第17話 約定締結

 クーデリアが銀髪を揺らしながら、ビシリと指を突きつけ、そう宣言する。

 ユーリが腕を組み、そんな彼女を見返した直後。


「このヒト何言ってんだか、ちょい分からんけど、ほら、ユリっちも望むとこだって! なら、受けて立つっつーの!」


「あっ、ティガ! ちょっと!?」


 セリカの制止も聞かず、ティガが飛び出し、腕の魔導バンドマグスレットをかざす。

 クーデリアもその動きに応じ、たちまちカチリ、と音がして、魔晶投影装置ましょうとうえいそうちを使っての文字が空中に映し出され、約定やくじょう締結ていけつされた。


 ちなみにマグスレットは、学園の全生徒に配布されているもので、学生の身分証明書となる魔導品である。通行証としても機能する他、魔晶装置ましょうそうちを使った、文字や映像の空中投影機能も備えている。


 また今回のようなケースでは約定の決定と、それを学園が認可するための特殊システムの端末としても機能する一面があるのだ。


 それはさておき、ティガと自分、二つのマグスレットが空中に映し出した「約定決定」の表示を確認し、クーデリアはにんまりと笑いつつ。


「それじゃ、決まりですわねっ! 勝負は、伝統長きトリア・グラディトル……互いに3名を出し合っての勝ち抜き戦方式にしませんこと?


 こちらからは、わたくしとエルトシャル、チェルシーが出ます。そちらは、あなた方3人ですわ! それと、場所は……そうね、二週間後の放課後、模擬訓練場でいかがっ?」


「い、いいよ! 二週間とは言わず、明日でもOKだっての!」


「ふん、明日は模擬訓練場は使用不可の日でしょうに。まったくそそっかしい……とはいえ、まあ、確かにお返事を聞きましてよ? じゃあ、せっかくですから条件を付けましょう……そうね、敗者は勝者に正式に学内魔導SNS上で謝罪したうえで、いさぎくレギオンを解散する! これでどうかしらっ!?」


「か、解散!?」

「えっ、そ、それは……」


 畳みかけるように口にされた条件に、動揺するティガとセリカ。


「あらあらあら、の【光輪斬影撃(アレフゼイト)】! お二人とも、もう怖気おじけづいたのかしらぁ~? そもそもこの試合は、両レギオンのマスター権限で決められたこと。簡単にはくつがえせないですわよ?」


「ぐっ……」


 ティガが言葉に詰まる中、脇から進み出たユーリが一言。


「……その条件で大丈夫だ、問題ねえ」


「ユ、ユーリ君……?」

 

 本当に? と視線で問うセリカに、ユーリは一つ大きくうなずいて。


「ああ、。そうだな……朝飯前とか以前の問題、だな。口開けて空気吸うのに、いちいちやれるかどうか、心配するアホがいるかよ?」


 ええっ!? と思わず絶句してしまったセリカを他所よそに、ユーリはニヤリと笑って不敵に。


「白銀令嬢サマよ、そっちこそ今吐いた台詞せりふ、ちゃんと覚えてろよ?」


「あらあら、ずいぶんと大口を叩かれますこと。でも……ハッタリや勢いで勝てるほど、甘い世界じゃないということ、教えて差し上げますわよっ!

 セリカさんも、とくと知るといいですわ……わたくしの『シルバーアンジェラ』という逃がした魚は、とってもとってもとってもっ! まさに【三角地鯨トリケイトス】サイズに大きかったということをっ!」


「あ、はい」


 別に私が“逃がした”わけじゃないんだけどな、というセリカのぼやきは、クーデリアの耳にはまったく届いていないようだった。 


 とはいえ、こう見えて、クーデリアは学年で1位の実力者。それだけに、レギオン・バトルには絶対の自信があるのだろう。残り2名の枠で名の上がった、クーデリアの従者めいた男子生徒のエルトシャルと、どこか眠たげなチェルシーという女生徒も、彼女が選んだ以上は、かなりの強者だろうと想像はつく。


「フン、せいぜい俺の風魔術とお嬢様の氷魔術の前で、吠え面かかないように気をつけるんだな!」


「ま~、いまいちテンションあがんないけど、テキトーにやろっかな……疲れない程度にね。あ、でもそんなに時間、かからないかぁ~……?」


 クーデリアに続くように、彼女に付き従うエルトシャル、チェルシーが、それぞれそんな挑発めいた台詞を口にする。


ユーリはそれを不敵に受け流すが、ティガはたちまち顔を真っ赤にし。


「ま、またバカにしてっ~……! ぜ、絶対に負けないかんねっ!」


 そんな風に意気込む親友を横目に、セリカは……


(う、う~ん、なんだか大変なことになってきちゃったわ。でも、ユーリ君がああ言ったんだもの。信じるしか……ないよね?)


 彼女がちらりと隣をうかがってみると、ユーリは落ち着き払ったまま、ごくつまらないものでも見るようなめた目で、クーデリアたちを見つめている。

 その様子が、なんだかとても頼もしく見えて。


(はぁ~、さすがね、まったく動じないんだ……うん、なんだか妙な流れになってるけど、私だって、もう頑張るしかないもんね!)


 と、セリカは、改めて気合を入れ直す。


「それでは、一週間後に。よろしくってね?」


「ああ。ティガにセリカ、お前らもそれでいいな?」


「うん!」

「ええ!」


 二人の声がそろった途端……どこからともなく、上空から鐘の音が鳴り響いてきた。ちょうど昼休みの終わりを告げるチャイムである。


「あら……もうこんな時間ですの? まあいいわ、うっかり昼食は食べそこねましたけれど、一週間後に、ちょうどいいお楽しみができましたから」


 クーデリアはそう言いながら、トレイを空中に無造作に差し出す。


 再びエルトシャルが進み出てうやうやしくそれを受け取ると、手近な回収スポットへと戻しに走る。

 それからクーデリアは、ユーリとセリカ、ティガをじろりと一瞥いちべつすると。


「くれぐれも、逃げないことねっ!……さ、エルトシャル、チェルシー、もう行きますわよ」


「ハッ」

「ほ~い……」


 エルトシャルがかしこまって頷き、チェルシーと呼ばれた眠たげな女子が妙に間の抜けた返事をする。


「それでは皆様……ご機嫌よう、の様式美! ま、セリカさんの顔を立てて、おクソザコ庶民の方々をいびるのは、これくらいにしておいてあげますわぁ〜、お〜ほっほっほっ!」


 セリカの顔どころか、なかなか大きなを打ち立てて、クーデリアはそのままレギオンのメンバーたちを引き連れ、去っていった。


「さて、と……」


 それを見送ってから、ユーリが、口火を切る。

 ちなみに、ユーリたちのクラスは、次の授業は魔導教官の都合で補講であり、クーデリアたちに比べると少しは時間がある状態だ。


「行きがかり上とはいえ、しゃあねえ。お前のレギオンに入った覚えはないが、手ぐらいは貸してやんよ」


「あ、ありがとう、ユリっち! 助かる~、マジ感謝!」


「はあ、仕方ないわね……でもティガ、ユーリ君が手伝ってくれなかったら、あなたいったい、どうするつもりだったのよ?」


 セリカにそう言われ、ティガが頬を引きつらせて、半笑いを浮かべる。


「ご、ごめん……ぶっちゃけアイツら、いつもあたしらを馬鹿にしてくるし、セリィにも妙に絡んでくるから、いい加減、腹が立っちゃって……」


 そんな彼女に向け、ユーリはふぅ、と溜め息を一つ。


「やっぱお前……我に秘策あり、とかじゃねえのかよ」


「もっちろん! ユリっち、ウチがそんな智将ちしょうキャラに見えるかい?」


「それ言うなら痴呆ちほうだろな。だいたい威張れることじゃねえし、ホント、行き当たりばったりなヤツだな……ある意味、尊敬しちまうぜ」


「……えへへ、そう?」


「一応お約束で言っとくが、褒めてねえぞ」 


 ユーリは面倒そうに頭を掻き。


「ま、奴らには俺もムカついてるとこがあっしな。何しろ、最新フレーバーの特級エーテルペッパーを台無しにされてんだ。相当苦労して手に入れた、レアもんだったっつーのによ」


「まだ言ってるのね、けっこう根に持つタイプ……?」


 苦笑するセリカに対し、ユーリは真剣な面持おももちで返す。


「何言ってんだ、エーテルペッパーは、ここ数十年で人類が生み出したもんの中で、一番偉大な発明品だぜ? 

 あの癖になる味わい……味覚ガチャで何を引くか、最初の一口やるときゃいつもドーパミン出まくりで、毎日飲んでもまったく飽きがこねえ。


 俺はエーテルペッパーのためなら、どんな幻魔とでも渡り合えるぞ? そもそもエーテルペッパーの歴史はだなぁ、皇国魔装騎士らのために万能健康飲料を開発していた天才、エーテリア・ペパニエル博士が……」


 早口かつ饒舌になり始めたユーリを、セリカは呆れ気味になだめて。


「ま、まあ、エーテルペッパーのことは分かったから……ほら、ティガ?」


「う、うん! ユリっち、ありがと! じゃあ改めて、ウチらのレギオン『カラフルブルーム』に入ってくれるんだね!」


「ま、一応な。ただ、とりあえずレギオン・バトルまで、仮所属するってだけだからな? 忘れんなよ?」


「え~、そうなん?」


 唇を尖らせるティガ。


「当たり前だろ。なんだかんだで、レギオンなんて面倒なだけだからな」


 そう言いながら、ユーリは一応、承認の証にマグスレットをかざす。ティガも己のそれを近づけ、軽く指でぜるように操作して、交信を行った。


「よし、これで登録は完了! にしししっ……ようこそ、ユリっち! 我がレギオンへ!」


 よほど嬉しかったのか、ティガは満面の笑みを浮かべる。

 その横で、セリカは小声で、ユーリに耳打ちするように


「本当にごめんね、ユーリ君。ティガが迷惑かけちゃって……」


「ま、肩慣らしにもならんだろうが、俺もこうなりゃ、乗り掛かった舟ってやつだからな」

 

 ユーリはさして気にした様子もなく、改めてティガに向かって。


「それでティガ、レギオン・バトルの件……白銀令嬢サマは、一年の中でも、相当な強者なんだっけか? 一応、レギオンマスターとしてのお前の意見を聞いとこうか……何の役にも立たねえかもしれんが」


「そ、そうね。正直ムチャするなあ、と思ったけど……あんな条件で受けて立つなら、何か考えてることくらい、あるんでしょ?」


「え! あ、えっとね~……そう! ウチにはセリィがいるってこと! 学年一桁の三ツ星トリプルスターなんだから、頑張ればきっと、なんとか……ねえ?」


 期待の眼差しでセリカを見やったティガだったが……。


「う~ん、どうだろ? 私は炎属性だけど、ちょっと攻め一辺倒寄いっぺんとうよりだからね。クーデリアさんはからめ手が得意な氷属性で、戦術も確か、変幻自在型テクニカルだからなあ……


 正直、実力は拮抗していても、実戦で相手するなら、ちょっと相性悪いと思うわよ?」


「そ、そんな~! セリィでもダメかもしれないっての!? 正直、ウチ困るわ~……」


「いや、困るって言われても……」


「う、う~ん……そ、そうだ! 約束の期日を、一週間後から一年後に延ばしてもらうとか……イタッ!?」


 そう言いかけた途端、ティガはコツンと頭を小突こづかれ、恨めしそうにユーリを見る。


「な、何すんのさ! ユリっち、いつの間にそんなツッコミキャラになったんよ!?」


「勝ちゃいいんだろがよ、勝ちゃ。シンプルな話を、あまりごちゃごちゃ無駄に考えすぎんな。例えんなら……お前、魔導爆弾を解体したこと……は、さすがにないよな?」


「はあ?」


「まあ、アレだ。映画の話だと思え、つまり……制限時間は1分、青のコードと赤のコード、どっち切る? 的な古い映画のヤツ。この場合コードについての正解は分かんねえ、どっちにせよ確率五分五分ごぶごぶだからな? 


 ただ……最底の悪手あくしゅがあんだろ? つまり考えすぎて動けず、制限時間オーバー……50%あった確率がゼロになって終わりってオチがよ。いくら割が低くても、動かなくちゃ勝てん……結構そういうことがあんだよ、世の中にはな」


ユーリはそう言って、ニヤリと笑った。


「そんでな、もう一つ。じたばた足掻あがいた方が良い理由として“経験値”ってもんがある。成功よりも最悪の状況からこそ、人間は最大に学ぶもんなんだ。つまり……」


「つまり?」


「あえて過酷な状況にぶち込んで、カラダとアタマを両方フルに動かす。古式ゆかしき皇国魔術学園の伝統シチュエーション……“特訓”ってヤツだな、要は」


「え〜っ! まさかのツッコミキャラならぬ、鬼教官がユリっちの正体っ!? しかもなんかよくわかんないけど、地頭ぢあたま良さげで頼りになる雰囲気がひしひしとっ! じゃあじゃあ、あのクラスでのユルキャラぶりは……?」


「うるせえ、ありゃ世を忍ぶ仮の姿ってヤツだ。ま、熱血系とか面倒だろ、俺は効率最優先でやんぞ」


「は、ハイッ、ユリっち教官!」


 ユーリの実力は知らないはずながら、その妙に板についた雰囲気に飲まれたか、たちまち直立不動になりビシィ! と敬礼するティガ。


 実は【幻神将隊アーリア・グラディエス】では、隊のエースとして新人育成の真似事をしていたこともあるだけに、ユーリはこの手の経験も多く持ち合わせているのだ。


(こいつ、結構ノリいいじゃねえか)


 半ば呆れながらそんなことを思いつつ、ユーリは腕組みしながらくるりと振り返って。


「おい、なに半笑いで見てんだ? お前もだぞ」


「えっ! わ、私も!?」


 唐突とうとつに登場した鬼教官に鋭い視線を向けられ、セリカは、驚いたように目をぱちくりさせた。


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本日は、卵ごはんと醤油でメシくって寝ます!


当分は毎日朝7:00か夜19:00ごろ更新の予定です。つたない作品ですが、システム上、目次の最新話下にある★にて評価いただけますと、より時間をさいての更新や内容充実を図れますので、大変助かります!


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