第21話 闇の中、無限に連なる
ズ、ズズズズ……という
今、重々しい音を立てつつ、地下通路とその先を仕切る鋼鉄のシャッターが開いていく。
たっぷり数秒かけて、ようやく全てが開けきったその向こうの空間には、
「すまんすまん、一瞬ヤバいかと思ったけど、電理キー、単に机の上に置き忘れてただけだったわ……ま、入れって」
セリカらに軽口を叩きながら、そんな広大な闇の中に、ユーリが一歩、足を踏み入れた瞬間。
それから――セリカとティガは、眼前の光景に思わず息を呑んだ。
「うわっ……ここ、広っ!? ちょっとした運動部の大部室……リラックスルーム付きの練習場くらいの広さがあんじゃん!」
口を、握り拳が入るほど大きく開けて、ティガが叫ぶ。
「シャッターのところに来るまでの通路にも、いくつかドアが付いた小部屋があったのに……地下にまだ、こんな広い空間が!?」
セリカも、そんな風に驚きを隠せない様子だ。
「俺も最初は驚いたがな。調べたとこ、ほとんど小さい校舎一つ分くらいあるスペースが、そのまま地下に存在してるって感じみてえだ。結構ビックリ、だろ?」
「へえ。実験施設の
セリカがそう言って、きょろきょろとあたりを見回す。
その言葉通り、広さのわりに、この地下空間はかなりガランとしている印象だ。
あちこちに妙な機械や器具、ガラクタっぽいものの姿がある程度で、空間全てが有効活用されているとは言い
古びた椅子やテーブルといった最低限の
ユーリ一人では、それを使うことも
「部屋っていうよりは、すごく大きな
「実際、学園や博物館
ユーリが事もなげに言う。
実際、ここにはガラクタに見えて、そうでもないものが
それらはいずれも、ユーリが自ら、ヘカーテ司令のコネで入手した軍関係の品物や、なけなしの財布をはたいて買い込んだ、貴重な魔導機器といった
それも、全ては“ある目的”のためなのだが……今のところ、ユーリはそれをセリカとティガに告げるつもりはなかった。
「ふ~ん……ユーリ君の私物、かあ。上の部屋には、あまりそういったモノ、見当たらなかったのにね」
「上は、あくまで
「なるほどね。あら? ねえ、あそこは……?」
ふと、そんなフロアの一角にあるスペースに気づいて、セリカが尋ねた。
彼女が視線を向けているのは、天井から鎖で吊るされたサンドバッグに、マグス・トレーニング用の訓練機器めいたものがいくつか。
後からユーリが自ら作り足したらしいスチールの棚には、いくつか訓練用具のようなものまで乗っている。
「ああ、ガラクタ置き場の他に、ジムっぽく俺が勝手に使ってんだ。いつも鍛えとかねえと、こんな
皇国十二魔将の頂点たる位階……
それは彼にとって、毎日の食事をしたり顔を洗うのと同じく、習慣の一部であり意識するまでもない、といった態度で発せられた言葉だった。
だが、セリカはともかく、根が単純なティガは、それをあくまで言葉通りに受け取ったようだ。
おそらく一般の年頃の男子たちが、一種の
「すっご! ケッコウ鍛えてんだ!? じゃあさ、ユリっちって、実は脱いだら細マッチョ系? いや~ウチ、実はちょっとだけ、そーいうのに
と、あくまで軽いノリである。
「筋肉つきにくい
うっとりと目を閉じ、ほんのり桜色に染まった
(ティガって、そ、そうだったんだ……)
セリカとしては、わりに面食いで
しかも
(あ……)
ちょっとだけ分かるような気もした……が。
ちらりとユーリの方を見て、賢明なセリカは、そんな妄想のことは絶対に黙っていようとガッチリ心に決めた。
なにしろ、ユーリはそんなティガに、氷点下レベルの冷たい目線を向けていたからだ。
「はぁ? お前の性癖なんざ知らねーし、心底どうでもいいんだよ。だいたい鍛えてようがなんだろが、
「あ……その突き放したクールな言い方、ちょっとイイかもぉっ……!」
「うっせえわ、もう黙っとけお前。鍛錬は鍛錬、それ以上でもそれ以下でもねえっつーの」
ティガの態度を、そう一刀両断したユーリ。
実際、彼としては、あくまで日々の鍛錬は「自分が思う“合理性”に沿っているからそうする」というだけのもの。
それは全て、ただ「生き残る」という目的だけのため……ごくシンプルな“作業“なのだ。
実際、過酷な戦場で生き残るために一番有効なのは、そういった
むしろ、その種の努力を呼吸をするように行え、日々
逆説的だが、そもそも魔領域や幻魔との戦いで生き残れなければ、ユーリのような超人的な境地には到達できない。
そして同時に、その領域に達した者は、それこそ飛躍的に生存率を上昇させることができるのである。
新兵ならば数日で命を落とすことすらある、過酷な幻魔との戦い……それを、ユーリはねじれた時間の中で三十八年……約1万数千日、27万時間以上、繰り返し続けてきた。
木刀の
ましてや、ユーリは電理魔術の母たる“始まりの魔女”ラケイアを別格としても、「皇国始まって以来の英才」と呼ばれた少年だ。
その精神的修練の
もはや、凡人ならば見上げただけで目も
「え~、鍛錬は鍛錬って……そんなもの? ユリっち、アタシたちの特訓は、熱血系じゃなくて効率重視でやるって言ってたじゃん? だから、何か必勝法とかあんのかな~って……違った?」
ティガは不思議そうに言うが、ユーリはそれに対して。
「そりゃ、即効性を持つメニューってのはいろいろあっけどな? やっぱそれは、局地的で限定的なもんなんだ。本当の意味で汎用性があって効いてくんのは、“基礎の繰り返し”なんだよ……言ってみりゃそれだけが、真に高みに到達するための、“唯一絶対のコツ”だ」
「……!」
ティガとは異なり、セリカは何か感じ入ったように、ユーリの言葉を黙って聞いている。
さすがに彼女は聡明だけに、ユーリの言葉の深いところまで、きちんと察しているのだろう。
(へえ、打てば響く、ってヤツか……やっぱスジいいな、
そんなセリカの態度を横目に、ニヤリと笑ったユーリは、あえて二人に言い聞かせるように。
「言うならば、そーだな、決して裏切らねえんだよ……自分が、誰に恥じることもなく堂々と胸張って言える“本当の本気”。そういう風に難しいコトに向き合って、真の意味で積み重ねたもんは、な……?」
人類
細かくその
それをユーリは気負うでもなく、世界の不変の真理として、受け入れているからこそ、である。
ただ、その淡々とした態度の裏にある
「なんかユリっち、ちょっと良いこと言ってる気もするけど……うん、分からん!」
「ちょっと、ティガ……!」
あっけらかんと笑う親友を、
ユーリはそうだろうな、と軽く笑って。
「いやまあ、しゃあねえか。確かに効率最優先でやるなら、知らなくてもいいこったしな」
そう、当たり前だ。彼女らに今回与えられた
「そんじゃ、さっさと今回の本命……実地訓練ってヤツに入るか。お前ら、ちょいと気合入れてな?」
そう言ってユーリは、二人をちらりと
「「は、はいっ」」
背筋を伸ばして元気よく発せられた二つの返事が、綺麗に重なって、部屋に響いた。
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明日は、「新宿スワン」の続きを読みたいです!
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