第32話 パンダとオトメとパーティー名
「おやおや、【
「そぉなのよんアリスちゃんっ! コレはもう運命の出会いに決まってるわぁん♡ ワタシったら興奮しちゃって、夜しか寝れなかったのよぉんっ!!」
「なぁーにが興奮だ。それに夜しか寝ないのは当たり前だろうが」
ミッチェルの奢りで豪勢な夕食を楽しんだその翌日。
瑠夏達全員が呼び出され、探索者組合の応接室にて支部長――アリス・ブロッサムと面会を果たしていた時の、そんなやり取り。どうやらアリス支部長とも面識があったようで、瑠夏達一行に新たな仲間として加わった
そんなミッチェルとアリスのやり取りを溜息と共に眺めながら、ダディは自身の下した判断に未だ確信を持てずにいた。
「パンダか先が思いやられるぜ……。まあ陰でコソコソされるよっかは、俺の目の届く所に居た方が瑠夏達を守り易いんだけどよぉ」
「ダディったら、そればっかじゃない。みんなで話し合って決めたことなんだからいい加減認めてよね?」
「瑠夏……。だがよう、ありゃあ完全に多数決という名の数の暴力だろ……」
「民主主義だよ、諦めて」
未だに反抗期を疑われている瑠夏に黙らされるダディ。『民主主義って……俺パンダなんだが……』とブツブツと
『オスに二言は無ぇしなぁ……』と、昨夜のミッチェル加入の是非を問う多数決に負けた事を思い出しながら、深い溜息を吐く。瑠夏は苦笑しながらも、自分達を心配してくれる過保護な保護者の背中を撫でるのであった。
「ルカも随分とイイ顔をするようになったじゃないのさ。何か心境の変化でもあったのかい?」
そんなダディを宥めている瑠夏にも、アリスは微笑を浮かべながら言葉を投げ掛ける。やはり人の上に立ち管理する役職に、それも女性であり未だ三十半ばという若さにして抜擢されただけあり、その観察眼には鋭いものがあった。
「いやぁ、心境の変化なんて大袈裟なものじゃないんですけど、ちょっと自分に自信が付いたかなって。ミッチェル……ミーちゃんに会えて、まっすぐに向き合えたから……かなぁ」
「んもうっ、ルカちゃんったら嬉しいコト言ってくれるわぁ! オネエさん涙が出そうよぉんっ♡」
ミッチェルと出会った直後の緊迫した状況。その中にあっても――ユニークスキルの恩恵があったとはいえ――冷静に、彼(彼女?)の言葉の真偽やその心を見抜けた経験は、確実に瑠夏を前向きに、一回り大きく成長させていたようだ。
そんな瑠夏を見、次いでミッチェルを眺めたアリスの顔には、まるで自身の子の成長を喜ぶかのような、優しげな微笑みが浮かんでいた。
「実際コイツが仲間になりたいなんて本当に珍しい事さね。コイツだってクセは強いけどとんでもない実力者だからね、胸を張っていいよルカ」
「あはは。ありがとうございます、アリス支部長」
そんな賛辞にむず痒いものを感じながらも、素直に礼を述べる瑠夏。
こうして支部長であるアリス・ブロッサムの仲立ちの下で、元暗殺者であったミッチェルが、正式にパーティーメンバーとして一行に加わったのであった。
「――――それで?」
「「「???」」」
しかしそんなパーティーメンバーの登録書類に記名をしていた矢先のこと。アリスの発したその言葉に、一行の全員が首を傾げることとなった。
「いや『???』じゃなくてさ。探索者の資格を得て、そんでパーティーのメンツが決まったならさ、次に決めるモンがあるだろ?」
「えっと……パーティーのリーダーですか?」
「いや、そりゃまあ決めた方が良いだろうけどさ。それよりももっと大事なコトだよ」
代表して瑠夏が答えてはみたものの、どうやらリーダーを決めろという訳ではないようだ。一行は皆顔を合わせて疑問符を浮かべている。唯一ダディだけは、『当然保護者である俺がリーダーだなっ』と得意そうな顔をしていたが。
「マジかいアンタ達……。いいかい、アンタ達はこれからお互いに背を預け命を預け合う、掛け替えの無い仲間になるんだよ?」
呆れ顔で溜息まで漏らしながら、アリスは一行に、まるで親のように、はたまた教師のように語って聞かせる。
そんなアリスの真摯な姿勢に、瑠夏達も知らず背筋を伸ばし居住まいを正して傾聴していた。普段は我が道を往くダディや、生き様そのものが波乱万丈なミッチェルも同様であった。
「そんなアンタ達の結束を高め、仲間意識……
ゴクリ、と。
誰かが固唾を飲む音が、静まった応接室にやけに大きく響いたのであった。
◇
「
「はいはいはーいっ♡ ワタシぃ、【
「ミーちゃん、あたしそれはちょっと……」
「わたくしも、それはどうかと思いますわ……」
「ぱんだぁ~??」
三人と二頭からなる瑠夏達一行が、今日も今日とてダンジョンの攻略を進めていく。
現在一行は三十九階層を進んでおり、自身も上級探索者でもあるミッチェルの加入によって、よりスピーディかつ安全に、襲い来るモンスターや罠の数々を踏破していく。
そんな一行であったが、それぞれの役割を全うし並み居る魔物を蹴散らしながらも、どこか気がそぞろな様子であった。
『今日中にパーティー名を考えておいでな。それまでこの書類は仮受理って扱いになるからね。上級探索者ともなればお偉いさんからの依頼も舞い込むことだってあるんだ。適当じゃなくしっかりと話し合って決めなさいな』
瑠夏達の脳裏に浮かぶのは、真剣に諭してくれた探索者組合の支部長――自身も探索者として活躍した経験を持つアリス・ブロッサムの言葉である。
一行が探索者として活動を……それも上級探索者という実力者が複数名集って共に行動をするとなれば、その動向や影響力を組合としても把握しておきたい――――という思惑も確かにあっただろう。しかしそれはあくまで建前で、アリスとしても瑠夏達には便宜を図ってやりたいという、真心からの助言であった。
瑠夏の故郷である日本にも〝名は体を表す〟という言葉があるように、彼女たちがどうしたいのか……またはどう
「言ってるこたぁ至極マトモだし、ちゃんと考えた方が良いとは俺も思うんだがなぁ……」
「珍しいねダディ? いつもならこういうのってノリノリになってそうなのに」
「あっ! 【満開♡
「ミッチェル様……? 本当に真面目に考えてますの……?」
「ぱんだぁ~~♪」
そんなこんなでこの道中、こうして一行は頭を悩ませながらダンジョンを攻略していたのである。
そんな様子でも危なげなく進めていたのは、やはり新メンバーであるミッチェルの加入が大きかった。ダディですら舌を巻く索敵能力や罠の知識、そして何より頼もしい戦闘技術の数々は、一行に更なる安定感と安全をもたらしていたのだった。
「俺達だけなら、まあ適当でも良いかと思ったんだがな。だけど今やカレン嬢ちゃんやあのオネェも居るだろ? ぶっちゃけ俺には方向性なんて思い付かん」
「今朝は散々『俺がリーダーだ!』って言ってたのに……」
「それはそうだが、アリス嬢の言った通りチーム名ってのは大事だからな。ただでさえ濃いメンツばっかだしよう」
「濃いって……それをパンダのダディが言っちゃうの……?」
そんな調子で一行は、迫り来るモンスター達を跳ね除けながら先へと進んで行くのであった。
◇
――――ダンジョンの四十階層。
実は三十階層以降からはいわゆる〝中層〟と呼ばれており、モンスターは
しかしそこに辿り着き、なおかつ乗り越えてこの四十階層まで足を進めてきた瑠夏達は、新メンバーであるミッチェルを除いて探索者としては新米もいいところ。
にも関わらず危なげも無く攻略できていたのは、
異世界からの転移者であり、この世界の女神である〝パン・ダルシア〟から
その〝聖女〟である瑠夏の守護霊獣であり、【霊体化】すれば物理的な攻撃の一切が無効……更には瑠夏に憑依することで、強大な戦闘能力を授けることができるルナ。
大貴族であるアルチェマイド侯爵家の愛娘であり、幼い頃より莫大な魔力をその身に宿し、その力を今も尚伸ばし続けている侯爵令嬢、カレンディア・フォン・アルチェマイド。
そして一行の取りまとめ役でもあり、女神パン・ダルシアに〝勇者〟の資質を見初められたエリート(自称)ジャイアントパンダにして、〝聖女〟瑠夏の守護聖獣であるダディ。
些細な罠など歯牙にもかけず、襲い来るモンスターもものともせずに、並の探索者達など軽く凌駕するその圧倒的な戦力で
「ダディちゃん、そっちに行ったわよん!!」
「分かってるっての! ぱんだぁあああああッ!!」
「お姉様! オークロードの唾液は衣服や装備だけ溶かすそうですわッ! お気を付けくださいましっ!!」
「なにそれ!? ちょ、いやぁあああああああああああッッ!!??」
四十階層を守護する
豚の頭部を持つ半獣半人のモンスターであるオーク、その上位種である魔物三体との戦闘は熾烈を極めた。
暗殺者でもあったミッチェルが自身のスキルを駆使してオークロードの片割れを引き付け、もう一体は【
「遅っそいわよんっ! そっちは【
ミッチェルが分身で以てオークロードを翻弄し、得物である双剣を振るい攻撃する。
「お姉様、伏せてください! 【
「ナイス、カレン!!」
前衛で露出過多な瑠夏がオークロードに隙を作り、そこにカレンディアが無数の火球を撃ち込む。
「喰らいやがれ! 必殺! パンダドライバー!!」
「いやそれパイルドライバーだから!!」
ダディがプロレス技……もとい【
中層の
――――それもそのはず。瑠夏達はまだまだ成長の過程である。この
「あぁっ!!!!」
「パンダぁっ!? どうした!?」
「どうしたのミーちゃん!?」
そしてそんな激闘の
そんな二人に、ミッチェルは。
「今思い付いたわんっ♡ ワタシ達のパーティー名だけどぉ、【
オークロードが振るう斬馬刀をヒラリと躱しながら、名案とばかりに喜色を浮かべて提案してきた。
当然、そんなミッチェルに二人が返した言葉は――――
「「今そんな話してる場合(かよ)ッ!!??」」
――――で、あったのだった。
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