第26話 約束の時間

 そしてやってきた、翌日の放課後。

 急いで戻った女子寮の部屋で、セリカは壁に取り付けられた、大きな姿見すがたみの前で悩んでいた。


「う~ん、やっぱりこれも似合わないかな……色もなんだか微妙だし」


 セリカは、着込んでいた青い薄手のカーディガンをいそいそと脱ぎ、先程試着して脱いだばかりの白いワンピースを、再び手に取ってみる。


「うん、こっちのほうが良いかも! デザイン的にも春っぽいし。あ、でも季節感なら、あっちのスカートの色のほうが……?」


 ああだこうだと悩んでは、いっこうに着ていく服が決まらない。 

 一方、とっくに実家の手伝いに帰る支度したくを済ませ、明るい茶色のバッグを持ったティガが、ひょいと部屋の仕切りの間から顔を出し。


「セリィ、何やってんの~? 確か約束は17時に噴水広場っしょ! そんなんじゃ遅れちゃうよ? ……う~ん、やっぱ、ウチがついてこっか?」


 昨晩、パジャマトークの間に、ちゃっかり本日の待ち合わせ時間をセリカから聞き出した彼女は、セリカを揶揄からかうように言うと、ニヤリとしてから、ワザとらしく小首をかしげてみせる。


「あ、だ、大丈夫だよ! ティガこそ、お店の手伝いしっかりね」


「うん、そっちは心配いらないっしょ。何せ、子供ガキの頃から手伝ってっから、慣れたもんよ。さっといって、仕込みの手伝いだけ済ませて戻ってくっから! ウチには、ユリっちに借りたスピナーちゃんが待ってっからね♪」


「ふふ、早速さっそく今日も回してるんだ、張り切ってるわね」


「まーね、なんか成果出てるなって実感すっと、ヤル気になってきちゃって! これまで、あんまし勉強とか訓練とかで実力向上? っての、面白いって思ったことなかったけどさ、今、メッチャ楽しいし嬉しいの! 


 ウチ……絶対絶対、今度のレギオン・バトル、頑張りたいんだっ!」


「いいねいいね、その調子よ!」


 ティガを励ますように、にっこり笑うセリカ。


「それより……服装一つでそんなに悩んでるセリィは珍しいね。基本サバサバ系だし、いつもならササッと決めちゃって、そこまで迷ったりしないじゃん」


「そ、それはティガとお出かけする時は、別に気をつかう必要ないじゃない? でも、やっぱりユーリ君相手だと……何だかちょっと、勝手が違うっていうか……」


「あははっ……マジで? いやいや、自分で言ってたじゃん! デートとかじゃない、みたいなことをさ!」


「そ、それはそうなんだけど……いざ出かけるとなると、服の色とか形が、なんか妙に、気に入らなくなってきて……」


「はぁ~……セリィって、生真面目を通り越して完璧主義すぎ! そもそもユリっちって、そんなに相手の服装とか気にする性格でもないっしょ! 


 これはカンだけど、アレはウチの弟の一匹と同じ、あんま服装こだわらない系男子だよ……何だったら、色の合わせとか考えるの面倒で、適当に黒っぽいので揃えてきちゃったりするタイプっつ~か?」


(あ~、そうかな? なんか分かるかも……ユーリ君って、結構ラフな人っぽいもんね)


 この前のユーリの部屋のシンプルさや、普段の何かと気負わない態度を思い出し、セリカは「よし!」と決意する。


「うん! 確かに、悩んでるのが馬鹿らしくなってきたわ……! もういい加減に、このぐらいで決めちゃおう!」


 ティガの助言もあって、ようやくいつもの調子を取り戻したセリカだった。


※ ※ ※


 その後、実家に向かうティガと別れ、セリカは中央街の噴水広場に急ぐ。

 だが途中、数分ごとに手鏡を見ては髪の乱れを直したり、服のしわを伸ばしたり。

 はたまた、魔導車の行き交う大通りを渡れず困っているお年寄りを手助けしたりしているうち、なんだかんだと時間が取られてしまい……

 到着したのは結局、約束の17時をやや過ぎたか、という微妙な時刻だった。


 広場の片隅に見慣れた少年の姿を見つけ、セリカは慌てて駆け寄る。


「ユ、ユーリ君! ご、ごめん……少し先に来てくれてたんだ!? 待った? どれくらい……?」


 はあはあと息をつきながら、セリカが言う。

 ユーリは半分くらい読みかけの、手にした電理書籍を閉じ、何気なく。


「いや、俺もさっき来たばかり……って言いたいとこだが、まあ、数分かな」


「あ~、ホント、ごめんなさい……実は、ちょっと支度に手間取っちゃって……」


「ん? ああ、気にすんな、こっちが少し早めにきたせいもあっからな」


 結局、この日セリカが選んだのはオーソドックスな白系のワンピース。さらにお気に入りのデザインバッグを下げて、足元は品の良いハイヒールという服装だ。


 一方のユーリは……シンプルな飾りラインの入った黒のぴったりしたライダー風ジャケットに、同じく黒のハイネック。膝をわざと破いたダメージ・ジーンズに、足元は黒っぽい合皮ブーツという格好である。


(あ、ホントに黒系なんだ……ふふ)


 そんなユーリの姿を見たセリカは、ふとティガの言葉を思い出し、内心でそっと微笑む。

 それから、改めてそれとなく、彼の全身を眺めてみて。


(でも、なんか意外……シックというか、恰好かっこいいような? とりあえずユーリ君の雰囲気とは、似合ってるかもだなあ……)


 かなり落ち着いた黒系に寄せたファッションだが、もう一度眺めても、確かにそれは、彼の持つ蒼黒そうこく銀灰ぎんかい色の髪色と、ごく自然に馴染んでいる気がした。


「ん? 俺の顔に何かついてっか?」


 “教官モード”でなくなっているいつものユーリは、不審そうに首を傾げた。


「う、ううん! そ、その、ユーリ君って、黒が好きなんだなって思って……」


「黒? ああ、服のことか? 確かにそうだな、黒はな、隠密索敵や夜戦の時にゃ便利なんだよ。視覚に頼るタイプの幻魔やつには、そこそこ有効だしよ。汚れや返り血なんかも目立ちにくいしな……街で素性すじょう隠して行動する時にもいいよな」


「返り……血……? 素性……?」


 小首をかしげるセリカに、ユーリはハッとしたように咳払いを一つ。

 

「! ……いや、それより……そうだセリカ。なんかよ、お前って私服だと印象変わるよな? 制服の時とだいぶ違って見えるぜ? 今日は靴やバッグも妙にシャレてっし、特にその白いワンピース……清潔感があって、似合ってるじゃんか。その銀の鎖に赤い宝石のペンダントも、いいアクセントだしよ」


「え! そ、そう!? ホント……?」


 セリカの顔がぱっと明るくなり、満面の笑顔を浮かべて、にこにこし始めたので、ユーリは内心でほっと胸をなでおろす。


「そう言ってもらえると、私も頑張って気合入れた……コホン、ちょっとだけ気分を変えてみた甲斐、あったかな……? この石、お母様から受け継いだものなのよ。とても綺麗でしょ?」


「へえ……そっか、おふくろさんから、か。大事なモンなんだろな、やっぱ……」


(あ……!)


 セリカの事情・・を知っているユーリが、ちょっと意味深な調子の返事をしたので、セリカは慌てて話題を変えようと、話を切り出す。


「ま、まあね……! そ、それより……今日行くお店ってどこにあるの?」


 ユーリは、気を取り直したように答える。


「ん? あ、ああ……アルベルト皇帝記念区の外れだな」


「えっ! ここからだと……結構遠くない?」


「まあ、さっき魔導SNSで見たが、路面鉄道は今、なんか事故があったとかで止まってるみてえだからな」


「え! そうなの? じゃあ歩いて……? でも今日、ティガが戻ってきてユーリ君の部屋で合流したら、また訓練する予定よね? 時間、間に合うかな……」


「いや、大丈夫だ、いいモンがあんだ。ちょっとついて来いよ」


「……?」


 やがて、広場の外れに連れてこられたセリカは、あっと息を呑んだ。


「ユーリくん、こ、これって……?」


 そこに鎮座ちんざしていたのは、黒い車体を持つ魔導二輪駆動車……バイ・ライドである。


 ずいぶん使い込まれているらしく、車体に巡らされた電理パイプや各機関部には小さな傷も見えるが、エンジン部や車体を覆うカバーカウルは、綺麗に黒光りして輝いていた。


 そんなカウルの片隅には、小さく狼のロゴとともに銀文字で「セルベロス-α-ZX9アルファ・ジクスナイン」と刻印されている。


「こいつに、乗って来たんだよ……ちょっとした移動には便利だかんな」


「いやいや! 何なの、コレ!」


「ん? ただの魔導二輪駆動車バイ・ライドだが? そもそも中古品だから、値段だってそこまでたいしたもんじゃないぞ。


 多少イカれてたトコは俺がレストアしたし、そもそもコイツはヘカーテのお下がり……おっと、知り合いの怖いお姉ちゃんに、安~く譲ってもらったんだよ。仕事の手伝い、頑張ったお礼にな?」

 

 事もなげに言うユーリに、セリカはまた、綺麗な色の瞳を大きく見開いて。


「いや、だからそういう問題じゃ……! そもそもバイ・ライドなんて、軍用の特別な乗り物じゃないの! しかも、自分でレストアしたって……!?」


 セリカが驚くのも、無理はない。物資や兵員輸送手段としても役立つバイ・ライドは、軍関係者以外の個人保有が、皇国法で禁じられている魔導機械である。

 確かに都市部の移動手段としては便利な乗り物だが、学生風情ふぜいでそんなものを所有していることなど、通常ならまずあり得ない。

 

「昔、いろいろあってな? 魔導機器や魔装武器の取り扱いも、一人でやんなきゃいけなかったもんでよ。そうだな……俺、こう見えて昔、魔導工廠でバイトしてたことあんだ。あんまし超ブラックバイトだったもんで、総責任者に大魔術ぶっ放してクビになっちまったんだけどよ、はは」


「あなた、まだ学園の一年生でしょ!? いったい、いつバイトしてたのよ……そもそもユーリくんの部屋って、そんな広くないよね? どこにこんなものを?」


「ああ、普段は地下のガレージ。昨日行っただろ、あの地下フロアだ。俺が改造して、貨物用の上昇エレベーターが付いてんだよ」


「ええっ! じゃあこの怪物二輪駆動車モンスターマシン、そこから上に出して、ここまで乗ってきたってこと?」


「ま、そういうこったな。あ、許可ならちゃんとあるぜ?」


 ちなみに、ユーリがここで言っているのは、学園入学の折にヘカーテから獲得した、例の“万能軍章”のことである。

 これを持っている限り、ユーリにはヘカーテ司令の代理人として、絶大な権限と自由が与えられる仕組みである。ときには、法を犯す無法者に対する傷害・殺人罪さえ無効化されるくらいだ。


 なのでもちろん、バイ・ライドの不法所持およびライセンス不携帯での運転程度など、問題にすらならない。


「きょ、許可ならあるっていっても……」


「ま、ゴチャゴチャつまんねーこと言うなって……ここは学園じゃねえんだぜ? だからお前も、級長さんでも公女様でもねえ。これから街に“お買い物”に繰り出そうとしてる、一人の女子ってわけだ。気楽に流れに乗ってこうぜ?」


 ぬけぬけとそんなことを言うユーリ。


「で、でも……ねえ?」


「難しく考えんなよ、いたってシンプルな話だ。つまるとこ……乗んのか、乗らねえのか……そんだけだろ? 人生、経験してみなきゃ分からんことってのもあんぜ?」


 ユーリは悪戯っぽい笑みを浮かべつつ、視線でチラリと、空っぽの後部シートを指した。


「そ、それじゃあ……う、うん、分かったわ……」


 そんなユーリの余裕に満ちた態度を見て、セリカは何となく不安になりながらも、小さく頷いたのだった。


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ケルベロス、ではなく、セルベロス! 発音のニュアンスの違いらしいです!


当分は毎日朝7:00か夜19:00ごろ更新の予定です。つたない作品ですが、システム上、目次の最新話下にある★にて評価いただけますと、より時間をさいての更新や内容充実を図れますので、大変助かります!


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