陛下と私 ~小話~
桂木翠
コ・バ・ン・ザ・メ!
トリエス国王な陛下のお部屋の重厚な扉を開けると、その扉脇に立っていた人達が表情を取り繕えなかった。
今日は六人程の人が陛下の部屋を護っていたようで、彼らは一様に引いている。
ある者は目を見開き、またある者は頬が引き攣っていた。
―――何故なら。
早朝、陛下と私が大声で、半ば怒鳴り合いながら部屋から出てきたからだ。
国王仕様の超高級お仕事着に身を包んだキンキンキラキラの超絶美形な陛下の体に、私はコバンザメ状態でしがみ付いていた。
お仕事用に折角整えた黄金サラサラストレートな髪を乱した陛下の額には怒りの青筋が。
そして私の恰好はと言うと、トリエス王国製の寝衣姿、子供用だ。
フリフリ仕様で、首元にも袖口にもある大きなリボンが忌々しい。
私の行動に問題があるからと、リーザを始めとする皆が用意してくれたのが此れだ。
正直、全く納得がいかない。
神の領域に絶賛突入中な美貌を持つ陛下が、いつも澄んでいる紫の瞳でキッと前を睨み据えて、コバンザメな私を引きずりながら強引に前進した。
「とにかく離れろ! 余は忙しいんだ!」
「い・や・で・すーだ! ややっ、ちょっとちょっと! 無理矢理に引き剥がそうとしないで下さいよ!」
「いいから離れろ! 直ぐに重要な会議があってだな!」
「早朝なのに?!」
「そうだ! 早朝なのにだ! だから離れろと言っている!」
「だからイヤですって! 重要な会議だからって、なんなんですか?! そんなの私には関係無いし!」
「なにっ?!」
「関係ないでぇす! 全く、一切、関係無いもん! 会議がどうなろうが私的に超どうでもいいし!」
「……小娘っ」
「それよりですね、私的最重要事項があるって言ってるじゃないですか!」
「お前とは話にならない! 今直ぐ部屋に戻れ! おい、誰か―――」
陛下がコバンザメな私の腕を足を進めながら力で解こうとするのに、私は間を開けずに言葉を続けた。
「あ! 無理に引き剥がそうとしようものなら、私ってば、超絶恥ずかしい事を大声で言っちゃいますからね!」
「恥ずかしい事をだと?!」
「そうです!」
私は目一杯に空気を吸って、肺に入れた。
勿論、オナカの底から大きな声を出す為にだよ!
「トリエス王城ヴィネリンスに在職中のみなさーん! 耳をダンボ、大きくしてよーく聞いてく・だ・さ・い・ね! 実はですね、陛下とディルクさんとヴィルフリートさんは三角関係で、超濃厚な肉体関係が五歳の頃からあるんですよー!」
陛下の額の青筋がビシビシッと増えた。
「ふざけた事を! 鳥肌が立つ!」
「この前、私ってば見たんです! 深夜の陛下の部屋の広い寝台の上で、陛下とディルクさんとヴィルフリートさんが息を荒くして、卑猥な音を立てながら全裸で互いのペ―――」
私の頭に陛下が後ろから腕をまわし、ガシッと力強く手で口を押えつけた。
そんな彼の行動に私は仰天だ。
理由は息が吸えないからだよ!
私ってば、慢性アレルギー性鼻炎なんだよ!
鼻で息が吸・え・な・い・の!
「もがもがほがほがっ」
「いい加減にしてくれ! 小娘、お前は余に何の恨みがあ―――」
陛下と私は此の状態のまま、無事に目的地である会議室に到着した。
「―――で、珍獣様が何故今此処に? 何故、あなた方は抱き合っているのです?」
国王の居城に相応しい豪華で立派な会議室に入室した陛下と私を仁王立ちで出迎えてくれたのは、黒髪に碧眼、銀縁眼鏡をキラリと光らせ、額に陛下以上に青筋を立てている、トリエス王国宰相のルドルフさんだった。
室内を見渡すと、ほぼ全員が揃い着席しているようで、どうやら陛下は遅刻したようだ。
どうにも声を発し難い状況に陛下と私は口を噤む。
それにルドルフさんの青筋が激増した。
「何故、抱き合っているのか、何故、珍獣様が此処に居るのか、陛下、私はお聞きしているのですが?」
「……抱き合ってはいない。抱きつかれているだけだ。そこは間違えないでくれないか」
「どちらも同じです」
「…………」
「それで? 何故、貴方はその状態で此処に来たのです?」
「……離れなくてな」
「離れない?」
「無理に引き剥がそうとすると大声を出すんだ。それも酷い偽りの醜聞を、」
「醜聞? それが? それが何だと言うのです」
「………………」
陛下が言葉に詰まってしまったようだ。
いつも無駄に偉そうで尊大なのに、どうも陛下はルドルフさんの言葉攻めには弱そうだ。
そんな彼が微妙に可哀想だったので、私は今回の状況を説明する事にした。
「あ、ルドルフさん、あのね、あのあの、私ってばね、胸が小さいじゃん? だから、陛下のイケメンむんむんフェロモンで胸を少しでも大きくですね、」
「貴女にはお聞きしていません」
「お」
「陛下、私は貴方の口からご説明頂きたいのですよ。今回の会議が重要であると、ご存知でしょう」
「ああ、それは理解している。ルドルフ、すまな―――」
「あのあのあのあの、ルドルフさん、聞いて? 私ってば、陛下の代わりにちゃんと説明しますから! あのね、私ってばね、通りすがりの知らないお掃除係の人に聞いたんですけど、私みたいにAカップですら余っちゃう小さい胸の人は、美形な男の人のむんむんフェロモンに当てられると大きくなってくるんだって! だからね? 世界を跨いで全人類に完全に喧嘩を売っている超絶美形な陛下なんて打って付けでしょ? だもんで、昨晩から陛下の体に可哀想な私の胸をスリスリと擦り付けていたんです! あ、そうだ! ルドルフさん、見てみて! ちょっとは大きくなったかなぁ? 一ミリくらい!」
そう言って、私は一晩の成果をルドルフさんに見てもらう為に、寝衣を裾から胸まで捲り上げようとすると、陛下が素早い動作で私の腕を押さえた。
「ちょっと! 何をするんですか、へ・い・か! 手が邪魔!」
「……小娘、余は何度も言ったと思うが?」
「何をですか?」
「恥じらいを持てと。お前は何故、この大勢が居る場で寝衣を捲り上げようとする」
「は? なになに? 陛下ってば何を言っているの? 恥じらいで私の胸が大きくなります? なりませんよね? だったら恥じらいなんて要りません! 私は胸が大きくな・り・た・い・の!」
「小娘っ!」
「―――出ていけ」
「は?」
「え?」
ボソリと聞こえてきた低い声に、陛下と私は思わず聞き返してしまう。
声が聞こえてきた先に二人で同時に視線を向けると、ルドルフさんが額にこれでもかと青筋と立てまくり、両拳を握って震わせていた。
「……ルドルフ?」
「……ルドルフさん?」
不穏な銀縁眼鏡がキラリと光る。
「出ていけと言っているのですよ、お二方」
「余もか。何を言っているんだ。今回は外せない重要な会議だろう?」
「や、ややややややっ、ごめんなさい! 私ってば今直ぐ出ていきます! だから、あのあの、陛下はちっとも悪くないので、出ていけなんて言わないで? 会議に参加させてあげて? 国王陛下だしね?」
「……く……ど……が…………」
「は?」
「え?」
「糞餓鬼共がっ! 私は出ていけと言ったんだ! せめて今日だけは、お二方の顔を視界に入れたくない! 不愉快だ!」
宰相が国王を怒鳴りつける、そんなルドルフさんの激怒っぷりに、陛下と私はドン引きした。
二人で一緒に数歩後ずさる。
いつも無駄に偉そうで尊大な陛下が、おずおずといった感じで口を開いた。
「……分かった。悪かった。すまなかった。出ていく」
「お……おおぅ、ご、ごめんなさい。私ってば、陛下と一緒に出ていきます」
「陛下、明日、貴方が今日という日を心の底から後悔するような仕事量をご用意しておきますので、どうぞ速やかに御自室にお戻りを。今日はこの後、せいぜいお二人仲良く抱き合って過ごされれば良いのでは?」
「…………」
「あ、そうします! おおおおおぅ、私の胸、今日一日でCカップくらいになるかなぁ? きゃっ! ありがとうございますね、ルドルフさん! 御協力感謝致しま―――」
私の言葉の途中で、会議室の扉が盛大な音を立てながら、叩きつけるように閉められた。
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