第21話 資格証とダンジョンとフラグ回収



「うわぁ〜……! これが探索者の資格証かぁ……!」


「ダディ様とルナちゃんの〝従魔の首輪〟も登録できましたし、これで身分証の問題は解決ですわね!」


「無くさねぇようにしないとな。ちゃんと保管しとけよ、瑠夏」


「分かってるよぉ!」



 宿で一晩をゆったり過ごしたその翌日。瑠夏達一行は約束通り探索者組合のドーマ支部を訪れ、上級探索者の資格証の受け取りを済ませていた。

 アリス・ブロッサム支部長直々にダンジョン探索に関する諸注意を伝えられ、全ての手続きを終えたのは昼を少し過ぎた頃である。



「だけどさぁカレン、昨日のアレは本当に大丈夫なの……?」


「昨日の……と仰りますと、あののことですか、ルカお姉様?」


「うん……。結構残念な頭してたみたいだから、少し心配でさ……」



 瑠夏が心配と話すのは、昨夜宿の部屋に乱入してきた青年――ヘウゼクソン子爵家の嫡男だと名乗ったミゲルのことである。

 自身が贔屓にしている宿屋だからと、既に先客が居るにも関わらずに――しかも婦女子の居る部屋に――押し入り、部屋を空けろと傲慢な要求を突き付けてきたのである。



『わたくしはアルチェマイド侯爵家が長女、カレンディア・フォン・アルチェマイドです。我が侯爵領内でのあなたの理不尽かつ傲慢な振る舞いは、我が侯爵家を通してヘウゼクソン子爵様へと、厳重に抗議させていただきますわ』


『そ、それだけは……!? それだけは何卒ご容赦のほどを……ッ!!』


『あら。これでも容赦をしているんですのよ? 足りないと仰るなら、侯爵家令嬢であるわたくしへの度重なる無礼な言動も、併せて報告いたしましょうか? それはもうつまびらかに……』


『ごっ、ご無礼を深謝いたしますぅ!! 僕……私はこれにて失礼させていただきますッ!!』



 と、このようなやり取りが為されていたのだ。結果ミゲル青年は尻尾を巻いて逃走し……宿屋の支配人からも陳謝されて、無事に一晩をくつろいで過ごしたのであった。



「いやぁ、それにしてもスッキリしたなアレは。しかもカレン嬢ちゃんときたら結局全部侯爵に報告してるんだから、笑いが止まらなかったぜ」


「もちろんですわダディ様! あのような傲慢な振る舞いを許していては、わたくし達王国貴族そのものの品位が疑われてしまいますもの!」


「ああいう時は【宝石通信ジュエル・ネットワーク】って便利だよねぇ。しかも今日は今日でアリス支部長にまで報告してたし。カレンって意外と容赦ない性格してるよね」


「お、お姉様? それは褒めて下さってるのですのよね……?」



 賑やかな雑踏をダディの背に揺られ、多分に注目を集めながらも一行は、この都市に訪れた目的であるダンジョンを目指して街中を進むのであった。





 ◇





「いきますわよ! 【火炎球ファイアボール】!」


「「「ゴブ!? アッ――――!!」」」


「これで…………?」


「バランスボールよりデッカイなぁ。あまりの火力に爆発するまでもなくゴブリン共が蒸発してるぜ。こりゃちょっとしたメテオだなっ」


「ぱんだぁ〜っ♪♪」



 いよいよ目的のダンジョンアタックを開始した瑠夏達一行は、初心者用フロアでもある地下五階……〝低層〟と呼ばれる浅い階層で、カレンディアの魔法能力の確認を行っていた。

 目的は彼女に向けられる敵意や殺意に慣れさせるためと、彼女の魔法が暴走する原因やキッカケなどを把握するためである。いつかの人攫い組織を壊滅させた時のように、周囲を巻き込むほどの暴走を懸念したカレンディア本人からの希望であった。



「ダメですわ……。本来の【火炎球ファイアボール】は拳大ほどの大きさのものですのに、どうしても小さく発現できませんの」


「まあ明らかにゴブリン相手にはオーバーキルだわな。カレン嬢ちゃんの魔力が膨大だからこそ、コントロールにより繊細さを求められるんだろ」


「それも諸先生方に言われましたわ。わたくしどうしても細かい魔力制御が苦手でして……」



 落ち込むカレンディアの頭を、ダディが肉球でポンポンと撫でながら所感を伝える。しかしそんな和やかな師弟のようなやり取りに。



「いやいや、ちょっと待って? なんで当たり前のようにダディが先生みたいに指導してるの!? あなただって魔法に関しては素人でしょ!?」



 一行の唯一無二のツッコミ担当、瑠夏が横槍を入れる。まあ、それも無理はないのだが。

 瑠夏やダディ達が生きていた〝地球〟では魔力やモンスターなど存在せず、魔法などあくまで迷信か架空の存在でしかなかったのだから。



「舐めんなよ瑠夏。こちとら動物園のアイドルのエリートジャイアントパンダ様だぞ? 女神パン・ダルシアの加護まで受けて魔法程度理解できねぇんじゃ、パンダの名がすたっちまうぜ」


「その謎の超理論やめて? なんでも『パンダだから』で解決するのやめて? 少なくともあたしが知るパンダは冒険の旅にも出ないしプロレスもしないし、ましてや女神様から魔王討伐の依頼なんて受けないから!?」



 ド正論である。しかしそんな瑠夏の剣幕にも動じずに、ダディは。



「いや、一匹居るじゃねぇか。中国拳法を極めて蛇や猿達と悪者退治してる――――」


「大手映画制作会社の夢工房を敵に回すからやめて!? あとなんで動物園から出たことないダディがカン〇ーパンダ知ってるのよ!?」


「細けぇなぁ瑠夏は」


「細かくなーいっ!!」



 とまあ、こんな調子でカレンディアの魔法訓練を行いつつ、彼女が疲れればダディが雑魚モンスターを蹴散らして、一行はダンジョンの奥へと潜って行った。





 ――――そして地下十階層。



「まあ分かりきってたことだが、俺やカレン嬢ちゃんの相手には、低層のモンスターじゃ歯応えが無さすぎるな」



 ダディに騎乗して突き進んでいたこともあり、一行は普通では有り得ない速度でここまで辿り着いていた。



「でももう十五時半だよ? 帰りのことを考えたら、そろそろキリにしといた方がいいんじゃないの?」



 スマートフォンを片手に時刻を確認する瑠夏。この世界の時間の流れはどうやら地球と同じらしく、スマホは便利な時計代わりとしても活躍していた。



「ご安心くださいお姉様。このダンジョンには十階層ごとにチェックポイントがありますので、そちらから地上一階層まで転移できますの。次回挑戦時以降には十階層ずつですけれど、好きな階層に転移できますわ」


「へぇー! それじゃあ毎回こうやって潜らなくてもいいんだ!? 便利だねぇ!」


「アリス支部長の説明では抜けてましたからね。あの人は昔から大事なことほどギリギリまで秘密にするので、事前に調べておいたんですの。教えてもらうばかりでなく自分で考えたり調べることも大切だと、よくお叱りを受けましたわ」



 ダンジョンの仕組みについての説明と、支部長でありかつての師でもあるアリスへの愚痴のようなものをこぼすカレンディアに、感心しきりな瑠夏である。



「本音を言やぁ何日かこもってみっちり特訓といきてぇが、お前達も年頃のメスだからな。今日のところは初めてでもあるし、十階の階層主フロアボスをコテンパンダにして引き上げるとしよう」



 一行の護衛兼保護者であるダディが、攻略の行程を二人に伝える。ちなみにだが、ルナはダディの背中の上で瑠夏に抱かれたまま、夢の国へと旅立っていた。



「ふ、フロアボス……?」


「パンダぁ? 瑠夏お前、ちゃんとアリス嬢の説明聞いてなかったのか? このダンジョンでは十階層毎にボスモンスターが居て、そいつを倒すとチェックポイントの転移魔法陣と、次の階層への階段のある部屋に入れるんだって言ってただろうが」


「あはは……! ごめん、後半はウトウトしちゃってて聞き逃してたみたい。昨日の騒動で心配になっちゃって、実はあんまり良く眠れなかったんだよね……」



 頬を指で掻いて謝る瑠夏。

 昨日の騒動――ミゲル青年の乱入事件は、こんなところまで影響を及ぼしていたようだ。



「おいたわしいですわお姉様……! ですがご安心くださいませ。子爵令息如き我が侯爵家の権威をもってすれば、二度とおおやけの場に出られないようにするのは容易なことでしてよ!」


「いや怖いからカレン!? それって社会的に抹殺しちゃうアレだよね!? さすがにそこまでしなくてもいいから!?」


「まあアレだな。一介の下級貴族の子爵家程度じゃ、集められる戦力だってゴロツキやチンピラくらいなもんだろ? 上級探索者のチンピラ共ともやり合えたんだ。たとえダンジョンの中で闇討ちとかってなっても、パンダかんだなんとかなるだろ」


「そういうフラグっぽいこと言うのやめてくれないかなダディ!?」



 賑やかに、かしましく。しかしモンスターには容赦なく、一行はダンジョンの十階層を攻略していった。

 そして十階層の階層主フロアボスが待ち構えているとされている部屋の前、俗に〝安全地帯セーフティエリア〟と呼ばれる広間に辿り着いた、その時である。



「待っていたぞ、カレンディア・フォン・アルチェマイド! そして黒髪の女と喋る野獣達よ!!」


「「「ヒャッハァーーーーーッ!!」」」



 そこで一行を待ち構えていたのは、の小麦色をした前髪をファサァッとかき上げる青年と、世紀末感満載な装備に身を包んだ、五人の巨漢達であった。




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