第31話 異形の幻影

「はああああっ!」


 雲が浮かぶ青い空を背負うように、二人の少女が空中で対峙する中……セリカの裂帛れっぱくの気合とともに、赤き炎剣が横にぎ払われる。


「わわわっ!!」


 慌てた様子のティガは、足先のマグスを操作……その一閃を、身体を沈み込ませるようにして避けた。すっと軸をずらすようにティガの現在高度が下がり、炎剣の横なぎは、その金色の髪ギリギリのところを掠めて、空を切ったのみ。


(なるほど……ここだと、左右だけじゃなくて、上下も使って動けるのね)


 セリカは、感心したように、内心でそうつぶやいた。

 ティガは咄嗟とっさの勘でそうしただけだろうが、ある意味で、鋭い戦闘感覚を持っているとも言える。


 この電理仮想領域で標的を追えば、必然、前後左右だけでなく上下運動による回避行動までも見据えなければならない。

 訓練になる、といえば、これほど効率の良い場もないだろう。


(さすがユーリ君ね……! でも……彼っていったい、どれくらいにいるんだろう……)


 感嘆しながらも、セリカはつい、そんなことを思ってしまう。

 この“場”を、ユーリはビジョン・クエスターを改造することで、作り上げたと言っていた。


 どこで学んだのか、その技術自体も想像を絶するが、要は「その環境における戦闘訓練の有用性を、完全に理解・把握はあくしていた」わけで……


 多分、自分たちがここで学べることなど、ユーリにとっては“はるか前に通り過ぎた場所”ということになるのだろう。


(本当に、凄い……私、もしかしたら唯一無二ゆいいつむにの“理想の教官様”に、めぐり合えたのかもしれない。この幸運に、心から感謝したいくらいだわ……!)

 

 だが、そんな思考に気をとらわれ過ぎたか。


「せやァっ!」


 一直線に突き出された、ティガの雷をまとった右拳……それに対するセリカの反応が、少し遅れた。


「……ッ!」


 セリカが首をねじり、紙一重でそれをかわすと、幾筋いくすじか宙に流れた薄銀苺色ベリーブロンドの髪のみを打ち抜いて、雷気らいきを含んだ風が耳元を走り過ぎていった。


 お返しとばかり、セリカは少しかがみこみ……しなやかな脚のバネを活かした蹴りを、ティガの胴体目指して振り出した。


「むっ!」


 ティガはそれを、左腕の雷拳手甲サンダーグラップで受け止め、力を込めて押し返す。

 一本足で身体を支えていた、セリカの体勢が崩れた直後……


 ゴッ、と音を立てて、ティガの左フックが、セリカの胴を目掛けて襲い掛かってきた。


 セリカはそれを、くるりと上体を回転させつつ、そのまま宙に浮く奇術師きじゅつしのような動きで回避。


「ふぅ、危なかったわね……」


「さっすがセリィ……やるじゃん!」


 ティガが苦笑ぎみに、白い歯を見せた。


 先程ティガが見せた下へ避ける動きに対して、セリカの動きは、上軸への移動という“応用”である。


 さすがに、セリカは理解が早い。  

 実はこの空間では、あらゆる行動に、周囲360度のケアが必要になってくる。


 相手を攻め立てる時だけでなく、自分が敵の攻撃をけようとする時にも、通常空間ではあまりない「上下」という概念が、選択肢に入ってくるわけだ。

 

 つまり、空中では浮遊状態を保つべく常にマグスを適度にコントロールする必要があり、攻防においては、常に高い精神集中力と精緻ちみつな戦術センスが求められるという、非常な鍛錬密度たんれんみつどが見込める環境……


(もしここで、数日も頑張ったとしたら、訓練効率はどれくらいあがるんだろ……二倍、もしかして数倍、とか!?)


 セリカはそんなことを考えながら、この電理仮想空間で対峙している金髪の親友の姿を、改めて見つめる。


 そして、視線同士がぶつかり合い……次の瞬間、魔装武器マギスギアにマグスをまとわせた二人は、息を合わせたように同時に叫ぶ。


「【紅蓮烈掌波】(スルトゥナ・パーム)」

「【雷衝破弾(ブリッツ・バレッツ)】!!」

 

 赤と白の魔光まこうが輝き、ちょうどセリカとティガの真ん中で、衝突した魔術波が弾けあう。


 その余波で吹き飛ばされた二人は、空中でくるりと回転しつつ体勢を整え、改めて魔装武器マギスギアを構え直す。

 周囲に再び、武器と魔術で打ちあう激しい攻防の音が響き始めた。


 ※ ※ ※


 一方ユーリは、そんな二人の様子を、立体表示コンソール内の、仮想ビジョンで眺めていた。


 そこには、二人の少女が互いに位置を入れ変えあい、力を尽くして技を打ち合う姿が、映画の映像のように、くっきりと映し出されている。


 そんな勇ましい様子は、だが彼からしてみれば、まるで羽根のない二人の天使が、空中でじゃれ合っているようにも見えた。


「ふん、だいぶサマにはなってきたな。そろそろ、いいだろ……アイツらには本当のネクストステージに、進んでもらうか」


 ユーリはそう言うと、コンソールを操作する指の動きを速めながら、人の悪い微笑を浮かべた。


 ※ ※ ※

 

「「!?」」


 電理仮想領域の中。

 セリカとティガは、揃って顔に、疑問符を浮かべていた。


 異変……つい今しがた、彼女らの足元で、これまで自在に扱えていた身体の浮力がすっと消えてしまったのだ。


 続いて襲ってきたのは、一瞬、画面がフェイドアウトしたかのような暗闇。

 それから唐突に、すとんと足元に、まるで現実世界のような、重力と地面の感覚が生まれた。


 気づくと、空中を浮遊していた感覚はいつの間にか消え失せ、足元には、無味乾燥な白いタイルを敷き詰めた床が広がっていた。

 きょろきょろと周囲を見回す二人。


 見ると、上空もこれまでの雲が浮いた蒼穹ではなくなっており、深い闇に、不思議な赤や青の光がときたま点滅する、まるで宇宙のような空間に置きわっていた。


「な、何が起きたの……!?」


「分からんって。ちょっと、ユリっち! どしたんよ!?」


『……』


 ユーリからの返答はないが……。

 代わって、彼女らの視線の先に現れたものがある。


「っ! これって……い、生き物なん!?」


「いえ、教本と立体映像で似た存在を見たことが……も、もしかして……!」


 暗闇の中、不気味に燃えるような目を輝かせているのは……二体の怪物だ。


 一匹は、数メルテルはある巨大な猿人えんじんのような姿で、額には第三の眼が備わっている。

 そしてもう一匹は、グロテスクな甲羅を背負う、奇妙な角蜥蜴ツノトカゲのような姿をしていた。


『そう、お察しの通り“幻魔”だ……と言いたいとこだが、厳密には違うぜ。軍が使うビジョン・クエスター内限定の新兵訓練用の電理ゴーレム。いわば幻魔に似せた幻魔モドキで、偽物フェイカーって呼ばれてる。……お前らそれぞれ、今出せる全力で、ソイツらとやり合ってみろ』


 恐れおののく少女二人の耳に、ユーリの声が、重々しく響き渡った。


「「……!?」」


 直後、セリカとティガは、同時にハッとした。再び周囲に変化が発生したのだ。

 いつの間にか、二人の間に、薄っすらと透明な壁が生まれている。


 その壁は、一瞬で二人の間を仕切り分けただけでなく、四方しほうと上空全てに、逃げ場なく張り巡らされてしまったのだ。

 

 ちょうど、まるで四方しほう数メルテルを囲んだ透明な檻の中に、それぞれ別に閉じ込められたような形である。


 そしてもちろん、互いの檻の中には、恐るべき同居者が存在する。

 セリカの相手は甲羅を背負った角トカゲ、ティガの相手は、三つ目の巨大猿人だ。


 まるで、互いに孤立させられて猛獣と戦ったという古代闘技場の剣闘士のように……試練しれんが始まろうとしているのだ、と二人は同時に悟る。 

 

『そこは電理仮想領域だかんな、環境や登場させるモンは、そこそこ自由自在なんだよ。


そもそもフェイカーソイツらは、俺が軍の登録データをいじって、そこに再現させたもんだ。だから所詮しょせんはデータの塊で、たいしたもんじゃねえ、が』


「そ、そうなんだ、ウチ、ビックリしたよぉ! まったくもう、ユリっちは鬼教官なんだからっ! それじゃ、とにかくコイツらをぶっ倒せば、強くなれんだねっ!?」


『いや……そんな簡単な話じゃねえよ。大体、フェイカーの強さは本物の幻魔にはまったく及ばねえ。データ上、お前らに釣り合うように調整してあんだよ』


「ああ、そうなの……? で、でも、こんなに迫力があるのに……?」


 二体の幻魔モドキに向かって呟くセリカに対し、ユーリは。


『当たり前だろ、『恐声』も使ってこねえ、いわば練習用のデクだぞ……この程度の模擬訓練で、本物相手に役立つわきゃないんだ、そこは勘違いすんなよ? 


ただ、少なくとも実戦慣れはするし、あの白銀令嬢サマとの試合までに、お前らを付け焼刃やきばで強くするには、手っ取り早いってことだな』


「ああ、なるほど……」


「さすがユリっち、合理的ぃ! ……でも、学園のマグス電源、メチャ消費しそうだね……」


『もちろん、学園の電源に直結してるぶん、こっそりバレないように起動してっからここから試合までの間くらいしか使えねえ、いわば“奥の手”だな。


ちなみにティガ、お前は大猿とって、特質ギフトの【アクセラ―】で発動加速した雷魔術から、接近戦に持ち込むときの感覚をつかめ。

その大猿の凶暴な拳はもちろん、筋肉のかたまりな尻尾にゃ気をつけんだぞ?


セリカは同じく【チャージ】の訓練……その甲羅持ちの角トカゲは、炎吐きまくるし爪と牙は鋼鉄並み、しかもガチンコにタフだ。一定以下の威力の炎魔術じゃ、特殊な甲羅に無効化されて仕留められねえからな? 


チカラ溜めながら攻防をしのいで、【チャージ】かました高火力の炎魔術を撃ち込むパターンの練習だと思え』


「OK! やってみるっ!」

「分かったわ……!」


 二つの返事がそろったところで、ユーリはニヤリと笑って。


『ちなみに、フェイカーから受けたダメージは、リアルな身体にゃ反映されねーけど、さっきの組み手と違って、脳が“痛み”は感じる設定だからな? そうでなくっちゃ脳内物質が分泌されねえし、人間誰もが本来備えてる動物的な生存本能が働かねえ。


言ってみりゃ“死地こそが個人のフルの成長を引き出す”んだよ。さらに、今なら期間限定の特別ボーナスもついてんぞ……』


 ユーリは、そこで言葉を一度切って。


『そいつら、あと100体・・・は出せるだけのデータ、準備してあっから。全力かつ、途中でバテずに、最後までしっかりやり切れよ』


 し、死んじゃう……と呟き、そのまま絶句してしまったセリカと、その横で鬼だの悪魔だの叫ぶティガの声を無視して、ユーリはお手並み拝見、とばかりに両腕を組み直したのだった。


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今日は図書館から借りてきたコミック「プルートゥ」を読みます! …と思いましたが、よく見たら3巻だけが歯抜け! ありえん! マジか…!


当分は毎日朝7:00か夜19:00ごろ更新の予定です。つたない作品ですが、システム上、目次の最新話下にある★にて評価いただけますと、より時間をさいての更新や内容充実を図れますので、大変助かります!


また、応援、感想、レビューなどいただけますと、更新の励みになります! 

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