第34話 消えぬ証 ★★★

 模擬訓練場内は、静まり返っていた。 

 何が起こったのか分からない……そんな風に、見物に集まった生徒たちは皆、呆然としていた。


 いったい誰が、信じられるだろう?

 星無しと一つ星シングルスターの間を行ったり来たり、という成績だった下位生徒……銀星組のティガ・レイスハート。そんな彼女が、仮にも二つ星ダブルスターで、【瞬速風精召喚しゅんそくふうれいしょうかん】の特質ギフト持ちである金獅子組のエルトシャル・ディドロを、鮮やかに叩きのめしたのだから。


 ごくり、と誰かが生唾なまつばを飲み込み、バトルフィールドに倒れ伏せているエルトシャルの姿を見つめる。

 だが、彼はピクリと背中を震わせ、うう……と小さくうめいたのみで、全く起き上がってくる気配はない。


 まさか、という驚きの色が、野次馬たちの顔に浮かび、それはあっという間に、周囲に伝染していく。模擬訓練場の観客席が、ざわつき始めたその直後。

 

 ハッとしたように審判役のイゴル教授が、模擬訓練場のシステムと連動した、エルトシャルの魔導バンドマグスレットの記録データを照合確認した。

 それから……彼は苦々にがにがしい顔で、愛用の白杖はくじょうを掲げると、場内に告げる。


「ヘ、ヘビィカウンター・ダメージッ! 即時クリティカルKOじゃ! 勝者……ティガ・レイスハート! 『カラフルブルーム』、まずは一勝じゃ!」


 クーデリアが信じられない、といった様子で顔を青ざめさせる。

 だが、それはまぎれもない現実だ。


 ティガの一撃により全バリアゲージを一気に失ってしまい、置換された痛烈なダメージを一度に精神に与えられたエルトシャルは、バトルフィールドの床の上に、完全に伸びてしまっていた。


 普段のキザっぷりもどこへやら、傲慢さの重い代償を支払った彼は、いまやすっかり白目を剥いて、口から泡を吹いている始末だ。


「ティガ……す、凄い……一発KOなんて!」


 セリカが、半ば呆然としながら、そっと呟く。

 そんなところに、ティガが喜びに飛び跳ねんばかりにして、バトルフィールドから走り出し、そのまま駆け寄ってくる。


「ウチ……勝った! 勝っちゃったよっ! 勝てたぁっ!!!」


 その勢いのまま、まるで幼い妹が姉の胸に飛び込むようにして、セリカに飛びついてくるティガ。

 それを両腕を広げて抱きとめつつ、セリカは満面の笑顔とともに、親友を抱きしめた。


「うん……ホント……! ホント、良かった……頑張ってよかった、訓練した甲斐かいがあったね! 嬉しい、嬉しいよ……私も……!」


「ありがとう! セリィッ!」


 感極まったように、ティガは叫びつつ。


「ウチ、ウチね……ユリっち、ユリっちが教えてくれた通りに……! でも最後の打ち上げの加速はさ、身体がまるで前から覚えてたみたいに、し、自然にね? あ、あれ? 目が……な、なんで……? あはは……ウチ、変だな」


 慌てて、服の袖でごしごしと顔をこするティガ。

 その目元が、少し濡れている。そこに、そっと後ろに立つ人影の気配。


「ま、一種のまぐれ、じゃあるだろけどな。エルトシャルあいつがお前をあざけってなぶるような真似なんざせずに、ストーム・ギガースを最初からさっさと呼び出してたら……お前の一撃が、あのタイミングであの人体の急所アゴさきに入らなかったら……さすがに、こうは上手くいかなかっただろうが」


「ユリっち……?」


 ティガが振り向くと、ひどく真剣な顔をしたユーリの顔が、そこにあった。


「はっ、一回勝てたくらいで、盛り上がってんじゃねえよ。次があんだろ。それはそうと、おい、ティガ……お前、なんで今、んだと思ってる?」


「へ……?」


「やっぱ、分かんねえか。しゃーねえ、完全にお節介だが、面倒見てやったついでだ……」

 

 ユーリは静かにティガを見つめて。


「それはな、自分でも無意識の底の底じゃ“意外だった”のが一つ。そんで同時に、もう一つ……お前が本当は“哀しかった”からだよ」


「……え?」


「お前よ、これまでずっと、心のどこかで、いろんなものをあきらめ続けてきただろ? どうせ自分なんかダメだ、どうせ庶民だからダメだ……どれだけ頑張ったって、やっぱり無理なんじゃないかって、心の底じゃな」


「……!」


「そう、中等部のころからソコソコ気合入れてきて、かつての親父さんみたいな魔装騎士になろうってよ。この学園に入った当初は、たぶんお前だって張り切ってたはずだよな? 


けど、ここは英雄の鍛錬場、名門中の名門たるマギスメイアだ。年が改まってから始まる早めの新学期、一週間ち、二週間経ち……高度な授業と小難しいテストが積み重なるうち、だんだんと付いていくのが辛くなってくる。やがて数か月も過ぎた頃にゃ、元から才能ある連中エリートどもに囲まれて、じぶんの限界が、才能の程度スケールがぼんやり分かってきちまった……そうだろ?」


「あ……」


 なぜ、というようにティガが、ユーリを見る。なぜ、分かるのか? というように。


「同時にな、一番最初は……悔しかったはずだ。けど、周囲との差を頑張って埋めようとして、二度、三度も失敗すりゃ、嫌でも分からされる……

これ以上やりゃ、さらに自分が傷つくことになる、みじめになるだけだってな?


だから、ヘラヘラ笑って、いかにも“世の中とか自分のってモンを、私はちゃんと知ってます”ってフリして、誤魔化ごまかしてきたんだろが。

 

 でもな、そうやって自分を卑下ひげするみてーに哀しく笑うたびに……心は、プライドは、ちょっとずつ削り取られてく。無意識の下でよ、心がちょっぴりずつ切れて、血を流すんだ。


自分で自分を見限みかぎって、可能性を一つ一つ切り捨てていくのはよ……誰だってつらいもんなのさ」


 呆然としているティガを、ユーリは冷たく見据えて。


「そうだ……確かに生まれついての魔術の英才ばかりが通うここじゃ、お前の能力は、ごく平凡で下位かもしれねえ……。だが、覚えとけ? お前は、してる。


こんな、カビ生えた古くせえ授業しかやんねえ甘ちゃんの学園でも、受け入れる側は、最低限の見極めはちゃんとやるもんだ。つまり今に至るだけの資質は、最初からお前の中にあった……そういうことなんだよ」


 ティガはいつしか、サンダーグラップを付けたままであることも忘れ、ぼんやりと立ち尽くしていた。

 セリカもその横で、そっとユーリの言葉に耳を傾けている。


「ウチの、資質……」


「俺がその隠れた可能性を看破かんぱした、なんて偉そうなことは言わねえ。ちょっとした予兆よちょうみたいなのはあったにせよ、お前みたいなヘラヘラした奴がどれだけやれるか、俺だって半信半疑だったからな……。


でも、お前はちゃんと努力した。面倒な幻魔モドキフェイカーを100体きちんと倒し切って、ハンデ外した後も必死で格上のセリカと組み手して、食らいついてよ……俺とだって、たまにはやり合ったろ? 


そんでスピナーだって、訓練期間の間、本気でずっと回し続けてたよな? 通学の時だって、授業の時だって、休み時間だって、マジでずっとな。


 俺は性格わりいからな、居眠りしながらも、ちゃんと確認してたぜ……で、それを見てたから、俺も訓練の最終日、雷光の鎧ブリッツガンドの基礎技術を、教えてやる気になったんだよ」


「そ、そうだったん? ユリっち……」


「ああ。炎に氷、地に風、闇に光に、特異系……どんな属性だって、基礎マグスを扱って身を守る魔防まぼう術は、一定レベル以上のやつなら覚えてて当然だかんな」


 さて、とここでユーリはいったん言葉を切り。


「ぼちぼち次の試合が始まんな? けど、これだけは言っとくぜ。つまるところは他人の物差しじゃねえ、“自分で自分をどれくらい認めてやれるか”どうか……


未熟者みじゅくもん同士がお手々ててをつなぐ、学生のレギオンごっこの意義なんて、俺は正直言や、今も半信半疑だ。


友情の絆なんて、クソの役にも立たねえ地獄がある。どれだけ心でおもっても、決して死に行くヤツにゃ届かねえ世界がある。つまるとこよ、人ってなぁ、最終的にはいつだってなんだ。


てめぇ一人で、こんな訳わかんねえ黄昏たそがれの世の中に放り出されて、てめぇ一人で、いつかは無明むみょうの闇の中に去っていかなきゃいけねえ……。


 なんも考えてねえ奴らが、やたらにもてはやす恋だの愛だのだって、まるで無力な領域……そんな虚無さ。


この“残酷かつ冷徹な世界の本質”の前じゃな……誰だって、無限の闇の海を前にして広がるうつろな砂浜に、たった一人、震えて立ってるガキも同然なんだよ。


あいにく神様に救われたことなんてねえ俺は、そいつを、よく知ってる……」


 その言葉の通り、ユーリはあの異界で全ての仲間をうしない……孤独な異界で、たった一人の戦役を、三十八年間、戦い抜いてきたのだから。


 そんな風に、親友ティガに向けて静かに話すユーリを、セリカはそっと見つめていた。


 どこか、胸がきゅっと苦しくなるような痛みを感じながら……。それは、あくまで無表情に語るユーリの横顔が、なぜか、実に寂しげで……遠い昔の哀しみに暮れているように見えたからだろう。


 けれどやはり、目をらしてはいけない、という気がして。この少年の背に追いつこうとするなら、絶対にそうしてはいけない、と感じて。


 セリカの瞳は再び、この蒼黒そうこく灰銀はいぎんが入り混じった髪を持つ、その不思議な少年に釘付けになる。


 いつの間にか、拳をそっと強く握り締めながら……そんな彼女の様子を他所よそに、ユーリはあくまで淡々と続ける。


「けどな? だからこそ……どんなくらい場所にいたって、それこそ世界の果てに一人だけだったって、いけねえ。なあ……自分で自分の限界を、勝手に決めんなよ?


 そんでティガ……お前はもう、努力の意味を知ってるだろが? 確かに、正面向いて現実受け止めんのは苦しいけど、そのぶんだけ、自分が秘めた可能性がひらめくコトだってある。


まぶしい稲妻で、あらゆる世界の限界を切り裂くいかづちの力……その精髄せいずいにちょっとだけ手が伸びたって実感、ちゃんとあんだろが?」


「う、うん……」


「そうだ、それでいい。それともう一つ、雷と言やあ……お前の力、雷属性は親父さんゆずりなんだってな? だったらちゃんと、引き継がれてんじゃねえか。


お前の親父さんはよ……アル中のクズじゃねえ。


確かに庶民育ちで、運には恵まれなかったかもしれねえが、根性のある立派な娘さんを、育て上げたじゃねえか。


ほんの小さな優位を勘違いして、偉そうにふんぞり返った貴族のクソ野郎をブン殴って勝ち取った、お前の一勝……そいつが、何よりの証拠だよ」


「えっ……!?」


「いくら心を壊したからって、足をやっちまって引退したからって、終わり方がみじめだったからって……皇国の街一つをまもった事実は消えねえ。心底、尊敬すべき魔装騎士だと、俺は思うぜ」


「っ! な、なんでユリっちが、父さんのことを……!」


「さあな……ところで、そんなティガ・レイスハートさんに一つ。怖~い軍のお姉ちゃん……多分今日もどっかから模擬訓練場ここを見てる、さるお方から、預かったもんがあんだよ。昨日きのうの夜中、その秘書官さんが、俺んとこに届けてくれたのさ」


 ユーリはそう言って、ポケットから小さなものを取り出し、ティガへと無造作むぞうさに投げ渡す。


 小さな白銀色の輝きを放つそれは、夢尾鷹ゆめおだかと剣の紋章が入った、精緻せいちつくりのメダルだった。


「こ、これ……は……?」


「そ、それ、もしかして……皇軍特別勲章……?」

 

 ハッとしたように、セリカが息を呑む。

 ユーリは小さく頷き。


「ああ。それも工業城塞魔導都市ポリス・ノルンの誇る魔導合金、オリハルコン製だ。あそこの生き残りの市民がみんなで金を出し合って、軍と一緒に高価な材質で鋳造ちゅうぞうしたっていう、文字通り特製のな……」


 ティガがじっと、その輝かしい栄光のあかしに、目を落とす。

 その表面には……確かにある男の名が彫り込まれていた。その家名の部分には、誇らしげに輝く黄金の縁取ふちどりとともに、「レイスハート」という文字が記されている。


「とある魔装騎士サマの忘れもんだ……この前、ちょいとその“怖いお姉ちゃん”と話す機会があってな。


ついでに裏の留め金を外しゃ、勲章とは別に、ガチの純錬じゅんれんオリハルコンのプレートが一枚入ってる。かなりの値打ちもんのな? それで、家の借金だって返す足しになんだろ……」


 ティガは、ティガ・レイスハートは、じっとそれを見つめると……ぎゅっと目を閉じて、その小さな輝きを握り込んだてのひらごと、そっと胸に抱きかかえた。

 それがまるで、今は亡き誰かの魂の欠片かけらでもあるかのように……


 やがて、熱いしずくが……

 少女の浅黒い頬を伝い、まだ若い、細くたおやかなラインを描く顎からポトポトとしたたったかと思うと、地面に小さな染みを作っていく。


 ティガは無言でグイと服の袖で顔をぬぐうと、そこからは涙を、一滴でもこぼすまいとするように。

 黙って天を仰いで、顔を赤くしたまま、ほぅっ……と小さな息をつく。


 親友のそんな姿を見ているうち、なぜか……感極かんきわまったように自分でも涙が溢れてきて……

 セリカは、そっとおのれの目元をぬぐった。


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今日は少し、内容バランス見つつ書くのが難しかったです……!


当分は毎日朝7:00か夜19:00ごろ更新の予定です。


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