第8話 父と娘と侯爵家



「ルカ・トウジョウ殿。並びに聖獣ダディ殿、霊獣ルナ殿。此度こたびのご助力、改めて心より感謝いたす」


「わたくしからも、夫と娘を救っていただき何と感謝をお伝えすれば良いか……」


「貴女様方はわたくし達の命の恩人ですわ。どうかこの屋敷を我が家だと思って、ごゆるりとお過ごしくださいまし」



 馬車の防衛戦を勝利に終えた瑠夏達一行は、そこから馬車の速度で一刻――二時間ほどの距離にあった街へと無事に辿り着いた。

 それから瑠夏達は彼等の屋敷へと招かれ、挨拶を終えて広い客間へと通されたのであった。



「いやぁ、しかしまさかの侯爵家だったとはなぁ」


「ぱんだぁ〜っ♪」



 激戦を乗り越え辿り着いたこの屋敷で、まずは湯浴みをと勧められるがままに入浴を済ませたダディとルナが、モフモフ度を何倍にも上げてくつろいでいる。

 ツヤツヤモフモフと、柔らかな絨毯の上でゴロゴロ転がってはしゃぐルナを、時には鼻先で時には前足で、ダディがつついては遊んでやっている。



「って! なんでそんなに落ち着いてるのよダディ!? 侯爵様だよ!? 偉い貴族なんだよ!?」



 そんな中で瑠夏一人だけは落ち着かない様子であった。まあ生まれてこの方、他人に入浴の世話をされるなど両親以外では初の体験であっただろうし、無理もないだろう。

 今まで身に付けていた衣服も全て取り上げられ洗濯されており、今はまさに貴族令嬢が着ていそうなドレスに身を包み、居心地悪そうに部屋を歩き回っている。



「士男子伯侯公ってな。王族の親戚筋の公爵以外では最高位の貴族だな」


「それはお兄ちゃんのラノベで読んだから知ってるけど、大丈夫なのこれ!? なんか捕まって飼い殺しにされたりとか、陰謀に巻き込まれたりとか……!」


「いやいや、瑠夏お前ラノベや漫画読みすぎだぞ? そうそうそんな汚職まみれの高位貴族に当たる訳ねぇだろ?」


「だけどさ……!」


「それに考えてもみろ。このやかたに着くまでに見た街の様子はどうだった? 悪徳貴族に搾取されてるように見えたか? 侯爵本人や奥方、お嬢はどうだった? 信用できねぇ人間に見えたか?」


「うっ……」



 そう言われ言葉に詰まる瑠夏。振り返ってみれば確かに街は穏やかで活気もあり、住民は満足して暮らしているように見えた。侯爵とその夫人も、そして娘も、人当たりも良く真摯に感謝の言葉を述べてくれていた。



「瑠夏。初対面の人間を疑うのは仕方のねぇことだ。だがそれと同時に信用するかしねぇか、その〝目〟も養わなきゃいけねぇ。会う人間会う人間疑ってたらキリがねぇし、そんなの悲しいだろ?」


「それは……そうだけど……」



 優しく、諭すように瑠夏に語り掛けるダディ。

 瑠夏はようやく落ち着いてきたのか歩き回る足を止め、溜息を吐いた。



「まあ、この家の連中は大丈夫だ。俺が保証してやる」



 そんな瑠夏に歩み寄り、たくましい前足で頭をポンと撫でるダディ。そのまま不安を和らげるように、瑠夏の身体を抱き寄せて自身の腹に乗せてやる。



「うわぁモフモフだぁ……! 背中とは違った柔らかさ……。癖になっちゃいそう……」


「だろう? こればっかりは高級ソファもベッドも敵わんだろ。ルナしか乗せたことがないんだからな、光栄に思えよ?」


「ふふっ、なにそれ……? へんなの」



 ダディの胸に抱かれ、安心感に包まれる瑠夏。侯爵家の使用人達が丁寧にブラッシングを施したのか、白と黒の毛皮の肌触りは天にも昇るような感触で、瑠夏をまどろませる。



「でもダディ? どうしてこの家の人達は大丈夫なの? 根拠でもあるの?」



 しかしどうしても気になったのか、ダディの胸から上目遣いで見上げ尋ねる瑠夏。そんな瑠夏にダディは。



「それはな……」


「そ、それは……?」



 溜めるダディ。視界の端ではルナが未だに絨毯で転がってはしゃいでいるが、瑠夏には気にする余裕は無く、ダディの続く言葉に息を飲んで身構え――――



「野生のカンだ!!」


「いやあなた施設生まれ動物園育ちでしょーがッ!! 野生の〝野〟の字もないでしょッ!!??」


「細けぇなぁ瑠夏は」


「細かくないっ!!」



 と、オチが着くと同時。一行の居る部屋の扉が使用人によってノックされたのであった。





 ◇





「おお! どこのご令嬢かと思ったぞ!」


「良くお似合いですわよ、ルカ嬢」


「まあ! 本当にお綺麗ですわ!」



 客間に訪れた使用人から晩餐を共にと招待を受け、誘いに応じ通された晩餐会場で、この屋敷の主人にして付近一帯の領土を治める侯爵とその夫人、そしてその娘が並び立って出迎えた。



「改めて名乗らせてもらおう。私はこの〝ルビネフェル王国〟に於いて女王陛下よりこの領地と侯爵位を預かっている、セビーネ・フォン・アルチェマイドと申す」


「わたくしはセビーネの妻、フローレンシア・フォン・アルチェマイドと申します。どうぞお見知り置きを、恩人殿」


「わたくしはセビーネとフローレンシアの娘、カレンディア・フォン・アルチェマイドですわ。どうぞお気軽にカレンとお呼びください、ルカお姉様!」


「おねえさま!?」



 思わず聞き返してしまう瑠夏。しかしそんな瑠夏の様子を苦笑と共に眺めながら、侯爵であるセビーネが間に入り口を開いた。



「いやな、ダディ殿に跨り颯爽と戦場を掻き分けて現れたルカ殿の姿に、娘は痛く感動と憧れを覚えたらしいのだ。聞けばルカ殿は御歳おんとし十七とのこと。カレンは十五ゆえ、どうか友や姉妹のように親しくしてくれると嬉しい」


「は、はぁ……あたしで良ければ……。ですがあたしは、貴族の礼儀作法なんて習ったことは……」


「そのようなことは気になさらずとも良い。ルカ殿は我が侯爵家の恩人であるゆえな」



 最高位貴族にしてこの寛容さである。恩人とはいえただの一般JKとパンダが相手であるというのに、へりくだりつつも、しかし威厳たっぷりに侯爵は微笑んだ。



「よろしくお願いしますわ、ルカお姉様!!」



 満面の笑みでカーテシーを決めるカレンことカレンディア侯爵令嬢。金髪碧眼で人形のように整った目鼻立ちの、まさに貴族令嬢といったたたずまいである。

 瑠夏はその愛らしくも優雅な所作にしばし見蕩れ、胸を高鳴らせていた。しかし――――



「よかったな瑠夏。異世界に来て早くも友達ができたじゃねぇか」


「いや、え、ちょっ、ダディ!? そんな軽々しく異世界とか言っちゃって良いわけ!? 普通秘密にするんじゃないの、それ!? ――――あッ!?」



 そんな瑠夏の隣りに控えていたダディが、ラノベ等の主人公であれば誰しも伏せておきたがる爆弾を投下した。


 もちろん兄のラノベや漫画の影響でそういった常識的行動に理解のあった瑠夏は、思わず大声でツッコミを入れてしまう。そしてそれすらも失言であったことに気付き、慌てて口を押さえ同室者達を窺った。



「何やら其方そなた達も深い事情があるようだな。もし良ろしければ、食事をしながら私達に話してくれないか? 我が侯爵家であれば、きっと恩人殿達の力になれると思う」



 苦笑しつつも思慮深さを感じさせる笑顔で、穏やかに着席を勧めるセビーネ侯爵。


 瑠夏は自身の浅はかさを責めつつ、そして不安を抱きつつも、割り当てられた晩餐の席に座ったのであった。

 ちなみにだが、ダディは椅子なしで床に座り瑠夏の左隣りに着席し、その隣りではお子様用の椅子に座ったルナがはしゃいでいた。


 ザビーネ侯爵の鳴らす呼び鈴と共に、豪勢な食事が会場に次々と運び込まれ、晩餐会が始まったのであった。




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