第16話 怒りの理由


「なんだか分かりませんが、妙な技を! わたくしは、アーンスラッド家の娘! タランテナの白銀令嬢はくぎんれいじょう、クーデリア・アーンスラッドよ! 舐めるのもいい加減になさい、この下郎げろう!」 


 キッと柳眉りゅうびを逆立てたクーデリアが、さっと白い手を伸ばした。

 彼女が強引にユーリの肩を掴もうとした拍子、バサリと音が響く。

 

 くるりと身をひるがえしたユーリの抱えていた、ドーナツとびん入りの紙袋……それが、代わりに地面にはたき落されてしまったのだ。


「……っ!」


 セリカがあっと息を呑んだが、ユーリはただ、一言のみ。


「てめえ、俺の昼飯と、エーテルペッパーを……ちっ」


 彼はただ、舌打ちを一つしただけ。

 今ここで、この高慢なご令嬢を罰することなど、彼からすれば赤子の手をひねるより簡単だが、ある意味で面倒でもあるのだ。


何しろ【マグネシス】が使われたことはおろか、それが意味する実力差にも気づかぬ素人しろうとなわけで、いちいち手加減するのもひと苦労なのだから。


 かといって実力の一端いったん垣間かいま見せただけで、無駄に驚かれたり、ぎゃあぎゃあ騒ぎ立てられるのも鬱陶うっとうしい。


 つまりその舌打ちには、いろんな複雑な思いがこもっているわけだが……それをこの場の誰が理解しえただろうか。

 ただ、そんなユーリの思惑おもわくとは関係なく、クーデリアの行動を、誰より鋭くとがめた人間が一人……ティガである。

 

「あんたっ! 白銀令嬢だか何だか知らんけどさ、いい加減にしなよっ! ウチは酒場兼料理屋だ、食べ物を粗末にするヤツって、許せないんだけどっ!」


「ふん、かがんで拾えば良いじゃない。まだ食べられるでしょ」


 クーデリアがさして気にした風もなく、そう言い放つ。


「イイわけないでしょっ! 完全育成小麦の種穂たねほを作った人のこと、製粉して運んだ運搬手のこと、そのドーナツを作った人のこと……その真っ白い手を泥や粉で汚したこともなきゃ、まるで考えたこともないんでしょっ! あんたは食べ物を作るのに関わった人を、みんなまとめて馬鹿にしてるんだっ!」


「ちょ、ちょっと、二人とも……」


 セリカが割って入ろうとするが、それがまた、クーデリアの癇癪かんしゃくの引き金になってしまったようだ。


「邪魔しないでくださいな! そもそも、セリカさん! あなたがこの一件の原因でもあるのですからねっ! だいたいあなた、目障めざわりなのよ……以前も、わたくし直々じきじきのレギオンへの誘いを断ったり、どういうつもりなのっ?」


 セリカは、その勢いにたじたじとなりつつ。


「え? そ、それは……もう、ティガとレギオンを組む約束、しちゃってたから……そもそもクラスが違うと、不都合もあるし……」


「レギオン結成の決まり上は、別に問題ありませんわっ! これでも……これでもわたくしっ、初めてそのお姿を見た時から、あなたをっ!……コホン」


 クーデリアはハッとしたように少し頬を染めてから咳払いをし、それから、つん、と小さく顔をそらし。


「……その、ですね、それなりに高く買っていたのですよ? それが、ふん、庶民出身のお友達と、ねぇ……? 


 朱に交われば赤銅牡牛レッド・ブル、と申しましてよっ! せっかく才能をお持ちなら、そんなたった二人の弱小レギオンより、わたくしの有力レギオンで、実力者同士、研鑽けんさんし合うほうが効率的だと思いましたのにっ!」


 眉根を寄せつつ、ちらりと、ティガの方に目をやるクーデリア。

 ティガもむっとしたようで、腕を組んで言い返す。


「誰とレギオンメイトになるかなんて、セリィが決めることっしょ! それこそアンタの出る幕じゃないっての! 


 へっ、せいぜいお上品なガリ勉同士、根暗ねくらに鍛錬に励んでなっつーの! ウチらのレギオン『カラフルブルーム』は、確かにまだ小さいけど、楽しく明るく、実力向上を目指すんだから!」


 舌を出して悪態をつくティガに対し、クーデリアはますます不機嫌になった。


「そんな仲良しごっこで、実力が付くはずないじゃないの! そもそもマギスメイアのレギオンは、若き魔装騎士たちが切磋琢磨せっさたくまするための、由緒ゆいしょ正しい伝統的慣習! あなたは気楽な遊び仲間の集まりか何かと、間違えてらっしゃるようね!」


「は~、完全に余計なお世話だわ~! ウチが設立した『カラフルブルーム』は、まだまだ発展途上中! いずれ吠え面かくのは、あんたたちのほうなんだからっ!」


「あら、優等生のセリカさんじゃなく、あなたがレギオンマスターなの? ふふ、あなたの成績って、こういっちゃなんですけども……かな~り“平凡”じゃなかったかしら? 聞いて呆れますわ」


「た、確かにウチは、セリィほど上位じゃないけど、順位でいうなら……ちゅ、中くらいだし、言い出しっぺだからね! それに、レギオンマスターの学年順位なんて、どうでもいっしょ!」


「は! 優秀なレギオンには、優秀なマスターが付き物。それこそお里が知れるってものよ……だいたい、たった二人で何ができるのかしらぁ? 学内で正式なレギオンとして認められるには、最低でも三人はメンバーが必要だっていうのに? つまりあなたたちのは、どこまで行っても、頭お花畑のごっこ遊びですわっ!」


「ぐ……! ち、違うっすわ! ウチらの『カラフルブルーム』は、もうそんな条件、とっくにクリアできてっし!」


「へえ、どうやって? 三人目、いつ見つけたんですのぉ~?」


 あざけるような目線を向けてくるクーデリアに、ティガは半ば意地になり。


「そ、そんなの、もうとっくだっつの! ええっと、ええっと……」

 ここで、ちらり、と何かをうかがうかのようにユーリに向けられるティガの視線。


「あ、ちょっとティガ! 勝手に……」


 察したセリカがさとそうとするが、すかさずクーデリアがほくそ笑みつつ、かぶせるようにして言う。


「へえ、そちらのが? なら、そっちも三人揃って正式なレギオンになったってわけですわね? それでしたら、話がググっと早いですわ……」


 続いてクーデリアは、高らかに宣言する。


「そう、! レギオン・バトルで、この件のことは全部まるっと、くっきりハッキリ、まとめてスッキリさせようじゃありませんのっ!」


 レギオン・バトル……それは、マギスメイアの伝統の模擬試合もぎじあいである。古くから互いに覇を競うレギオン同士で競われるものだが、もちろん模擬試合であるから、魔装や魔術は弱体化され、ダメージの精神置換の結果、互いの肉体は傷つかないルールとなっている。ただ、マグス・魔術の激しいぶつけ合いの結果、ときに気絶者くらいは出る、危険な競技でもあるのだ。


「ふふっ、このえある伝統競技の場で、わたくしがまとめて格の違いを教えて差し上げましょう! ズタボロボロのやぶ雑巾ぞうきんになった後で、たっぷり反省してもらいますわよ……


 考えなしのティガさん、目障りなセリカさん、ついでに、そこのエーテルペッパー大好き男さんにもね! 何ですの、あんな下劣そうな色の飲み物の一本や二本で……ふんっ」


 クーデリアがそう言ってのけた直後、彼女は周囲の温度が急に下がり、大気までが凍てついたかのような、おぞましい寒気を感じた。


「ひっ……?」


「……おい」


 次いで、彼女の耳に届いた、恐ろしく冷たい声音こわね

 クーデリアが恐る恐る、といったように見ると、ユーリが静かな怒りをたたえた瞳で、クーデリアの方を睨みつけている。


「レギオン・バトルなんざお断りだ。俺はどこのレギオンにも入った覚えはねえし、面倒だからな……と思ってたが、そうもいかなくなったみてーだぜ。おい、銀髪クソ女さんよ。一つだけ、取り消してもらうぞ……!」


「な、何を……ですの?」


 魂ごと存在全てを威圧されているような強烈なプレッシャーを感じ取りながらも、冷や汗を流しつつ、虚勢きょせいを張るクーデリア。


(ユ、ユーリ君が怒ってる……は、初めて見たかも……)


 セリカがゴクリと生唾なまつばを呑み込み、ティガも驚いたように、ユーリを見つめる。


「今、さっきよぉ……馬鹿にしたよな、お前? そう、絶対に馬鹿にした……なら、いくら人格者な俺にも、見過ごせねえラインがあるっつーことだ!」


「な! わ、わたくしが何を馬鹿にした、と……?」


「あんたに言っておく! は極上にして至高、世界最高の飲み物だっ……! 特大ドーナツは百歩ゆずっても、コイツだけは譲れねえぜ! 見ろ、この無残なザマを!」


 ユーリがずい、とクーデリアに向け、拾いあげた購買の紙袋を突きつける。


「分かるか? 俺のとっておきの特級エーテルペッパーが、こんな風になっちまった……絶対に泣かせてやんぞ、てめえっ!」


 叩き落された拍子に瓶にヒビが入ったのだろう、紙袋から滲み出てきた液体が地面を濡らしていくのを見ながら、ユーリが吠える。


(えっ……ユーリ君の“怒りポイント”って、そこ!?)


(なんか、わりと斜め上すぎッ!)


 セリカとティガが一斉に呆れた表情になるが、クーデリアはもっと驚いたようで。


「はあ~っ? はあ~っ? マジで、はあ~っ!? なんですけどっ! いったい何を言ってるんですの? エーテルペッパーそれがあなたの何だか知らないですけど、名前からしてバカバカしそうな庶民の飲み物など、痛風の年寄りロバにでも、与えておけばいいんですわっ!」


「ふぅ……そうかよ」


 ユーリは小さく呟くと、肩をコキリと回しながら。


「改めて言っとくぞ、タランテナの白銀令嬢サマよ……エーテルペッパーは“最強”だ!! お前、その世間知らず丸出しな軽口かるくち、きっと後悔することになるぜ……!」


「くっだらない! 何を意地になってるんですのっ? まあいいわ、あなたもレギオン・バトルに参加する気まんまん、ということなのですよね?」


「つまらん学生の遊びだと思ってたがな、仕方ねえ、やってやんよ……!」


「ふふっ、二言にごんはありませんわね? いいでしょう、ケッコウ毛だらけ、猫パンダダケってヤツね! この際ですから“白黒はっきり”、付けさせていただきますわよ……!」


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明日は、葛飾北斎の人生について学んできます!


当分は毎日朝7:00か夜19:00ごろ更新の予定です。つたない作品ですが、システム上、目次の最新話下にある★にて評価いただけますと、より時間をさいての更新や内容充実を図れますので、大変助かります!


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