第22話 二つの魔術弾


 その後、ユーリはセリカとティガをともなって、地下フロアの片隅にあるスペースに移動した。


「さて……」


 ユーリは振り返った。


「ここなら、壁が厚めだし、ちょっとした広さがあるからお前らも安心だろ。まず、魔装武器……マギスギアを出してみろ」


 二人はこくりとうなずくと、ポケットから圧縮宝珠ハンド・トランクオーブを取り出しててのひらの上に乗せ……個人認証解除コードを兼ねた、己のマグスを込める。

 

 たちまち部屋にほとばしる、白色と紅色の輝き。同時、空間を上書きするように出現した二つの魔装武器マギスギア

 ティガの雷拳手甲サンダーグラップルに、セリカの優雅炎剣フレインベルジュである。


「ちょっと、それ構えてみ」

 

 ユーリにうながされ、ティガはサンダーグラップルをおもむろに腕に装着。一方のセリカは、フレインベルジュの柄をしっかりと握り締める。


「よし。これで、最大級の威力が出せんな。じゃ、次はそれぞれ、一番得意な電理魔術を最大火力で発動させてみろ……そうだな、飛び道具系で」


「えっ!?」

「ちょっ、マジで!?」


「学園内で魔術の使用は……とか、お固いこと言ってんじゃねえぞ? ここは地下だ、学園じゃねえからな」


「いわゆる理屈じゃん……どこぞのトンチ牧師なのっ⁉︎」


「いいっていいって、どうせ魔導教官どもには分かりゃしねえ。そもそも、ちょっとは手の内見せてくれんと、訓練どころかアドバイスのしようもねーだろが」


 ユーリの言葉に二人は同時に顔を見合わせ、おずおずとうなずき合った。


「そ、それはそうね……」

「ダ、ダイジョブだよ、うん。べ、別に人に向けて使うわけじゃないし……」


「はあ? 違う違う、当然に向けて使うんだ、当たり前だろ……つまり、お前らの本気の一撃を、に向けて撃て。

 時間がもったいねーから二人同時だ、全力な! そもそも、そんために魔装武器を持ってこさせたんだ。ちゃんと魔装武器の術式補助機能もフルに使って、強化入れるのも忘れんな」


「はぁ~? ユリっち、それ無茶だって! ここ、模擬訓練場みたいなダメージ置換システムも働いてないんしょ? こんな至近距離からじゃあ、マジやばいって! し、死んじゃうよ?」


「そ、そうよ! さすがに危なすぎるわ! わ、私は別にそこまでやらなくても……」


 口々にそんなことを言う彼女らに、ユーリは面倒くさそうに、コキリと一つ、右肩を鳴らし。


「いや……お前ら、その感じだとやっぱ“特訓”の意味、分かってねえだろ?」


 それから、打って変わって真剣な目つきになると。


「セリカ……お前は絶対に伸びしろがあんよ、俺が保証する。2位どころか、学年1位……いや、上級生にだってそうそう負けないくらいに、上狙える素質があると思うぜ、お前にはよ」


「え!? ……あ、はい……」


 そうユーリが言い切った途端、セリカは急にもじもじし、綺麗なつやのある髪をかき上げつつ、耳たぶを指で触り始める。心なしか、頬が少し赤くなっているような……

 ただ、もはや彼女には目もくれず、ユーリは続いて“もう一人”のほうに向きなおり。


「で、ティガ……ちらっと聞いたんだけどよ、お前、将来軍に入って、母ちゃんラクにさせてやりてえんだろ? あのマルクディオにだって、家の借金絡みでマウント取られたって話じゃん。


 つまるとこ、のらくら生きてようが能天気に過ごしてようが、どうせ平民出身のお前の人生にゃ、いずれ金が必要なんだ。


 ……で、本気で高給取りの軍に行きたいなら、今から成績を上げといて、軍の入隊監査官かんさかん様のお眼鏡にかなうことは、この先考えたら必須だろが」


「あ……うん。それは、そだね……」


 ユーリの真剣な言葉がきっちり伝わったのか、いつになく真面目な表情になり、素直にうなずくティガ。


「でも、ユリっち……ちょっと、意外かも。ウチのこと、そんな真面目に考えてくれてたん……?」


 なんだか嬉しそうに、ちらちらとこちらを眺めてくるが。


「は? ちょっとアタマ使えば、誰にだって分かる先の見通しだろが、そんなん」


 ユーリは一つ、大きな溜め息をつき。


「そうだな……だからやっぱコレだけじゃねえ、ここからの訓練全部だ。お前ら、それ全部、今出せるでやれ。


 もし、お前らが訓練で手ぇ抜いたり、本番の試合の時、無様ぶざま晒して俺に全部をぶん投げたりしやがったら、俺はその場でレギオン・バトルは棄権きけんすっからな?」


「「ええっ!」」


「当たり前だろ、そもそも俺は、お前らのレギオンなんて、本来どうなろうと知ったこっちゃねえんだ。そもそも俺が棄権したって、俺と白銀令嬢サマの因縁は片付かねえよ。


 その場合は、お手々つないで仲良し形式のレギオン・バトルなんかじゃなく、あのご令嬢と俺の、1対1の個人試合タイマンってのに切り替わるだけだ……


 俺は、あいつに台無しにされた特級エーテルペッパーの恨みを、思い知らせてやりたいってだけなんだからな」


「あ、そこはやっぱり、めちゃくちゃ根に持ってるのね……」


「当然だ、俺はこれでも自分であきれるくらい執念深いからな……飲み物の恨みとありゃ、魔領域の底を這いずってでもよみがえってくるぜ?  とにかく、だ……お前ら、ここで改めて約束しろ。こっから先は全身全霊ぜんしんぜんれいでやる、ってな……!」


 ユーリの瞳に宿る、静かな迫力。


 二人はそれを悟ったのか、ユーリの豹変ぶりにごくりと生唾なまつばを飲み込み、緊張とかすかな不安の色が混じった目で彼を見つめてくる。


(あ~、いつかも、こんな目で見つめられたコトが……思い出しちまったな)


 ユーリの脳裏にふと、浮かんでくる光景。


 それは墓標ぼひょう……だった。

 魔領域で、各地の戦線で……まるで整列した軍人の隊列のように、整然と立ち並ぶ無数の墓。墓石ぼせきには、いずれも夢尾鷹ゆめおだかと剣の紋章が入っている。

 それらは全て、誇りとともに戦地で散った皇国軍人の証が刻まれた、ごくシンプルな大理石づくりの戦墓せんぼ


 同時に幻のように耳にこだまするのは、りし日の者たちの声……そして交錯するのは、無数の顔の記憶だ。

 いずれも、かつて【幻神将隊アーリア・グラディエス】でユーリが稽古けいこを付けた者たち。

 その後、まだ若い人生を慌ただしく通り過ぎていった、新人たちだった。


「すっげー尊敬してるんです、ユーリ先輩っ!」

「ユーリ、さん……ありがとうございますっ。わ、わたし……危ないところを……!」

「いやあ、助かったぁ! ホント、頼りにしてますからっ!」


 そんな、ときにほがらかな、ときに恥ずかしげな、ときに茶目っ気たっぷりの声。


 ……皆、帰ってこれなかった。


(畜生が……お前ら、いつかも今も、俺の足ばっか引っ張りやがってよ……)


 ユーリはそっと目を閉じ、かつてに想いを馳せた。


 忘れていた、わけではない。この学園ではしばらく“思い出さずに済んでいた”、というだけ。

 救えなかった者。手を伸ばしきれなかった者。そして、セリカもティガも、いずれは軍に入ろうという魔装騎士のひなだ。

 ならば……


(……ならやっぱ、ここで本気でシゴいて、ちょっとぐらいは、実力に丈長靴ゲタ履かせてやんねえとな。それに万が一の学徒特戦命令がくととくせんめいれいだって、絶対にないわけじゃねえだろうしな……)


 ユーリは内心でそう呟く。


 ※ ※ ※


 数分後……。

 別人のように、厳格な教官めいた雰囲気をまとったユーリにうながされて、セリカとティガは再び、しっかりと魔装武器を構える。


 この上なく真剣な表情とともに 二人はそっと、腕にそれぞれ炎と雷のマグスをまとわせていった。


 同時、たちまち二つの魔装武器に精錬されたマグスが流れ込み、周囲の空間にバチバチと音を立て、白と赤の魔法光が散り始める。

 そして、魔術式の最終節を意識領域の表面に刻むための、最後の発声の直前……二人は額に玉の汗を浮かべつつ、ちらりと確認するように、ユーリを見た。


 それにユーリが無言でうなずいてから、ちょうど一拍後いっぱくご


「【紅蓮飛翔鳥(ファイヤバード)】っ!!」

「【雷破閃光牙(サンダーグレネード)っ!!】」


 完成した魔術式の力を目いっぱいみなぎらせ、猛烈な勢いで自分に向かって飛び来る二つの魔術弾。

 それをユーリは微動びどうだにせず、腕組みをしたまま、不敵に見つめた。


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今日は朝から某有名カードゲームの関連本を読みます、たぶん!


当分は毎日朝7:00か夜19:00ごろ更新の予定です。つたない作品ですが、システム上、目次の最新話下にある★にて評価いただけますと、より時間をさいての更新や内容充実を図れますので、大変助かります!


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