陛下と私と婚約破棄、からの嘆き



以下は、2020年12月25日に、別所にて投稿したモノになります。

投稿中の本編が進みましたので、此方にもUPします。


婚約破棄モノでよく使用されていると思われる台詞を参考にさせて頂きました。

婚約破棄を絡めたモノを1度だけ書いてみたかったという小話です。



************* ************** ****************




「―――お前がこのように卑劣な者だとは思わなかった、小娘」


 金の髪をサラリと揺らし、軽蔑と憎しみの色を瞳に乗せた陛下は、その傍らに居る焦げ茶色の髪の女性の腰を庇うように引き寄せた。


「え? 卑怯とはどういう事ですか、陛下。わたくし、貴方に何か失礼な事をしてしまいましたでしょうか?」

「余にではない。分からぬのか?」

「……はい」

「ますます許せぬ」


 冷えた陛下の声が場に響く。

 傍らに居る焦げ茶色の髪の女性が震えながら彼の胸にしがみつき、しかし心の純真さからだろう、対する者への擁護の言葉を口にする。


「陛下、」

「どうした?」

「わたくしは謝ってさえ頂ければ。一言、珍獣様に謝罪して頂ければ、それでよいのです! ですから……」

「優しいのだな、其方は」


 愛おしそうに柔らかく微笑んで、陛下が女性の焦げ茶色の髪を撫でた。


「だが、余は謝罪などで済まそうなどとは思わぬ。其方に対し、小娘は酷い事をし続けただろう? 命の危険まであった。教書を隠され、手紙を破り、筆をも折られた。階段からも突き落とされただろう? 一歩でも違えたら、大切な其方が死んでいたかもしれないのだ。許せる訳がないだろう!」

「……陛下」


 怒りに身を震わせた陛下は、気を落ち着かせる為に焦げ茶色の髪の女性の額に口づけを一度落とし、鋭い視線を対象の人物に向けた。


「珍獣二号、余はお前との婚約を破棄する! そして小娘、お前は国外追放では済まさぬ。三日後に公開処刑だ」

「陛下……」

「ああ、そう震えるでない、其方は余が守る故」


 珍獣二号な小娘はディルクさんと思われる護衛に拘束され、陛下と焦げ茶色の髪の女性は熱い接吻を何度も交わし―――。









「―――くだらない。堪えられない。余の時間を返せ」


 私の横に居る陛下が、座る観客席の肘掛けに乗せていた手の色が白くなるまでギリギリと力の限りに握り締めていた。


「こんなしょうもない物の為に余は執務の時間を切り上げたのか? そうなのか? お前が五月蠅いから城に場を用意し、この劇団を手配させ、お前が、お前がだ。観るべきだと、流行りのものは抑えておかないと、政を行う人間こそ巷の空気を知る事は重要だ、出来るだけ城内の多くの者が観るべきだと、何度も、それこそ何度も、朝も昼も夜も執拗に言うから、高官らの予定を抑えて、今、この場に半ば強制的に着席させて、このザマか、小娘っ」


 この会場内の、否、トリエス王国の最上位である陛下が、演じながらも此方を気にする劇団員らへの涙ぐましい配慮だろう、神の領域に絶賛突入中な超絶美形な顔面をピクリとも変えずに舞台に向けたまま、私への文句を口にする。

 澄んだアメジストのような綺麗な紫色の瞳だけを動かして、ギッと私を睨みつけた。


「まままままま、そんなに怒らないで? ちっとも下らなくはないですよ? 今現在、トリエスでこの婚約破棄系な劇が庶民の間で流行っているのは確かみたいなんですもん。あと悪役令嬢が登場するのも流行っているみたいです。まあ、今回の劇では、私が悪役令嬢の役割なんだろうなと思いますけど」

「…………」


 陛下が深く息を吐いて視線を前方の舞台へと向けた。

 そして瞬時に、僅かにだけれど眉が寄る。

 舞台は、陛下役の人と焦げ茶色の髪の女性がイチャイチャしながら大きい寝台へと近づいていた。


「あの寝台、陛下の部屋の寝台に似てませんか? 豪華さというんじゃなくって、色合いがそっくりというか」

「…………ヴァーリア」


 心の底から嫌そうな声音を陛下が出した。


「ヴァーリアさん? …………あ、思い出した! 焦げ茶色の髪の女の人、何処かで見た事があるようなって、さっきから思っていたんですよね! ヴァーリアさんって、あの人ですよね? 陛下付きの侍女さんだった人で、お城の地下室で陛下のストーカー集会を開催していた主催者の! 陛下の部屋の屑籠から使用済みの―――」

「その先を言わないでくれ。鳥肌が、」

「ヴァーリアさん、陛下の事が本当に大好きなんですね。変質的に愛しているというか。愛しすぎて歪みまくっているというか。演劇でも何でもいいから結ばれたいっていう気持ちが凄い圧を伴って伝わります」

「…………」

「まあでも、惜しいというか、詰めが甘いというか、あの珍獣役の人の口調が私とは似てないかなぁ」

「…………問題は其処ではないだろう?」

「そうですか? じゃあ、陛下と私は飼い主とペット、愛玩動物の関係なのに、婚約者になっている設定が問題?」

「そのような事もどうでもよい」

「えー…じゃあ何がですか? ―――ね、ディルクさんは何だと思います?」


 言いながら、私はディルクさんが座る真後ろの席に体を向けた。


「あれ、ディルクさんが寝てる」

「…………」

「ルドルフさんは―――あれあれ、魂が口から出ている感じ? 瞳孔が開いてそうっていうか」

「…………当たり前だ。あれも膨大に残る執務を無理矢理に切り上げてきて此れを観せられているのだからな。寝る事の出来る立場のディルクが羨ましい事この上ない」

「そうかなぁ? 寝たら勿体ないですよ?」


 今回の演劇は向こうの世界でいうオペラ会場のような感じではなく、学校の体育館の超豪華版といったような配置だった。

 舞台は前方。

 最高位である陛下は最前列中央。私はその隣。私の護衛のディルクさんは私の真後ろで、宰相であるルドルフさんは最前列の端の方に。後は各々自由に着席していた。

 ディルクさんを見て、横のルドルフさんを見た後、私は他の人はどうなのか気になって後方に視線を遣った。

 席は満席では無かったけれど九割方は埋まっていて、高官と女官と思われる人達は各々用意されている座席に着席していた。

 そして侍女や他使用人と思われる人達は、会場の端の方で立ち見をしているようだった。


「陛下」

「なんだ」

「一番後ろの席に居るバルツァーさん、何か書いて横の人に紙の束を渡しているみたいです」

「……仕事をしているのだろう? あれも法務長官で忙しい」

「あそこに居る人は誰ですか? 左後ろの灰色の髪の人」

「財務長官だ」

「あの人も紙の束を持っています」

「………………」

「あ、筋肉質な赤毛の男の人は目が血走ってて怖いです」

「つい先程、遠征先から一時帰還した第十七騎士団長だ。帰って直ぐ此れでは絶望で血走りもするだろうよ。―――それより、此れはいつ終わるんだ」


 そう陛下に言われた舞台は今、どうやら濡れ場へと突入しそうな感じだった。


「…………」

「そういえばさ、陛下」

「………………なんだ」

「この劇の、教書を隠され、の辺りで思ったんですけど、トリエスって学校とか学園とか学院とか、そういった場所ってあるんですか?」

「ある」

「陛下も通ったんですか?」

「余に行く必要があったと思うか?」

「あー…無いかも。反則的記憶能力保持者の大天才だし。じゃあ、ディルクさんやヴィルフリートさんは?」

「通っていない。わざわざ通学しなくとも呼びつければいいだけだ、教師を」


 舞台上の寝台にヴァーリアさんがとうとう横たわった。

 それと同時に陛下の額に青筋がビシッと一筋入る。

 彼の許容範囲を段々と超えてきているようだ。


「でもでも、向こうの世界の日本のお話だと、王侯貴族も学園生活って大事みたいですよ?」

「何に」

「え? うーん、社会生活とか? 学園内が社交界の縮図とか、そんな感じ?」


 とても感じ悪く陛下が鼻で嗤った。

 視線は舞台に向けたまま、引き続き二人でボソボソと会話を続ける。


「八つで王となった余が社交界の縮図とやらを経験してどうする? 常に余の側近くに居たディルクやヴィルフリートにしても同じだ。馬鹿馬鹿しい」

「でもでもでも、学生時代に得るお友達って大事ですよね? 青春っていうか、身分に関係なく出来る純粋な友人っていうか。低位貴族や庶民のお友達って、そういう時代にしか出来ないんじゃ?」

「必要ない。居てどうする」

「え。んとんと、例えば、何かの時に使えるとか、助けてもらえるとか、色々と知っておくと後で便利とか」

「低位貴族や庶民が余を助けられるとは思えぬし、そう使えもしないだろう。知りたい事があれば、対象の者に対し手の者を放てばよいだけだ」

「……陛下って、ああ言えばこう言いますよね」

「事実をただ述べているだけだが?―――どうでもよいが、まだ終わらないのか、此れは」

「そろそろ終わるんじゃないですか? 明らかに陛下役の人とヴァーリアさんが致している感じの場面だし」

「…………っ」


 一度、私は軽く腰を浮かせて座り直した。

 私の体内時計で休憩無しで九十分くらいは劇を観続けているからだ。

 ギリギリと手を握り締めたりはしていても、身じろぎひとつしない陛下は流石国王様といった感じだ。


「そういえば陛下、ヘロルドさんから聞いたんですけど、私ってば、明日の夜会に出席してもいいって本当ですか?」

「ああ。余の誕生式典関連の行事前に、小規模なものを一度経験させた方がよいとルドルフがな」

「おおおおおぅ、じゃあじゃあ、向こうの世界でいうローストビーフ、トリエスのシュイネブーテンが、」

「出さないよう指示してある。それはお前が痩せてからという約束だからな」

「酷い!」

「夜会に参加できるだけありがたく思え」


 そんな会話を陛下と私がしている時、長かった劇が終わった。

 私的には面白かったんだけれど、拍手は疎らであった事を追記しておこうと思う。









 ―――夜会当日。

 劇が終わって、その後に陛下の部屋へと一緒に戻って。

 私の体内時計で劇と同じくらいの長さの文句を陛下に言われて、就寝して。

 起きて日々の日課をこなして、直ぐに夜会の時間となった。

 陛下の無礼発言でドレスは着ない宣言をしている私は、相変わらずの陛下のお下がりの男装服姿で準備を終えた頃、「行くぞ」とキンキンキラキラ仕様に支度を終えた陛下に言われる。

 時間的な余裕があまり無いようで、促されるままに直ぐさま彼の部屋を出た私達は、足早にお城の廊下を歩いた。


「私ってば、すんごい楽しみです!」

「それは良かったな」

「お料理、何が出るんですかね?」

「さあ?」

「え、そういうのって、陛下は確認したりしないんですか?」

「今回のような小規模の夜会でいちいち其処までやっていられない」

「お肉、出るといいなぁ」

「普段から食べているではないか、しっかりと」


 そう会話をしながら階段を下りて、また長い廊下を歩いている時、宰相のルドルフさんと合流した。


「ルドルフ、昨日は悪かったな」

「……いえ、陛下には何とも。原因は分かっておりますので」

「……そうだな」

「え、陛下、ルドルフさんに謝らなければならない事をしたんですか? 駄目ですよ? 迷惑をかけちゃ! ルドルフさん、職種が宰相で忙しいんですし!」

「…………」

「…………」

「ルドルフさん、陛下がゴメンネ? 中身がオコチャマだから何かと我が儘なんですよね」

「………………着いたな」

「………………ええ。―――陛下がご到着だ」

「―――御意」


 装飾が凄くて大きな扉の前に辿り着くと、ルドルフさんがその両脇に何人も控えていた人達に開けるよう指示を出す。

 直ぐに扉が開き、陛下、私、ルドルフさん、そして今回、ディルクさんは居なかったけれど、それ以外の護衛の人達の順番で会場の入口に足を踏み入れた。

 陛下の来場の音を鳴らす人が構え、またそれを告げる係の人が息を吸った時、小規模と陛下は言っていたけれど、とても煌びやかな会場で、私ですら有り得ないと思える光景が展開されていた。


「―――ゾンネフェルト伯爵令嬢! この愛らしく可憐で健気なステファナを虐めるお前のような卑劣な者は王子妃として認められない! 私とお前との婚約は、今、この場をもって破棄する!」

「殿下?! 虐めてなどおりません! わたくしは何もしておりませんわ!」

「嘘は言わないでください! 認めて謝罪してくれれば私は許しますから! だから謝ってください!」

「ああ、このように純粋なステファナを虐めるだなどと! 教書に落書きをし、制服を破って、上から水を―――」


 ビシビシビシビシッと私の直ぐ傍で不穏な音が鳴った。

 発生源は陛下とルドルフさんの額からだ。

 二人を見遣ると、それぞれの額に盛大な青筋が幾重にも走っていて、目つきもかなり怖い。


「―――なんだ、あれは」

「―――あの小僧はエフモンドラの第二王子ですね。我が国の王都の学府に留学中だったかと」

「あれがか?」

「はい」

「何故、小国の第二王子に過ぎない分際が此の場に居る」

「とりあえずでも王子だからでしょう。小規模な夜会ですので」

「伯爵令嬢とやらと、もう一人の頭の悪そうなのは誰だ。家名が初耳だが」

「エフモンドラ王国の貴族でしょう。私も認識外ですので、相手にする程の力も影響力も我が国に無い家かと。もう一人の阿呆は知りません」


 突如、陛下が斜め後ろに控えていた護衛の剣を引き抜き、毛足の長い絨毯は避けて、会場の端の艶やかに輝く石の床に向かって、抜き身の剣を力いっぱい叩きつけるように投げた。

 当然、会場中に衝突音が盛大に響き渡る。

 三人による婚約破棄騒動に注目していた人達が、当人らを含めて、吃驚した様子で陛下の方へと視線を移した。


「―――嘘、物凄くカッコイイ」


 とは、ステファナさんという彼女の言葉。

 私に聞こえたのだから、陛下の耳にも当然入っただろうけれど、しかし彼はそれには反応せず、整った黄金の眉を中央に寄せ、澄んだ紫の瞳に剣呑な色を宿して口を開いた。


「余の居城ヴィネリンスで催されている夜会で貴様らは一体何をしている」


 会場中が無音になった。

 誰もが陛下を注視し、誰ひとり言葉を発しない。

 騒動を起こしていた三人ではないのに、周囲で見物していた貴婦人の何人かが、顔を真っ青にして酷く震えていた。


「何をしていると聞いた。答えぬか、そこの小僧」


 陛下に言葉を向けられて、第二王子さんの顔が蒼白になる。

 そして挙動不審気味な手の動きをさせて、体を震わせた。


「―――早く答えぬか。余が問うている。同じ事を、この余に言わせる気か?」

「あ、いえ、あの、婚約……破棄を、この卑劣な、」

「あの、テオフィリュス様は悪くないんです! 私が虐められていたから、それを正してくれようとしてくれただけなんです!」

「ステファナ……」

「大丈夫です、テオフィリュス様! 私がトリエスの王様に謝って、私、とてもとても辛いし悲しいですけど、テオフィリュス様とお別れして、トリエスの王様の元へ行きたいと思います! テオフィリュス様を許して貰う為に! だから大丈夫! 私……、私、トリエスの王様が望まれる通りに、勇気を出してあの方の唯一のお妃さまに、あの方の王妃にな―――」


 ブツンとした感じの音が聞こえた気がした。

 多分、陛下の堪忍袋の緒が切れたんだと思う。

 陛下が私の両脇に予告無しに手を差し込み、相変わらずの米俵担ぎで肩に乗せた。

 そしてグルリと方向転換をして、通ったばかりの扉へ向かってスタスタと歩きだす。

 ルドルフさんがそれに続き、護衛に三人の拘束指示を出した。


「―――戻る。ルドルフ」

「はい」

「三人とも速やかに始末しろ。方法はお前に全てを任せる」

「畏まりました。陛下がご納得のいかれる結末を御覧にいれましょう」


 かかっている眼鏡をキラリと光らせながら、クックックッと不気味に嗤う宰相なルドルフさんにちょっぴり引きつつも、私は私で納得いかない事を、私を担ぎ歩く陛下に抗議した。


「ねねねねね、へ・い・か! 夜会は? ねぇ、夜会は参加しないの? もしかしてお部屋に戻っちゃう気ですか? え、夜会ゴハンは? 美味しい美味しいお肉料理は?」

「知るか。部屋で食え」

「嫌です! 私ってば、昨日から楽しみにしていたのに! 本当にもう参加しないの? ねねね、本気で帰っちゃうの?」

「くどい!」

「ルドルフさん! あの三人、コテンパンにやっちゃって! 分厚い書類の束で三回くらいお尻を叩いて、お城から放り出して下さい! 私の夜会ゴハンの恨みは、向こうの世界の日本海溝よりも深いです!」

「ええ、言われずとも殺ろうと思っています」

「お願いしますね! あのあの、ところで陛下?」

「なんだ」

「私の服の中に手を入れて、横のオナカのお肉、揉まないで?」

「…………」

「私のオナカのお肉、スクイーズじゃないんです。モミモミしてストレス、イラつきを発散させる癒し系の揉み玉じゃないんだよ? やーめーてー、ワンコや猫さんの肉球でもないんですってばぁ!」


 結果的に、トリエス王国王城ヴィネリンスに私の可哀想な叫びが、嘆きが響き渡った夜だった。



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