◆第四章 レギオン抗争/反逆者たち

第32話 夜の通話者

 セリカらがビジョン・クエスターの訓練を終えて女子寮に帰っていったその後……

 ずいぶん夜もけたころ、ユーリがベッドに寝ころんで本を読んでいると、ベッドサイドに置いてある万能軍章が、黄金色の光をまとって、振動し始めた。


「ん……」


 最初は無視しようとしたユーリだったが、呼び出し音は一向に鳴りやむ気配がない。

 仕方ない、とばかり万能軍章を開き、面倒くさげな声を出す。


「……俺ですが」


「やあ、ユーリ。元気にしていたか?」


 通話口の向こうで、凛とした女の声がする。


「ヘカーテ軍司令ですか……こんな夜更けに、何の用です?」


 いかにも気乗りしなさそうに、突き放したような口調でいうユーリに、ヘカーテはさして動じる様子もなく。


「そう愛想のないことを言うなよ。ふふ、君は最近、なにやら面白い遊びを始めたみたいじゃないか」


「……何のことでしょう?」


「とぼけても無駄だ。幻魔モドキ……偽物フェイカーに関するデータが収められている皇国軍ネットワーク上の機密情報ファイルに、悪戯いたずらしたろ? 私でなければ気づけなかっただろうが……」


(ビジョン・クエスターの訓練があったからな。こっそり幻魔モドキフェイカーのデータを移送したのに気づかれたか……さすが“食えない女”ってとこか)


 そう考えたところで、ユーリはさっさと戦略を変更……あえて平然と答える。 


「ああ……ちょっとしたデータ整理のついでみたいなもんですよ。そもそもあの元データになった幻魔の情報を提供したのは、大部分が俺ですし」


 通話口の向こうから、ヘカーテの呆れたような声が響く。


「おいおい、あれは皇国軍全体の共有データだろ……著作権めいたものでも主張する気か?」


「それぐらいは、主張してもバチは当たらないと思いますがね。異界の底、深階層を這いずり回って俺が・・持ち帰ってきた貴重なデータですから。……何なら、まだ秘匿ひとくしてある異界深層の超級幻魔のデータ、善意・・で追加してもいいんですがね?」


「ふふ、確かに……そう言われちゃ、私も返す言葉はないな。降参だよ」

 

 ヘカーテが肩をすくめた気配が、伝わってくるようだった。

 途端、ユーリが持つ万能軍章の光が増したかと思うと、部屋の空中に、絶世の美女たる軍司令の姿が映し出される。

 どうやらヘカーテが、音声通信から、立体映像通信に切り替えたらしい。


「それはそうと、本題だ。ユーリ、なんでも君はクラスメイトのセリカ嬢とティガ嬢のレギオン……確か名前は『カラフルブルーム』だったか、に入ったらしいな?」


「まあ、まさに妙な流れで、ってヤツでして。仕方なく、ですね」


「報告を受けた時には、どういう風の吹き回しかと思ったが……ふふ、いいじゃないか。ラベルナ大公家の七女様たる美人と、気さくで善良な酒場の看板娘。ようやく君の学園生活も、華やかに色づいてきたんじゃないか?」


「言ったでしょ、俺はここで、のんびりやり直したいだけだ……少女向け電理コミックみたいな恋のスリル、ドキドキワクワクの色恋物語みたいなものは、一切求めちゃいないんで」


 ちなみに、この学園を指定したユーリの本当の目的については、ヘカーテにも知らせていない。もっともこの勘の良すぎる美女は、何かしら程度は悟っているかもしれないが。


「どうだかな? そもそもユーリ、私が思うに、君には癒しが必要なんだ。自身で分かっているかどうかは知らんが……私にはときどき、君の魂が“ここに在りながら、ここにない”。そう、奇跡的な生還を遂げながら、今も魔領域をさ迷っているような気がするのさ。そうじゃないか?」


「……」


 ユーリは無言。

 

「私は女だが、それなりに同性・・とも遊んできたから、分かるつもりだよ。夜のとばりの中で魔晶ランプに映える、殻を剥きたてのゆで卵のような、つるりとした肌の手触り。


ゼリー菓子のような柔らかさと肉感的な身体の丸みに、つややかな口紅の色……心が空虚さに満ちているとき、美しくたおやかなに触れるのは、絶え間ない戦火の下で、一時いっときの癒しになるものさ」


「……司令は、詩学部出しがくぶでか何かでしたっけ」


「いや、ガチガチの軍立魔術学校レンネル出だが、何か?」


「じゃあ、旧時代のエロ親父ですか。勘弁かんべんしてくださいよ、俺はあんたみたいな、元遊び人じゃない」


「おっと、もちろん、男としての責任も忘れちゃいけないが……凛とした才媛のセリカお嬢さんは言わずもがな、意外なところといっちゃ失礼だが、ティガさんも、庶民的で明るいご家庭ってヤツを築いてくれそうだぞ? 


お父上は雷使いの魔装騎士だったというしな、共通の話題も多いんじゃないか」


「はぁ、いきなりなんです……? 今度は、親戚の世話焼きオバさんの真似事まねごとですか? 俺の色恋沙汰いろこいざたなんて、放っといてください」


「おい、“オバさん”は絶対禁止だ、せめてお姉さんと言え。これでもオーバーワークのストレス過多で、肌の張り具合が、ちょっと気になってる年頃なんだからな。デリカシーというものに欠けてるぞ?」


 口を尖らせて遺憾いかんの意を示すヘカーテ。その姿は珍しく、威厳に満ちた軍司令としてのものではなく、まだ若い女性としての愛嬌が前面に出ている。


(ちっ、このギャップがまた、オッサンたちを手玉に取るには有効ってわけだよな……こええ怖え) 


 内心で呟くユーリだが、一応フォローはしておこうと考え。


「いえいえ……司令はまだまだお若いですよ。その美貌に凛としたお姿、皇国中の全魔装騎士の憧れですって……マジで・・・!」


「下手なご追従おせじをありがとう。まあ、私も正直、“ワタシってまだまだイケてる”ぐらいには思っちゃいるがな」


「あ、はい」


 そこから一変して、ヘカーテはどこかさとすように。


「いいか少年ユーリ、何事も若いうちが花だぞ? こんな時代だ、身を固めるなら早めに……皇国と人類のために、君のような人材こそ、優秀な遺伝子を後世に残すべきだという話もあってだな? 君は仮の身分や戸籍だって用意されてるんだ、何の問題もない。


そうだ、もし年上の方が好みというなら、なんなら私が君を養ってやっても……ふふ、たっぷり可愛がってやるぞ?」


 揶揄からかうつもりか、ヘカーテは、そんなことを言いつつ妖艶に笑ったが、ユーリはピシャリと。


「それは、セクハラ女上司あんたが嫁に行ったら考えますよ。もちろん俺以外のところに、ですが」


「むぅ……確かになかば冗談だったが、逆に言えば半分は本気で、だな……」


 いい加減面倒めんどうになってきたユーリは、さっさと話を別方向に振る。


「それより司令、さっき言ってましたが……ティガ、ティガ・レイスハートの父親について、ご存知なんですか?」


 ユーリがそれを気にしたのは、訓練中、ときどきティガが、妙な勘の冴えを見せることがあったからだ。成績だけなら、ほぼ最下位近くだということだったが……ビジョン・クエスター内の環境適応の早さなど、意外に彼女には面白い資質がある、と感じていた。


「む? ああ……彼は、皇国の軍人だったのさ。具体的には、第六北防大隊ノーザスガーディナ所属……皇都北方の城塞魔導都市ポリス・ノルンを守るため、幻魔との最大の激戦地に配属されていたんだ。


……ノルン防衛戦といえば、その悲惨さについては、君も知っているだろう?」


「……部隊の約60%が死亡、重傷者が25%ちょい。近年の皇国でもまれにみる、最低最悪の消耗戦ですね。城塞魔導都市ポリスが守りきれたんで、軍史上は辛うじて勝利した、と見做みなされちゃいるが、実質的には大敗も同然でしょう」


「ああ。なにしろ相手は、八王魔の中の一柱【千腕巨獣神ギガト・タイランティス】とその眷族だったんだから、不思議はないが。


とにかく、幾多いくたの尊い犠牲のおかげで辛うじて街は守られ、彼もなんとか皇都に帰ってきたが、脚に深手ふかでを負ってしまったらしくてな。


よくある話だが、魔装騎士はそのまま引退って流れだな。しかも生き地獄のような激戦で、戦友たちの惨たらしい死をさんざん目撃してしまったわけで……心的外傷後ストレス障害PTSDというやつだな、帰還してから、心を病んでしまったというのも無理はない」


「……」


「その後の叙勲式にも、結局顔を見せなかったそうだ。生存者に配られた皇国の特別戦功勲章も受け取らず、ひっそり去ったようだな。


ま、全ては私がこの地位に上り詰める前、まだ秘密調査部の仕事をしていた時に聞いた情報だよ。だが、そんなティガさんだからこそ、君の仕事や過去・・にもご理解はあるだろう。案外、悪くない花嫁候補かもしれんぞ?」


「またその話ですか? これ以上俺を揶揄からかうなら、この通話、切りますよ?」


「おっと、そう言うな。まだ大事な話が残ってる……そう、今度のレギオン・バトルだ。学園内の魔導SNSで、密かに話題になってるらしいじゃないか。私もお忍びで、見物に行かせてもらうつもりだぞ」


「は? ガキの授業参観じゃねーんだ、ヤボな真似はやめてくださいよ」


「くくっ、野暮な真似ついでに、一つ有益ゆうえきな情報をくれてやろう。ちなみに、相手の白銀令嬢ことクーデリアお嬢様は、イゴル教授を審判役に選んだぞ。成績優秀な彼女は、教授にとってもお気に入りの生徒らしくてな?」


「ふぅん。でも、それが何か?」


だろ。教授も含めた衆人環視の只中ただなかで、君の実力や素性がバレるようなことがあったら……いさぎよく、いずれは改めて軍への復帰を考えてもらうからな?」


「ちっ、やっぱりその流れですか。せいぜい上手くやりますよ……それくらい、俺ならわけはない」

 

 ユーリはそう答えて、立体映像上の美人女司令ヘカーテを、不敵に見返してから。


「そもそも、軍に復帰するも何も、この前のグリフォン退治の報酬すら、もらってないでしょうが。


俺は今は、正式にはあなたの指揮系統下にいる軍人じゃないんだ、固定給だって受け取っちゃいない。まさか、タダで働けなんて無法なことは言わないでしょうね?」


「ああ、そうだったな……金銭かねは早急に振り込んでおくよう、メルゼ秘書官に言っておこう」


「いや……思いつきました、金の代わりに一つ、あなたに少し無理を言って、手に入れたいモノがあるんですがね」


「……?」


 そして、ヘカーテのエメラルドのような深い緑色の瞳を、ユーリはじっと見つめた。


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お待たせしました、次こそはバトル展開です!(ホントか?)


当分は毎日朝7:00か夜19:00ごろ更新の予定です。つたない作品ですが、システム上、目次の最新話下にある★にて評価いただけますと、より時間をさいての更新や内容充実を図れますので、大変助かります!


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