に消えた。


「セリィ、頑張れぇっ!」


 バトルフィールドの外では、なんとか元の体調を取り戻し、ジャージに着替えたティガが、応援の声を張り上げる。

 ユーリも黙って、セリカの戦いを見守っているようだ。


 ふと、セリカは親友とユーリに向け、「大丈夫!」というようににっこりと笑うと、炎剣を掲げて、一気にマグスを練り上げた。


「【炎護円環(ブレイズスフィア・サークレット)】!」


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今日は劇場で「フラ・フラダンス」見てきます!


当分は毎日朝7:00か夜19:00ごろ更新の予定です。つたない作品ですが、システム上、目次の最新話下にある★にて評価いただけますと、より時間をさいての更新や内容充実を図れますので、大変助かります!


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