第23話 回転ハートスピナー


(な……何が、起こったの……!?)


 その光景を目撃したセリカは、手にだらりとフレインベルジュをぶら下げたまま、唖然あぜんとした表情で、何度か目をしばたたかせた。

 ティガもまた、サンダーグラップを構えなおすことも忘れ、呆然とした様子で突っ立っている。


 彼女らが全身全力で、魔装武器の補助までフル活用し、同時に放った魔術弾が……目の前で、

 それは、まさに魔術ならぬ、魔法のよう。

 うなりをあげて飛んでいった二つの魔術弾に向け、悠然ゆうぜんと腕組みしたまま、ユーリがパチリ、と右手の指を一つ鳴らしただけで。


 二つの暴れ狂うマグスの塊は、いつの間にか、影も形もなく……

 それこそユーリの身体に届くことすらなく、かき消すように空中で無くなってしまったのだ。


「ああ、ちょっとした手品さ。当然種も仕掛けもあっけど、そこは企業秘密ってヤツだ……でも言っとくが、相殺そうさいだとか術式解体だとか、そんなありふれたトリックじゃねえからな?」


「いやいや……そ、そんな学芸会の出し物みたいにサラリと言っちゃうレベルじゃ、絶対にないわよ……!?」


「す、っげえじゃん! ねえねえ、どうやったん?」


 もはや驚きを通り越してあきれぎみなセリカの横で、目を輝かせたティガが、早速さっそく食いついてくる。

 ユーリはそれを、うるさ羽虫はむしでも追い払うように片手であしらって。


「さあな、多分、この部屋に仕掛けでもあんだろ……」


 とだけ言い捨てて、先を続ける。


「だが、まあ……うん、な」


 再び右肩をコキリと鳴らしてから、腕組みを解いたユーリは、重々しく言った。


「やっぱ、教科書通りの技術と認識なんだよなぁ……。電理魔術の殿堂、マギスメイアの授業レベルもたかが知れてるっちゅーか、呆れんぜ」


「え~、ユリっちだって、授業出てるから、それぐらい分かりそうなもんじゃん?」


「ちょっとティガ、ユーリ君が、真面目に授業受けてるわけないじゃないの……」


「あれれっ!? 珍しいね、生真面目きまじめ級長さんのセリィが、見た目劣等生のユリっちをフォローしないなんて」


「え!? い、いえ、なんとなくだけど、私もちょっとだけなら彼のことが分かってきたから……そ、そうね、互いに少し距離が縮まったかな~……なんて?」


 ちらっと上目遣うわめづかいに見てくるセリカの視線を、ユーリは華麗に無視スルーして。


「俺はな、流れでレギオン・メイトになったからってれ合いはしねえぞ。じゃあ、とにかくこっからは、特別講義スペシャル・レクチャーの時間だ。


 まずセリカから、かな……そもそも炎属性の特徴は? ついでにお前のマグス特質ギフトについても、説明してみろ」


「あ……は、はい!」


 セリカは我知らず敬語になりつつ、生真面目に返答する。


「ええと、まず炎属性の特徴としては、全体に高威力の攻撃が可能なこと。ただ、他属性に比べると攻撃一辺倒いっぺんとうっていうか……応用が利かなくて、命中率も少し下がる傾向がある、かな? それと私の特質ギフトは、【マグス充填チャージ】で……」


「なるほど、文字通りの火力特化型ってわけだ、分かりやすい。んで、【マグスチャージ】は、一定時間の溜めモード付きで魔術を発動させることで、さらに威力を強化できる特質……だが、弱点もあるよな?」


「ええ、【マグスチャージ】の最中は、精神力の大きな集中が必要になるから、しばらく無防備になりやすいわね」


「そこについて、だ。お前はラベルナの田舎いなか流とはいえ、基礎的な武術と体術を、そこそこのレベルでおさめてるだろ?」


 ユーリは、マルクディオとの一件の時に見た、セリカの勇姿を思い出しながら言う。

 

「手持ちの得意札カードはな、バラバラに出すんじゃなくて組み合わせてみることで、足し算超えた“掛け算“レベルの効果が生まれて、価値がハネることがあんだよ……


 つまりは、お前の身体能力と特質ギフトを組み合わせるんだ。

 具体的には、攻撃・防御動作で身体を動かしてる間に、【マグスチャージ】を同時並行どうじへいこうして行うっつーことだ」


「え! そりゃ、実行できたら理想的だけど……そんな無茶なこと、できるの?」


「無論だ。というか、簡単じゃねえけど、今のお前のレベルでも不可能じゃねえってところだな。見たとこ、お前のマグスのあつかいにゃ、まだまだ隙と無駄が多すぎんだ。マグスの流れを整え、最適効率さいてきこうりつで【マグスチャージ】がやれるようになりゃ、身体の動きに注意力をいても、まだお釣りがくるようになるはずだ」


「う、うん……頑張ってみるけど」


「よし。具体的な鍛え方については、少し待ってろ。続いてティガ、お前のほうだが……」


「はいっす! 雷属性の特徴は、単発攻撃と複数同時攻撃の切り替えに長けてること。ちなみに、ウチの特質は【マグス精錬加速アクセラー】だよ!」


「ははっ、気分屋でせっかち、落ち着きがねえお前らしいな」


「それ、めっちゃ余計なお世話ってヤツだし!」


 ふくれっ面で口を尖らせるティガ。それに苦笑しつつ、ユーリは。


「まあ、とにかくだ……【マグスアクセラ―】持ちはスピード勝負。相手より高速で電理魔術式を完成させることで、そのぶん先手を取れ、手数も多く繰り出せるってわけだ。


 けど、それにはやっぱりマグス操作の精度が大事になるよな。今、お前が操れる雷弾らいだんはいくつだ? 最低基礎レベルの【雷衝(ブリッツ)】程度の雷弾ヤツを想定して、の話だけど」


「う~ん……せいぜい、二つかなあ?」


「それ、三倍にしろ」


「ひえっ!! ……マジ!?」


「マジもマジ、大マジだ。さっきお前が撃った【サンダーグレネード】も、小弾二つを一つにたばねたヤツだろ? あれが六つだったら、もっと威力はでかくなっからな」


「そりゃ、そうだけど……」


「いずれにせよコントロールだよ、お前らに足りないのは……要は、マグスを練り自在に操るための精神集中力ってこと。所詮しょせん学生レベルで、イロイロまだあらいんだよな」


「そ、そんなこと言われてもぉ……」

「ねえ?」


 顔を見合わせるティガとセリカ。


あせんなよ、手段はある。ちょっと待ってろ」


 ユーリはそう言って、壁の近くの棚に手を伸ばすと、そこから小さな球体を取り出す。


「……それは?」


 セリカとティガは、興味津々きょうみしんしんといった様子で、その装置を見つめた。

 大きさは、ちょうどてのひらに収まるほどのサイズ。球体を覆う外殻がいかくの中央には回転機構があり、それを囲む丈夫な輪の中に、三つの羽根を持つプロペラ風のパーツがついている。

 見た感じ、球体ではあるが玩具おもちゃの風車が、丸い球に収まったような装置だろうか。


「ハンド・マグススピナーだ。こりゃ、主に軍の新人が訓練で使うもんだが、俺なりに調整してある……」


 ユーリはそれを軽く親指ではじくと、広げた掌に乗せる。たちまち回転し始めたそれは、次第に動きを速め、小さなうなりをあげ始めた。


 ユーリはそれを、突き出した人差し指の腹に乗せて、二人の目の前に差し出した。


「ほら、だいたいこんな感じだな? マグスを正しいやり方で通しゃ、回転し続ける仕組みになってんだ。訓練の都合でしばらくは別のメニューをやっけど、最終的にはお前ら、これを常に回しながら、生活してもらうぞ」


「えっ、常に?」


「ああ、飯と風呂と寝てる時間以外は、全部だ」


「じ、授業中も……?」


「当然だろが、掌に隠せるサイズなんだからな。ま、一週間もやってりゃ、かなり上達するって」


 顔を見合わせたセリカとティガだったが、ユーリがさらにうながすと、恐る恐るハンド・マグススピナーを手に取って、代わるわる交代で、回転させ始めた。

 最初こそ実にぎこちない手つきだったが、ユーリの簡単なレクチャーを受けつつ、それぞれ十分もすると、二人とも少しはコツをつかんだらしい。

 スピナーが、それなりの回転を見せるようになってきたところで。


「へえ、なかなかスジがいいじゃんか」


 ユーリがとりあえずといった感じでめると、ティガは露骨ろこつに顔を輝かせる。


「へへっ、そう!? う~ん、ウチ、結構やればできる子だったのかなぁ……!」


「ちょっとティガ、調子に乗らないの!」


 セリカにたしなめられ、ティガは小さく舌を出す。それからふと、何かに気づいたように。


「ん? でもこれ、一つしかないのってもったいなくね? ウチら二人でやるなら、もう一個あったほうが効率的なんじゃ?」


「あ、それはそうよね……」


「まあ、これでも軍の訓練用品だしな。本来なら民間に出回るものでもねえし、俺がちょっと改造してっから、こう見えてコイツは、そこそこ貴重品なんだよ。


 とはいえ、確かに一理ある。ま、ティガは操れる雷弾を増やすのがメインの課題なんで、今、手元にあるそいつがちょうどいいだろ。そんでセリカは……ああそうだ、明日の放課後、空いてっか? ちょい付き合えよ」


「えっ!? 放課後……ユーリ君に……?」


 セリカは一瞬、ドキリとしたような表情を見せる。そこにすかさずティガが割り込み……


「おやぁ、ユーリのダンナっ! どさくさまぎれに、クラスでカースト一位の美少女にデートのお誘いですかい? 

 手取り足取り、何を教えるつもりかなっ、なんつって! にひひ!」


「……くだらんことばっか言ってる不真面目なヤツには、手取り足取りどころか、もうなんも教えねえぞ? あと、お前はいつの時代のスケベ親父だよ」


「スイマセンっした! 教官! 自分、ヤボでケチな酒場育ちなもんでっ!」


 慌ててビシィと敬礼するティガを無視し、ふぅと溜め息をついたユーリは続ける。


「そもそもスピナーは、それぞれの属性や個性に合ったものが一番なんだよ。だからもう一つ、お前セリカのを明日、裏街で見繕みつくろおうかってな」


「あ、ああ、買い物ってことね、なんだ……うん、分かった、大丈夫……!」


「あ? なんでお前、そんな赤くなってんだ……エロ親父のティガじゃねえが、確かにそんだけ美人なんだから、堂々としてりゃいんだよ。世の中、綺麗な女にゃ男がいんのが当たり前なんだし、オトコと街歩いたくらいじゃ、誰も気にしねえぞ?」


「……ゆ、ユーリ君っ!? あ~、そ、その、美人だとか綺麗だとか……た、ただのクラスメイトに、そ、そんなに軽々しく言うもんじゃ……ないと思う、んだけど……」

 

 セリカがうつむきながらモニョモニョ言うと、ユーリは思い当たったように頭をいて。


「あ~、もしかして俺、やっちまったか?  そうだな、公女様ともなりゃそういう礼儀作法、ちゃんと仕込まれてんだもんな。いや……すまんすまん、俺もあんまし、お上品な育ちじゃないもんでな? 


 けど、あの白銀令嬢サマとかと違って、お前、お姫様のクセになんか話しやすいから、ついつい立場を忘れちまうんだよなぁ……


 それに、実はメチャ努力家だしよ? 一人じゃなんもできんから守ってください、ってナヨっちいのじゃなくてさ、ちゃんと自分の足で立てて、強くて凛としてる女は好きだぜ」


(ひゃー⁉︎ ああ、もうっ……! す、好き、なんて……ま、また!)


 どこぞの無自覚最強キャラさながらに、その気もないのに、無意識のうちに容赦なく、女心にグイグイ攻め込んでいくユーリ。


(クッ……落ち着け! れ、冷静になるんだ、私! そ、そうだ、ばあやが言ってた、こういうときには羊を数えるのよ……ん? 数えるのって奇数きすう、いや、素数そすうだったかしらっ⁉︎)


 せずして、乙女の精神世界にダイレクトアタックを受けてしまい、初心うぶなセリカは動揺を抑えきれず、たちまち真っ赤になり……ついでに、目は白黒させて。


「……だ、大丈夫、気にしてないからっ……!」


 蚊の鳴くような声で、そう返すのがやっとだ。


「あ、そう? なら助かった、お姫様、今回はご無礼のほど、どうぞお許しくださいませ、ってヤツだ……こんくらいで、勘弁かんべんしてくれよな」


 女心を分かっているようで分かっていない、異界からの最強帰還者……ユーリはあくまで呑気のんきな調子でそう言うと、改めて真面目な顔に戻り。

 

「まあとにかくだ、店については、俺にちょっとアテがあんだ。知り合いの胡散うさん臭い親父がやってる、裏モノに強いトコでな……


 さっきも言ったけど、玩具おもちゃはともかく、マグス訓練用のスピナーはああ見えて、一般の店じゃあつかってねえからな」


「そ、そうなんだ……ユーリ君って、結構顔が広いんだね?」


「……好きでそうなったわけじゃねえけどな、腐れ縁ってヤツだよ。ま、とにかく明日の放課後だ、忘れんなよ、セリカ?」


「あ、うん……!」


 苦笑しながら念を押すユーリに、セリカはただ、こくりとうなずいたのだった。


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今日は、満員電車に揺られながら全力でハンドスピナーの訓練をします…!


当分は毎日朝7:00か夜19:00ごろ更新の予定です。つたない作品ですが、システム上、目次の最新話下にある★にて評価いただけますと、より時間をさいての更新や内容充実を図れますので、大変助かります!


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