第35話 影狩りの脅威
ついさっき、このレギオン・バトル第一試合の場で起きた、意外な番狂わせ。
それを目撃した観客の生徒たちが、次の試合を緊張の
ティガはバトルフィールドで、『シルバーアンジェラ』の中堅、第二試合の相手となるチェルシー・アルストンと向き合っていた。
チェルシーは、食堂の外庭でクーデリアが引き連れていた、あの眠たげな顔をした少女である。しかし……なんというか彼女は、何かと自己主張の強かったエルトシャルなどと比べて、ずいぶん存在感が薄い印象だ。
ひょろりとした小柄な身体に、ワンレングス風の黒髪は片目の上を覆っている。
一つだけ印象的なのは、髪に付けている個性的な
しかしその表情は眠たげで、全体に
ティガは改めて気合を入れ直すべく、両手に
ガィンッ……と大きな音が、バトルフィールドに響き渡る。
だが、相手のチェルシーは、挑発めいたその音にも、反応すらしない。
相変わらずどこか気だるげで、むしろテンションが低いように見える。単に気が乗っていないのか、それが彼女の
(
ティガが
「あ~、だり……。いくらレギオン・バトルとはいえ、無駄な体力使うのってダルくない? エルトシャルくんは油断してたんだろ~けどね。
だいたい……アタシの力の前じゃ、アンタは多分勝てないぜ、ティガ・レイスハートちゃん? だったら、やるだけ無駄じゃん……さっさ、降参しな~い?」
どうにも人を食った
「や、やってみないと分からないっしょ!」
ティガはむっとした調子で切り返したが、チェルシーはどこ吹く風と言った様子で、
「う~ん……こ~見えて、アタシ結構強いよ~?……一応、学年だと
つまりぃ~、アンタのとこのセリカ・コルベットと、調子がよければなんとかタメ張れるくらいってワケ。なら、勝負のオチなんか見えてないっすかぁ~……?
パパとママがね~、人生、無駄なことをできるだけ避けるのが、一番ラクに生きる方法だって、いっつも~……」
「だから、やってみないと、だっつーの!! さっきの勝負、見たっしょ! ウ、ウチには無限の可能性があるんだっ!」
一戦目の勝利で興奮しているのだろう、鼻息も荒く、唇を尖らせるティガ。
「あっそ……なら、だりーけど、やんないとダメか~……」
チェルシーはあくまで低いテンションのまま、気だるげに黒い長髪を揺らすと、ふらりふらりと歩を進めて、場内の
ティガもそれに
「両者とも、用意はいいか? それでは、はじめ!」
審判役のイゴル教授が声を掛けると同時、第二戦開始を告げるブザーが鳴り響いた。
※ ※ ※
(今度も、先手必勝だっ!)
ティガは心の中でそう思い切ると、すぐさま三つの雷弾を発射。
対するチェルシーは、
「だりーけど、行くよ~」
いかにも緊張感のない声とともに、チェルシーが右腕の人差し指をタクトのように振るう。
「!!」
途端、チェルシーの足元の影がゆらりと
直後、ぽこり、と影の中から、
それらは伸びあがるように
飛び散った黒い粘液は、あっという間に空気に溶けこむようにして消えたが、同時にティガの放った雷弾も、
(
第一試合の相手であったエルトシャルも呼び出していた人造精霊とは、マグスによって現実を定義する術理を
そして
「アタシが使うのは、特異属性の“影”……コイツらがいる限り、しょぼい雷弾程度は通じないね~……
チェルシーが言い終えると同時、彼女の足元の影が広がり、その周囲数メルテルに、まるで円形の沼のようなフィールドが発生する。
その表面は、まるで生きているかのような黒い粘体に包まれ、うぞうぞと
「くっ……」
ティガはその光景に、思わず踏み込みを
自然……接近戦のために
(まずいな)
バトルフィールドの外から見守っていたユーリは、内心でそう呟く。
ティガの
警戒されている以上、もはや二度目は通じないだろう。そしてティガには、いまだそれ以上の戦術の引き出しがないはず……。
一種の切り札でもある
「あれぇ、来ないのぉ~? ならコッチから行くよ~……じゃあみんな、そろそろ踊りの時間だぜぃ~……!」
チェルシーがにやにやと笑いながら、両腕を指揮者のタクトのように動かす。
「【影人形の踊り(ダンス・オブ・ブラッカブルズ)】」
再び、彼女の影が
今度そこから現れた人造精霊は、まるで黒一色で体表面が塗りつぶされた、不気味なマネキンのような姿だった。
さらに、ぬらりと影の中からそれが立ち上がるやいなや……その表面が、まるでバゲットパンを薄切りにしたように、ぺろりと
「……えっ!?」
ティガが目を
そんな彼女の前で、たちまち剥がれ落ちたものが、新たな一体となってゆっくりと立ち上がってくる。
そんな“分裂”が次々と続き、最終的に立ち上がってきたその数は……なんと十体以上。続いてそれらが、すっと空中を滑る不気味な亡霊のような動きで、ティガに襲い掛かってきた。
「ティガッ!」
セリカが焦ったように叫ぶ。
一方、その思わぬ展開に驚いた様子のティガだったが、ふうっと息を整えると、サンダーグラップを打ち鳴らし、組んだ両手を勢いよく頭上へと掲げる。
「ハァッ!」
「【破雷操裂弾(スパーキン・クレイモア)】!」
それらは一気に弾けたかと思うと、無数の小さな
バリバリ、と雷撃音が響き、攻撃を受けた黒人形は身体の
「や、やったわ!」
セリカが思わず声をあげるが……
ユーリはそんな様子を、冷徹に見つめて。
(ほぅ、隠し技があったのか。まあ、ティガのやつが、雷属性で助かったといえるが……)
見たところ、あのチェルシーが得意なのは、人造精霊の複数召喚による
電理魔術にはその属性により、それぞれ得意・不得意があるが、ティガの雷属性は、特に複数の同時攻撃に適しているのだ。
もちろん対象が分散すれば、一発あたりの攻撃力は下がるのだが、それは敵側の人造精霊召喚術も原理は同じ。
複数を同時に操るなら、一体あたりの人造精霊のパワーは、一体集中操作に比べて、相対的に低くなるのが普通だ。
「ど、どうよっ! あんな黒デク、いくら出てきたってっ……!」
バトルフィールドの中で、ティガが胸を張るように言うが。
「へ~、ティガちゃん、なかなかヤルぅ~……けどね~、言ったじゃん? アタシにゃ勝てないって」
チェルシーが腕を一振りすると……足元からまたも、黒人形たちが立ち上がってくる。それらは不気味に
「アタシに影魔術仕込んでくれたパパとママ、よく言ってたっけ~……『尽きぬ影の前に輝ける光なし』……質より量、これも
襲い来るそれらの黒人形を、今度は拳で迎え撃つティガ。
一体、また一体と黒人形たちが破壊されていくが、いかんせん多勢に無勢。
ティガの動きが疲れでだんだん鈍くなり、黒人形たちの芸の無い体当たりや無造作なパンチが、次第に命中するようになっていく。
ガリッ、バリッと音を立てるようにして、ティガの不可視の
「あれぇ~……ねぇねぇ、エルトシャル君の時に見せた、妙な
「アレは、と、とっておきなんだっ! 黙って見てろし!」
言いながら、ティガはなんとか数体の黒人形を殴り倒し、続いて最後の一体を蹴り伏せる。
「う~ん、ざ~んね~ん……それ、嘘……! いわゆるカラ元気ってヤツだねぇ~……そろそろティガちゃん、“電池切れ”でしょ?」
「……ッ!」
やっと全部の黒人形を倒したばかりのティガが、思わず顔をひきつらせた。
「せいぜい六発ぶん……さっきの試合も見てたし、ちゃあんと、計算してたんだよ~? アタシに先手取るため撃ったのと、雷弾三つぶんくらいの消費がある
「ち、違うしっ……!」
「ふふん、このアタシの
チェルシーがニヤリと笑ってそう呟くとともに、例の
すると、新たな黒人形たちが生まれたかと思うと、今度は押し合いへし合い、一斉に密集しはじめた。
「……な、何っ!?」
目を丸くするティガを
その大きさは、直径2メルテルはあるだろうか。
「さぁ、黒人形と、楽しいドールズトークの時間だよ~……【影血夜の秘め事(ミッドナイト・ブラッド・トーク)】」
ゆらりと動き出す、闇の巨大球体。それはまるで
ティガは慌てて左右を見渡しながら、拳でそれらを
それでもなお、暴れるティガだったが……不意に、球体の表面が
「くっ!? 放せ、このっ!」
もう一つ、さらにもう一つ……闇の海のような球体から上半身だけを出現させた黒人形たちは、その腕でティガの肩や
「ティ、ティガッ!」
思わず、セリカが叫ぶ。
そして、バトルフィールド内に沈黙が下りる……ティガの姿は、ついに巨大な黒い球体の中に、完全に引きずり込まれてしまったのだ。
上半身だけを突き出して残っていた数体の黒人形たちが、まるで嘲笑うように
そして漆黒の巨大球体は、不気味な怪獣の
果たして、その
セリカは冷や汗を流しつつ息を呑んで見守り、ユーリは無言で、小さく眉をよせた。
一秒、二秒、三秒……
そして……十秒、一分……
静まり返った模擬訓練場の中に、息詰まるような時間が流れていく……
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しばらくはバトル回です…!
当分は毎日朝7:00か夜19:00ごろ更新の予定です。つたない作品ですが、システム上、目次の最新話下にある★にて評価いただけますと、より時間をさいての更新や内容充実を図れますので、大変助かります!
また、応援、感想、レビューなどいただけますと、更新の励みになります!
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