第28話 マキシモ魔導商会

 その店は、裏街うらまちの片隅……本当に、裏路地うらろじの奥の奥にあった。小汚い扉の上には“マキシモ魔導商会”なる看板がかかっている。

 

 手慣れた様子でユーリが扉を開けると、ドアに付けられた鉄の鈴が、チリン、と鳴った。

 直後、ドアがきしむ音がやけにうるさく響き、セリカはきょろきょろと店内を見渡す。


 壁沿いに並んだ棚は、中古の様々な電理魔装武器のほか、軍からの放出品らしい回復薬ポーションや魔晶ランプ、簡易テントや着古した特殊軍服のたぐいが並んでいる。だが、カウンターは無人。


「おいマキシモ親父、いるか?」


 ユーリが店の奥に声を掛けると、奥から面倒くさそうに返事があった。


「……なんだ、客か。しかもユーリじゃねえか、表でバイ・ライドのでかい音させながら来やがって」


 のそのそと出てきた壮年の男性は、もう四十歳は少し越えているか、という雰囲気。

 だが……タンクトップを着たその身体つきは、まさに筋骨隆々きんこつりゅうりゅうとした大男というのがぴったりくる。この狭い店では圧倒的存在感を放っているが、身体と同じく巨大なエプロンは、どうもちぐはぐだ。


 というのも、このエプロンの布地に入っている、ピンクのハート入りの子猫のイラストに問題がある。


いかにも可愛いそのイラストは、いかついオッサンの雰囲気とは、どう見ても凄まじいギャップが生まれてしまっているのだ。


 イラストの横に入っている文字を見るに、どうやらこの子猫ちゃんは「マキニャンちゃん」なる店のマスコットキャラらしいが……。


「そういや、魔導SNS通さずに、直接会うのは久しぶりだっけか。……ま、元気そうで何よりだわ」


「ふん、相変わらず愛想ってのがない奴だ。こっちも商売はボチボチだがな……そういやこの前、代引きで送ったエーテルペッパーの新作はどうだった? あれをひと箱分と言われた時には、オレも驚いたが」


 なるほど、あの妙な飲み物の出どころはここか、と合点するセリカ。しかし、あの味はどうなんだろう……。今思い出しても、舌が妙にヒリつくような気がする。


「なかなか、イケるフレーバーだったぜ。また頼む」


 ユーリは軽く親指を立てて言う。どうやら彼的には合格だったようだ。基準がさっぱり分からないが……


「再入荷したらな。で、今日はなんだ? わざわざ顔を出すとは……それに、女連れとは珍しいな」


 そう言って、親父はちらりとセリカを見る。

 セリカが慌てて、ぴょこりとお辞儀をするのを横目に、ユーリは。


「ああ、ちょっと訳ありでな。彼女、しばらく俺が訓練の面倒を見ることになった。マギスメイアの生徒で、俺んとこの級長やってる才媛だよ……クラスメイトってヤツ。通称、“お姫様”だ。ククッ」


「はぁ、姫ぇ?」


 ユーリの冗談めかした言い方に、いぶかしげに眉を寄せるマキシモ親父。


「あっ、もう!」とでも言ったような表情を浮かべるセリカに、ユーリはそっと視線を戻し。


「おおっと、こりゃ言わねえ約束だったか。ごめんな」


 それがいかにも軽い調子なので、セリカはちょっと唇を尖らせたが、すぐに表情を正し。


「いえ、その……は、はじめまして!どうも、ユーリ君のクラスメイトのセリカ・コルベットと申します。彼が、いつもお世話になっております……!」


「ほうほう、これはこれはご丁寧に。こちらこそ、ウチのバカ息子が、いつも世話になってるみたいで、すまないねえ、セリカさん!」


親父がニヤつきながら言う。


「おい、誰がバカ息子だ。アカの他人同士だろが」


ユーリの抗議も他所よそに、あれ、この挨拶って何か……妙な雰囲気だな、とセリカが思った直後。


違和感の理由に思い当たり、彼女の顔が、ほんのり赤くなる。いつか見た電理コミックで、確かヒロインが彼氏の親に結婚の挨拶をするシーンが、こんなやりとりから始まっていた……


しかしマキシモ親父は特に気にした様子もなく、ただ豪快に笑い飛ばした。


「いやあ、軽い冗談だ! にしてもユーリ、お前がこんな綺麗なお嬢さんを、このむさくるしい店に連れてくるとはねえ。


美女と野獣とまではいわねえが、なんか初々ういういしいじゃねえか! がっはは!」


「親父、こいつはお固くて生真面目な級長様なんだ、あんましからかうなよ。……俺ら、帰っちまうぞ?」


 じろり、とたしなめるようにユーリが親父をにらむ。


「はは、すまんすまん。オレの悪いクセだな! 


でもお嬢ちゃん、そいつは長い事、ずっと“ご傷心中しょうしんちゅう”だったからな、いろいろコジらせてるが、頑張れよ!


 で……どうだ、え? もう接吻せっぷんくらいはしたのかい?」


 セリカは凄まじくフライング気味の、まるでデリカシーのない親父の切り込みに、びくり、と背中を跳ねさせるようにして、慌てて訂正ていせいする。


「ええっ……!! い、いえ! あ、あの私たちは、そういうんじゃ……! ここにはその、訓練用品を買いに、ですね……」


「おい! だからいい加減に、余計なこというの、やめろって」


 呆れたように少し語気を強くしたユーリに。


「ふん、もうこれくらいにしとくさ。それにしてもお前が、こんなご令嬢の訓練教官の真似事とは、元気になったもんだ。ガッハッハ!」


「ちっ……言ったろ、いろいろと訳ありなんだよ」


 顔をしかめたユーリに、マキシモ親父はさすがに真顔になり。


「で、今日は何が必要だ、魔装武器マギスギアの修理パーツか?」


「ああ、だいぶ前に掘り出し物を買ったろ? 例のハンドスピナー……彼女、炎属性なんだわ。その訓練用にね」


「なるほどな。いいぜ、そいつなら各種取り揃えてる。ちょっと待ってな」


 やがてマキシモ親父が店の奥から持ってきたのは、外殻に赤い塗装がほどこされたスピナーだった。


「コイツは新兵訓練隊からの流出品で、先日入荷したばかりのヤツだ。炎属性のマグストレーニングにはぴったりだと思うがな」


「よし、もらおう。いくらだ?」


「おいおい、試しもしないで、チラッとだけ見て即決か? さすが、そのへんは目利きだな……そうだな、値については120万ソルってとこだが、お前なら100万でいいぜ」


(えっ! そ、そんなお金、とても……)


一瞬絶句したセリカだが。


「OK! ……っていいたいとこだが、ツケといてくれ。実は、今はしがねえ学生暮らしで、いろいろあって持ち合わせがな?」


 平然と言い放つユーリ。


「……そんなこったろうと思ったぜ」


 呆れた顔を見せたマキシモ親父だが、こちらもこちらで、あっさりと承諾する。


「まあ、ならツケってことでいい」


(えっウソ、こんなあっさり……? どういうノリなの⁉︎ この二人は……)



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長かったので、一応分割しておきます! すでにお読みいただいた方は、すみません!


当分は毎日朝7:00か夜19:00ごろ更新の予定です。つたない作品ですが、システム上、目次の最新話下にある★にて評価いただけますと、より時間をさいての更新や内容充実を図れますので、大変助かります!


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