◆第二章 氷の令嬢登場/白銀色の嵐
第14話 喧噪の昼食時
それから数日後、マギスメイア中庭。
もう太陽は中空にあり、暖かな陽光が、構内のテラスいっぱいに降り注いでいた。
巨大な中庭に接したところに、ひときわ大きな赤屋根の建物がある。
その屋根の
この巨大な建物こそは、マギスメイアが誇る
学園に所属する者は、誰でも格安で食事できるとあって、今は昼食を取とろうとする生徒たちで、とにかくごった返している様子だった。
「うおおおおおっ! 今日こそはてめえに負けねえ……! 大人気の『至高のレッドハムパスタ・ロール』、ゲットだぜ!」
「風属性使いの拙者、なにぶん
「俺さぁ、昨日、東街の電理遊戯場で
「ふざけんなバーカ、課金は
「ねえねえ! 新しいデザ―ト、試作品が出てるよぉ! 試してみないっ?」
「イイねイイね! 大賛成~♪」
我も我もと、多彩な食材&料理が並ぶガラスケースと購買カウンターの
彼・彼女らは皆、いずれも若者らしい健康的な空腹を覚え、ちょっと殺気立っているようにすら見える。
「はいはい、アンタたち! そんなに押さないで! ホラそこ、野良犬みたいにガッつくなっつーんだい! 伝統あるマギスメイアの生徒さんたちが、みっともないよッ!」
素直に列に並ばぬ不届き者、強引に他人を押しのけようとする者には、直ちにカウンター内から、妙齢のご婦人による注意が飛ぶ。
なおも聞き入れずに場を乱す
それでも飢えた狼たちは押し合いへし合い、人気メニューの争奪戦は
そして、無事に食事の確保を終えた者は、優越感とともに勝利の栄光に
それが、ここではもう毎日繰り返されている、おなじみの光景なのである。
そんな中に、薄い
二人はもうメインの食事を終えており、別腹の果実とアイスのデザートを
ティガが、銀色の小さいスプーンを指で振り回しながら、うきうきした様子で言う。
「セリィ、今度、中央街にできた新しい服と小物のお店、知ってる? メチャ安くて、学生のウチらにも手ぇ出しやすいお値段なんだってよ。いっぺん、行ってみようよぉ~!」
セリカが、にこやかに答える。
「ふふ、いいよ。でも、この前みたいに、あれもこれもって、買いすぎないでね?」
「いやいや~、あれは大バーゲンセールだったからっしょ。大丈夫だって、今度はマジで、ショーウインドウを覗いて帰るくらいだから」
「ホント? この前みたいに、持ち切れないからって私まで大荷物持たされちゃ、たまらないもの……」
「ごめん、ごめん! 気を付けるからさ~」
片手を顔の前に立てて、ごく軽いノリで謝罪の意を示すティガ。
ティガは良くも悪くも、単純な性格である。
マルクディオたちの姿が、一時的とはいえ学園から消えてから、彼女はすっかりいつもの元気を取り戻していた。
もっとも、先にティガとの約束通り、彼女の母親が経営する料理店を訪ねた時は、驚くほど大量のパスタや肉料理を出されてちょっと困惑したセリカだったが……彼女がダイエット中だ、と言い訳しても、若い娘さんが何を言ってるの、とばかり、どんどん皿を勧められるのだからたまらない。
大皿からはみ出しそうな巨大ピッツァに、小山ぐらいに盛られた色とりどりの幾皿ものパスタ、牛、豚、羊、鶏と多種多様な肉料理。
加えて籠いっぱいのバタ・パンに、これまたガラスのボールに溢れかえった、高カロリードレッシング付きの野菜サラダ&大鍋入りの濃厚なスープ。
店が夜は酒場も兼ねていることもあってか、食後にずらっと出てきたワインのボトルはさすがに丁重にお断りしたが、翌日、体重計に乗ってみるのがちょっと怖かったセリカであった。
(でも、弟や妹さんたちもズラっといて、
なんだかんだで、楽しい時間であったのは間違いない。思えば、セリカの実家……小国家ラベルナのコルベット大公家では、あんなムードの食事などまずしたことがなかった。
お気楽貴族の一人息子で、若くして大公の座を継いだ父が上機嫌で同席しているときはまだ良かったが、いつも冷静で上品さというものを決して見失わない義母がいると、一気に場が堅苦しくなってしまうからだ。
数人の侍女に囲まれ、いつも清潔で静謐さに満ちてはいたが、あの家はセリカにとっては、どこか……居心地が良いとは言い切れなかったと思う。
義母や姉たちとは、明確に異なる自分の髪色……それに気づき、一人“疑念”を持ち始めて時以来、セリカはそれなりに
さらに、あの事件が起きてからは……生みの母に関する決定的な真実を知ってしまったことで、我知らず、その溝は深まってしまったように思う。
自分がここにいていいのか、そんな戸惑いに似た気持ちが、あれ以来、常に心の
そのため、晴れて試験に上位合格しこのマギスメイアに入学できた時は、故郷を離れる寂しさもありながら、どこかで少し、ほっとしたものだ……。
小さく溜め息をつきながら、そんなことを考えるうち、ふと。
セリカの視線が、正面に座るティガの肩越しに、とある一点で止まる。
少し離れたテーブルに、見覚えのある男子生徒が一人……。
奇妙な
彼は、手にしたアナログ書籍を読むのに集中しているらしく、周囲に注意を払っている様子はまったくない。
本の題名までは分からないが、長々と題字の入ったシンプルな装丁からして、古い学術書の類だろうか。
ユーリはいつものように、一人だった。
ただ、どうにもちぐはぐで目立つのが、彼がもう片方の手に持っているもの……学食で買ったらしいメガ・シュガーボム・ドーナツである。
先日、学食メニュー担当者の何かの気まぐれで発売されたものの、甘いものは別腹なハズの女生徒たちにすら敬遠されている、怪物的カロリーを誇る新商品。まさに
傍らには、自分で持ち込んだらしい何かの飲み物が入ったドリンク瓶――きっとまた、例のエーテルペッパーだろうという気がする――が、購買の軽食用紙袋とともに置いてある。
セリカの視線にも気づかない様子で、ユーリは巨大なドーナツを口に運び、一口かじっては飲み物を口に含む。
そうしている間にも、両開きのページにさっと視線を滑らせ終わるや、すかさずページをめくっていくのだ。
彼はそんな行動を繰り返しながら、どんどん本を読み進めていく。
その動きがまるで精密機械のように正確で素早いため、セリカは目を丸くしたまま、彼から目を離せなくなってしまっていた。
「……って、セリィ、聞いてる?」
ふと、
「へ? き、聞いてるよ、うん! アクセサリーのお店の話だよね?」
「違うっつーの。それはさっきまで! 今は最近、皇都中央魔導鉄道の駅前にできたカフェの話だって」
「あ……ご、ごめん!」
「何よもう、上の空でさ~。あっちに何かあんの?」
唇を尖らせたティガが、さっきまでセリカが見ていた方向に視線を走らせ、あっさりその人物を発見する。
「ん? あれって……ユリっち? で、なに、セリィってユリっち、やっぱ、ちょっと気にしてんの?」
「あ、いや、そうだけど、そうじゃなくて……えっと、あ〜もう、なんていうかな!?」
しどろもどろになるセリカに、不審そうな視線を投げかけつつティガは。
「まあ、なんだかんだで今日もボッチ飯……クラスにあっさり溶け込んでるようで、実はどっか浮いてるって感じだもんね。生真面目な級長様としちゃ、放っておけないかぁ」
「いやいや、それも、そういうコトじゃなくて、その! ……あっ!」
慌てて言い訳をしようとしたセリカだが、その時、思いがけない事故が起こった。
普段の優等生ぶりもどこへやら、ぶんぶん両手を振って動かした拍子に、テーブルに置いた紅茶のカップに腕が当たり、ひっくり返してしまったのだ。紅茶はたちまち、テーブルの上に黄金色の小さな湖を作るかのように、広がっていく。
「ひゃわっ!」
慌ててハンカチを取り出し、身を乗り出すようにしてテーブルを拭こうとしたセリカ。
だが、彼女が椅子を蹴るようにして立ち上がったその直後。
「きゃっ……!」
どすん、と腰が何かに当たった感触と同時、背後で、誰かの短い悲鳴がした。
セリカが冷や汗をかきながら、恐る恐る振り返ると……
「……ちょぉっと、ソコの
そこには、キッと
「わたくしのお上等な服の
いちいち言葉の妙な
この令嬢は、服装こそ通常の学園制服姿のようだが、よく見ると素材や仕立てはいちいち手が込んでおり、ちょっとした彼女のオリジナリティをにじませた飾り布なども含めて、どれも一級品の装いだと察せられる。
ちなみにご本人も、きちんと手入れされた白銀色の髪、長いまつげ、色白ながら艶のあるバラ色の頬など、いかにも上流階級の生まれという雰囲気。
そんな彼女が、いかにも「私、怒ってますのよ」という表情を浮かべて仁王立ちしているのだ。
風に揺れる上品な銀色の巻き毛の下から、特徴的な
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本日は、たこ焼パーティです!
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