第10話 お嬢様と観光案内と誘拐事件



「まさか……このエリートジャイアントパンダたる俺が首輪を着けられることになるとは……」


「しょうがないでしょダディ。ルナもちゃんと着けてるんだから、大人なんだし我慢してよ」


「ぱんだぁ〜っ♡」



 アルチェマイド侯爵家が治める領地で、その本邸が置かれている領都である〝メリクフォレス〟の街を、瑠夏達一行が連れ立って歩く。



「大変良くお似合いですわ、ダディ様、ルナ様っ!」



 今回は一人と二頭ではなく、二人と二頭であったが。



「まあ、カレン嬢ちゃんの親御さん達に迷惑も掛けられねぇからいいけどよう……」


「そういうこと。でも良かったよね。〝テイマー〟とか〝召喚士〟なんていう、従魔を使う人達が認められててさ」


「ええ。その〝従魔の首輪〟を着けてさえいれば、魔獣と間違えられたりはいたしませんわ」



 そう話しながらダディの背に乗り、街を移動する一行の目的は、情報収集はもちろんだが観光の割合が大部分を占めていた。

 何しろ瑠夏にとっては初めての異世界……それも異国情緒溢れる街並みである。目に入る物全てが新鮮で輝いて見えるのも無理はない話である。



「繋がれた犬っころになった気分だぜ……」



 歳相応にはしゃぐ瑠夏やカレンディア令嬢、そしてルナを背に乗せたダディは、トボトボと街を歩いて行く。周囲の好奇と畏怖の目に晒されてはいたが、それも首に巻かれた〝従魔の首輪〟のおかげですぐに逸らされる。

 出発前に領主であるセビーネ侯爵が手配してくれたこの魔法道具マジックアイテムのおかげで、変わり者の一行は上手く街に溶け込めていた。



「我がアルチェマイド侯爵領は、品質の良い宝石の産地として栄えていますわ。そのおかげでこの領都に集う宝石商の数も質も王国随一ですし、取引のために多くの商人が出入りをするので商業都市として栄えているのですわ」


「うわー、こんな大粒の宝石なんて美術館でしか見たことないよ……! 買ったらいくらくらいになるんだろ……」


「このサイズの紅玉ルビーで特A等級ですと、白金貨五十枚ほどですわね」


「ダディ……?」


「白金貨一枚が大金貨百枚だ。大金貨一枚は金貨百枚。金貨一枚は大体日本円で一万円ってとこだな」


「五十億ッ……!?」



 あまりに非現実的な価格に息を飲む瑠夏。しかしそんな目を白黒させる瑠夏に笑いながら、ダディは補足する。



「そんなモンだぞ? 見たとこ最高級のピジョンブラッドクラスのルビーだろコレ。カットも均一に丁寧に施されてるし、光沢も透明感も申し分ない。何よりサイズがサイズだしな。地球のオークションにでも掛けりゃ百億くらい飛ぶ代物だぞ」


「ひえぇ……!? って、なんでダディがそんなに宝石の相場に詳しいのよ!?」


「ユニークスキルの【基礎知識】と【鑑定】スキルのおかげだな。俺をただのパンダと一緒にするな」


「地球ではただのパンダだったはずなのにぃ……!!」



 店先を冷やかしつつ、賑やかに話しながら進む瑠夏達。街の住民達も一際ダディが目立つせいか、まさか領主の娘がその背中に乗っているとは夢にも思っていないようだ。

 ダディはともかくとして。瑠夏もルナも、現地人のしかも貴族の娘であるカレンディア令嬢とすっかり打ち解け、歳頃の女子らしくモフモフのルナを交代で抱きながら、黄色い声で談笑していた。





 ◇





「ぱ……ぱんだぁこりゃあああああッ!!??」


「ダディ、そんな松〇優作みたいな声上げてどうしたの?」



 宝石店や服屋を冷やかして回り、屋台や軽食屋で買い食いをし、一日を観光に費やし堪能していた瑠夏達。珍しくルナが目を輝かせて主張したこともあり、薄暮はくぼの近付いてきた時間ではあったが武具店に立ち寄っていた。


 武具店には武器や防具はもちろんのこと、冒険や戦闘に役立ちそうな様々なアイテムが棚に並び、売られていた。

 そんな防具類を物色していた時のこと、急にダディが声を上げたのだ。



「ありえねぇ……!」


「何がよ?」


「ど、どうしたのですか、ダディ様?」


「ぱんだぁ〜?」



 ダディが見ていたのは、従魔用の防具類の陳列された区画だった。脇からその手元を覗き込んだ瑠夏は、【言語翻訳】スキルの助けを借りて商品概要を読み取った。



「どうして熊の魔物用の防具があって、パンダ用の防具が無ぇんだ……ッ!!」


「だからパンダも熊の仲間だからあッ!!??」


「ぱんだとコノヤロー瑠夏!? 熊っころなんかと一緒にすんじゃねぇ!! 俺は赤Tシャツ着てハチミツ垂らして媚びたりなんてしねぇぞ!?」


「世界的に有名な例のクマを敵に回すのはやめてくれないッ!!??」



 木彫りの熊の頭部に着けられ、サンプルとして展示されていた熊用のヘルムの前で、大声で漫才を繰り広げるダディと瑠夏。

 店員は人語を理解するどころか流暢に喋るダディを呆然と遠巻きにするだけで、止める様子もない。むしろ頼むから早く帰ってほしいとでも言いたげな引き攣った表情だ。


 いきどおるダディにらちが明かないと判断した瑠夏は。



「もぉ〜っ! カレンからも何か言ってやってよ!!」



 振り返り同行していたカレンディア令嬢に声を掛けた。しかし返事は無く、どころかその姿も見えなかった。



「あれ……? カレン……?」


「あん? おい瑠夏、コレお嬢が被ってた帽子じゃねぇか?」


「え……!?」



 ダディが床から拾い上げ瑠夏に渡したのは、確かに彼女が――領主の娘として目立たないようカレンディア令嬢が被っていたの広い婦人用の帽子であった。



「なんてこったパンダコッタ!? おい瑠夏、ルナも居やがらねぇ!!」


「うそっ!? カレン!? ルナぁ!?」



 目を離し言い合っていた間に、ルナとカレンディア令嬢の姿が無くなっていた。



「まさか……! 誘拐!?」



 瑠夏の脳裏に最悪の光景が思い浮かぶ。慌てて店内を走り回る瑠夏だったが、武具店のどこにも二人は居ない。



「おい瑠夏! ちょっと前に店を出たヤツらが女の子を連れてたのを見たやつが居たぞ!!」


「ホントに!? それでどこへ行ったの!?」



 店の外にまで並べられた武具防具の見本品の前で、いかにもファンタジーな冒険者風の身なりの男性に話を聞く。


 その男性曰く、男達四人に少女が連れられて行き、その後を追い掛けるようにしてダディに良く似た小さな白黒の獣が走って行ったとのことだった。


 瑠夏とダディは厳しい顔で頷き合うと、その男性――やはり冒険者らしい――に領主である侯爵家への伝言を有無を言わさぬ勢いで依頼し、夕陽の茜色に染まる街へと駆け出したのであった。




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