恥晒しのエチュード
坂本忠恆
しわくちゃな原稿用紙
残暑のたいして厳しくない令和三年の夏も終わり、気がつくと、Twitterを始めてから丁度三ヶ月が経っていた。
それなのに、その間に書きあげたのは短編が一つあるばかりで、他にはなにも書けていないし、私生活で変わったことも、特にない。
そこで、いつもは無精なこの私だけれど、今夜ばかりはやる気を奮って、机に向かった。向かったはいいが、書く内容は、特には定まっていない。
何を書くかは一向に定まらないけれど、「とにかく何かを書いてみて、奴らに読ませてみよう」と、仮初の意志を抱いてみて、無理にも書き出してみた。
いったい奴らは何と言うか? と、私の原稿を読んだ奴らの反応を想像してはみたが……とにかく、今はこれを慰めに書く他ない。
これは、そんな私の、手記の一編。
-しわくちゃな原稿用紙-
——
現代は恥の高く売れる時代ですから、どうせ恥を忍んで生きなければならぬ人生なら、その恥を飯の種にしてしまおう、というのは痛快な人生への意趣返しであります。
人類史で初めてこれを試みたのは、疑いようもなく芸術家でありましょうが、もしかするとこの劫初の人生への造反者は、その造反によって初めて芸術家たりえたのかもしれない。カミュは「創造すること、それは二度生きることである」と言いましたが、創造が二度生きることなら、それは明らかに人生への造反、不正であります。芸術家が、造反者や犯罪者とある程度の類縁を持っていることも、ここに所以があるらしい。
とまれ、我々は何かを創るとき、程度の差こそあれ、幾分かは恥を忍ぶものですから、やはり劫初の芸術家は、劫初の恥さらしでもあった。
近現代の芸術の潮流を見ても、芸術家の恥さらしは、殆ど露出趣味と見紛うばかりに嬉々としておりますが、殊に、小説家の露出、もとい露悪の数々は、自身の負い目を誇りにする不良少年さながらで、「所詮ヤクザな売文稼業なのだから、前科の一つや二つ、箔が付いたと思って胸を張っていればよろしい」とでも言わんばかりなのであります。
最後のは少し言い過ぎたやもしれませんが、それでもやはり、小説家の露悪は他の姉妹芸術家と比べても瞭然と抜きんでており、更にはその露悪ばかりが亢進して、まるで露悪そのものが小説たる上での第一条件であると勘違いしてしまった先生方の実に多かったことが、戦後日本の小説衰退の一因でもあったのでは、と私は考えます。
無闇に濡れ場を乱用したブンガクの成り損ないが、裸婦画にもあるべき恥じらいの趣さえ等閑にして、「我々こそが最新鋭の芸術でござい」と我が物顔で闊歩していた歴史を思ってみると、畢竟、小説が今見るような孤立状態に追いやられ、他の姉妹芸術(相手が芸術ばかりならまだよいが)に媚びなければ市場の存続すら危うい素寒貧な体たらくにまで落ちぶれてしまったことにも、様を見ろと言いたくなってくる。
と、散々なことを書きはしたが、私もまた一介の書く人間である以上、私はもちろん小説の弁護者であります。弁護の上では悪手でしょうが、正義や善徳にも増して誠実を旨とする私ですので、初めに被告人の膿を出してやることは急務だったのでありますよ。造反者や犯罪者の社会にも「誠実」ということは、あるものですから。
閑話休題して、恥の売買の話でありますが、神の見えざる手もこんな下卑たものを弄ぶには些か高貴すぎたようで、恥の市場はいつでも供給過剰であるはずなのに、一向に需要が満足される景色はなく、やはり恥はかけばかく程金の成る木なのであります。
とは言いながらも、恥のかき方にも上手い下手があって、慣れぬ人がやっても、ややもすればそれは露悪的になるばかりだから、結局は小説の二の轍を踏んで、分野の憎まれ役になってしまう。憎まれ役でも食うには困らないというのが、他の商売とは違い売恥業の憎いところではありますが、上手く恥をかける人は、他人に愛されるし、場合によっては尊敬されさえもする。日本小説界の恥のパイオニアと言えばまさしく田山花袋でありましょうが、彼こそはこの尊敬を勝ち得た最たる例で、彼の恥のかきかた、もとい書き方は、実に立派だった。
そこで、願わくば、私も・・・・・・
・・・・・・
——
私の渡した原稿を読み終えると、オイルは鼻で笑ってこう言った。
「はは、ワタクシ君。つまり、君は恥をさらすために、わざわざこんなものを僕に読ませたというのかい?」
(つづく)
次回「穢れたタナゴコロ」
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