第29話 マキシモ魔導商会②
呆れ気味のセリカを
「代わりに、なんかあったら頼むぜ?最近、このあたりも物騒なもんでな。ここに来る前に、路面鉄道が止まってたろ? なんでも、西小門
「ああ、魔導SNSがその話題で持ちきりだったな……しかし、妙な話だな。なんでまた、いきなり列車が爆発したんだ?」
「それがな、よく分からんらしい。ただなにせ、運悪く鉄衛師団の詰め所が列車の
「ふぅん……」
さして気乗りしない風な
「……?」
セリカが
「幻魔の襲来や魔領域の発生
「それくらいなら余裕だ。あんがとな、助かった……それじゃ、代金はツケで頼むわ」
「いえ! あ、あの、やっぱりお金なら私が……ちょっとだけど、家から仕送りもあるし……あまり気が進まないけど、いざとなればお父様に借りるって手も!」
慌ててセリカが言うが、ユーリはそれを
「黙って見てろって。そもそも俺の顔が
「えっ……? で、でも、私の訓練のための道具なのよね? さすがに……」
セリカが戸惑うのも無理はない。ラベルナの公女とはいえ、生まれの複雑さや家庭教師らの影響もあり、セリカは家族の中でもとくに“庶民派”だ。
さらに女子寮では平民出身のティガと一緒に暮らしていることもあり、一般の金銭感覚はある程度分かっているつもりなのだが……
そこに、マキシモ親父がまた豪快に笑って。
「お嬢ちゃん、心配するな。こいつは今は確かに貧乏学生なんだろうが、本来なら凄え金持ちなんだ。
何しろ自由にならんとはいえ、凍結されてる大口給与口座の一つや二つ……」
「凍結された……給与、口座……?」
セリカが小首をかしげ、ユーリが再びマキシモ親父に鋭い視線を投げかけたことで、親父はいやあ、すまんすまん、ついうっかり、と
実のところ、ユーリが皇都の小金持ちの財産など優に上回る金を持っているのは本当のことだ。
軍を追われた時に莫大な懲罰金を科せられたとはいえ、本来、皇国を護る軍の将兵は、一般庶民より遥かに高給なのだ。
さらに、仮にも皇国十二魔将の第一座たるユーリであれば、その俸給は通常軍人の十数倍にも相当していたのである。
とはいえ、その金を管理する秘密口座はヘカーテ司令により凍結されており、ユーリとて自在には使えないのもまた事実だったが。
「しかし、こいつはこうして軍の
ちったあ、裏街で飲む打つ買う、のオトナの道楽ってもんでも、
髭を撫でながら、親父が苦笑する。
「うっせ。薄汚えオッサンが。てめえみたいなデリカシーのないオヤジにゃ、なりたくねーんだよ」
「飲む、打つ、買う……? 例のエーテルペッパーのことかしら……?」
きょとんとするセリカだったが、次にはハッとして。
「でも、“打つ”ってまさか……注射器!? やっぱり違法薬物なの……!?」
「だから、
「くくっ、確かに生真面目なお嬢さんだな……! いいかい、美人さん? 大人の男が“飲む打つ買う”ってのはだなぁ……」
ユーリは親父のそれ以上の軽口を
「……とにかく、俺はこの店じゃツケが利くから代金の心配は無用ってこった! 面倒な話は、コレでしまいにすんぜ」
なおも疑問げな表情のセリカを片手で制して、ついでにマキシモ親父も睨んでおく。
やれやれ分かったよ、というように頭を振ると、マキシモ親父はユーリに、ぽん、と品物を投げ渡しながらセリカに言う。
「ちなみにお嬢さん、そのスピナーだが、量産品じゃねえから、ちょっと使用者に合わせて
少し、奥の工房に付き合ってくれや。俺の娘にアシストさせるからよ」
「え? は、はい……」
見るからに高級品っぽいスピナーを手に、素直に頷くセリカ。それを見つつ、マキシモ親父は店の奥へと振り返ると、大声で叫ぶ。
「おい! こちらのお客さん、軍用ハンド・マグススピナーのお買い上げだ! 炎属性のお方だぞ、ちょいと合わせを頼むわ!」
は~い、と返事があり、たちまちエプロンをしたちょっとした美人が現れた。
年齢は二十そこそこだろうか。どうやらこれがマキシモ親父の娘で、店員として親の仕事を手伝っているらしい。
彼女はセリカを愛想よく案内して、奥へと消えていく。
セリカがおずおずと振り返るのを、ユーリは「構わないから行けよ」というように、さっさと手を振って追い払った。
それからおもむろに。
「へえ、あれが娘さん? 見るのは初めてだけど」
「おうよ、カカァ似だ。美人だろ? しかもイラストの才能もあんだ。このエプロンの可愛い猫ちゃんだって、アイツの作品なんだぜ?
ちなみに超才色兼備な俺の娘に手ェ出しがったら、顔の形が変わるまでぶん殴るからな?」
と親父は
「はっ……誰が。でも、あんたに似ずに、本当に良かったな」
「言ってろ! それよりお前こそ、あのお嬢ちゃん、凄い美人じゃねえか、皇都でもちょっと見ないくらいのよ……いやいや若いって、いいねェ~!」
いい加減しつこいぞ、と顔をしかめたユーリに、ガッハハ! と笑ったあと、親父はふと小声になり。
「……それはそうと、お前、今、マギスメイアに通ってるんだっけ?」
「さっき、そう言ったよな?」
「ふ~む、ここら
「……暗黒街の、ガラクタ市場にか?」
ユーリは少し目を細めて言う。
「まあな。ガラクタといえば聞こえはいいが、中には違法改造された電理魔装武器や、うさんくさい犯罪者の使う
マギスメイアで
とはいえまあ、イキがってそういうのに手を出す馬鹿なガキは、どこにだっているもんだがな」
親父が苦い表情で続ける。
「それだけじゃねえ。ちょいと物騒だから、あの綺麗なお嬢ちゃんには言わなかったが……さっき話に出た魔導列車の爆発な……」
もったいをつけた親父の意味深な物言いに、ユーリの目が鋭い光を放ちつつ、少し細められた。
「凄まじい高温で、線路が夏場のキャンデーみたいに曲がって、車体の鉄の
「そこまでのあり得ねえ高熱が? ……つまりは魔術使用の疑いアリ、か?」
「さあね。ただ、肝心カナメの鉄衛師団の団員が、列車の爆発や事故直後のことを、何も見てねえって話なんだな」
「はぁ? あの詰め所は、確か皇都の電理魔導障壁の、西小門を守る大事なポジションだろ。昼間っから酒でも喰らって、眠りこけてたってオチか?」
「いや。どうも見慣れねえ
まだ小さい妹がワンワン泣き叫ぶんで、対応に団員どもは大わらわだったらしくてな? 全てはその間に、って流れだよ。
しかも事故が起きた後、そのガキどもの姿は綺麗さっぱり、消えちまったらしい……」
「……」
それを聞いて、ユーリはしばし無言になる。
すでにユーリの頭脳は、鋭く回転を始めている。
(闇市場の暗器と言えば、確か、あの赤毛の
しかも、あのドルカ・ナイフはかなりの
そんなユーリのしかめっ面を見て、マキシモ親父が言う。
「まあ、滅多なことはないと思うが、気をつけるこった。そうだ、何かあったら、あのお嬢ちゃんを守ってやれよ? お前があの子の騎士様になってな!」
ガッハハ、と豪快にシリアスムードを笑い飛ばしたマキシモ親父に、ユーリはただ、小さく肩を
それから、ユーリはふと思い立ったように。
「そうだ、マキシモ親父。それとは別に、もう一つ、買いたいものがあんだが……」
「おう、なんだ?」
「……エーテルペッパー。今度は純水仕立てで頼むわ。色ついてないヤツな」
「おいおい、またツケで、かよ……
まあいいや、お前のこった、これはいわば
マキシモ親父はそう言って、似合わないウインクを送ってよこした。
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ちょっと長かったので、一応分割しておきます! こちら後半部になります、すでにお読みいただいた方は、すみません! 明日の更新から、最新話となります。
当分は毎日朝7:00か夜19:00ごろ更新の予定です。つたない作品ですが、システム上、目次の最新話下にある★にて評価いただけますと、より時間をさいての更新や内容充実を図れますので、大変助かります!
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