第30話 オトメとスライムとマイブーム



「ねぇえ〜っ!? せっかく名乗ってるのにぃ、いい加減反応くれないかしらんっ!?」



 リアクションを求めるミッチェルと名乗る謎の漢女オトメの声に、ハッと我に返る瑠夏達。

 初対面でいきなり、たっぷり五分程もフリーズしていれば、催促されるのも無理からんことではあるが。



「あ、ああ、すまねぇ。俺はダディだ。見ての通りラブリーなエリートジャイアントパンダの――――」


「んまあっ!? 喋る白黒クマちゃんっ♡ かぁわぁいぃいぃ〜っ♡♡」


「パンダとコノヤロー!? 誰がクマちゃんだ誰が!? クマっころと一緒にすんじゃねぇ!!」


「きゃっ♡ 怒っちゃいやぁ〜ん♡ でも怒る姿もかぁわぁいぃいぃ〜っ♡♡」



 様子を見ようと先に名乗り出たダディが、普段の余裕からは珍しくペースを崩される。ミッチェルは依然としてクネクネとを作りながら、怒るダディを飄々と、言葉巧みに翻弄していた。揶揄からかっているようにも見える。



「それから小さな白黒クマちゃん♡ 親子かしらん? それに珍しい黒髪黒目のお嬢さんとぉ、……あら〜ん? そっちの金髪のお嬢さんって……」


「ッ!? カレン、あたしの後ろに!」


「お、お姉様!?」


「瑠夏の言う通りにして下がってろ。コイツ…………!」



 カレンディアを視界に収めたその目が、一瞬だが怪しい雰囲気を発したのを瑠夏とダディは見逃してはいなかった。

 即座にカレンディアを……護るために背後に隠したその動きを見て、怪しい漢女オトメは口笛で称賛しながら両手を上げる。



「ちょっとちょっとぉ〜ん、別にナニもしないわよぉ〜。前の職業柄タマタマ知り得ただけだものぉ〜。だからって攫ったり殺したりなんてコトしないわよぉ〜♡」


「どうだかな。ちなみに前の職業ってのは、一体パンダよ?」


「うふふっ♡ あ・ん・さ・つ・しゃ・よん♡ きゃっ、恥ずかしいぃ〜っ♡♡」


「やっぱりか! 何が『恥ずかしいぃ〜♡』だこのオカマ野郎が!」



 暗殺者だとアッサリ名乗ったミッチェルに、さらに警戒心を高めるダディ。瑠夏も瑠夏で背後にカレンディアを庇いながら、いつでもルナのスキルを使えるように油断なく身構える。



「ねぇねぇっ! それよりソッチのルカちゃんって言ったかしらんっ!?」


「ふぇ!? あ、あたし!?」



 唸るダディを華麗にスルーして、話の矛先を瑠夏に向けるミッチェル。相変わらずクネクネとしながら、暗殺者と言うには随分とキラキラとした瞳で瑠夏を見詰めている。しかしその瞬間――――



「こぉんなにキレイな黒髪……♡ ツヤツヤでサラサラで……羨ましいわぁん♡」


「ひっ……ッ!?」



 ほんの一瞬の出来事であった。だがその誰も目を離していなかったはずのミッチェルが、突然瑠夏の目の前に現れ、その自慢の長い黒髪を手で掬い上げ眺めていたのだ。



「きゃああッ!? お、お姉様ァッ!?」


「瑠夏!? このオネェ……! いつの間に俺を抜きやがった!? その子から離れやがれ!!」



 立ち塞がっていたはずのダディは完全に出し抜かれ、人質を取られた形のこの状況に憤りを露わにする。魔法を使えるカレンディアも、あまりに瑠夏とミッチェルが近すぎるために手も足も出せない。

 そして瑠夏は、急に目の前に移動したミッチェルの怪しい眼光に射竦められ、身動き一つできずに恐怖で固まってしまっていた。



(ヤバイヤバイヤバイ……!! なんなのコイツ!? どうして一瞬で目の前に!? ダディも居たのに……!)


「どうしてって思ってる? これがワタシのユニークスキル、【二つ心の君ドッペルゲンガー】と【影渡りシャドーダイヴ】の能力よん♡ この能力を買われて国に雇われてたんだけどぉ、命令されて殺すのに嫌気が差しちゃって、足抜けしたのよんっ♡」


「分身を創り出してソコに居るように見せ掛けて、本体のテメェは影に潜って移動したってことか……! まさに暗殺者におあつらえ向きのユニークスキルじゃねぇか。吐きやがれ、誰に命令された!?」


「だからぁ〜、そんな物騒なオシゴトはもう辞めたんだってばぁ〜。それに殺すつもりならとっくにってるわよぉ〜」



 未だに手にした瑠夏の髪に口付けを落とし、あっけらかんとダディの追求を躱すミッチェル。その様子に、普段は余裕たっぷりのダディでさえも怒り心頭の様子だ。


 しかし瑠夏だけは。



(このヒト……嘘は一個も言ってない……。スキルをわざわざバラした時も、暗殺者を辞めたって言った時も、全部本当の事しか話してない……)



 ダディの愛娘であるルナが見初めた〝聖女〟である瑠夏には、女神パン・ダルシアから与えられた【審理眼】という、嘘を見抜くユニークスキルがある。

 そのスキルを信じ、且つそのスキルが反応を見せないことを信じるのであれば、目の前のこの漢女オトメは、一切虚偽の発言をしていないのだ。



「…………ダディ、信じてあげて。この人は敵じゃない。そうでしょミッチェルさん?」


「瑠夏!?」

「お姉様!?」



 瑠夏のその言葉に、驚愕の声を上げるダディとカレンディア。ちなみにだがルナは、コッソリ【霊体化】して地面に半分隠れ、顔だけ出して経過を見守っていた。



「あらぁ〜ん? ルカちゃんったら、いきなりどうしたのん? なんでワタシを信じてくれるのぉ?」


「だって、全部本当のコトなんでしょ? 暗殺者を辞めたのも、敵対するつもりがないのも。あたしには嘘を見抜ける能力があるもん。それに本当に敵の暗殺者なら、それこそもう既にあたしは死んでるはずでしょ?」


「……アナタを攫うつもりだって言ったら?」


「それは嘘だよ。むしろ今のでハッキリ分かったよ。あたしのユニークスキル【審理眼】には、あなたの嘘は通用しないよ」



 緊張感を伴った空気が流れる、階層主フロアボス手前の安全地帯セーフティエリア


 ハッキリと嘘や真実を指摘されたミッチェルは、しばしの間瑠夏を眺め、そして――――



「……アナタって、イイオンナね♡ 強くて、でも優しくて……ワタシがオトコだったら惚れちゃってたかもねん♡」


「あはは。ミッチェルさんだってキレイじゃないの。これでマトモなら、きっと女の子達が放っておかないよ」


「んもうっ、ワタシは乙女なのよんっ! あ、それとワタシのコトは『ミーちゃん♡』って呼んでねん♡」


「うん、よろしくミーちゃん」



 喜色満面といった様子で、その漢女オトメは張り詰めていた空気を弛緩させ、瑠夏に手を差し出した。瑠夏も笑顔でその手を取り握手を交わす。

 緊張していたダディとカレンディアも、瑠夏の顔を立てたのか戦闘態勢を解いたようだ。



「瑠夏に免じて攻撃はしねぇが、次に何かおかしな事してみやがれ。そんときゃオスとしてもメスとしても使いモンにならなくしてやるからな」


「ぱんだぁ〜?」



 ついでだがルナは、地面から抜け出て【霊体化】を解き、ちゃっかりと瑠夏の足にすり寄っている。図太いのやら要領が良いのやらである。



「それで、ミーちゃんは何をしにダンジョンに来たの? っていうか一人で探索者やってるの?」



 未だに警戒は続けているダディとカレンディアに苦笑しながらも、瑠夏はミッチェルに探索の目的を問うた。


 そんな気さくに愛称を呼んでくれる瑠夏に心を開いたのか、ミッチェルは嬉しそうに頬を綻ばせながら語り出した。



「ワタシの目的はね、まさにこの三十階層に居るスライムキングなのよんっ♪」


「パンダとぉ? お前ほどのヤツがかよ? とても信じられねぇなオイ」



 その意外な目的を聞かされたダディが、納得がいかないと真っ先に疑念を差し挟む。しかし――――



「ちょっとダディ!? ケンカ腰はやめてよ!」


「ぱ、ぱん……だと……!?」


「ごめんねミーちゃん。ダディったらちょっと過保護なのよ。それでスライムキングをどうするの? ミーちゃんも何かを作るために素材でも集めてるの?」



 保護者としてルナや瑠夏、そしてカレンディアを護るために当然の行動を取ったダディだが、なんとそれを切って捨てたのは他ならぬ瑠夏であった。

 ダディにとってはよほどショックが大きかったようで、ふらりとヨロめくと地面に膝を突き、項垂れてしまった。


 そんなダディを蚊帳の外に置き、ミーちゃんことミッチェルとの会話を優先する瑠夏。


 ミッチェルはそんなダディを若干不憫に思いながらも、瑠夏以外の警戒を緩めることを優先したのか、ついにダンジョン攻略の目的を口にする。



「ワタシの最近マイブームのスキンケアに欠かせないのが、〝スライム風呂〟なのよんっ! 特にご当地スライムキングが居る所には欠かさず足を運んでるのぉ♡」


「す、スライム風呂……!?」


「そうなのよんっ! 本来ならスライムを十何匹も集めないとイケナイんだけど、スライムキングなら大きいから、一匹で事が足りるのよぉん♡ 全裸でスライムの体内に飛び込んで、カサカサお肌や毛穴の汚れをケアするのよぉんっ♡♡ ワタシもう、アレ無しじゃ生きていけないカラダになっちゃってるの……っ♡♡」


「へ、へぇぇ〜〜……!?」



 その後もペラペラと、〝スライム風呂〟なるものの効能や嗜み方など、いてもいないことを語り続けるミッチェルであった。


 ちなみに落ち込んでしまったダディはというと。



「ルナ……瑠夏が反抗期になっちまった……。パパどうしたらいいと思う……?」


「ぱんだぁ〜……っ」



 完全にしょげて体育座りになり、娘のルナに背中をポンポンと叩かれ、元気付けられていたのだった。




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