第12話 理想と現実

 それから、ユーリは苦笑して。


「だがな、背中を追われてる“そいつ”は、果たしてそれを喜んでんのか……って話もあんじゃねえか?

 一途いちずさはたいしたもんだが、それはお前の勝手な思い込みでよ……独りよがりって言葉もあるしな」


「わ、分かってるわよ。でもね、たとえ道の始まりはちょっとズレてたって、結果よければ、って言葉だってあるもの! 


 とにかく私はそこから始めて、今ここに、この電理魔術の殿堂たるマギスメイアに立ってる。辺境の一公女として生きるんじゃなくて、持てる力を、世の中のために、弱い人のために役立てたいって、本気で思ってるんだから!」


「確かに覚悟自体は、なかなか立派なもんだと思うぜ……わりとマジで。でもまあ、やっぱり甘ちゃんって気もすっけどな」


「えっ……!」

 

 ユーリにそう言われ、セリカはいつも凛としている彼女に似合わず、ちょっと自信なさげな態度になり、おずおずと聞き返してくる。


「そ……そうかな……? どのへんが?」


「う~ん、そうだな。なら、ちょい聞くけどよ……魔領域と幻魔が消え去りゃ、本当に世界は平和になると思うか?」


「それは……」


 少しばかり意地の悪いユーリの質問。はっとしたような表情を見せ、セリカは少し押し黙った。恐らく彼女なりにユーリの言わんとしているところを察したのだろう。


「ふぅん、分かってるみたいじゃん。そう、今は、人類に共通の敵がいるだけまだマシ。幻魔相手の時だけは、各国が共同戦線を張ることすらあるんだからな。でも、奴らがキレイさっぱりいなくなったら? そう、今の小競り合い程度じゃすまないだろな。


 かつてみたいに、皇国と列強が本気ガチの殺しあいを始めるんじゃねえか……幻魔をぶっ倒すために磨き上げた電理魔術の技すら、戦いのための刃としてな。人間は、そんなに出来た種族じゃねえ……残念ながら、歴史がそれを証明してるってこった」


 あの忌々いまいましい魔領域をさ迷い、生きるか死ぬかで過ごした日々。夜、もろい仮想結界を張ったテントで過ごす時間だけが、唯一の安らぎの時間だった。

 そんな時、ユーリは無数の書物を読みあさって過ごすのが常だったのだ。


 魔導軍章の仮想領域の中には、圧縮言語あっしゅくげんごで記された、様々な書物が内蔵ないぞうされていたのである。まるで無人島への漂着者ひょうちゃくしゃが母国の言葉を忘れぬために辞書を眺めるかのように、ユーリはただただ、それらのページを繰り、ひたすらにその内容を読破していった。


 ぼんやり淡く光る魔晶ランプの明かりの下で、ほとんど日課のように……結果、ユーリはただの少年というには多すぎる知識を身につけている。いや、身につけてしまっている、というべきか。


「幻魔戦争の直前……忌むべき魔導大戦時代ってあるだろ? そん時すら、このロムスを含む列強各国は、残された土地と己の利権をむさぼろうと、互いに争い続けてたらしいぜ。そんなところに幻魔が現れた……傲慢ごうまんな人という存在に天が与えた神罰だ、とかいう奴もいたらしいな。


 で、とにかくそれ以降、学者さんたちが言うにゃ、人類は真の安寧あんねいを知らず、今も各国は緊張状態で、幻魔との戦いやつまらぬ小競り合いで、人口を減らし続けてるんだとさ。


 ときどき思うよ、幻魔どころか俺たちこそが、この地上にはとっくに不要で、真に滅びゆくべき種族なんじゃないか、ってね……」


 言葉と同時にユーリが浮かべた薄い笑いには、どこか諦念ていねん達観たっかんともとれる、複雑な感情がたたえられていた。


「ユーリ君……」


 そんなユーリの表情から何を読み取ったのか。セリカはしばらく無言だったが、少し経ってから、意を決したように、おずおずと口にする。


「でも……でも多分、かつてと今では、違うこともあるんじゃないかな……?」


「ん?」


「だって、人類は……すでに幻魔との総力戦を経験した。結果、今は彼らとの戦いは、均衡状態にあるんでしょ。ともかく一度は各国が手をたずさえて、戦ったんだから。だから、きっと賢くなってる。その認識はきっと皆、同じ。


 現に近年の皇国は、他の列強と多少のいざこざはあろうとも、全面戦争には入ってない。人間同士の戦争による死者も減ってるはずなんだ。だから、社会全体としては進歩しているはずよ……そう、思うわ」


 最後は、少しだけ弱々しく言葉を重ねて。ただ、彼女はそう信じているのだ、と言外に告げるかのような調子だった。


「そうで……あってくれりゃいいがね」


 ユーリはまるで、己に言い聞かせるかのように呟く。そんな彼に、セリカは言葉を続けた。


「確かに、私の見方は、楽観的な理想論かもしれない……でも、やっぱりね? うまく言えないけれど、理想論にだって、ちゃんと意味があると思うの。


 だって、このマギスメイアだって、英雄ラケイアが理想を掲げて立ったから生まれたものなのよね? それに今のロムスを支えてる、皇帝様と軍総統による二頭政治制度だって……。壮大な政治的理想の下で試行錯誤しこうさくごの末に生まれた、権力を分散して、暴走のリスクを抑えるためのシステムだっていう話だもん」


「まあな。けど、権力を持つ者は、総じて腐敗するのも世の常だろ。皆がほとんど伝説上の人物みたいに英雄視するラケイアだって、実際は、どうだったのかね? 案外、小物だったかもしれねえぞ?」


「えっ?  そんなことはない……と思うけど?」


「どうだかな。軍もああ見えて、案外トップにはどうしようもない俗物、下らない奴が威張ってたりするもんだ」


 これはユーリの実体験含めての感想だが、軍人経験はおろか、正式にはその卵でしかないセリカには、今一つピンとこなかったようだ。


「そ、それはないでしょ? だって、例えば今の軍人でいえば、ヘカーテ司令とか……第七魔将の“神雷”ティエルト女将とか。立派な人だって思う……実は、同じ女性として、とても尊敬してるの」


「はあ? お前と同系の堅物・ティエルトはともかく、ヘカーテが……? どうだかな、相当に食えない姉ちゃんだぜ、ありゃあ」


 ユーリは確かな実感とともに、思わず苦笑してしまった。


「あいつは、ラケイアの生まれ変わりだとか護国の翼陽女神ヴァルキュリアだとか言われてっけどな……知ってるか? プライベートだと、整理整頓せいりせいとん能力は絶望的、料理や家事の腕前はからっきしなんだぞ。


 本人は仕事が忙しすぎだの何だと言ってるが、あれじゃ自重せずに超火力の“オンナの武器”を使いまくるわりに、花嫁衣装に縁遠くなるのも無理はねえ。食事の好き嫌いも多くてよ、特にイエロー・キャロットが苦手でな。食料が貴重な前線で出された時ですら、必ず皿に残しやがる。


 甘党なくせに酒癖も悪くて、司令室の引き出しの二番目には、ビタミン剤と称して、砂糖菓子の山とウイスキーの瓶が常に入ってるんだからな」


「えっ、そ、そうなんだ!? っていうか……あなた、なんでそんなに、ヘカーテ司令のプライベートに詳しいの?」


「っ! いやまあ……つまり、そんな噂なんだよ」


 ユーリはコホン、と咳払いを一つ挟み。


「だが、理想があるってんなら……そうだな。ヘカーテには、確かに理想ってものがあるんだろな。どこか言うこと、やることにいちいち芯が通ってる。だからこその統率力と決断力なんだろう、とは思うし」


「でしょ?」


 セリカは、我が意を得たりとばかり、にっこりと微笑む。


「けど、あいつがあの地位にいられるのは、どう見ても理想家だからじゃねえ。本当の資質は、何よりも腕っぷしがあるとこだぞ。元とはいえ、皇国随一の魔将だったんだからな。


 結局、大事なのは実力……それはどこでも同じだ。例えばマルクディオみてえなクズがいるだろ? あいつらみたいな人種は、力で制するしかねえんだ。俺がさっき、そうしたようにな」


「それは、確かにそうかもしれないけど……」


 セリカは頷くと、それでも、言葉を続けた。


「でも、ユーリ君みたいな実力者に言うのもなんだけど、さ。英雄に必要な資質って、力以外にもう一つあると思うの……その、少なくとも私はそう思う、っていう意味だけど……」


 少し歯切れは悪いが、はっきりとそう言った彼女に、ユーリは皮肉げに問う。


「へえ、ぜひうかがいたいもんだな」


「う、うん、それはその……つまり、”優しさ”……かな」


「はあ?」


「これは、昔、私の魔術の先生が教えてくれた本の受け売りだけど。そこにね、『力を持つ者ほど優しく、智慧ちえある者ほど公平でなくては』っていう言葉が書いてあったんだ。


 つまりは、力と智慧は、正しい使い方をしてこそだって。私、なんだか凄く印象的でね、いまだに時々、よく思い出すの」


「……」


「だから……私は、真の強者こそ、誰より優しくあるべきだと思う。それは、ただの惰弱だじゃくさとは違うと思ってる。強い者が、弱い者のために、ちょっぴりだけ力を振りかざすのを遠慮して、代わりに道や居場所を少しだけ、ゆずってあげる。智慧ちえがある人は、自分のためだけじゃなくて、みんなのために、それを使ってその恩恵おんけいを共有する。そういうことを積み重ねて、考え方を広めていくことで……」


 言葉にしながら、セリカははっきりと何かを自覚し始めたようだった。そう、まるでユーリに対してでなく、自分自身に言い聞かせているかのような……


「少しずつ、少しずつだろうけど、この世界は変わっていくはず。少なくとも私はそう思うのよ。でも、今はどうすればいいのか、はっきりとは分からないけど……」


 そう言って、セリカは話を終えた。


「……」


 ユーリは無言。しかし心の中で、彼女が言った言葉を、手中でたまを転がすようにして、そっと反芻はんすうする。いつかどこかで、似たようなことを、誰かが言っていたような気がする。


 そう、脳裏に浮かぶのは、かつてユーリと共に魔領域におもむいた、〝あの少女”の横顔だ。彼女はいつも、微笑んで前を向いていた。どんな苦境の中にあっても、どんな激戦の只中ただなかであろうとも。


 ふと、魔晶ランプの光がかげった。その拍子に、セリカはハッとしたように。


「あ! ……ごめんね、もうずいぶんと遅くなっちゃったな。私、何だか少し、喋りすぎちゃったみたい。

 ともかく、今日は私とティガを助けてくれて……ホントにホントに、ありがとう。それだけ、ユーリ君に伝えたかったの!」


 セリカはそう言って、大げさなくらい、深々とお辞儀をする。


「……ああ」


 ユーリは、一言だけ応じて、小さく頷いた。


「そ、それじゃ……また、ね?」


 そそくさと帰り支度じたくを整えて、部屋から出ていこうとして。

 セリカはふと、足を止めると、わずかに逡巡しゅんじゅんする様子を見せる。


「なんだ? まだ何かあんのか」


 ユーリの怪訝けげんそうな言葉に、セリカは心を決めたように振り返って。

 にっこりと、だが少しだけぎこちなく、そっと微笑ほほえんだ。


「あのさ! その、ユーリくんって、いつも教室じゃ……なんていうか、妙に自分を見せてないっていうか、さ。うん……そのさ、もっともっと“”を出していけばいいのに。その方が私……絶対、良いと思うな」

 

 あかりが落ちかけたランプのせいか、そういうセリカの頬は、また少し赤くなっているように見えた。


「……は?」


 唖然あぜんとしてしまったユーリに、さらにセリカは、慌てて重ねるように。


「だって、ホントにそう思うもの……あなたは教室だと、いつもひょうひょうとしてるわりには、どこか本音や気持ちを隠して、実は誰とも距離を取ってる雰囲気があって……率直、不思議な人だと思ってたわ。でも今日は、少しだけ、本当のあなたが見えた気がした」


「本当の……俺?」


「そう、そのぶっきらぼうな話し方もだけど……ちょっとだけ分かったのよ。その人の本質を示すのって、多分外見や印象じゃないの。何よりも、それは行動だもの」


「……?」


「そう、ユーリ君は……優しい、よ」


「おい、何を……」


「うん、絶対に悪い人じゃない。だってさっき、ティガと私を助けてくれたもの。それは“絶対に間違いのない事実”だから」


 ぽかんとしているユーリを他所よそに、セリカはさっときびすを返す。


「それじゃ、また明日!」


 そのまま彼女は、今度こそ急ぎ足で、部屋を出ていった。


 取り残された形のユーリは、駆け去っていく少女の足音が、とっくに消えてしまってから……ようやく頭を小さくいて、そっとドアを閉めたのだった。


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明日は、異世界転生で本気出します!


当分は毎日朝7:00か夜19:00ごろ更新の予定です。つたない作品ですが、システム上、目次の最新話下にある★にて評価いただけますと、より時間をさいての更新や内容充実を図れますので、大変助かります! 


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