第36話 高貴なる観戦者 ★★★

 ……この第二試合は、かなり陰惨いんさんな幕引きになったように見えた。


 黒い巨大球体がスッと影のように消え去った時、バトルフィールドの上には、ボロボロになったティガ・レイスハートの身体だけが、仰向あおむけに放り出されていた。

 そのまま何秒かが過ぎたが、彼女はぐったりと目を閉じたまま、ピクリとも動かない。


 まさか……とセリカの顔が青ざめ、場内の全員の背筋を、冷たい汗がつたった時。


 チェルシーが、小さく肩をすくめると、呆れたように言った。


「やれやれ〜、バリアゲージ耐久値ぶっちぎってのオーバーキル。ティガちゃん、死んでしまうとは何事だね……」


「……ッ‼︎ ティガああっっ!」


 セリカが、思わずバトルフィールドに乱入しようとするのを、ユーリが腕をつかんで押しとどめ。


「ま、落ち着けや」


「……つーのは、モチ冗談ね〜♪

ほらほら、起きなよ~……眠り姫ちゃん。みんな、無駄に心配してっからさ~? ……ちっ、ダメか? しゃーねえ、影執事ブラックセバス、アトはよろしく~」


 そんな緊張感のないチェルシーの声とともに、一体の執事めいた黒人形が出現し、すっとティガに近づいていく。

 彼はあくまで優雅ゆうがな仕草でティガに近寄り、一礼すると……無造作むぞうさに影の手を伸ばし、そのほおをつねり上げた。


「あ、痛っ!? ……な、なに、どしたん!?」


 ぺたんと内股うちまたぎみに太腿ふとももを地面に付けたまま、ようやく上半身を起こしたティガは、乱れた金髪もそのままに、呆然ぼうぜんと周囲を見渡し。


「ウ、ウチ……負けちゃった、の……?」


 唖然あぜんとしながら、そう呟く。

 マグスを使い果たして消耗していたところに、黒い球体の中に広がる暗影あんえい領域で黒人形たちの猛攻を受け、意識が遠くなってしまったらしい。もちろん、バリアゲージは完全なゼロになってしまっている。


 加えて服にダメージを受けているのは、確かに多少のオーバーキルではある。少なくとも、上品な勝ち方とは言えないだろう。


 それでも親友の無事を見て取って、セリカがホッと息をついたその直後、イゴル教授の声が響く。


「むっ……勝負あり! 勝者、チェルシー・アルストン! 『シルバーアンジェラ』、一勝!」


 イゴル教授がそう宣言するとともに、チェルシーが気の抜けたブイサインを掲げた。


「いぇ~い……」


 そんな姿を見て、セリカはムッとしたように眉根まゆねを寄せ。


「あそこまでするなんて、いくらなんでも酷い……しかもレギオンメイトの私たちをからかうなんて、ゲーム感覚なの⁉︎


だいたい、あんなのってアリなのかしら? 人造精霊を自爆させたり相手の力を測る捨て駒にしたりしながら、自分の手をまったく汚さず、多数で一人を囲んで勝つなんて!


彼女チェルシー魔装武器マギスギアが武器型じゃない理由は、あれだったのね……!」

 

 おそらくセリカは、ラベルナでは公女として、“正々堂々せいせいどうどうの戦い”を重視した武術や魔術の指導を受けてきたのだろう。

 親友のティガがそんな相手に敗れたこともあり、生真面目きまじめで勝ち気なセリカは少し感情的になっている様子だったが、ユーリはそれを一刀のもとに切り捨てるように断言する。


「騎士道精神に反するってか。くだらねえな。そこにこだわるのは、貴族の悪習だぜ。


この学園じゃ、確かにあらゆることにルールがあんだろうがよ……レギオン・バトルの意味を、ただの面子メンツけた対人戦じゃなく、実戦用の戦闘訓練だと置き換えりゃ、話は全く変わってくるだろが。


戦場じゃ、生き残ったほうが勝ちなんだ。そもそも、魔装騎士の最終目的は、幻魔に立ち向かうことだろ……魔領域や荒廃野で対峙する幻魔にも、人間並みの品格やルールを求めんのか?」


「そ、それは……」


召喚士サモナーは、比較的近代……人造電理精霊の研究が進んでから強化が始まった、まだ珍しいタイプの魔装兵種へいしゅだからな。ただ、お前の田舎じゃ軽んじられてたかもしれねえが、これからの対幻魔戦においちゃ有効戦術になり得るんだ。


特に人造精霊の大量召喚が、無駄なマグス食いの外道げどう戦法だって見做みなされてたのは、カビの生えた昔の常識だよ。少なくとも俺は、そう考えてる……幻魔だけじゃねえ、こっちの戦術だって進化すんだよ」


「えっ! そうなの……?」


「ああ。考えてみろよ、幻魔は魔領域から、それこそ無限に湧いてくるだろが。それに対して、一人前いちにんまえの魔装騎士様が、皇国と列強各地の学園から、毎年何人巣立つと思ってる? 


いちいち消耗戦をやってちゃ、いずれジリ貧になんだよ……人類こっちの生命と人口は、所詮しょせん限られてんだからな」


「……そ、そうなのね。私、考えがいたらなかったわ……」


「教育環境は、ときに視野を縛るからな、しょうがねえよ。それよりセリカ、次はお前の出番だ……。ティガがやられて悔しいのは分かるけどな、率直、エルトシャル相手に一本取っただけでもおんの字ってやつだ。


とにかく、どんなオチになろうが“負けたら負け”なんだよ。本物の戦場にあるのは死んだら終わりの冷徹な事実だけだ……本来“惜しかった”もクソもねえし、同じく生き残るための手段にも、綺麗も汚いもねえんだからな。そこの認識を間違うなよ?」


「は、はい……」


 セリカはこくりとうなずく。


「お前はどうも生真面目ちゃんだからな……熱くなりすぎんじゃねえぞ、こういう時は、冷静さが勝負を分ける。そうしねえと、あのチェルシーとかいうヤツの操る影に、お前もぞ? 俺が思うに、あのふざけたやり口やブイサインだって、奴の挑発の一部だ……お前、もうすでに乗せられかけてるぜ」


「……!」


 ユーリの真剣な表情に、セリカは慌てたように、ごくりと生唾なまつばを飲み込んだ。


 ※ ※ ※


 模擬訓練場の観客席では、生徒たちが口々に、これまでの戦いの感想を漏らしていた。


「な、なんか……予想外にレベルの高い戦いになってねえか?」


「あ、ああ……『シルバーアンジェラ』が一方的に勝つと思ってたけどよ……ちぇっ、電像宝珠スマートオーブ、持ってくるんだったわ……!」


「バカね、あんたら……電像宝珠スマートオーブは、許可なしじゃ学内施設に持ち込み禁止でしょーが。それに、『カラフルブルーム』には優等生のセリカさんがいるのよ? 彼女のワンマンチームだとしたって、そこそこねばれるに決まってんじゃん」


「いやあ、でもいくらあの勇者姫ゆうしゃき様だって、ガチで勝とうと思えば『シルバーアンジェラ』のメンバーを二人抜いてから、あの白銀令嬢様とやることになんだぜ? そんな高い壁、乗り越えられる訳ねえって思ってたんだがな……」


「実際は、ティガさんが頑張って、あと一人で大将のクーデリアさんに到達だからね。結構、盛り上がってきたんじゃない?」


「よっしゃ、賭けようぜ、賭け! 絢爛けんらん大食堂の昼飯一食ぶんな! えっと俺は、『シルバーアンジェラ』に……」


「それじゃ、俺は『カラフルブルーム』だ! で、もしあそこのレギオンが勝ったら、俺、今のところ抜けて、入れてもらおうっと!」


「ず、ずりーぞコラ! 俺とお前の友情レギオンは、そう簡単に抜けちゃいけねえ決まりだろがよ!」


「へっ、ユーリス・ロベルティンだっけ? あのえねえ劣等生さぼり魔が人数合わせで入ってんだから、俺だってワンチャンあるぜ! 


美人公女様とレイスハートさん、ムネも男ゴコロも揺らしまくりの二人の間で……こりゃもう、俺の青春ラブラブ・スクールライフ、始まっちまったな……!」


「もう、これだから男子は……ホント、嫌になっちゃう……」


 そんな風に、何かと騒がしい模擬訓練場観客席の一角。

 訓練場全体が見渡せるよう、わざと少し張り出して造られたガラス張りのVIPルームに、奇妙な二つの人影があった。


 いずれも皇国軍用の外套がいとう姿に、フードを深々とかぶっていて、顔は判然はんぜんとしない。一人は大人で、もう一人は少し小柄な体格であることが、かろうじて分かる程度。 


 そしてその横には、青い学園関係者用のガウンを羽織ったマギスメイアの最高責任者――シド学長の姿がある。


「おほん……これまでの戦いは、いかがでしたかな? とはいえユリシズ殿……いや、ユーリス・ロベルティン君の出番は、まだないようですが」


「そうだな、たださっきのティガさんの健闘は、実に大したものだったよ。軍本部の金庫室に眠っていた例の軍用特別勲章を、オリハルコンプレート付きでの目を見させた甲斐かいがあったというものだ。


しかし、さすがユーリだな。魔装騎士としてだけでなく、教官としても超一流だ……」


 目深まぶかに引き下ろしたフードからこぼれ落ちる金髪を揺らし……が笑う。


 もう一人の小柄な人物は無言を貫いたが……シド学長が見たところ、皇国軍総司令たる絶世の美女、ヘカーテ・ゼラ・ヴァレンシスは、今現在いまげんざい、実に上機嫌じょうきげんな様子であった。


「彼なら、きっとみちびいてくれるはずだ……あの二人だけでなく、いずれはこの皇国、いや、もっと巨大な世界の運命そのものを、な……私には、そんな予感がするのさ」


「はあ……予感、ですか……?」


 いまいち分からない、というように小首をかしげるシド学長。


「ま、いずれは……の話だ。どうせ、無様ぶざまに正体を晒したらいずれ軍に復帰させるという脅しも、彼にはたいした効果はあるまい」


「脅し、ですか? あれは……」


「ユーリは、そこまで抜けた奴じゃない。もし“万が一”があったとしても、あえて一度、二度はゆずってやり、取り引き材料てもちカードにするのが良策さ。あとでせいぜい高い貸しにして、利子をつけて返してもらう、という形がな」


 ヘカーテが薄く笑ったところで、これまで黙っていたもう一人のフードの人物が、不意に口を開く。

 対魔強化電理布たいまきょうかでんりふ越しで、はっきりとは分からなかったが、意外にもそれはまだ若い女の声だった。


「まったく、大人しく聞いていれば……実に小狡こずるい大人のやり口だわね、ヘカーテ総司令……」


「いえいえ、様。彼と、このマギスメイアの生徒たちは皇国の、いや、人類全体の未来を背負う人材……私はこのシド学長ともども、そう信じているのです。


彼・彼女らこそは、まさに若き可能性の塊、汚れなき理想と熱き血潮ちしおあわせ持つ未来の体現者たちなのですから。


それをぎょするには、ときには世俗せぞくほこりにまみれた奸計かんけい、泥を呑む覚悟の下卑げび術策じゅつさくも必要というものですよ」


「ふぅん……でも、ユーリス・ロベルティン、でしたっけ? その殿方とのがたは、なんだかそういう手練手管てれんてくだだけで、いつまででも単純に、手綱たづなを取らせていてくれるタイプじゃなさそうですけれど?」


「ふふ、それは確かに。かつての皇国十二魔将の最強位さいきょうい、“氷炎ひょうえんの神龍”をぎょするのは、さすがの私も、なかなか骨が折れるところでして……」


「まあ、それはそれは。それほどの殿方とのがたなら、確かにギシュター総統そうとう殿には、荷が重いでしょうからね……。何でも、と総統が再会でもした日には、皇国史こうこくしを揺るがす一大事になりかねない、と聞きましたよ?」


「はい。以前の叙勲式じょくんしきの折、もし私が彼の超級破壊魔術を【光壁の護り(ドミナス・オブ・ドーン)】で抑えなければ、どうなっていたか……。まあ、ユーリが何かのしがらみで、全力を出していなかったせいもあるらしいですがね。


もし、彼が真の意味で“本気”だったなら恐らく、いくら私でも、ギシュター総統のお命をお救いすることは……いえ、失言でした」


「どうも不真面目な顔よ、ヘカーテ総司令……その時、あなたのほうこそ、ちゃんと“本気”を出してたのかしらね?」


「もちろんです。しかしユーリは、先程言いましたように、その当時すらすでに、私でも御しがたいほどの力を持っていまして……いやはや」


「……まあいいわ、うっかりしていたのだけれど、私、このあと皇弟おじうえ様に呼び出されていてね? なんでも、政務せいむについて相談したいことがあるとか」


「おやおや。あの策謀家さくぼうかとして名高い皇狼おうろう陛下とご密談とは……油断は禁物ですよ、アーネシス皇姫こうき。では、私の配下の十一魔将のうち、皇都にいる女性の手練てだれを、護衛にお付けいたしましょう」


「ありがとう、簡単に取って食われるほどヤワじゃないつもりだけど、せっかくの司令のご好意、受け取らせてもらうわ。けれど、せっかく久しぶりに皇宮を出たのだから、その後の気晴らしの皇都めぐりにまで、ついてこられては困るわよ?」


「ふふ、皇姫殿下こうきでんかにおかれましては、相変わらずのじゃじゃ馬ぶりのようで」


の一環よ。幻魔の活発化にラーゼリア僭帝国せんていこくとの小競こぜり合い……こんなご時世に、宮殿だけでぬくぬく育った世間知らずの皇族なんて、皇国のたみにとって、百害あって一利なしだわ」


 きっぱりと言い切る少女。

 そこに、シド学長が愛想笑あいそわらいとともに、み手をしながらたずねる。


「どうぞ、行ってらっしゃいませ、皇姫様。で、レギオン・バトルの結果については、いかがいたしましょうか……?」


「勝敗は……そうね、あとで侍女長じじょちょうにでも、お知らせしてくれるかしら? シド学長殿」


「……御意ぎょいにございます」


「よろしくね。それでは後に、改めて皇宮でお目にかかりましょう。ご機嫌よう」


 そう言い残し、静かな足取りでVIPルームから退出していく一人の少女に、ヘカーテとシド学長は、深々と腰を折って一礼した。


------------------------------------------------------------------------------------------

まだまだバトルが続きます…はず。


当分は毎日朝7:00か夜19:00ごろ更新の予定です。つたない作品ですが、システム上、目次の最新話下にある★にて評価いただけますと、より時間をさいての更新や内容充実を図れますので、大変助かります!


また、応援、感想、レビューなどいただけますと、更新の励みになります! 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る