第9話 パンダと恩返しと後見人



「こことは違う世界〝地球〟から転移してきた聖女と聖獣、それが俺達の正体だ。女神パン・ダルシアから特別な力を授けられ、魔王を討伐するためにこの世界へ来た」


「なんと……!」

「まあ……!」



 食事が運び込まれ、晩餐会の始まった室内に驚きと感嘆の声が上がる。

 ダディが事の経緯を侯爵家の面々に話して聞かせ、改めて自分達が異邦人(獣)であることを伝えたのだ。



「ではダディ殿。其方そなた達は本当にこの世界とは異なる場所で暮らしていたのだな?」


「論より証拠が欲しいか? なら侯爵、【鑑定】スキル持ちに俺達を調べさせてみればいい。それから瑠夏」


「え、なに……?」


「スマホを出せ」



 器用にナイフとフォークを使ってステーキを口に運んでいたダディが、急に瑠夏に話を振る。〝笹ではなくステーキを食べるパンダ〟や、当たり前のように〝人間と同じように食器を操るパンダ〟に対してのツッコミを我慢していた瑠夏は、訝しみつつも言われた通りにスマホを取り出した。



「ルカ殿、それは……?」


「え、ええと……あたしの世界では誰でも持っている、スマートフォンという電話……通信器? です。遠く離れた人と声のやり取りをしたり、紙が無くても手紙をやりとりしたりできる物です」


「なんと……!? その手の平程の薄い板でか!?」



 思わず立ち上がり、身を乗り出すセビーネ侯爵。フローレンシア夫人もカレンディア嬢も信じられないといった表情だ。



「落ち着け侯爵、瑠夏が怖がるだろ。それにこの世界では他に一つとない物だし、俺達にも必要な物だからな。譲れと言われても譲れん」


「それではまるで〝神の恩寵品アーティファクト〟ではないか……! ああいや、すまない。決して取り上げようとは言うまい」


「それでいい。それで侯爵。誰でもいいから実在する、俺達では決して知り得ないであろう人物の名前を一人挙げてみてくれ」


「ふむ……?」



 落ち着くよう声を掛けるダディから、侯爵へ提案が為される。何らかの狙いがあることを鋭く感じ取った侯爵は、再び腰を下ろしてしばし黙考する。そして。



「〝レイモンド・フォン・スペルベキア〟でどうだ?」


「聞いた限りでは貴族っぽいな。瑠夏、【アーカイブ】でその人物について調べてみろ」


「ええぇ……。わかったよ……」



 淡々と瑠夏に指示を出すダディ。瑠夏は釈然としないものを感じながらも、スマホのアプリを起動してキーワード検索を実行する。



「……出たよ。読み上げる?」


「ああ、頼む」


「はーい。『〝レイモンド・フォン・スペルベキア〟。ルビネフェル王国に属するスペルベキア公爵家の先代当主。現女王である〝クラウディア=フェリス・レイネ・ルビネフェル〟の叔父に当たり、後見人を務め宰相の位に居た。五十六歳の春に王宮で死去。死因は〝毒殺〟』って故人じゃん!? 毒殺!?」


「ありがとな瑠夏。それにしても随分と意地が悪いな侯爵? 確かに生死は問わなかったけどよ?」


「まさか……ありえん……! ルカ殿、どうか私にもその〝すまーとふぉん〟なる物を見せてくれないか!?」



 瑠夏が読み上げた情報に驚きを隠せないセビーネ侯爵。慌てた瑠夏は隣りに座るダディを窺うが、ダディは構わないといった感じで頷いただけだった。



「は、はい。大丈夫です」



 承諾を得て急くように席を立ったセビーネ侯爵は足早に瑠夏の元へ移動すると、おずおずと差し出されたスマホの画面を覗き込む。



「な、なんだこの紋様は……? これは文字なのか……?」


「それは〝日本語〟という俺達の母国語だ。ついでに瑠夏からスマホを借りてみるといい。瑠夏、一旦渡してやれ」


「う、うん……(いやダディは向こうでは日本語話してなかったでしょ……!?)」


「かたじけない……ッ!? これは……どういうことだ……!? 先程までは確かに……」



 瑠夏の手からスマホを受け取ったセビーネ侯爵だったが、画面を覗き込んだ途端にまたも驚愕を浮かべることとなった。瑠夏の手を離れた瞬間にスマホの画面は光を失い、何も映し出さなくなったのだ。



「瑠夏、スマホに触れてみろ」



 そして瑠夏が言われるがままにスマホに手を触れた瞬間、画面は再び灯ったのだ。



「所有者制限だ。ソイツは瑠夏しか使えないようになっているから、仮に無くしたり盗られたりしても安心なワケだ。どうだ、信じる気になったか?」


「見ず知らずの文字に有り得ない権能を宿した恩寵品……。異世界の民というのは信じるしかないだろう。ああちなみにだが、先程の人物についてなのだが……」


「レイモンドだかっていう前公爵のことか? 秘密は守るから安心しな。極秘事項だったんだろ?」



 やれやれと溜息を吐きながら、未だに衝撃から立ち直れていないセビーネ侯爵に告げるダディ。



「かたじけない……そして試したことを詫びよう。のお方は公には持病の発作でとなっておるのでな。其方達に危害が及ぶやもしれぬゆえ、どうか胸にしまっておいてほしい」


「オスに二言は無ぇよ。それと、【鑑定】を受けるのも拒否するつもりはない。俺はやましいことなど何も無い、清廉潔白なエリートジャイアントパンダだからな」


「……〝ニホン〟という国にはこのような、理知に富んだ獣が生息しているのか……」


(いやダディがおかしいだけだよッ!? 無駄に男前だし、人間臭いし、こんなパンダが他にも居たら大騒ぎだよ!?)



 スマホをセビーネ侯爵から返してもらいながら全力で、ただし胸中でツッコむ瑠夏であった。





 その後晩餐が再開され、穏やかな空気が流れ会話の弾む室内。瑠夏も当初感じていた緊張はほぐれ、カレンディア侯爵令嬢の質問攻めにも笑顔で答えていた。


 そしてデザートに舌鼓を打っている頃、会話を楽しみながらもどこか考え事にふけっていた様子のセビーネ侯爵が、おもむろに口を開いた。



「ルカ殿。そしてダディ殿、ルナ殿も。そういえば救って頂いたご恩返しがまだであったな」



 その声に談笑は止み、瑠夏はセビーネ侯爵に振り返って居住まいを正した。その傍らでは、ダディが彼女の背中に前足を添え、安心しろと言うように支えている。


 離席して瑠夏の隣りに座っていたカレンディア令嬢が自席に戻ったのを確認したセビーネ侯爵は、一度咳払いを挟んでから瑠夏にこう伝えたのだ。



「娘のカレンはちょうど、十五歳の披露会デビュタントの帰りだったのだ。私はともかくとして、娘の危機を救ってくれた其方達には感謝をしてもし尽くせぬ思いだ。


「そこで、其方達には我がアルチェマイド侯爵家よりの後見を申し出たいと思う。このルビネフェル王国内での身分の保証、並びに我が侯爵領内での行動の自由とその活動への支援を、我が感謝の証としてどうか受け取っていただきたい」



 その表情を瑠夏は決して忘れないだろう、と。そう思ったのだ。

 それは厳格な大貴族たる侯爵の誇りと、娘を心から愛する慈しみ深い父親のその両方が混じり合った、とても優しい表情であった。




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