第25話 報告と閃きと露出対策



 ルナが新たに開眼したスキル――【異空間収納パンダ・ラ・ボックス】は凄まじかった。

 大きさで言えば小さめの中型犬ほどのサイズのルナの背中に出現したジッパーに、その身体を遥かに超える大きさの物が吸い込まれていく様は、ある意味ホラーではあったが。



「まさか、パンダ車まで入るなんて……」


「こんな高性能のアイテムボックスのスキルだなんて、聞いたことがありませんわ!!」


「俺の娘がスゴすぎる……! もはや神、いや女神!!」


「ぱんだぁ〜っ♪♪」



 スキルの詳細を知った瑠夏達一行は、探索者組合への報告よりも先に泊まっていた宿屋へと立ち寄っていた。

 というのも、ルナが得た【異空間収納パンダ・ラ・ボックス】の検証を兼ねて、旅の荷物などを収納するためである。


 真に高貴な出であるカレンディアには悪いが、やはり高級宿では落ち着かないと。そしてまた昨日のように、ミゲル青年のような厄介な貴族に絡まれるのを嫌った瑠夏の意向であった。



「ニュルンって吸い込まれたり出てくるのは不気味だけど……でもこれで、いつでも宿を移せるね。カレンごめんね?」


「構いませんわ、お姉様。そもそも己を磨き、高めるためにご一緒させて頂いているのはわたくしですもの。宿が貧相でも野宿でも、元々その心積りでしたわ。それに……」


「それに?」



 手持ちの荷物がすっかり無くなり完全に身軽になった瑠夏が、カレンディアに遠慮がちに謝罪する。しかし彼女は一切気にしていないようで、たくましく微笑みを返す。そして何故か頬を赤らめ、モジモジと瑠夏を上目遣いで見上げて言葉を濁した。


 言葉の続きが気になった瑠夏は当然ながら聞き返すのだが、そんな瑠夏にカレンディアは。



「お姉様とご一緒であれば、それはどんな場所でも……きっと王宮の貴賓室よりも素敵な場所ですわ……♡ キャッ♡ わたくしったら、恥ずかしいですわぁっ♡」


「か、カレンさん……?」



 顔を赤らめ手で覆い、身をくねらせて悶え始めるカレンディア。この箱入り令嬢は随分と発想と妄想が多彩なようだ。

 そんなカレンディアにたじろぐ瑠夏であったが、そんな彼女の後ろでは。



「甘酸っぺぇなぁ。いいか娘よ、あれが〝百合〟ってモンだ。パパは彼氏は認めねぇが、彼女ならやぶさかではないからな?」


「ぱんだぁ〜?」


「コラそこぉッ!? 純真無垢な娘に変なこと吹き込んでんじゃないわよッ!? 親バカこじらせすぎでしょ!!」



 宿を引き払い、支配人に惜しまれつつも別れを告げて。賑やかな一行は今度こそ、探索者組合へと向かったのであった。





 ◇





「なるほどねぇ。まさかアイツらがそこまで莫迦バカで救いようがなかったとは……。嬢ちゃん達にはホントに迷惑を掛けちまったねぇ……」


「間が悪かったのでしょうね。あのミゲルのような傲慢で、己の欲求を満たすことしか考えていないような不心得者が偶々たまたま居合わせたからこそ、このような事になったのでしょう」


「かもしれないねぇ。まあ、とにもかくにもアイツらはこれで牢獄行きだ。ミゲル坊ちゃんは保釈金が支払われるだろうけど、侯爵家と組合ウチと両方からの抗議が本家に届けば、もうお家を継ぐのも無理だろうさ。実質貴族としての命運は絶たれたに等しいさね」


「当然ですわ。我が侯爵家を敵に回したことの意味を、骨の髄まで噛み締めれば良いのですわ」



 和気藹々わきあいあいと言うにはいささか剣呑な内容の会話が繰り広げられる、探索者組合の応接室。

 一行を代表してカレンディアからミゲルらの襲撃についての報告が為され、支部長であるアリス・ブロッサムも頭が痛いと言わんばかりの渋面である。



「とにかく、今回の一件は盗賊討伐扱いで処理させてもらうよ。アイツらの身柄は既に確保に向かったし、元々はアタシらの都合で奴らを追放してもらったんだしね。謝礼金や迷惑料とは表立っては言えないけど、受け取っておくれな」


「ええ、それで構いませんわ。どの道他領の貴族の処分など、たとえ侯爵家の権威をもってしても簡単にはできませんもの」


「助かるよ。それで宿も引き払ったんだって? 今回の迷惑料とダンジョンから持ち帰った素材代なら、それなりの所に泊まれるけど、また紹介してあげようか?」



 貴族絡みの事件でもある今回の一件については、瑠夏達が大幅に譲歩するという形で決着となり。話は今後の彼女達の身の振り方に関してのものへと変わる。

 それについては道中で話し合ってきた瑠夏達。今度は一行のリーダー的な立場であるダディが、口を開いた。



「それなんだが、借家を取り扱ってる不動産屋なんかに繋いでもらいてぇ。道中宿屋をざっと流し見たが……どうも従魔に対応している宿が少ねぇし、対応しててもうまやや獣舎なんかがあるだけで一緒ってワケにはいかねぇみてぇだしな」


「なるほど、それもアリっちゃアリだねぇ。分かったよ、アタシの名で紹介状を書いてあげるよ」


「ありがてぇ。頼むぜ、アリス嬢」


「あいよ」



 拠点となる借家を借りる。これが、このダンジョン都市に滞在することになる瑠夏達が決めたことであった。

 期間を定めて借り受けられれば、宿に泊まり続けるよりも安上がりだろうという目算もある。しかし何よりも、トラブル回避の名目の方が理由としては強かった。


 なにしろ一行のメンバーときたら、異邦人である世間知らずの瑠夏と、正真正銘の貴族の令嬢であるカレンディア。さらには見た目にも珍しく、目立ちまくりのジャイアントパンダのダディとルナである。正直言って注目の的になるのは避けられない。

 紹介してもらった高級宿ではアリス支部長の紹介のおかげで同室が叶ったが、他の宿でも同じとはいかないだろう。ならばいっそ借家をというのが、一行が出した結論であった。



「まあ、そう考えるのもごもっともなことだね。詫びと言っちゃあ弱いけど、今日のところは組合の宿舎にお泊まりよ。不動産屋には明日相談に行けばいいさね。何なら物件が見付かるまで、ここに滞在すればいいよ」


「そりゃ助かるな。瑠夏達も、それでいいな?」


「うん、あたしはトラブルさえ起きなければそれでいいよ」


「わたくしはお姉様とご一緒できれば、何処でもかまいませんわ」


「ぱんだぁ〜♪」



 満場一致で宿泊場所も決まり、応接室に穏やかな雰囲気が戻る。瑠夏もようやく落ち着けると、ホッと胸を撫で下ろしていた。


 そしてそんな時である。

 瑠夏の頭にふと天啓のように、とある閃きが舞い降りた。



「あ、あの……アリス支部長」


「うん? どうしたんだい、ルカお嬢ちゃん?」


「ルカでいいですよ。その……衣服や防具を作ってくれるようなお店も、良かったら紹介してもらえますか?」


「分かったよルカ。それでつまり、職人を紹介しろってことかい? そりゃまたどうしてだい?」



 瑠夏の脳裏には、この街の道々を歩く様々な格好をした探索者達の出で立ちが浮かんでいた。


 ある者はそれこそファンタジーで定番の、甲冑や軽鎧を。またある者は本当に防御力があるのかというような露出の多いビキニアーマーやローブなど。

 多種多様なそれらの装備や服装が存在するということは、当然ながらそれらを手掛けた職人が居るということだ。瑠夏はそれらを手掛ける腕の良い職人に、とある物を作ってもらおうと思い立ったのだ。



「その……戦う時用の装備が欲しいんです。今のままだと……その……」


「パンダぁ瑠夏? 今のままでも充分戦えてるだろうが。必要あるか?」


「そうだねぇ。アタシから見ても大した戦いぶりだったと思うし、必要ないんじゃないかい?」



 しかしそんな瑠夏の思惑に反して、保護者であるダディと試験で戦いを観察したアリスからは、疑問に思う声が上がる。



「……いの」


「あん? パンダって? 聞こえねぇぞ瑠夏、ハッキリ言えよ」



 その言葉に思わず言葉を濁す瑠夏。ご自慢の〝地獄耳パンダイヤー〟でも内容を拾えなかったようで、いつも通りのあけすけな態度でダディが聞き返す。

 そして当然、室内の視線は俯いてしまった瑠夏に集まり――――



「〜〜〜っ!! だから! 恥ずかしいのっ!! 何が悲しくてあんな露出だらけの格好で戦わなきゃいけないのよ!! 【霊獣憑依パンダ・インストール】を使った後で露出を減らしたいから装備が欲しいのッ!!!」



 花も恥じらう十七歳の乙女、瑠夏。その心からの切実な叫びが、応接室に響いたのであった。




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