第10話 二人、部屋で ★★★
やがてリビングの丸テーブルには、フードクーラーを兼ねたサイドテーブルから取り出された、エーテルペッパーのカップグラスが二つ並んだ。
ちなみにエーテルペッパーの色は、工業色素ギトギトの、強烈な人工色である。
ユーリに勧められるまま、手近な椅子に座ったセリカは、グラスのうち一つを手に取り、恐る恐る、といったように唇を付けてみる。
「……あ、甘っ!? で、でも
セリカはくるくると表情を変えて
「……み、妙な味ね」
「ある
「……何それ」
「嘘だよ嘘。味は、仕入れ日のフレーバーや飲むヤツのマグスの
(もしかして、妙な
そんなことを一瞬考えたセリカだったが、それを察したようにユーリは笑って。
「そこは問題ねえ、
「ふぅん、ならいいけど」
いったん納得はした様子のセリカは、だがもうエーテルペッパーを口にしようとはせず、代わりに物珍しそうに、室内をちらちらと見回している。
「なんだ?
「え! ま、まあ……うちは七人姉妹だったから、そのね、実はあまり男の子の部屋って、よく知らなくて……」
「さすがは箱入り、深層のご令嬢……まさに“お姫様”ってとこか?」
くっくとユーリが笑うと、セリカはムッとしたように。
「も、もう! そんなことないわよ、お、お父様の部屋くらいなら……」
「はあ? この場合、親父は“男”のカウントに入らねーだろ」
「そ、そうなの? で、でも私くらいの年なら、別に……その、普通だと思う、けど……」
その語尾は、普段の活気あふれる彼女の様子とは異なり、どうしてもあまり自信なさげになる。
同室で酒場の娘、しかも弟が数人もいるティガに比べると、自分はどうも一般の少女に比べて、年齢の割に「そういうこと」には
以前、実家の手伝いからほろ酔い加減で戻ってきたティガに、恋バナついでに酔い
結果、男女の
「どうだか? ま、ただこの部屋は……一般的な“男の部屋”のサンプルにはならねぇってのは間違いねーわな」
「や、やっぱりそうよね? なんか、殺風景っていうか、引っ越したばかりの部屋みたいっていうか……私たちの女子寮の部屋なんかとは、まるで……」
セリカが改めて部屋を見渡しながら、ぶつぶつという。
「はあ? ネコちゃんワンちゃんのぬいぐるみだの、パステルカラーのカーテンに
そんな軽口を叩きつつ、ユーリは自分のエーテルペッパーをいかにも美味そうに喉を鳴らして、一気に飲み干した。
「ぷっは~、たまんね~……!」
「どうでもいいけど、本当に美味しそうに飲むわね……あと、腰に手を当ててるの、ちょっとオジサンくさい……」
白い目を向けてくるセリカに、ユーリは軽く冷や汗をかき。
「う……⁈ いや、そ、そんなこたあねえ……はずだ。だいたいだな、このエーテルペッパーは、ガキにゃ分からんオトナの完全無敵飲料なんだからな?」
「ホントかしら……? なんだか怪しいなあ。やっぱり
「さ、さて、喉も
とりあえず、と水を向けたユーリに、セリカは小さく頷いて。
「そうね、まずはお礼を言わせて。さっきは、ありがとう……あなたが来てくれて、本当に助かったわ」
表情を生真面目に戻し、ごく自然にそう切りだすセリカだったが、ユーリは油断なく。
「……なんのこと?」
一応、空とぼけてみせた彼に対して、セリカは苦笑し。
「あら、ずいぶん用心深いのね。まあ、わざわざ顔を隠してたぐらいだものね? でも、一瞬だけ、そのユニークな髪の色が見えたの。
それにあなたと別れた直後の、あのタイミングでしょ?
「……そうとも限らんと思うがな」
肩を
聡明なセリカは、やはりそれを察したのか、今度はにっこり笑って。
「でも、強いんだね? 正直、意外というか……ううん、本当にびっくりした。……で、ユーリくんは、どこであれほどの技を身につけたのかしら?」
セリカの表情には、素直な
(わりと手強そうだな、こりゃ)
それを読み取って、ユーリもついに腹を決めた。
「ま、ここに来る前にいろいろあってな。……実はな、俺は前にいた場所で、いろいろやらかしちまって、“追放処分”を受けたのさ」
「あ……それはつまり、退学&放校になったとかそういうこと? へえ、けっこう”ヤンチャなワル”だったんだ? お父様が言ってたわ、自分も若い頃、ずいぶん“ヤンチャ”で“ブイブイいわせた”もんだって」
セリカは楽しそうに笑い、そんな妙なセリフを言う。
(それ、たぶん死語だろ……もしや、ラベルナ地方に生き残ってる古代方言しゃべってんのか、こいつ?)
とは思ったものの、ユーリからすれば、それはそれで都合がいいとも言える。
「……ま、そんなとこだ。あまり言いふらさないでくれよ。俺にも、世間体とか事情ってものがあるんでな」
実のところ、ヘカーテ司令相手以外には、
外面なんてものを気にするはずもないが、やはりお嬢様育ちで根が善良なところのあるセリカは、それを信じたらしく、にっこりと笑い。
「それは、もちろん。ばあやがいつも言ってたわ、人にはそれぞれ事情があるって。そもそもあの時、あなたが顔を隠してたのは、そういうことでしょ?
大丈夫、気づいたのは私だけで、ティガにも言ってないわよ。これでも、多少は気を
これまでの魔術実技の授業とかじゃ、とてもそんな風には見えなかったし」
すでに予想していた率直な疑問。だからユーリは、これまた想定通りの答えを、それとなく返しておく。
「別に。転入してきたばっかで、派手に目立って
途端、セリカがぷっと吹き出して、口元を
「え、冗談! 気づいてる? 面倒事も何も、あなた、あのイゴル教授に目の
「それは成り行き上ってヤツだ。相手が誰だろうと、頭カチコチで無駄に
「はあ~、そうなの? 大人な態度かと思ったら、妙に子供っぽいところもあるんだ……どうにも
ちらりと、
「別に、誰かと仲良しごっこをするつもりもねえよ。ここじゃ、過去を全部忘れて、自由気ままにやりたいし……この部屋で暮らしてるのも、そーいうこと。それより、あのクソ坊ちゃんたちのことは、学園に報告したのか?」
多少面倒くさくなってきたユーリは、話を変えようと別の話題を振った。
「ああ、そのことなら……ティガが落ち着いたら、明日あたり、対応はよく話し合うつもり。こう見えても、ティガのことはマジで親友だと思ってるし。それに、なんていうか……『助けた、助けられた』が変な貸し借りになって、関係が妙なことになってもイヤでしょ?」
苦笑して見せるセリカ。
「ははっ、おトモダチ大事♪ってか。お前らしいっちゃ、らしいな。ま、でも……意外にこの件は、ごくごく自然に、あっさり解決するかもしれんぜ?」
え、と
「お前らを逃がした後、ちょっとボス猿を、強めに
「そ、そうなんだ……?」
セリカは、目を丸くして驚いた表情になってから、一転して眼を輝かせて。
「う~ん、やっぱ凄いね、ユーリ君……! あ~、こうなったらどうしても、ちょっと興味出てきちゃった! ねえ、これだけ聞かせて。そもそも、なぜマギスメイアに入ったの?」
「それもまあ、諸事情あって、という奴だ。だいたい、そいつを言うなら……お前は、どうなんだ?」
「えっ、私? ただ、皇国の未来のお役に立ちたい、って……あ、コレ、前に言ったよね?」
「……本当に“それだけ”か? あのマルクディオの配下、お前を殴ったチョコバーデブがいたろ? 奴に反撃でカマした拳の一撃……足運びからして、実に綺麗なもんだったぜ。『お国のために、僕たち・私たちはぁ~!』みたいな薄っぺらい動機じゃ、学生身分だと百年
「ああ……ユーリ君には、分かっちゃうんだね……」
セリカは静かにそう言って、決心したように顔を上げた。
「うん、あなたの言う通り。本当は、それだけじゃないのよね……」
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明日はひたすら寝て過ごしたい!
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