第19話 パンダと宿屋とドラ息子



「思ったよりもずっと腕が立つじゃないか。正直驚いたよ」


「よく言うぜ、最初から実力は見抜いてたクセによ。ハナっから俺らにアイツらをコテンパンダにさせるつもりだったんだろ?」


「はは、やっぱアンタには見抜かれてるかい。まあ、開き直っちまえばその通りさね。アイツら、あたしの前じゃ絶対にボロを出しゃしないんでね。他の探索者や住民達から苦情は寄せられてたんだが、処分に困ってたんだよ」



 地下訓練場から応接間へと戻り、瑠夏達一行は再びアリス支部長との面談に臨んでいた。



「ぽっと出の新米に負けたって噂もバラ撒いておいたし、それでまた暴れようもんなら今度こそアイツらは牢獄行きさね。資格を失った以上、もう探索者組合がアイツらを擁護する義理はないんだからね」


「やれやれ、おっかねぇメスだぜ」


「よく言われるよ♪」



 アリス支部長と向き合って談笑するダディであったが、一頭を除き残り二人の同行者は心中穏やかではなかった。

 今はまた眠っているルナの【霊獣憑依パンダ・インストール】により恥ずかしい思いをした瑠夏と、ある意味その瑠夏の乙女心にトドメを刺したカレンディアである。



「『よく言われるよ』ではありませんわアリス支部長! あんな危険で野蛮なゴロツキ達をお姉様と戦わせようだなんて!!」


「そ、そうですよ! カレンなんて一歩間違ってたら大怪我だけじゃ済まなかったんですよ!?」



 至極もっともな意見である。口々に抗議を申し立てる二人に、しかし当のアリスは苦笑しながらふところを漁り始めた。



「まあ、落ち着いとくれよ二人とも。特にカレンディアお嬢様、これはあんたの父親……侯爵閣下からの依頼でもあったんだからさ」


「お父様の……!?」



 そう言って取り出したのは、カレンディアが彼女の父――アルチェマイド侯爵から直々にアリス・ブロッサム支部長に送られ、他ならぬカレンディア本人が届け手渡した手紙であった。



「ならず者の探索者への苦情が、領主様であらせられる父君の耳にも届いてたんだろうさ。合法的に追放に手を貸す代わりに、あんた達に飛び級での上級探索者資格を与えろっていう……そういう取引だったのさ」


「……確かに。いきなり上級探索者というのはいくらお父様でも無茶をとは思いましたが、そういうことでしたのね……」



 アリスから受け取った手紙を読んだカレンディアは、確かに父親の筆跡で綴られたその内容に頷き、納得したようだ。


 しかし納得しきれない者があと一人残っていた。



「いやいや、そうだとしてもカレン!? あなたが危険な目に遭ったことは変わりないんだからね!? いくら領民の生活を預かる侯爵様でも、実の娘をあんな危険な戦いに……!」



 そう捲し立てる瑠夏の脳裏には、間一髪救えはしたが、鉄球を振り下ろされるカレンの、恐怖に染まった顔が鮮明に浮かんでいた。

 しかしそうして我が事のように憤る瑠夏に対し、カレンディアはふわりと微笑んで。



「ええ、確かにわたくしは危機に陥りました。ですが……ルカお姉様が救けて下さったではないですか。きっとお父様も、それを見越しての取引だったのでしょう。お姉様とダディ様なら必ずわたくしを護って下さると、信頼してのことですわ」


「カレン……」



 これが本物の貴族の令嬢か、と。

 その達観とも言える微笑みと言葉を受けた瑠夏は、それ以上何も言えなくなってしまう。



「あたしもそう思うよ、ルカ嬢。侯爵アイツは昔から人を見る目だけは確かだったからね。それよりも聞きたいんだけど、戦いの途中で姿が変わったアレは、一体何なんだい?」


「あ! わたくしもそれはお聞きしたかったのですわ! 何なのですかあの破廉恥ハレンチなお姿は!? それにあの組み打ち技も! あんな……脚で殿方の顔を……!!」


「いやぁあああ!! ハレンチって言わないでぇええ!! せっかく忘れようと意識しないでいたのにぃいいい!!!」



 カウンター気味にアリスとカレンディアに急に蒸し返された黒歴史に、頭を抱えて絶叫する瑠夏。



「説明しよう! アレは〝聖女〟である瑠夏と天才すぎる俺の愛娘ルナだからできる必殺技でだな――――」


「説明しなくていいからダディぃいいいいいい!!??」



 さらにはダディまでもが会話に加わり、顔を真っ赤にした瑠夏はさらなる絶叫を上げたのであった。





 ◇





『お詫びと言っちゃなんだけどね、今日はこの宿でゆっくりと休むといいよ。明日の昼までには資格証を渡せるように準備しとくから、また取りに来ておくれよ』



 そう言って別れたアリス支部長に紹介された宿屋へと辿り着いた一行。

 街の大通りに面した一等地に建つ巨大なその宿屋は、どこからどう見ても〝貴族御用達〟といった風情の、高級感しかない建物であった。



「えぇ〜……。あたし一般人なのに、こんなとこ泊まっていいの……? っていうか宿代なんて払えないんですけど……」


「大丈夫ですわお姉様! 他ならぬ支部長の紹介ですし、紹介状も頂いていますから! これは組合が宿泊費を持つという意味ですのよ」


「そうだぜ瑠夏。こういう時は小っちぇえことは気にせず、堂々と客として堪能すれば良いんだよ」


「ぱんだぁ〜♪」



 尻込みする瑠夏を置いて、ルナを背中に乗せたダディがズンズンと入口に向かって歩いて行く。



「さあ、お姉様。わたくし達も参りましょう」


「う、うん……」



 カレンディアに手を引かれ、おっかなびっくりといった様子で瑠夏もエントランスへと向かって歩き出した――――が。



「困りますお客様! 当宿屋は人間の宿屋でして! あぁーお客様いけませんお客様!!」


「パンダコノヤロー!? こんなにラブリーなジャイアントパンダの入店を断るのか、この差別主義者がぁっ!!」


「って、そうなるよねぇえええええ!? すみませんすみません!! その二頭はあたしの連れですぅぅ!!」


「紹介状! ここに紹介状がございますわぁッ!!」



 身体を休めるための宿屋なのに、何故か余計に疲れを感じてしまった瑠夏とカレンディアであった。





「いやぁー、一時はどうなることかと思ったぜまったく」


「そりゃパンダだけじゃ門前払いされるって……! あまりに人間くさいからあたしもすっかり忘れてたけどさぁ」


「まあまあ、紹介状のおかげでこうして全員入れたのですから、良いじゃありませんかお姉様」


「ぱんだぱんだぁ〜っ♪♪」



 エントランスで多少のゴタゴタはあったものの、アリス支部長の紹介状のおかげで事なきを得た瑠夏達一行は、高級宿のスイートルームへと通され、夕食後の一服と共に思い思いにリラックスしていた。


 獣であるダディとルナが居たため、他の客の手前部屋へと食事が運ばれ宿内のレストランへは行けなかったが、それはそれで気兼ねなく食事が楽しめたようで、一行はそれなりに満足しているようだ。



「それにしても、良いのかなぁ。カレンは貴族のご令嬢だからさて置いても、あたしみたいな一般人がこんな高級なとこに泊まるなんて……」


「まぁたそれかよ瑠夏。そうは言うが、カレン嬢ちゃんの家の方がよっぽど豪華だったじゃねぇか。それを思えばどうってことねぇだろ?」


「ダディは動じなさすぎるのよぉ……! あたしなんてついこの間までただの女子高生だったんだからね?」



 未だに場違い感を訴える瑠夏はともかく、令嬢でもありあまり慣れない旅路で疲れたのか、カレンディアはまだ宵の口といった時刻だが、ルナを抱きしめて早くも船を漕ぎだしていた。



「まああんまり細けぇことは気にすんなよ。カレン嬢ちゃんも眠そうだし、今日のところはそろそろ休もうぜ?」


「はぁ……。それもそうだね。明日の昼には探索者の資格証も手に入るんだし――――」



 そう言って寝る支度をしようと瑠夏が腰を浮かしかけた、その時である。


 にわかに部屋の外が騒がしくなり、複数の人の話し声が聞こえたかと思いきや、いきなり瑠夏達の部屋の扉が乱暴に開け放たれた。



「まったく嘆かわしいことこの上ない!! この僕が立ち寄ったというのに最高級の部屋は使えないだと!? しかもなんだこれは!? いつからこの宿はこのような野獣を泊めるような、低俗なものに成り下がったのだろうね!?」



 あまりにあまりな事態に、瑠夏達が目を丸くして呆然としていると、扉を開け放って開口一番にそう捲し立てたその青年は、腕を組み仁王立ちして部屋の中の面々を見回し、そして鼻でわらう。



「ミ、ミゲル様、困りますっ! ご宿泊になられているお客様のお部屋に、そのように勝手に――――」


「ふんっ! 見れば小娘が二人に野獣が二頭か。いいか下民ども! この宿の最高級のこの部屋はいつもこの僕、ヘウゼクソン子爵家令息であるミゲル・フォン・ヘウゼクソンが愛用しているのだ! 今回だけは不敬は見逃してやるから、今すぐに荷物をまとめて出ていくがいい!!」



 居丈高に腕を振り、そう宣言する闖入者である青年。

 瑠夏達は開いた口が塞がらない様子で、ただただ部屋の入口で仁王立ちするその青年を見上げていた――――




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