第33話 風雷戦 ★★★


 そして何日かが過ぎ……いよいよ、レギオン・バトル当日となった。

噂は早くも学内魔導SNSを駆けめぐり、放課後の模擬訓練場もぎくんれんじょうは、見物人でいっぱいとなっている。

 

 そんな賑わいの中……白銀色の髪をなびかせて仁王立ちしたクーデリアが、審判役のイゴル教授が見守るのを横目に、ユーリたちにビシリと指を突きつけ。


「あら、『カラフルブルーム』さん、無事全員がそろいましたのね……一人も逃げずにこの場にやってきたこと、まずはめて差し上げてよ!

 ま、“逃げ出していたほうがまだよかった”というぐらいの赤っ恥をかくことになるかも、ですけれど……?

 まさに、お~ほっほのオホーツク海! カニシャケ食ったら、クマうめえ! ですわっ!」


(オホーツクって、どこの海だよ……)


 白銀令嬢ことクーデリア・アーンスラッドの相変わらずの妙なテンションに、いい加減面倒くさくなり、ツッコミは内心のみに留めたユーリ。

 その横で、セリカは苦笑いし、ティガも呆れたような表情で見つめている。


 だが、そんな中にあっても、クーデリアは決して己のペースを崩すことはない。これはまあ、いつだってそうだが……なぜならそれこそが、皇国各地から白眉エリートが集うこの学園で、彼女がひときわ輝く「白銀令嬢」たる由縁ゆえんなのだから。


「さて、皆さんお待ちかねのようですし、さっそく始めましょうかっ! まず、こちらから……先鋒は、エルトシャル・ディドロッ!」


 高らかにクーデリアが宣言すると、後ろに控えていたエルトシャルが、すっと前に足を踏み出す。


 クーデリアの『シルバーアンジェラ』のレギオンメイトたちとともに、見物の野次馬やじうまどもがわっと沸く。伊達男だておとこ気取りのエルトシャルは、片手を軽くあげて、声援にこたえる素振そぶりまで見せる余裕ぶりだ。


「こっちも出んぜ。ほら、ティガ・レイスハート選手・・……お前がうちの先鋒だ、気張れよ」


「う、うん……!」


 ちなみにユーリたちは、試合の出場順をクジ引きで決めており、ユーリは最後である。もちろん【マグネシス】でクジを操作する不正を行ったのだが、セリカたちには黙っていた。


 無理もない、万が一、自分が先鋒で出るようなことになってしまったら、わざわざ苦労に苦労を重ねて限り、そこらの雑草を引き抜くように、軽々かるがると三人抜きしてしまうだろう。そうなれば、これまでの劣等生ぶりと合わせて、嫌でも目立つ。目立たざるをえない。

 そのへんを誤魔化すのが面倒くさいがゆえに、二人を鍛えたようなところもあるのだから。


 何はともあれ、そんな風にユーリにうながされ、ティガが緊張した面持ちで、前に出る。これまで特訓を受けてきたとはいえ、その態度は、やはりどこか自信なさげではあった。


 なにしろティガは、成績なら最下位クラス……星無しノースターか、調子が良くてもせいぜい一つ星シングルスターである。


対して、相手のエルトシャルは、クーデリアには及ばないが、順位は常に十桁台の二つ星ダブルスターなのだから。


 これは通常ならば、到底勝ち目はない戦いだ。学園内でこの星の評価は絶対……くつがえせない壁だと思われている。また逆に、そうでなくては評価軸として意味をなさない。


 傍目はためにも、ティガの足の動きはシャチほこばっていて、どうもかなり固くなっているようだった。


(ティガ……大丈夫かしら?)


 心配そうな視線を送るセリカだったが、ユーリが微動だにせず腕を組んで見守っているのに気付き、ふと思いなおす。


(そ、そうだ……! ユーリ君、昨日の訓練後、わざわざティガを呼んで何か教えてたもんね……きっと、秘策めいたものがあるんだわ……!) 

  

 そんな中……

 対戦者のエルトシャルとティガ以外、両レギオンの全員がバトルフィールドを退出したことが確認され、イゴル教授の合図で、試合の始まりを告げるブザーが模擬訓練場に鳴り響いた。


 同時にフィン……と静かな音がして、バトルフィールドは、魔術ダメージ置換モードに切り替わる。


 このモードが働いている間は、有効範囲内の人間の身体は、特殊な耐久力を持った不可視のバリアで覆われる。

 魔術やマグス操作技術によるダメージは全て受けた者の精神的な痛みに変換され、魔導バンドマグスレットと連動し、脳に伝わってくる仕組みだが、その分、バリアゲージは減少していくのだ。そして、どちらかのそれがゼロになった時、勝敗がつく。


 皇都の電理魔導管理アルカディアシステムとも直結した、マギスメイアが誇る模擬訓練場……そのハイレベルな設備と精緻な機器類があってこそせる、電理技術の結晶たる特殊機能である。


 かくして、エルトシャルとティガは、ついにバトルフィールドで対峙する。  

 だがエルトシャルは開口一番、傲慢ごうまんな態度で言い放った。


「ちっ……俺の相手が、セリカ・コルベットじゃないとはな。こちらもここまで、何もしなかった訳じゃないぜ。我がディドロ家が代々仕える、アーンスラッド家のクーデリアお嬢様……我が優美なる主マイスターの前で、俺の修業成果を見せてやろうと思っていたんだがな? 


まあいい、せっかくだから、クーデリア様のみならず、学園中に見せつけてやるさ……俺の風魔術かぜまじゅつで、お前らのちっぽけなプライドが、ズタズタに切り裂かれるところをな!」


 己の魔装武器マギスギアらしい、青緑色あおみどりいろの細いレイピアを構えたエルトシャルが、皮肉たっぷりに言った。


 ティガはもちろん、ユーリのことも眼中に入れていない様子だ。シド学長の手回しで、ユーリの成績は常に調整され、可もなく不可もない目立たない順位や数字が出されることになっているので、無理もないが。


「な、なにさ、そっちこそっ! 白銀令嬢サマの金魚のフンのクセにっ!」


 ティガが雷拳手甲サンダーグラップをまとった拳を腰に当て、胸を反らして言い返すが、いかにもから元気、虚勢きょせいを張っているという雰囲気はいなめない。それを見て取ったエルトシャルは唇を歪めて。


「はっ、庶民の雑魚ザコメスが……ムネばっかりに栄養がかたよった、乳牛みたいな空っぽ頭でも分かってるよな? このトリア・グラディトルは、先鋒・副将・大将の三人勝ち抜き戦だ。対戦者の一方のダメージ置換バリアゲージがゼロになるか、魔装武器マギスギアを破壊・機能停止させられたら、負けだぞ?」


「あと“降参”した時も、っしょ! あんたなんかに、言われるまでもないよっ! さあ、矢でもマグス銃てっぽうでも持ってこいって! それとも、偉そうな大口フカシをピュウピュウ吹くしか能がないんっ!?」


「言ったな、こいつ……アル中の魔装騎士くずれ、皇国軍の面汚つらよごしの娘風情ふぜいがあっ!」


「……ッ!」


 その罵倒に、ティガの顔が一気に険しくなる。

 いつかマルクディオが嘲笑ちょうしょうのネタにしたその話は……学園内では、それなりに有名なものらしい。ぐっと唇を噛んで黙り込んでしまったティガに、エルトシャルは、底意地の悪い笑みを浮かべて言い放つ。


「クズの娘はクズってな……せいぜい実家の酒の海に溺れて、父親ともども、愚かな夢を見てろ」


「夢、だって……? ウチはね、幻魔に追われて皇都に逃げ込んできたじいちゃんの代から、確かにずっと皇国の下層民だよっ! でもあんたらお貴族サマはさ、貧乏庶民の抱く夢がどんなもんか……まるで知らねえっしょ? 毎日毎日働いて、稼ぎはあんたらの屋敷庭の、敷石しきいし一つの価値にもなりゃしない。


明日は不味い黒パンじゃなくて、ちょっとは高級な白パンが食べたいって……パンだけじゃねー、あんたらが毎日食ってる何の変哲もない料理すら、かつてのじいちゃんらにとっちゃ、年に一度のご馳走ちそうだったんだっ!


で、クズ拾いから苦労に苦労を積み重ねて、小さな酒場兼料理屋を始めて……ようやくウチの一家は、ここまでになったの! 人生一発逆転って気合入れた父さんが、高給取りの軍に入った時にゃ、親戚中がお祝いしてくれた……これで、ウチの将来は安泰あんたいだってさ……」


「はぁ……くだらん身の上話にも、そろそろ飽きたぜ? で、その親父も幻魔との戦いで、廃人同然になってくたばった……所詮はメンタルもクソ雑魚だった、ということだろ。


ま、スタート地点が違う。精神の在り方、強さが違う。うちのお嬢様を見ろ、美貌も家柄も財産も才能も……持てるものは全てを持っている、これが、世界の仕組みだ。


わきまえるんだな、いくら魔術や技を鍛えようと生まれは生まれだ。クズ親からはクズな娘しかできないのは、道理だろ?」


「くっ、あんた……! い、言わせておけばぁっ!!」

 

 ティガの身体に、白い雷光とともに、怒りのマグスが満ちていく。それをせせら笑うようにして、エルトシャルは、軽く片手のレイピアを振って。

 

「おっ、さっきまでカチコチだった身体もほぐれて、やる気になってきたみたいじゃないか。敵に塩を送っちまうとは、俺も罪な男だぜ。


ま、そろそろ、始めようか……喰らって驚け、俺の百八式まであるかぜ魔術、“タランテラ風牙ふうが流”の秘術をとくと……うぉっ!?」


 エルトシャルが 驚いたようにのけぞる。そこに解き放たれた猟犬のように襲いかかったのは、ティガの放った三つの雷弾である。


「き、貴様! 一瞬で、こんな数の雷弾らいだんをっ!?」


 青緑色のレイピアを振り、風のマグスでそれを打ち払うのに精いっぱいとなったエルトシャルは、慌てたように叫んだ。


「ああ、あんたがさんざん揶揄からかってくれたおかげでさ、ウチもやるべきコト、思い出したんだわっ! ごたく並べずに先手必勝! まったくお貴族様の侍従おつれってのは、無駄に礼儀正しいねっ!」


 有無を言わせず、大きく踏み込んだティガが、一瞬にしてエルトシャルのふところ肉薄にくはく。驚きで姿勢を崩した彼に、寸撃雷拳ワンインチ・パンチを撃ち込もうとする。

 

エルトシャルは「くっ……」と小さく呟くと、慌てて風のマグスを発動し、床をすべるようにして移動すると、ティガから距離を取った。


(……ひょっとして、ウチ、わりにイケる!? もしかしたら、この調子で……!)


 ティガは内心で呟き、赤い舌で、ちろりと小さく唇をなめた。

 ユーリに教えられ、幻魔モドキフェイカーの大猿相手に、何度も繰り返した電光石火ブリッツ戦術だ。相手を見下し、油断しきっていたエルトシャルには、まさに効果てきめんというところか。


 ティガの意外な健闘に、場内がざわつく。クーデリアも、ハッとしたような驚きの表情を浮かべて、バトルフィールドを眺めた。


「くっ、この由緒ゆいしょある名乗りを最後まで聞かないとは、礼儀知らずが! いいぜ、ならその無礼ごと罰してやる……【風刃よ舞い狂え(ストーム・ブリンガー)】!!」


 少し離れた距離から放たれた、エルトシャルによる風の攻魔術こうまじゅつ

 たちまち、ティガの身体が、鎌鼬かまいたちに包まれ、縦横無尽に切り裂かれる。


「どうだっ……! 巨大牛きょだいうしをも倒す、この威力! これこそがタランテラ風牙ふうが流の第一のきばだ!」


「ぐっ……!?」


 ティガは両腕を交差させたクロスブロックで、その風の猛攻に耐える。だが……エルトシャルがニヤリと笑ってレイピアを突き出すと、吹き荒れる風が竜巻へと変じ、風刃ふうじんの攻めが、さらに一段と激しさを増した。

 やがてティガの身体は、まるでその竜巻に覆い包まれたように、広範囲に吹き荒れる風圧の中に閉じ込められ……


(こ、これって……!?)


 絶句するティガ。その身体の周囲で、ガリガリと何かが削れる音がする。訓練場のシステムが生み出す、対戦者を保護するバリアゲージだろうか。同時、雷のマグスが生む白い光が、ティガの身体の周りで悲鳴を上げるように、バチバチと何度も弾けた。


「第二のきば、【風の獄門塔(タワー・オブ・ストゥーム)】……。しかし何を仕掛けてくるかと思ったら、ただの奇襲どまりか。ふっ、つまらない……ただまあ、俺だって貴族の慈悲は持っているんだ。


バリアゲージを削り切られた挙句あげく、最後に服まで裂かれて嫁入り前の肌をさらさんうちに、とっとと降参するんだな。所詮しょせん、庶民の下卑げびた戦術では、貴族相手じゃ勝手が違ったというところか、ハッ!」


 嘲笑あざわらうエルトシャルに対し、ティガは小さくうつむいたまま……小声で。


「違う……かな、確かに」


「ん? ビビったあげくの降参か? その暴風の中だ、もっと大きな声を出さんと聞こえんぞぉ?」


 耳に片手を添えるようにして、嫌味たっぷりな態度を取るエルトシャル。


「それも違う、ってんだ……! そう、ウチがビビってんのは確かだけどさ……!」


 猛烈な魔術の風域の中に、バチバチと音を立てて唐突に稲妻が走ったかと思うと、周囲に放電めいた雷光が飛び跳ねる。


「ビビるくらいに……!! あんたお得意の風魔術がねっ!」


「な、何っ!? ま、まさか……バリアゲージバリアHPがまったく削られていない、だとっ!?」


「ユリっち、ありがと! 余らせた雷弾三つ分……マグス操作で作る“雷光の鎧ブリッツガンド”、確かに役に立つわ!」

 

 それは、通常なら拳を強化するマグスに、さらに雷弾のエネルギーを加えて成形し、身体を覆う高等魔技。ユーリはついに雷弾を六つ扱えるようになった段階で、ティガにそれを教えたのだ。


 今のティガにとって、自分が扱える雷弾が増えたことは、一種の攻防自在こうぼうじざい武器のストックが増加したのと同じ意味がある。それは、ときに弾となり盾となる、雷の偉大なる恩恵なのだ。


(でも、忘れちゃダメっしょ! ウチの武器は……何より、速度・・だもんね!)


 エルトシャルがひるんだ隙をとらえ、ティガはすぐさま、足にマグスをまとわせる。あのビジョン・クエスターの電理仮想領域内での浮遊状態を保つ訓練は、ここでも確実に効果を発揮し、スムーズに足にマグスが行き渡っていく。


 そして……暴風領域から、文字通り稲妻のように飛び出したティガは、マギスギアに覆われた右拳を、弓弦ゆづるのように背中いっぱいまで引き絞った。


「お、俺を守れッ! ストーム・ギガース!」


 慌てたエルトシャルの前方、呼びかけに応じたように立ち現れたのは、風のマグスで作られた人造電理精霊じんぞうでんりせいれいだ。


 突進してくるティガに向け、たくましい身体つきの青い肌の人造精霊は、巨大な拳で殴り掛かるが……


 そのパンチは、ティガの雷をまとった左腕のサンダーグラップによって、受け流されてしまう。


 同時に軽く身体を捻るような動きを加え、まるで豹のようにしなやかな動きを見せたティガは、そのままスルリとエルトシャルの懐に入り込む。


「パ……パリイこぶしさばきだと!? ……そんな安物の魔装武器で!? ど、どこでそんな高等わざをっ!」


「へっ、こっちは三つ目で、固い尻尾まで振り回してくるヤツとさぁ……100回も接近戦ガチンコの特訓をやってたんだっ! そんなの、余裕だしっ!」


 そのままティガはエルトシャルの懐に飛び込むと、引いた右腕のエネルギーを全解放し、同時に身体を沈み込ませる。


次いで、足にマグスを走らせて超加速すると、そのまま身体ごと伸びあがるようにして、思い切りエルトシャルの顎を突き上げた。


「ぐっはああああっっっ……!?」


 まさに間近で打ち上げられた砲弾のような、雷の炸裂そのものの圧倒的な一撃。

 それはエルトシャルの身体を空中に浮かせ、そのままきりもみ状態におちいらせて、一気に数メルテルも吹き飛ばした。


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第一試合終了……!?


当分は毎日朝7:00か夜19:00ごろ更新の予定です。つたない作品ですが、システム上、目次の最新話下にある★にて評価いただけますと、より時間をさいての更新や内容充実を図れますので、大変助かります!


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