第34話 消えぬ証 ★★★
模擬訓練場内は、静まり返っていた。
何が起こったのか分からない……そんな風に、見物に集まった生徒たちは皆、呆然としていた。
いったい誰が、信じられるだろう?
星無しと
ごくり、と誰かが
だが、彼はピクリと背中を震わせ、うう……と小さく
まさか、という驚きの色が、野次馬たちの顔に浮かび、それはあっという間に、周囲に伝染していく。模擬訓練場の観客席が、ざわつき始めたその直後。
ハッとしたように審判役のイゴル教授が、模擬訓練場のシステムと連動した、エルトシャルの
それから……彼は
「ヘ、ヘビィカウンター・ダメージッ!
クーデリアが信じられない、といった様子で顔を青ざめさせる。
だが、それはまぎれもない現実だ。
ティガの一撃により全バリアゲージを一気に失ってしまい、置換された痛烈なダメージを一度に精神に与えられたエルトシャルは、バトルフィールドの床の上に、完全に伸びてしまっていた。
普段のキザっぷりもどこへやら、傲慢さの重い代償を支払った彼は、いまやすっかり白目を剥いて、口から泡を吹いている始末だ。
「ティガ……す、凄い……一発KOなんて!」
セリカが、半ば呆然としながら、そっと呟く。
そんなところに、ティガが喜びに飛び跳ねんばかりにして、バトルフィールドから走り出し、そのまま駆け寄ってくる。
「ウチ……勝った! 勝っちゃったよっ! 勝てたぁっ!!!」
その勢いのまま、まるで幼い妹が姉の胸に飛び込むようにして、セリカに飛びついてくるティガ。
それを両腕を広げて抱きとめつつ、セリカは満面の笑顔とともに、親友を抱きしめた。
「うん……ホント……! ホント、良かった……頑張ってよかった、訓練した
「ありがとう! セリィッ!」
感極まったように、ティガは叫びつつ。
「ウチ、ウチね……ユリっち、ユリっちが教えてくれた通りに……! でも最後の打ち上げの加速はさ、身体がまるで前から覚えてたみたいに、し、自然にね? あ、あれ? 目が……な、なんで……? あはは……ウチ、変だな」
慌てて、服の袖でごしごしと顔をこするティガ。
その目元が、少し濡れている。そこに、そっと後ろに立つ人影の気配。
「ま、一種のまぐれ、じゃあるだろけどな。
「ユリっち……?」
ティガが振り向くと、ひどく真剣な顔をしたユーリの顔が、そこにあった。
「はっ、一回勝てたくらいで、盛り上がってんじゃねえよ。次があんだろ。それはそうと、おい、ティガ……お前、なんで今、涙が出たんだと思ってる?」
「へ……?」
「やっぱ、分かんねえか。しゃーねえ、完全にお節介だが、面倒見てやったついでだ……」
ユーリは静かにティガを見つめて。
「それはな、自分でも無意識の底の底じゃ“意外だった”のが一つ。そんで同時に、もう一つ……お前が本当は“哀しかった”からだよ」
「……え?」
「お前よ、これまでずっと、心のどこかで、いろんなものを
「……!」
「そう、中等部のころからソコソコ気合入れてきて、かつての親父さんみたいな魔装騎士になろうってよ。この学園に入った当初は、たぶんお前だって張り切ってたはずだよな?
けど、ここは英雄の鍛錬場、名門中の名門たるマギスメイアだ。年が改まってから始まる早めの新学期、一週間
「あ……」
なぜ、というようにティガが、ユーリを見る。なぜ、分かるのか? というように。
「同時にな、一番最初は……悔しかったはずだ。けど、周囲との差を頑張って埋めようとして、二度、三度も失敗すりゃ、嫌でも分からされる……
これ以上やりゃ、さらに自分が傷つくことになる、
だから、ヘラヘラ笑って、いかにも“世の中とか自分の分ってモンを、私はちゃんと知ってます”ってフリして、
でもな、そうやって自分を
自分で自分を
呆然としているティガを、ユーリは冷たく見据えて。
「そうだ……確かに生まれついての魔術の英才ばかりが通うここじゃ、お前の能力は、ごく平凡で下位かもしれねえ……。だが、覚えとけ? お前は、仮にもココの入学試験を突破してる。
こんな、カビ生えた古くせえ授業しかやんねえ甘ちゃんの学園でも、受け入れる側は、最低限の見極めはちゃんとやるもんだ。つまり今に至るだけの資質は、最初からお前の中にあった……そういうことなんだよ」
ティガはいつしか、サンダーグラップを付けたままであることも忘れ、ぼんやりと立ち尽くしていた。
セリカもその横で、そっとユーリの言葉に耳を傾けている。
「ウチの、資質……」
「俺がその隠れた可能性を
でも、お前はちゃんと努力した。面倒な
そんでスピナーだって、訓練期間の間、本気でずっと回し続けてたよな? 通学の時だって、授業の時だって、休み時間だって、マジでずっとな。
俺は性格
「そ、そうだったん? ユリっち……」
「ああ。炎に氷、地に風、闇に光に、特異系……どんな属性だって、基礎マグスを扱って身を守る
さて、とここでユーリはいったん言葉を切り。
「ぼちぼち次の試合が始まんな? けど、これだけは言っとくぜ。つまるところは他人の物差しじゃねえ、“自分で自分をどれくらい認めてやれるか”どうか……
友情の絆なんて、クソの役にも立たねえ地獄がある。どれだけ心で
てめぇ一人で、こんな訳わかんねえ
なんも考えてねえ奴らが、やたらにもてはやす恋だの愛だのだって、まるで無力な領域……そんな虚無さ。
この“残酷かつ冷徹な世界の本質”の前じゃな……誰だって、無限の闇の海を前にして広がる
あいにく神様に救われたことなんてねえ俺は、そいつを、よく知ってる……」
その言葉の通り、ユーリはあの異界で全ての仲間を
そんな風に、
どこか、胸がきゅっと苦しくなるような痛みを感じながら……。それは、あくまで無表情に語るユーリの横顔が、なぜか、実に寂しげで……遠い昔の哀しみに暮れているように見えたからだろう。
けれどやはり、目を
セリカの瞳は再び、この
いつの間にか、拳をそっと強く握り締めながら……そんな彼女の様子を
「けどな? だからこそ……どんな
そんでティガ……お前はもう、努力の意味を知ってるだろが? 確かに、正面向いて現実受け止めんのは苦しいけど、そのぶんだけ、自分が秘めた可能性が
まぶしい稲妻で、あらゆる世界の限界を切り裂く
「う、うん……」
「そうだ、それでいい。それともう一つ、雷と言やあ……お前の力、雷属性は親父さん
お前の親父さんはよ……アル中のクズじゃねえ。
確かに庶民育ちで、運には恵まれなかったかもしれねえが、根性のある立派な娘さんを、育て上げたじゃねえか。
ほんの小さな優位を勘違いして、偉そうにふんぞり返った貴族のクソ野郎をブン殴って勝ち取った、お前の一勝……そいつが、何よりの証拠だよ」
「えっ……!?」
「いくら心を壊したからって、足をやっちまって引退したからって、終わり方が
「っ! な、なんでユリっちが、父さんのことを……!」
「さあな……ところで、そんなティガ・レイスハートさんに一つ。怖~い軍のお姉ちゃん……多分今日もどっかから
ユーリはそう言って、ポケットから小さなものを取り出し、ティガへと
小さな白銀色の輝きを放つそれは、
「こ、これ……は……?」
「そ、それ、もしかして……皇軍特別勲章……?」
ハッとしたように、セリカが息を呑む。
ユーリは小さく頷き。
「ああ。それも工業
ティガがじっと、その輝かしい栄光の
その表面には……確かにある男の名が彫り込まれていた。その家名の部分には、誇らしげに輝く黄金の
「とある魔装騎士サマの忘れもんだ……この前、ちょいとその“怖いお姉ちゃん”と話す機会があってな。
ついでに裏の留め金を外しゃ、勲章とは別に、ガチの
ティガは、ティガ・レイスハートは、じっとそれを見つめると……ぎゅっと目を閉じて、その小さな輝きを握り込んだ
それがまるで、今は亡き誰かの魂の
やがて、熱い
少女の浅黒い頬を伝い、まだ若い、細くたおやかなラインを描く顎からポトポトと
ティガは無言でグイと服の袖で顔をぬぐうと、そこからは涙を、一滴でも
黙って天を仰いで、顔を赤くしたまま、ほぅっ……と小さな息をつく。
親友のそんな姿を見ているうち、なぜか……
セリカは、そっと
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今日は少し、内容バランス見つつ書くのが難しかったです……!
当分は毎日朝7:00か夜19:00ごろ更新の予定です。
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