第35話 影狩りの脅威


 ついさっき、このレギオン・バトル第一試合の場で起きた、意外な番狂わせ。

 それを目撃した観客の生徒たちが、次の試合を緊張の面持おももちで見守る中……


 ティガはバトルフィールドで、『シルバーアンジェラ』の中堅、第二試合の相手となるチェルシー・アルストンと向き合っていた。


 チェルシーは、食堂の外庭でクーデリアが引き連れていた、あの眠たげな顔をした少女である。しかし……なんというか彼女は、何かと自己主張の強かったエルトシャルなどと比べて、ずいぶん存在感が薄い印象だ。


 ひょろりとした小柄な身体に、ワンレングス風の黒髪は片目の上を覆っている。

 一つだけ印象的なのは、髪に付けている個性的な髑髏どくろの髪留めだ。


 しかしその表情は眠たげで、全体に覇気はきというものが感じられなかった。ただ、こうして副将として出てくるということは、隠れた実力者なのは間違いないはずだが……。


 ティガは改めて気合を入れ直すべく、両手にめた雷拳手甲サンダーグラップを打ち合わせた。

 ガィンッ……と大きな音が、バトルフィールドに響き渡る。


 だが、相手のチェルシーは、挑発めいたその音にも、反応すらしない。

 相変わらずどこか気だるげで、むしろテンションが低いように見える。単に気が乗っていないのか、それが彼女のなのか。


魔装武器マギスギアも見えない……武器の形状じゃない……?)


 ティガがいぶかしげに観察していると、不意にチェルシーが小さいあくびをし。


「あ~、だり……。いくらレギオン・バトルとはいえ、無駄な体力使うのってダルくない? エルトシャルくんは油断してたんだろ~けどね。


だいたい……アタシの力の前じゃ、アンタは多分勝てないぜ、ティガ・レイスハートちゃん? だったら、やるだけ無駄じゃん……さっさ、降参しな~い?」


 どうにも人を食った台詞セリフ


「や、やってみないと分からないっしょ!」


 ティガはむっとした調子で切り返したが、チェルシーはどこ吹く風と言った様子で、呑気のんきに続ける。


「う~ん……こ~見えて、アタシ結構強いよ~?……一応、学年だと二つ星ダブルスター上位、順位なら十位台から落ちたコトないもん……ムラはあっけど、最高成績なら、一桁だって取ったことあるし……


つまりぃ~、アンタのとこのセリカ・コルベットと、調子がよければなんとかタメ張れるくらいってワケ。なら、勝負のオチなんか見えてないっすかぁ~……? 


パパとママがね~、人生、無駄なことをできるだけ避けるのが、一番ラクに生きる方法だって、いっつも~……」


「だから、やってみないと、だっつーの!! さっきの勝負、見たっしょ! ウ、ウチには無限の可能性があるんだっ!」


 一戦目の勝利で興奮しているのだろう、鼻息も荒く、唇を尖らせるティガ。


「あっそ……なら、だりーけど、やんないとダメか~……」


 チェルシーはあくまで低いテンションのまま、気だるげに黒い長髪を揺らすと、ふらりふらりと歩を進めて、場内の対戦開始位置バトル・スタートラインにつく。

 ティガもそれにならって、雷拳手甲サンダーグラップを構えたところで。


「両者とも、用意はいいか? それでは、はじめ!」


 審判役のイゴル教授が声を掛けると同時、第二戦開始を告げるブザーが鳴り響いた。


※ ※ ※


(今度も、先手必勝だっ!)


 ティガは心の中でそう思い切ると、すぐさま三つの雷弾を発射。

 対するチェルシーは、髑髏どくろの髪留めに手を触れつつ、ゆらりと動いただけ。


「だりーけど、行くよ~」


 いかにも緊張感のない声とともに、チェルシーが右腕の人差し指をタクトのように振るう。


「!!」


 途端、チェルシーの足元の影がゆらりとうごめく。

 直後、ぽこり、と影の中から、不定形生物アメーバのような黒い粘体ねんたいが、ちょうど三体生まれ出た。


 それらは伸びあがるように上背うわぜいを高くし、空中を飛来する雷弾にからみついたかと思うと……次の瞬間、全てが自爆したように弾ける。

 飛び散った黒い粘液は、あっという間に空気に溶けこむようにして消えたが、同時にティガの放った雷弾も、跡形あとかたもなく失せてしまっていた。


人造電理じんぞうでんり精霊……? しかもイキナリ三体とかマジ⁉︎ こいつ、多分召喚士型サモナー……だ!)


 第一試合の相手であったエルトシャルも呼び出していた人造精霊とは、マグスによって現実を定義する術理を改竄かいざんし、属性をつかさどるマグス自体にかりそめの形を与えた、質量を持つ幻像である。


 そして召喚士型サモナーと呼ばれるのは、魔装騎士の中でもそれら人造精霊の扱いに、特にける者たち……電理魔術プログラムを通し、人造精霊を意のままに操る技を得意とするのだ。

 

「アタシが使うのは、特異属性の“影”……コイツらがいる限り、しょぼい雷弾程度は通じないね~……影姫シャドウマスターたるアタシのために、ぜ~んぶカラダ張って、止めてくれちゃうからさ~……」


 チェルシーが言い終えると同時、彼女の足元の影が広がり、その周囲数メルテルに、まるで円形の沼のようなフィールドが発生する。

 その表面は、まるで生きているかのような黒い粘体に包まれ、うぞうぞとうごめきはじめた。


「くっ……」


 ティガはその光景に、思わず踏み込みを躊躇ちゅうちょする。いや……してしまった。

 自然……接近戦のためにふところに飛び込もうとしていた、そのが、止まる。


(まずいな)


 バトルフィールドの外から見守っていたユーリは、内心でそう呟く。

 ティガの電光石火ブリッツ戦術は、性質上、奇襲に近いもの。だから相手をめきっていたエルトシャル相手には絶大な効果を上げたが、チェルシーはそうではない。


 警戒されている以上、もはや二度目は通じないだろう。そしてティガには、いまだそれ以上の戦術の引き出しがないはず……。


 一種の切り札でもある雷拳手甲サンダーグラップによる肉弾戦も、沼の結界めいたあの不気味な黒影こくえいのフィールドに、阻まれてしまっている。


「あれぇ、来ないのぉ~? ならコッチから行くよ~……じゃあみんな、そろそろ踊りの時間だぜぃ~……!」


 チェルシーがにやにやと笑いながら、両腕を指揮者のタクトのように動かす。


「【影人形の踊り(ダンス・オブ・ブラッカブルズ)】」


 再び、彼女の影がうごめく。

 今度そこから現れた人造精霊は、まるで黒一色で体表面が塗りつぶされた、不気味なマネキンのような姿だった。


さらに、ぬらりと影の中からそれが立ち上がるやいなや……その表面が、まるでバゲットパンを薄切りにしたように、ぺろりとがれ落ちた。


「……えっ!?」


 ティガが目をみはる。

 そんな彼女の前で、たちまち剥がれ落ちたものが、新たな一体となってゆっくりと立ち上がってくる。


 そんな“分裂”が次々と続き、最終的に立ち上がってきたその数は……なんと十体以上。続いてそれらが、すっと空中を滑る不気味な亡霊のような動きで、ティガに襲い掛かってきた。


「ティガッ!」


 セリカが焦ったように叫ぶ。


 一方、その思わぬ展開に驚いた様子のティガだったが、ふうっと息を整えると、サンダーグラップを打ち鳴らし、組んだ両手を勢いよく頭上へと掲げる。


「ハァッ!」


 裂帛れっぱくの気合とともに、花弁かべんを開くように、重ねた拳を解放するティガ。たちまちその中から、巨大な雷球が現れる。


「【破雷操裂弾(スパーキン・クレイモア)】!」


 それらは一気に弾けたかと思うと、無数の小さな小雷球しょうらいきゅうをばらまき、ティガに向かってくる黒人形の群れを一斉に迎撃する。


 バリバリ、と雷撃音が響き、攻撃を受けた黒人形は身体の闇色やみいろを薄めて一瞬またたくと、あっという間に魔術プログラムを解かれ、消滅してしまった。


「や、やったわ!」


 セリカが思わず声をあげるが……

 ユーリはそんな様子を、冷徹に見つめて。

 

(ほぅ、隠し技があったのか。まあ、ティガのやつが、雷属性で助かったといえるが……)


 見たところ、あのチェルシーが得意なのは、人造精霊の複数召喚による圧殺戦術ウィニーであろう。だが、それが雷属性のティガに対しては、あまり有効でなかったとは言える。


 電理魔術にはその属性により、それぞれ得意・不得意があるが、ティガの雷属性は、特に複数の同時攻撃に適しているのだ。

 もちろん対象が分散すれば、一発あたりの攻撃力は下がるのだが、それは敵側の人造精霊召喚術も原理は同じ。

 複数を同時に操るなら、一体あたりの人造精霊のパワーは、一体集中操作に比べて、相対的に低くなるのが普通だ。


「ど、どうよっ! あんな黒デク、いくら出てきたってっ……!」 


 バトルフィールドの中で、ティガが胸を張るように言うが。


「へ~、ティガちゃん、なかなかヤルぅ~……けどね~、言ったじゃん? アタシにゃ勝てないって」


 チェルシーが腕を一振りすると……足元からまたも、黒人形たちが立ち上がってくる。それらは不気味にうごめいて、再びティガの元に殺到さっとうしてきた。


「アタシに影魔術仕込んでくれたパパとママ、よく言ってたっけ~……『尽きぬ影の前に輝ける光なし』……質より量、これも兵法へいほうの基本原理だよ~……」


 襲い来るそれらの黒人形を、今度は拳で迎え撃つティガ。

 一体、また一体と黒人形たちが破壊されていくが、いかんせん多勢に無勢。

 ティガの動きが疲れでだんだん鈍くなり、黒人形たちの芸の無い体当たりや無造作なパンチが、次第に命中するようになっていく。

 

 ガリッ、バリッと音を立てるようにして、ティガの不可視のダメージ置換バリアゲージが、減少していく音が聞こえる。


「あれぇ~……ねぇねぇ、エルトシャル君の時に見せた、妙な防御術ブリッツ・ガンドは? さっきのパッって光るヤツスパーク・クレイモアは? お得意の雷魔術は使わないの~……?」


「アレは、と、とっておきなんだっ! 黙って見てろし!」


 言いながら、ティガはなんとか数体の黒人形を殴り倒し、続いて最後の一体を蹴り伏せる。


「う~ん、ざ~んね~ん……それ、嘘……! いわゆるカラ元気ってヤツだねぇ~……そろそろティガちゃん、“電池切れ”でしょ?」 


「……ッ!」


 やっと全部の黒人形を倒したばかりのティガが、思わず顔をひきつらせた。


「せいぜい六発ぶん……さっきの試合も見てたし、ちゃあんと、計算してたんだよ~? アタシに先手取るため撃ったのと、雷弾三つぶんくらいの消費がある黒人形迎撃に使った大技スパーキン・クレイモア……。だからこそ、さっきの黒人形たちは、拳使って迎え撃つしかなかったんだもんねぇ~?」


「ち、違うしっ……!」


「ふふん、このアタシの特質ギフト、【影読かげよみ】の前じゃ、影のかげりは隠せねーぜぇ……? アンタのマグス、もう一度練り直して回復するまではソコソコ時間、かかるはずだよ~。どんなヤバイ訓練で強くなったのかは知らんけど~……ビリギャルちゃんの急速成長がんばりも、その程度ってことだね~……」


 チェルシーがニヤリと笑ってそう呟くとともに、例の髑髏ドクロの髪留め――彼女の魔装武器マギスギア――を操作する。

 すると、新たな黒人形たちが生まれたかと思うと、今度は押し合いへし合い、一斉に密集しはじめた。


「……な、何っ!?」


 目を丸くするティガを他所よそに、やがて闇色の光が弾けたかと思うと、彼らはたちまち互いの身体を融合させ、巨大な真っ黒い球体へと変化した。

 その大きさは、直径2メルテルはあるだろうか。


「さぁ、黒人形と、楽しいールズトークの時間だよ~……【影血夜の秘め事(ミッドナイト・ブラッド・トーク)】」


 ゆらりと動き出す、闇の巨大球体。それはまるで幽鬼ゆうきのようにティガに迫ったかと思うと、一気に彼女をし包もうとする。


 ティガは慌てて左右を見渡しながら、拳でそれらを闇雲やみくもに払いのけようとするが、粘性の球体は、絡みつくようにして離れない。


 それでもなお、暴れるティガだったが……不意に、球体の表面がうごめいたかと思うと、にゅっと黒人形の上半身が突き出て、両腕でティガを押さえつける。


「くっ!? 放せ、このっ!」


 もう一つ、さらにもう一つ……闇の海のような球体から上半身だけを出現させた黒人形たちは、その腕でティガの肩や太腿ふともも、腰をつかみ、力づくでティガを巨大球体内に引きずり込んでいく。


「ティ、ティガッ!」


 思わず、セリカが叫ぶ。


 そして、バトルフィールド内に沈黙が下りる……ティガの姿は、ついに巨大な黒い球体の中に、完全に引きずり込まれてしまったのだ。


 上半身だけを突き出して残っていた数体の黒人形たちが、まるで嘲笑うようにそろってうごめいたかと思うと、彼らも仲間を追って一斉いっせいに元の球体の内部に戻っていく。

 そして漆黒の巨大球体は、不気味な怪獣の胃袋いぶくろで何かが暴れているかのように、派手な伸びちぢみや、蠕動ぜんどうを繰り返す。


 果たして、その暗影あんえい領域の中で、何が行われているのか……

 セリカは冷や汗を流しつつ息を呑んで見守り、ユーリは無言で、小さく眉をよせた。


 一秒、二秒、三秒……

 そして……十秒、一分……

 

 静まり返った模擬訓練場の中に、息詰まるような時間が流れていく……


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しばらくはバトル回です…!


当分は毎日朝7:00か夜19:00ごろ更新の予定です。つたない作品ですが、システム上、目次の最新話下にある★にて評価いただけますと、より時間をさいての更新や内容充実を図れますので、大変助かります!


また、応援、感想、レビューなどいただけますと、更新の励みになります! 

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