◆第三章 無限教導/高みへ向かう炎雷

第20話 秘密の部屋へ

 やがて、放課後。

 博物館棟の前に、セリカとティガの姿があった。


 二人とも、女子寮の相部屋あいべやからそれぞれの魔装武器を持ってきており、準備は万端だ。

 

 ちなみに魔装武器は高価なものだけに、普段はいずれも自室ロッカーの中にしまってある。

 一般的には、それが必要となる授業や訓練の時だけ、こうして圧縮宝珠ハンド・トランクオーブに収納されて持ち出される形なのだ。

 

「そろそろ待ち合わせの時間だけど……」


「ユーリ君、いないわね?」


 二人がきょろきょろしていると、博物館棟の裏手から、ユーリの姿が現れた。


「よう、待たせたな……準備、できてっぜ」


 事もなげにそう言うと、ユーリは二人を博物館裏手にある自室の前に案内する。


「こいよ、こっち、俺の部屋」


 やがてドアを開けて、彼がちょいちょいと手招きするのを受け、ティガが目を丸くした。


「え! まさか……ユリっちって、男子寮じゃなくて、に住んでんだ!?」


「うん、まあね。なんかいろいろ事情があるっぽいよ」


「へえ、ビックリだわぁ……って、セリィ、あんた知ってたの!?」


「あ……その、前に、学生課でちょっと聞いて、ね……?」


 セリカは頓狂とんきょうな声をあげたティガの疑問を、曖昧な笑みで誤魔化した。先日、ユーリの部屋を訪れたことは、ティガには言っていなかったからだ。

 理由は自分でもはっきりしないのだが……寮でのルームメイトでもあるティガにそのことを告げるのは、なんだか少しためらわれたのだ。


(まあ、ティガってそういうこと言うとすぐ「おやおや、気があるんすかぁ?」なんて揶揄からかったり茶化ちゃかしてくるからよね、多分……。二人きりで部屋にいたなんて、とても言えないわ。うん、ティガを誤解させちゃマズいもの……)


 確かに、異性の部屋で二人きりになるなど初めてだったのだから、とセリカは無理やり自分を納得させた。

 そんな彼女の気も知らず、ティガはあくまで呑気のんきに。


「ああ、学生課って、必要なら生徒の個人情報もある程度、教えてくれるしね。やっぱり、セリィは級長さんだからかな?」


「あ……! そうそう、そうなのっ!! ほら、ユーリ君って教室じゃいつもじゃない? だから、よく気に掛けてあげるようにって、先生方に言われちゃってて……」


「ふ~ん……?」


 一瞬焦ってしまったが、なんとか上手く窮地きゅうちをやりすごせたようだ。

 ふぅ、と一息ついたセリカだったが、思わず冷や汗が出てしまったのは言うまでもない。


 ……そして、数分後。

 招き入れられたユーリの部屋を眺め回して、ティガが率直な感想を述べる。


「ほえ~……ここがユリっちの部屋? けっこ、整理整頓されてんじゃん……ていうかモノがねえ! あ、趣味のもんとかインテリア、ほとんどないから? なんつーか……品の良い牢屋って感じ?」


「ちょっとティガ、言い方っ⁉︎」


「ま、いいって。そもそも、ここに客が来ることなんざ想定してねーからな。俺はシンプルライフを愛してるんだよ。……エーテルペッパーの次くらいにだがな」


「あ~、じゃあどうせ、このフードクーラーの中身も……?」


「もちろんお察しの通りだ。お前らも、訓練の前に一杯やってくか?」


 胸を張るユーリに、ティガはジト目になって。


「……遠慮しとく。なんかあの飲み物、色がキモイし」


「わ、私も……どうせならもうちょっと、落ち着いた味の飲み物がいいかなって……あ、でもね、決してユーリ君の好みを否定してるわけじゃなくて……」

 

 にべもない態度のティガの横で、苦笑いしながらモニョるセリカ。そんな二人に、ユーリは大げさに肩をすくめて、やれやれ、とばかりに頭を振って見せる。


「ハッ、まったく哀れな奴らだぜ、あの偉大なる神飲料かみいんりょうの味を知らずに、人生を終えてくなんてな……。けど、ここは俺の部屋だ。俺はりたい時に、遠慮なく飲らせてもらうぜ。後で欲しくなっても知らねーぞ?」

 

「別にいらんし」

 

 一瞬ジト目になったティガだったが、ユーリが早速さっそくフードクーラーを開けるのを横目に、彼女らしくさっさと話題を切り替えて。


「ま、いいや。で、ユリっち、ここで何すんの? 特訓にはさすがに狭いし……作戦会議とか?」


 ティガの質問に、同様の疑問を持っていたらしいセリカも、そっとユーリの顔をうかがう。


 そんな二人に、ユーリは「ちょっと待ってろ」と手短に答えて、部屋の一方の壁に近づくと、とん、と小さく足を踏み鳴らす。

 次の瞬間、室内にかすかな機械音が響き渡り、部屋が振動する。


「な、なになに?」

「っ⁉︎」


 慌ててきょろきょろ部屋を見渡したティガとセリカが、次の瞬間、目を大きく見開き、あっと驚いた表情を浮かべる。


「ええ~~~っ……!? ビックリだわ、マジマジっ!」

「ユーリ君、こ、これ……」


 ユーリの仕草に反応して、何かの魔導装置が働いたらしく、突然床の一部が動き出したかと思うと、部屋の隅に、ぽっかりと地下への入り口が開いていたのだ。

 その向こうには、まるで隠し階段のような金属製のステップまで現れている。


「この学園って、元は軍の研究機関だろが。この部屋は倉庫だったらしいんだが、何の因果かこの下にゃ、かなり広い地下スペースがあんだよ。で、俺が見つけ出して、使わせてもらってるわけ」


「そうなんだ!? す、凄いね……よくそんなものを」


「ハッ、こんな隠しギミック見つけ出すくらいわけはねえ。マグス波をちょいと当てて壁、床の反射を調べりゃいいだけだ。そもそも、大規模な魔領域の探索の時にゃ……


 おっと、ま……とにかく、今更ってヤツだぜ。さて、行くかね……要は、この下が特訓場ってコトになんな」


「なんですと!? うわ~、マジで弟たちが小さい頃ハマってたコミックの秘密基地っぽいんですけど……! そんなの、ありなん!?」


 目を丸くしているティガに、セリカもうんうん、とばかりに頷いて同意する。


「ここは英雄の鍛錬場、マギスメイアだぞ? お前らの想像以上になんでもアリアリなんだよ」


 ユーリは事もなげにそう言ってのけてから、ふと思い出したように付け加える。


「あと……お前ら、一つ約束してもらうぜ? これから……この先で俺が見せるモノ、お前らが見たモノについちゃ、一切他言無用たごんむようで願おう」


 その真剣な顔には、妙な迫力があり……セリカとティガは、思わずこくりとうなずいた。


「ま、それさえ守ってくれりゃ、問題ねえ。レギオン・バトルまでの間に、俺がばっちり鍛えてやんよ。あのお嬢様どもに一泡吹かせられるくらいには、な……。さぁ、ついてきな」

 

不敵な笑みを浮かべ、先に立ったユーリの背中を見送りつつ、ティガはごくりと生唾を飲み込み。


「ちょ、セリィ……やっぱ、ユリっちって何者……?」


 こそこそと耳打ちしてくる彼女に、セリカは苦笑しつつ。 


「ううん、実は、私にもまだよく分からないっていうか……でも、一つだけ言えることなら、あるかな。つまり、彼はクラスじゃあんな風でも、いざって時にはきっと、絶対にできるってこと……」


(それに、なんだかいつも、ドキドキさせてくれるんだよね……)


 最後の台詞せりふは、そっと心の内だけで……けれど、実に楽しげな笑顔と一緒だった。


「……む?」


 ティガはそんな風に笑うセリカを、急に真顔になってじっと見つめてくる。


「な、何……?」


 セリカは思わずギクリとしながら、できるだけ平然とした表情をよそおったが……


「……う~ん、ウチの勘違いかな。ま、いっか。お~い、ユリっち、ちょい待ってよぉ~!」


 ティガがそんなことを言って首をかしげ、ユーリの後を追っていってくれたので、セリカはホッと大きく息をつくことができた。


 そんな時、ふと……。

 地下に降りる階段の向こうから、先行していたユーリの声が聞こえてくる。


「うお、しまった! 地下スペース開ける、シャッターの電理キーがねぇ……! ちっ、この前いたズボン……あのポケットに突っ込んだまま、洗濯しちまったかなぁ……」


(……)


 安堵あんどしたのも一転、今度は無言で、セリカは大きな溜め息をつく。


あきれた、けっこう大雑把な性格なのね……でも、やっぱりあのへん、“男の子”って感じなのかな、ふふっ)


 今度こそ二人を追いかけ、つかつかと早足で先を急ぐセリカ。

 少々呆れ顔ではあるものの、その口元には、確かに小さな笑みが浮かんでいた。


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本日は、「ボヘミアン・ラプソディ」見ました! カラオケいきてえ!


当分は毎日朝7:00か夜19:00ごろ更新の予定です。つたない作品ですが、システム上、目次の最新話下にある★にて評価いただけますと、より時間をさいての更新や内容充実を図れますので、大変助かります!


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