第26話 鍛冶屋と偏屈ドワーフと逆さ吊り天井



『アタシが個人的に贔屓にしてる鍛治職人で、ドゥエムコフって偏屈なエロオヤジが居るんだけど……』


『エロオヤジは嫌です』


『いやルカ、ホントに腕も仕事も確かなんだよ。変態なところに目をつぶればだけどさ。値段も交渉次第だし、頼りにはなるよ?』


『ホントですかぁ……?』


『まあ、騙されたと思って行ってごらんな。アタシの紹介だって言えば、無碍にはされないはずさね』



 探索者組合併設の宿舎に泊まった翌日。一行は不動産屋に借家を問い合わせるその前に、昨日の瑠夏の希望とアリス支部長の紹介の通りに、彼女が懇意にしているという鍛治職人の工房を訪れた。

 ダンジョン都市ドーマの東の外れ、ダンジョンへの入口とは正反対の方角の街の郊外に、その家と工房が一体となった〝ドゥエムコフ工房〟はあった。



「煙突から煙が上がってるってことは、中で鍛治仕事をしてる真っ最中みたいだな」


「朝食には遅い時間ですから、恐らくはそうだと思いますわ。ほら、槌を打つ音も聞こえますわ」


「うぅ……! ヤダなぁ、怖いなぁ……」


「ぱんだぁ〜っ♪」



 工房を訪れた理由は、昨日応接室で瑠夏が絶叫した通り。戦闘時、【霊獣憑依パンダ・インストール】によって露出過多なリングコスチュームになってしまう瑠夏が、その露出を覆い隠せるような丁度良い装備を欲したからである。

 曲がりなりにも華の女子高生。もはや今更という気もしないでもないが、普通のJKにはビキニスーツというコスチュームで戦うのは、やはりハードルが高いようだ。



「お前の希望なんだから、いい加減腹を括れよ瑠夏」


「うぅ……! コッチの世界には腹を括る事態が多すぎるのよぉ……!」


「ご安心くださいましお姉様! もしもお姉様に不埒な真似をしようものなら、このわたくしが跡形もなく消し炭にして差し上げますわ!」


「うんやめて? それ普通に殺人になっちゃうから、大人しくしててね? お願いだよカレン?」


「正当防衛ですわ! 専守防衛ですわ!!」


「いや明らかに過剰防衛だよ!?」



 瑠夏のスマホアプリ、【アーカイブ】のマップ機能によって迷うことなく工房に辿り着いた一行は、相変わらず瑠夏のツッコミを軽快に響かせながら、工房の入口へと差し掛かる。

 そして一度、二度、三度と深呼吸を繰り返して決意を固めた瑠夏は、思い切って工房のドアを開けて中へと入っていった。



「ごめんくださーい! ドゥエムコフさん、いらっしゃいますかー!?」



 工房の中に入ると、外で聞いたよりも一層大きく槌の音が響いていた。

 瑠夏はその音量に負けないように、声を大にして工房主の名を呼ぶ。


 何度目かの呼び掛けにようやく気付いたのか、槌の音が止んで工房内を静けさが支配する。

 玄関から入ったその場所は商品の展示もされており、様々な鎧兜や衣服、それに武器やマネキン代わりであろう木製の人形がズラリと並び、急に訪れた静寂も相まって異様な圧迫感を演出していた。


 そしてややあって。



「こんな昼日中ひなかから客たぁ珍しいのう。どこのどなたさんじゃい」



 来客の声を聞き逃さないためか、ドアではなく暖簾のれんで仕切られた店の奥へと続く通路から。


 ノッソリと、その〝ドワーフ〟の老人が姿を現したのだった。





 ◇





「ふん。アリス嬢ちゃんの紹介ってこたぁ、おたくらそれなりに腕は立つようじゃのう?」


「それなりどころか相当だがな。エロオヤジによろしくって、アリス嬢から言伝ことづても預かってるぜ」


「誰がエロオヤジじゃい! ワシはちょこっとだけ他人ひとよりも正直者なだけじゃわい!」



 商品の並ぶ店内ではなく、工房の奥の給仕スペースへと通された瑠夏達一行は、アリス・ブロッサム支部長からの紹介状を目的の人物――ドゥエムコフというドワーフの老人に渡し、テーブルを挟んで向かい合うようにして席に着いていた。

 もっとも、椅子に座っているのは人間である瑠夏とカレンディアだけであったが。



「なるほどのう。珍しい黒髪黒目のソコのお嬢ちゃんが、装備を欲しているとな。そっちの金髪のお嬢ちゃんは要らんのかのう?」


「わたくしの装備はそれなりに高性能ですので、今のところは不自由は無いですわ」


「ふむ、確かに。そんじょそこらじゃあ滅多に見ん良い品じゃ。大事にせぇよ」


「当然ですわ!」



 低い背丈の、筋骨隆々としてずんぐりとした体型。まさにファンタジーでは定番種族であるドワーフの鍛治職人は、たくわえた立派な髭を撫で付けながら一行をジロリとめ回し、為人ひととなりを観察しているようだ。



「他人に紹介して寄越すたぁ、アリスの嬢ちゃんも偉くなったもんじゃのう。それで黒髪のお嬢ちゃんはどんな装備が欲しいんじゃい。聞くだけなら聞いてやるわい」


(うわぁ〜。聞いてた通り、確かに職人気質で偏屈な人だなぁ……!)



 侯爵家の財力で装備を整えたカレンディアとは違い、地球ではありふれた、普段着姿の瑠夏をつまらなそうに眺めるドゥエムコフのその態度に、瑠夏の余所よそ行きの笑顔が若干引き攣る。

 しかし苛立ちよりも乙女の恥じらいの方が勝ったのか、気を取り直し意を決して、自身の要求を口にする。



「あの……あたしは戦う時に今と違ってかなり露出の多い装備に替えるんですけど、戦いに耐えられて露出を抑えられるような上着とパンツ――ズボンが欲しいんです」


「ああん?」



 要望を伝えた瑠夏であったが、それに返されたのは怪訝そうな目付きで睨む、ドゥエムコフの疑いの声であった。



「戦うだぁ? お嬢ちゃんが? その貧相な身体でかぁ? あんまり魔力も感じやしねぇし、まさか前衛職ってワケじゃねぇだろうなぁ?」


「う……。い、いえ、その通りです……」


「はっ! 冗談キツイぜお嬢ちゃん。そっちの金髪の嬢ちゃんからはかなりの魔力を感じるから、後衛の魔法職なんだろうが、嬢ちゃんみてぇなヒョロっちい、お手手もキレイな娘っ子が戦闘職だぁ?」



 あざけるように鼻でわらうドゥエムコフに、思わずたじろいでしまう瑠夏。


 確かにドゥエムコフの言うことももっともなものだ。

 瑠夏はこの世界に転移してくるまで戦いとも、それどころか喧嘩とも格闘技とも無縁に過ごしてきた。今現在戦えているのは全て、聖獣であるダディの助言やサポート、そして霊獣であるルナのスキルのおかげでしかないのだ。


 しかしそんなやりくるめられそうな瑠夏を見かねたのか、ノソリとその巨躯を揺らしながら、一頭のオスが間に割って入った。



「ドゥエムコフさんよ、あんまり俺の相棒をイジメねぇでやってくれるか?」


「なんじゃいクマもどきめが。おんしは引っ込んどれい」


「誰がクマもどきだ。俺はエリートジャイアントパンダの……って、今はそれはいい。瑠夏!」


「ふぇっ!?」



 珍しくも〝クマもどき〟という地雷ワードをグッと堪えたダディが、鋭く瑠夏の名を呼ぶ。

 ビクリと肩を震わせた瑠夏が顔を上げると、そこにはいつも通りの不敵な笑みを浮かべ牙を剥いた、頼れる父親パンダの顔が真っ直ぐに、自分を見詰めていた。



「百聞は一見にしかず、だ。せてやれよ瑠夏」


「え……?」


「お前が戦えることは、俺達が一番よく分かってる。ルナのスキルだからってしょげてんじゃねぇ。それでも戦ってるのは他でもないお前の身体と、お前の魂なんだからな! 度肝抜いてやれ! お前とルナの、【霊獣憑依パンダ・インストール】でな!!」



 その言葉は確かに瑠夏の心に響き、鼓動を熱く打ち響かせた。

 他の誰でもない、共に戦い抜いてきた頼れるオスが。自身を護ると約束してくれたダディが寄せてくれる厚い信頼に、情熱に。瑠夏は恥じらいを忘れ、その誇りを奮い立たせる。



「う、うん! ルナ!」


「ぱんだぁ〜?」


「ドゥエムコフさんに、あたしだって戦えるってことをせ付けてやろう! 【霊獣憑依パンダ・インストール】!!」


「ぱんだぁ〜っ!!」



 気合いを込めて上げるルナの鳴き声と共にその身体が光り輝き、手を繋いだ瑠夏と一体となる。

 肝心なところは眩い輝きのせいで何も見えないが、瑠夏のデニムジャケットやTシャツやショートパンツ、ニーハイソックスなどが消え失せ、新たにパンダカラーのコスチュームへと変貌していく。


 両手には肉球付きの黒いパンダグローブを。両脚には膝上丈のこれまた肉球を備えた黒いパンダブーツを。そして胸には黒いビキニブラを装着し、腰には丸シッポの生えた白いビキニショーツを。

 最後に頭に黒い二つのパンダ耳がピョコンと生えて、瑠夏の戦闘フォームが完成した。



「な、なんじゃあァ!!??」


「こ、これでもあたしは戦えるんです! お願いしますドゥエムコフさん! どうか、この状態で身に付けられる装備を作ってください!!」



 突然の事態に目を見開き、驚愕の声を上げるドゥエムコフ。

 そんなドゥエムコフの目を真っ直ぐに見据えながら瑠夏は、今度は堂々と、覚悟の込もった大きな声でその望みを口にする。


 合体時の輝きが去った室内で、誰もが固唾を飲んで沈黙し、ただ一人の男を見詰めていた。


 注目の的であるドワーフの鍛治職人ドゥエムコフは、瑠夏が羞恥に耐えせ付けるその装備コスチュームに見入り、やがてその肩を……いや、その身を震わせ始めた。



「な……っ」



 掠れたような声が、ドゥエムコフの口から漏れる。

 その言葉を聞き逃すまいと、さらに注目する一行の視線に熱が込もる。


 そして――――



「なんじゃぁああああそのけしから……神々しい装備はぁああああッッ!!?? お爺ちゃんに良く見せておくれぇえええええええッッ♡♡♡」


「きぃぃぃぃいやああああああああッッ!!??」



 突如鼻息を荒くし、顔を興奮に赤く染めながら、ドゥエムコフが瑠夏に向かって突進する。両手をワキワキとうごめかせ、まるでを揉みしだかんとしているようだ。


 これに対し動転し咄嗟に自衛行動に移った瑠夏を、誰一人として責めることはできないだろう。


 この状態の瑠夏が行使できる戦闘スキル――【聖獣格闘術パンダアーツ】が発動し、一瞬の内にドゥエムコフの背後に回り込んだ瑠夏。膝を裏から蹴り崩し両腕を背面に引き固め、足同士を絡めて完全に固定。そして勢いを付けて背後に倒れ込む――――



「おお! 逆さ吊りパンダ!!」


「いや逆さ吊りだからね!? 別名ロメロスペシャルなのぉ!! って、つい身体が反応しちゃった……!?」



 それはまさに天井に吊り下げられたシャンデリアの如く。それを逆さまにしたような格好で、背後に締め上げながら天高く掲げ上げられるドゥエムコフ。



「ひぎぃぃいいいいいいいッ!!?? らめぇえええええ!? 肩がァ!? 背骨がイッちゃうううううううッ!? らめらめこわれりゅううううううううううッッ!!??」


「もうちょっとマシな痛がり方してよぉおおおおおおおッッ!!??」



 工房の給仕室にドM……ドゥエムコフの悲痛な叫びと、瑠夏の怒りの絶叫が木霊したのであった。




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