第20話 無礼者とお嬢様と黄〇さま



 目が点になるとはこのことである。

 黒い斑点模様のせいで瞳がよく見えないダディとルナはさて置き、今まで船を漕いでいたカレンディアとそして瑠夏は一体何が起きたのか、理解するまでに数秒を要した。



「この僕が! こ・の・ぼ・く・が話をしてやっているというのに何を呆けているんだ何を!?」



 金髪というよりは小麦色のくるりとカールした前髪をファサァッとかき上げ、居丈高に指を差し捲し立てる青年――聞いてもいないのにミゲル・フォン・ヘウゼクソンと名乗った子爵家令息らしい男。

 顔を赤くし地団駄を踏むようにして己の我を通そうとするその姿は、まさに――――



(ドラ息子だ……)

(ドラ息子ですわ……)

(パンダこの愉快な小僧は? ていうか声でけぇな)

(ぱんだぁ〜??)



 瑠夏達一行の胸中は、おおむね一致していた。

 そんな彼らの胸中も知らずに、ミゲル青年はさらに捲し立てる。



「はっ!? ……そうかそうか、そういうことか。さては女達よ、この僕の麗しい美貌に言葉を失っているんだな!?」


「「は???」」



 今度は一転、再びカールした前髪をファサァッとかき上げたミゲルは、芝居がかった仕草で天井を仰いだ。そのと、まるで童話に登場する魔女のようなも、キレイに揃って天を衝く。



「(か、カレンさん……? この自意識過剰が過ぎて見てて痛々しい人って、もしかして知り合いだったりする?)」


「(嫌ですわお姉様。このようなの殿方なんて、一度見たら忘れられませんわよ)」


「(ってこたぁ、侯爵家にとって取るに足らない小物ってことか?)」


「(ダディ、言い方……)」


「(ぱんだぁ〜♪)」



 今も尚天井を仰いだまま自身のを語り悦に浸っているミゲルを放置し、小声で話し合う瑠夏達。


 同じく貴族であるカレンディアに面識が無いのであれば、それは確かに国にとっては単なる下級貴族の家門の一令息に過ぎないということであろう。

 つい最近社交界デビューを果たしたばかりであるカレンディアでも、その身分は〝侯爵家の令嬢〟である。上級貴族や国の要職に就く家門の貴族でなければ、そう易々とは近付けない地位に居るのだ。


 そんなカレンディアに対するこの態度は、爵位を持たないただの令息である以上は不敬以外の何物でもないのだが。



「(どうする? とりあえずコテンパンダにしてもいいか?)」


「(物騒すぎるよダディ!? もっとなんとか、穏便に済ませられないの!?)」


「(ぱんだぁ〜っ!)」


「(ああっ、なんかルナまでやる気になってるしぃ!?)」


「ええい、何をコソコソと話している!? 僕の話を無視するんじゃないッ!! この無礼者どもめ!!」



 流石に誰一人として自分の自慢話を聞いていないことに気付いたのか、ミゲルが話し合いを中断させようと再び地団駄を踏む。しかしそんな激昂するミゲルの前に、立ち塞がる人物が居た。



「お姉様、ここはわたくしにお任せくださいまし」


「カレン……!?」



 そう。誰あろうこの〝アルチェマイド侯爵領〟の統治者〝セビーネ・フォン・アルチェマイド侯爵〟の一人娘である、カレンディアである。



「む、なんだ女? そんな安っぽい旅装束で僕の前に立つとはいい度胸をしているな? ……はっ!! そうかそうか、そういうことか。僕が地位も美貌も、さらには類稀たぐいまれなる知性すらも兼ね備えた完璧な男性であるから、その寵愛を得ようとしているんだな!?」


(うわ、きもちわるっ!? どこまで自意識過剰なのよコイツ……!? アンタなんかカレンの爪の垢を飲む価値すらないわよ!!)



 そのをフル回転させたらしく、なんともポジティブに状況を理解するミゲルに対し、口では言えないが胸中で盛大に毒を吐く瑠夏。

 しかし毒づいてはいてもその目は心配そうに、この世界に来てからの初めての友人であり妹分であるカレンディアを見詰めていた。



「そういうことなら先程までの無礼は許そう! お前と、そこの珍しい黒髪の女も二人まとめて愛でてやろうではないか! さあ、早くその汚らわしい野獣を部屋の外に追い出したまえ!」


「……はあなたの方でしょう、ミゲル・フォン・ヘウゼクソン」


「……はい?」



 底冷えするような、空気を凍らせるかのような冷たく、温度の感じられない冷淡な声。普段仲良く過ごしている瑠夏ですらビクリと肩を震わせるような威圧を込めた言葉が、その麗しき令嬢の口から紡がれる。

 饒舌に欲望を垂れ流していたミゲルですらその異様な雰囲気を感じ取ったのか、思わず間の抜けた声を漏らした。


 しかしそのは今回は働かなかったのか、瞬時に顔を赤くしてツバを飛ばす勢いで声を荒らげた。



「おま、お前ぇええッ!? い、いいい今っ、この僕の名を呼び捨てたのか!? 子爵家の嫡男たる、この僕の名を!? し、しかもこの僕に向かってぶぶ、『無礼』だとぉおおおッ!!??」


「結構なことです。どうやら頭や顔と違って、耳は正常に聞こえるようですわね」


「おまっ、おまおま……ッ! お前ぇぇえええええッ!!!」


(うっわぁ〜。カレンさん辛辣ぅ〜〜っ! いいぞいいぞーっ♪ 何かあったらダディと助けるから、ガツンとやっちゃえ〜!)



 惜しむらくはここは社交界ではなく、彼女も旅に適した簡素な――それでも市井の物と比べるべくもない高級品だが――旅装ではあったが、そこに立つのは紛れもなく、高位貴族の礼節と教養を身に纏った威厳溢れる令嬢の姿であった。

 瑠夏もすぐに助けに入れるように身構えてはいたが、胸中では盛大にカレンディアを後押しする。



「ミゲル・フォン・ヘウゼクソン。他家の領地内での傲慢で恥を恥とも思わぬその振る舞い……決して見過ごす訳には参りませんわ」



 堂に入った洗練された立ち居振る舞いで、朗々とミゲルを糾弾するカレンディア。

 そして当の糾弾されたミゲルはというと、人間とはこれほど紅潮するのかというほどに顔を赤くして、カールした前髪を勢いよくブァッサァッとかき上げて。



「きしゃっ、きしゃまぁああああ!! またこの僕を! こ・の・ぼ・く・を呼び捨てで……ッ!! 不敬だぞッ! 今すぐに無礼討ちにして――――」


「パンダコノヤロー!! こちらにおわす方をどなたと心得る!!」


「ぱんだぱんだぁ〜っ!」


「キャアーーーーッ!? や、野獣が喋ったァーーーッ!!??」


(って、あれぇええええ!? ダディ!? それからルナも何やってんのぉおおおおおッ!!??)



 顔を真っ赤にして憤慨し、腰に下げた剣の柄に手を掛けようとしたミゲルの動きを、カレンディアの前に立ち塞がった大小の白黒の影が止めさせた。


 そう。誰あろうダディとルナであった。


 二頭はカレンディアを守るように彼女への攻撃の手を遮ると、ノリノリでどこかで聞いたような口上を述べ始める。



「な……っ!? そ、その女が一体なんだと言うのだ!?」


「おぅおぅ! パンダ耳かっぽじってよぉく聴け! こちらにおわすお嬢様こそ、恐れ多くもこのアルチェマイド侯爵領を治めるアルチェマイド侯爵閣下のご令嬢、カレンディア・フォン・アルチェマイド様なるぞ!!」


「ぱんだぁ〜っ!」


「な、なななな、何だってェーーーーッ!!??」


(これ絶対やりたかっただけだ!! あの有名なアレをやりたかっただけのヤツだぁっ!!)



 迫真の演技で場を盛り上げるダディとルナ。そして思いのほかノリが良いのか、大袈裟に狼狽うろたえて顔を赤から青へと変じさせたミゲル。



「侯爵家ご令嬢の御前である! 頭が高い!! 控えおろうッ!!!」


「ぱんだぁ〜っ!!」


「はっ、ははァーーーーッ!!」


(何なのよこの茶番劇はぁああーーーッ!!?? っていうかやっぱり黄〇さまじゃないのーッ!! なんでパンダのくせに御老公の世直し時代劇知ってるのよぉーーーッ!?)



 部外者であるミゲルや宿のスタッフの手前、胸の内で全力でツッコミを入れる瑠夏であった。




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