第31話 祝杯と夕ご飯と仲間入り


「いやぁ……凄かったな……」


「すごかったねぇ……」


「わたくし、夢に見そうですわ……」


「ぱんだぁ〜?」



 三十階層の階層主フロアボス、スライムキングの討伐を終えた瑠夏達は、探索を打ち切り転移装置を使って地上へと戻って来ていた。

 どこか辟易とした、疲れた様子の一行であったが、その視線は疲労の原因である……一人の漢女オトメに集中している。



「ふんふふ〜ん♪ これでひと月はつわ〜ん♡」



 ルンルンと鼻歌を奏でながら先導する、元暗殺者のミッチェルである。


 ダンジョンの三十階層で遭遇した彼(彼女?)とは一応和解をし、彼の目的であるところの〝スライム風呂〟なるものを見学した瑠夏達であったが……その光景は予想していたものより遥かに凄まじく、トラウマじみていたのであった。





 ◆





「居る居るぅ〜♡ まずは攻撃されないギリギリの距離まで近付くのよ〜ん♪」



 三十階層の階層主フロアボスの間に侵入した一行。彼らは、巨大な空間の中心に鎮座する半透明な、球体とも粘体ともつかない不定形のソレに対峙していた。


 ――――スライムキング。探索者にとって初級モンスターに分類されている、スライム達の上位個体である。その体積はスライム一匹が大人の両手に乗る程度なのに比べ、その数百倍……いや、数千倍は有ろうかというような見上げるほどの巨体であった。


 そんなスライムキングから十メートルほど離れた辺りで、ミッチェルはおもむろに装備を解除し始めた。ポーチやバックパックなどを地面に下ろし、それどころか革鎧や手甲、膝当てなどの防具を外し、さらには身に付けていた衣服までも脱ぎ始めた。



「ちょっ、お姉様!? 目を塞がれてしまっては見えませんわ!?」


「見なくていいの! 男の裸なんて見たらカレンのお目目が穢れちゃう!」


「いや瑠夏、お前も見なくていいからな? それとルナも、バッチぃから見ちゃいけませんっ」


「ぱんだぁ〜〜??」



 少し離れたその背後では瑠夏がカレンディアの目を手で覆い、そんな瑠夏とルナをダディの腕が目隠しをし……といったように騒がしいのだが、ミッチェルは気にも掛けずに全ての衣類をキチンと畳むと、生まれたままの姿となってスライムキングに向き直る。



「さあ……♡ 一ヶ月ぶりのスキンケアタイムよぉ〜ん♡ イクわよんっ!!」


「ギュィイイイイイイイイッッ!!」



 気合いの込もった宣言と共に、裸体を晒しながら一気に駆け出すミッチェル。その敵対する一線を易々と踏み抜いた彼に対し、スライムキングは甲高い鳴き声を上げて威嚇を始めた。


 手にたった一振りのナイフのみを携えたミッチェルへと、スライムキングが伸ばした無数の触腕が襲い掛かる――――



「お・そ・い・わ・よ・んっ♡」



 裸足はだしのせいでペタペタと緊張感の無い足音を鳴らしつつ、最低限のステップワークで触腕の雨を掻い潜るミッチェル。

 まるで踊るかのようなその華麗な回避劇に、その身体に釣られて彼のも、ブオン、ブオンッと上下左右に振られまくる。



「いやデッッッッッ……!? ヤバっ、お兄ちゃんなんかと比べ物にならないんだけど……!?」


「そ、そうなんですの、お姉様!?」


「ぱんだぁ〜〜!?」


「いや、お前ら結局ガッツリ見んのかよ……!? お父さんにはその気持ちは分からん……! ていうか瑠夏、兄貴のを見たのって一体いつの話だ!? お前一応もう十七の女子高生だよな!?」



 乙女にあるまじき失言を漏らした瑠夏に、同様に見学していたカレンディア、ルナ、ダディが反応を返す。

 特に男性……オスであり一行の保護者を自負するダディの反応は覿面で、瑠夏とその兄の聞き捨てならない裏事情に思わずツッコミを繰り出していた。


 あの、いつもはツッコまれる側のダディが、である。



「たまたまお兄ちゃんがお風呂入ってるの知らずに入って見ちゃっただけだってば!! っていうかミッチェル……ミーちゃんすごい……!」


「あれだけの数の触腕が、一本たりとも掠めてすらいませんわね……!?」


「ぱんだぱんだぁ〜っ♪」



 珍しいダディのツッコミに慌てて反論を返す瑠夏であったが、それよりも裸一貫……たった独りでスライムキングを翻弄するミッチェルの戦いぶりに、その目は釘付けであった。



「辛れぇ……! 事故で見られた挙句に異世界でオカマのナニと比べられる瑠夏の兄貴が、不憫でならねぇよ……!!」



 同じオスだけにを比べられる心情を知るダディだけは、顔を背けて目に光る物を浮かべていたが。



「さあさあ! そろそろイクわよ~んっ♡」



 触腕を悠々と搔い潜り、スライムキングとの距離を縮めたミッチェルは、気合を吐いて一気に加速する。

 そしてついには本体――スライムキングの巨体へと辿り着いたかと思うと、手に持ったナイフを一閃。スライムキングの身体を斬り付けた。



「せぇ~のっ♡」



 そして間髪置かずに斬り付けた箇所に向かい、その身を投げ出したではないか。


 本来スライム種に対して、斬撃はほとんど意味を為さない。元々が不定形の粘体生物な上、多少の切り傷など即座に再生してしまうからだ。倒そうとするならば、スライム達が持つ〝核〟を狙っての攻撃か、核を巻き込むほどの魔法攻撃が好ましい。


 そしてミッチェルが先ほど行った攻撃は、ただ身体の表面を傷付けるだけに留まっている。

 そんな切り口に飛び込んだ彼は、再生する身体と共にズブリと、スライムキングの体内へと引きずり込まれてしまった。



「ミーちゃん!?」


「おいおい、大丈夫なのかアレ!?」



 見守る瑠夏達も思わず悲鳴のような声を上げる――――が、すぐにその心配そうな目は、ジトリとしたどこか呆れたものへと変わっていた。


 その視線の先では。



「んっふぅ~ん♡ イイわぁ~んっ♡ このシュワシュワ汚れが溶けていく感じ、何度味わっても最っ高よぉ~んっ♡♡」



 スライムキングの身体から頭だけ出して、恍惚の表情を浮かべるミッチェルの姿があったのだった。





 ◆





「でもミーちゃん、スライムキングの素材とか魔石とか、ホントにあたし達が貰っちゃって良かったの?」



 上機嫌でダンジョン都市ドーマを闊歩するミッチェルについて行きながら、瑠夏は討伐の成果を譲られたことに遠慮を見せ声を掛ける。

 そんな瑠夏に対して、口ずさんでいたハミングを止めたミッチェルが振り返り、男として見れば端正な顔一面に笑顔を綻ばせる。



「いいのよぉルカちゃん♡ 初対面で怖がらせちゃったし、お詫びとお近付きの印に……ねん♡」



 睫毛まつげの長い髪と同じ緑色の瞳を、バチコンッと音が聞こえそうな勢いでウィンクしてそう答えるミッチェル。

 歩調を一行に合わせて遅くし、並び立って歩き始めたミッチェルは高い身長を活かして、ダディの背に乗る瑠夏の頭を優しく撫でる。



「それに、こんなワタシのことを受け入れてくれたルカちゃんのコト……ワタシとっても気に入っちゃったのよん♡ ワタシ達ってもうオ・ト・モ・ダ・チ♡ よねんっ♡」


「うんっ。ミーちゃんさえ良ければ、あたしも友達になりたいかなっ。カレンはどう?」


「わ、わたくしも……まだ男性は少し怖いですけれど、ミッチェルさんでしたら大丈夫そうな気がしますわ」


「ぱんだぁ~っ♪」


「ふふっ♡ 嬉しいわぁんっ♪ こぉんなに可愛らしいオトモダチが、一日でこんなに増えちゃった♡」



 ダディの背に乗る瑠夏、カレンディア、そしてルナとも打ち解け、ますます機嫌を良くするミッチェル。しかしそんなミッチェルに面白くないものを感じたのか、不機嫌そうな声がそのやり取りに割り込んでくる。



「まったく。瑠夏はちぃっと甘すぎるんじゃねぇか? こんな知り合って間もない、元暗殺者のオカマによぉ……!」


「ちょっと、ダディ……!?」


「あらぁん? ダディちゃんはまだワタシのこと、警戒してるのかしらん?」



 瑠夏達の保護者であるダディは、不機嫌さを隠しもしない様子で鼻を鳴らしてミッチェルを睨み付ける。空気が悪くなったのを感じて慌てて瑠夏が宥めようとするが、しかしそんな瑠夏を無視してダディは、困った顔をするミッチェルにさらに言い募る。



「瑠夏はパンダか信用しちまってるみてぇだが、俺はまだお前を信用はできねぇからな。ちょっとでもおかしなことをしてみやがれ。速攻叩きのめして、コテンパンダにしてやるからな」


「ちょっと、ダディってばやめてよ……!」


「瑠夏も瑠夏だぜ? いくらなんでも、知り合ったばかりの相手に心を許しすぎだ。もうちっと緊張感をだな――――」



 そしてその矛先は、間に立った瑠夏へも向けられてしまう。そのままお説教が始まりそうになる……が。



「んもうっ、ダディちゃんってばカタイわねぇ〜♡ でもワタシ……硬派なオトコも好・き・よんっ♡♡」


「て、テメェ何言って……!?」


「怒っちゃいやぁ〜んっ♡ こぉんなキュートな見た目で、だけどダンディなオトコの中のオ・ト・コ♡ きっと奥さんも、アナタのそんな所に惚れちゃったのねぇん♪」



 そんな警戒心と猜疑心の塊りのようなダディに畳み掛けるように。

 ミッチェルはを作ってダディに寄り掛かるようにし、その毛皮を優しく撫でてダディを褒めちぎる。



「ちっ……、ちったぁ分かってるじゃねぇか……! と、とにかく! 俺様の目の届く範囲で悪さすんじゃねぇぞ!?」


「はぁ〜い♡ これからよろしくねん♡ ダ・ディ・ちゃん♡♡」


(いや、ダディチョロ……っ!? アッサリ丸め込まれてるのはそっちじゃんっ!?)



 瑠夏の久方ぶりのツッコミは、彼女の強い意思おもいもって胸中に響くに留まった。


 そんなこんなで本日の収穫である素材や魔石をギルドで換金し、照れたようにそっぽを向くダディを宥めすかして案内して……ミッチェルは自身が贔屓にしている食堂へと、一行を連れて行ったのだった。





「さっ♪ それじゃあ、ステキな出逢いに乾杯しましょ♡」


「酒は俺だけだ。瑠夏やカレン嬢ちゃん達にはジュースを頼む」


「あら、そうなのぉ? んん〜でもまぁ、お酒も所詮は嗜好品だしねん。自分が飲みたいモノを飲んで食べたいモノを食べるのがイチバンよねんっ♪」


「ははっ。ありがとね、ミーちゃん」



 ダディ達パンダが居ることもあり店の中庭に特別に野外席を設けてもらった一行は、松明の炎が揺れる夕暮れの喧騒の中、店員が運んできた飲み物や料理の数々に心を踊らせる。


 実はこの宴の席も、ミッチェルからのお詫びと称した奢りであった。どうやら彼(彼女?)にとってはそれほど、一行との出逢いは喜ばしい事だったらしい。

 熱烈なその歓迎の意志に若干押し流されつつも、瑠夏達は今は笑顔で、一日の探索の疲れと空腹を癒そうと乗り気になり盛り上がっていた。


 そんな一行全員の手元に飲み物と料理が行き渡り……上機嫌なミッチェルは木製のジョッキを掲げて、代表して音頭を取り始めた。



「今日はホントにイイ日になったわん♡ この素晴らしき日と素晴らしき出逢いに……カンパーイっ♪♪」


「「カンパーイ!!(ですわ!)」」

「ぱんだぱんだぁ〜っ♪♪」


「……けっ」



 広々とした中庭に響いたジョッキをぶつける音は、表の喧騒に飲まれて街の夜へと溶けていく。


 ミッチェルがオススメと豪語するだけあり、その店の料理はどれも美味だったようで、最初は不承不承といった感じだったダディですらも、いつの間にか酒に料理にと舌鼓を打ち始める。

 和気藹々わきあいあいと、時に語らい時に笑い合って。時には女子トークでダディを蚊帳の外にしながら、一行の楽しい夜は更けていった。


 そんな、縁もたけなわといった頃合に。



「あ。そういえばルカちゃん、ダディちゃん」


「ん? どーしたのミーちゃん?」


「パンダぁ?」



 終始ご機嫌で、ルナにも懐かれて膝に乗せて毛皮を堪能していたミッチェルが、お腹が膨れてきた瑠夏と蚊帳の外でイジけていたダディに声を掛けた。


 マトモであるならばさぞかしモテたであろう端正な顔に、満面の笑みを浮かべて。ミッチェルはテーブルに頬杖を突いて、その口を開く。



「ワタシもアナタ達と一緒に行動することにしたから、これからもよろしくねん♡♡♡」



 ――――たっぷりと、数十秒ほどの時が流れて。



「「「は?????」」」

「ぱんだぁ〜??」



 瑠夏達一行のそんな間抜けな声が、夜空に溶けて流れて行ったのであった。




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