第8話 ノルンの翼

 ファイとノルンは王都への復路ふくろを進むと王都の建造物けんぞうぶつが見えてきた。


「ファイ。王都を見て下さい」

「あぁ、オレ達が王都を離れてるうちに何かあったな」


 二人の視界に映った王都は魔獣の巣穴に向かう前に比べて変わったところがあった。

 外から見える王都には半球状に覆う結界けっかいが張られていた。

 かなり高度な結界なようで聖剣の力があるファイや精霊のノルンの目でも注視しないと気付かないほど結界の気配が薄かった。


「あの結界、魔獣祓いの結界だな。誰が張ったんだ?」

「まあ、誰だろうと結界が張られた事で金輪際こんりんざい、王都には魔獣が侵入する事は無いでしょう」

「そうだな。ただこれほどの結界が張られるんだったらオレ達が魔獣の巣穴を潰さなくても良かった気はするが」


 王都への復路を走りながら後ろに掴まるノルンと会話するファイは目の前の王都に張られている結界を見て今回の依頼が徒労に終わった事に溜息ためいきを吐いた。


「待てよ! この結界のせいで魔獣討伐まじゅうとうばつ徒労とろうに終わったって事は魔獣討伐の謝礼金がなしになったりしないよな⁉」


 溜息ためいきを吐いた後。ファイはふと口にした事が頭をよぎる。

 今回渋々了承した依頼は魔獣の被害をなくすために巣穴にいる魔獣を全て討伐とうばつする事だった。

 そして魔獣を討伐とうばつした事を報告する前に魔獣払いの結界が張られたのだ。口約束の依頼を無効にする事など造作ぞうさもない。


「もしかしたらそうなるかもしれないですね。でも区長がこの結界の事を知っていたらファイに口約束でも依頼をする利点がありません。おそらくこの結界を張った張本人は王都に依頼されてやったとは思えません。きっと独断で結界を張ったのでしょう」


 ノルンは依頼をなしにされると不安になったファイにその可能性は低いと考えられる理由を伝えた。

 ノルンの論理的な話を聞いたファイは安堵で小さな息を吐いた。


「それならいいがな。もうじき王都に到着するな」


 王都が徐々に近づいていくとファイは走る速度を落としていく。そして走る速度が普通の人間と変わりないほどにゆっくりになっていく。鋼の輝きを放つ脚はいつの間にか元の肌色にもどっていた。

 王都第三区サードエリアへ続く門前の間近まで到着すると視界には一人の人物が立っていた。

 その姿を見たファイは元々目つきの悪い目がより鋭い視線を向けた。


「依頼達成ご苦労様です。ファイ」

「何の用だ? ニコラス」


 目の前の人物——漆黒の燕尾服えんびふくを着た純白の仮面を被るニコラスは王都の外から戻って来たファイに労いの言葉をかけた。

 ファイに労いの言葉をかけたニコラスの後ろにいる門番はなぜか地面に腰を落としていた。

 腰を落とす門番は首元から赤黒い液体を流している。顔色は土色にくすんでいた。腰を落としている姿勢も不自然だった。


「門番に何をした?」

「見た通りです。彼には死んでもらいました」


 ファイの質問にニコラスはあまりにもあっさりと、罪悪感を全く感じさせない声音で後ろに死んでいる門番を殺した事を告げた。

 その答えを聞いたファイは再会してから渦巻く憤怒ふんぬ憎悪ぞうおが更に苛烈かれつになる。


「なぜ殺した?」

「ファイが私を殺す動機をより強くするためです」


 ニコラスの答えを聞いたファイは歯を食いしばった。


「……そんな事のために、人を殺したのか?」

「もちろん。私にとって人の命は一瞬です。いつ誰が死のうと考えるだけ無駄です」


 ニコラスの答えはあまりに独善的だった。しかしニコラスのまとう不気味さがその答えを妙にしっくりさせた。

 そんなやり取りをする中、ファイの背中にいるノルンはファイのつなぎを硬く掴み震える。その様子が背中越しに伝わったファイはニコラスが視界に入らないように体の向きを変えた。


 それと同時にファイの腕が鋼の輝きをまとう。

 鋼の輝きを纏った腕で手刀をつくるとニコラスとの間合いが開いた状態でニコラスめがけて手刀で突きをした。

 ニコラスとファイの距離が開いた状態で手刀の突きをすると、鋼の手刀が肥大化して伸びた槍となってニコラスの心臓をつらぬいた。


「同じ事をして飽きないですね。この程度で死なないのは知って——」


 心臓を貫かれたニコラスは何事もないような口調でファイに言葉を投げかけようとした途中、心臓をつらぬいた鋭利な鋼の手刀から清浄せいじょうな光がまとい出す。

 清浄せいじょうな光が伸びた手刀にまとい強烈な閃光を放つと心臓を貫かれたニコラスは傷口から灰と化していく。

 ニコラスの全身が灰になって地面に落ちると肥大化して伸びた鋼の手刀は元の形状に戻った。


「さすが、剣聖の血統、ウェイルズが代々守ってきた聖剣の一本の力です。分身と言えど浄化した力は本物ですね」


 鋼の手刀が元の腕に戻った直後、空から声が聞こえた。

 空を見上げると先程灰になったはずのニコラスが空中に浮かんでいた。

 ニコラスの姿が視界に映るとファイとノルンは愕然とする。


「さすがにおどろきますよね。目の前で灰になった人が急に姿を現したのだから」


 愕然がくぜんとするファイ達にニコラスは平坦な口調で言葉を続けた。


「ですが私は不死身です。聖剣一本の力で死ぬなんて思うのは早計ですよ」


 ニコラスの言葉を聞いたファイは唇を噛んだ。

 その様子を見たニコラスは体を小刻みに震えた。そして地面にいるファイを見下ろした。

 高揚した声音で語るニコラスは手を天に掲げた。

 手を掲げた王都の空を覆うほど巨大な魔法陣が描かれた。


 描かれた巨大な魔法陣を抉りながら出てくる巨大な胴体が見えてくる。

 魔法陣から出てくる胴体には首が九つあり、大きな翼は六枚生えている。そして出てきた胴体の中心には魔獣が共通して存在する核は体中を覆っている漆黒のうろこに守られていた。


「この仔は私のお気に入りです。この仔は私の意のままに行動します。このようにね」


 そう言うとニコラスは空高くかざした手の指を鳴らすと九つの首の先端、強靭な顎から紅蓮の炎を吐き出した。吐き出された炎は足元の王都に向けて放たれる。

しかし、吐き出された紅蓮の炎は王都の建物に触れる前に、何か見えないものに遮られた。


「物理的にも防ぐ結界けっかい《けっかい》ですか。これは厄介です」


 そう言うニコラスは言葉に反してどこか楽しそうだった。


「ニコラス! 王都に何するつもりだ⁉」

「見て分かりませんか? 王都を襲っているのです」

「そんな事聞いてるんじゃねえ‼」


 上空に浮かぶ巨大な魔獣を操って王都を襲おうとしたニコラスにファイは怒声を上げた。

 一方のニコラスは全く悪気が感じられない口調だった。


「これが最後です。ファイが私を殺すのが先か。ファイが私を殺す前に王都が火の海になるか。試してみませんか?」


 その言葉を口にした直後、先程までの飄々ひょうひょうとした口調ががらりと変わった。


「役者と舞台が揃いました! これから劇的ドラマチック刺激的エキサイティングな時間を味わいましょう!」


 ニコラスはその言葉を言い残すと一瞬にして姿が消える。視界からいきなり姿を消したニコラスを探すと上空に浮遊している一人の人影があった。先程までこの場にいたニコラスが空中へ浮遊していた。浮遊する体はどんどん上空へ向かう。王都に張られている結界よりも上に上昇し、ついには王都の上に飛翔している巨大な魔獣の高さまで上昇した。


 上空へ移動したニコラスに巨大な魔獣は威嚇いかくどころか全く警戒した仕草は見せない。そんな巨大な魔獣にニコラスはすぐ傍に飛翔する巨大な魔獣の胴体の中心にある水晶のように透き通った核に触れた。核に触れるとニコラスの体は核に吸い込まれるように透過していき核の中へ入り込んだ。


『さあ、王都の紳士淑女の皆様方! これから私と共に空前絶後くうぜんぜつごの刺激を味わってください!』


 飛翔する巨大な魔獣の核の中にいるニコラスは魔獣の顎を伝って声を発すると、その声は王都の住民全員に届いた。

その瞬間、目の前の王都から響く人の絶叫が阿鼻叫喚あびきょうかんの渦を巻いていた。


「ちっ! ニコラスの野郎、魔獣と融合しやがった!」


 上空で飛翔する巨大な魔獣の核に取り込まれたニコラスを見たファイは鋭い眼光を向けた。

 吐き捨てるように口にしたファイは拳を強く握る。

 ファイは全身を改造されて聖剣の力を得たおかげで全身の細胞単位で体を聖剣に変える事ができる。体中を鋼よりも硬く硬化させる事や聖剣の魔を祓う力はあるが、空中を移動する手段はない。つまり上空で飛翔する巨大な魔獣へ近付く手立てはない。


 ニコラスをこの手で殺したいと強く思っているファイはただ上空を飛翔して王都に向けて紅蓮の炎を吐き出す巨大な魔獣を見上げるだけだった。

 そんなファイの後ろにいるノルンは未だに体が震えていた。その事に気付くファイは振り返ってノルンと向かい合う。

 視界に映るノルンは体が震え周囲の空気が白む程の冷気を放っている。


「落ち着けノルン。ニコラスはここにいない」


 ノルンと向かい合ったファイは冷気を放つノルンの肩を掴んだ。ニコラスの存在におびえていたノルンにファイは自身を落ち着かせて声をかける。

 その声が届いたのか、焦点が合ってなかったノルンの瞳はファイをとらえる。


「……ファイ。大丈夫、です。私はいつも通り……です」


 ファイの言葉に答えるノルンは口にしている言葉には恐怖で声が震えていた。

 明らかに大丈夫ではない。

 手に伝わるノルンの体の震えと異常な冷気にファイは数瞬すうしゅん間を置いた。

 ファイは息をゆっくり吐いてゆっくり息を吸う。そしてファイは肩を掴んでいるノルンの額めがけて頭突きした。


「っっっっ~~~~~~!」


 ファイの頭突きを喰らったノルンは顔に広がる痛みに悶絶もんぜつした。

 悶絶したノルンは頭突きを喰らった痛みに咄嗟に手で顔を覆った。


「何するんですか⁉」


 痛みを堪えてノルンは顔を押さえながらいきなり頭突きをしてきたファイの方を見る。ファイを見るノルンの目ははさっきまでとは違い焦点が合っていてファイをしっかりと捉えていた。

 ファイの頭突きに痛みを堪えながらノルンは抗議こうぎした。


「やっと元に戻ったか」


 さっきまで声も体も震えていたノルンが落ち着き出した事にファイは安堵の息を漏らす。


「いいか。今目の前にニコラスはいない。ただ問題も出た」


 そう言うとファイは上空を見上げた。ファイの向ける視線の先をノルンも視線を追った。

 ノルンは視線を上空に向けると視界に巨大な魔獣が飛翔している姿を捉えた。


「今、ニコラスは空にいる魔獣と融合した。その魔獣は王都に攻撃を仕掛けてる。幸い王都に張られている結界けっかい《けっかい》が魔獣の攻撃を防いでる。けどそれも時間の問題だ。早く魔獣を討伐とうばつしないと王都は間違いなく火の海になる」


 ファイは今の状況を説明する。その説明を聞いたノルンは視界に捉えていた上空の魔獣からファイに視線を変えた。


「ニコラスの口ぶりからしてニコラスはオレが殺すためにこの状況を仕向けた。そうだとしたらオレがニコラスを殺す。それがオレの昔からの使命だ」


 ファイはノルンを見つめながら続けて言葉を発する。


「だがそのニコラスは魔獣と一緒に上空にいる。オレは空を飛べない。だから頼みがある」


 ファイの言葉を聞いているノルンは次に口にするファイの言葉の予想ができた。


「オレを空まで運んでくれ」


 その言葉を聞いたノルンは驚きで目を丸くした。


「何言っているんですか! あんな巨大な魔獣、ファイだけで討伐とうばつするなんて無茶過ぎです!」

「だがこのままじゃ王都はニコラスに潰される。誰かが魔獣を討伐とうばつするしかないんだ」


 声を荒げて反論するノルンとは対照的にファイは落ち着いて返答した。そのファイはノルンに急に頭を下げた。


「オレ一人じゃ何もできない。ノルンの力が必要だ。力を貸してほしい」


 ファイの発した言葉はいつになく落ち着いていて力が籠っていた。

 その言葉を聞いたノルンは大きく見開いていた目を閉じた。


「初めてですね。ファイに頭を下げられたのは」


 目を閉じて声に出した言葉は先程までとは違い静かでどこか優しい雰囲気だ。


「分かりました。けそ今回だけですからね。こんな危険な事を許すのは」


 ノルンは優しい微笑を浮かべると向かい合っているファイの背後へ移動する。

 ファイの背後に着くとノルンはファイの背中に抱きつく。するとファイの背中に抱きつくノルンの体から光が溢れ出す。溢れ出した光はノルンを呑み込むと、ファイの背中から二つの光の束が顕現した。


 光の束は白銀の大きな翼に形を変えた。

 光の束が白銀の翼に変わるとつい先程まで背中に抱きついていたノルンの姿が消えた。


『空中の移動は私がします。ファイは空にいる魔獣に集中して下さい』


 ファイの背中から姿が見えないノルンの声が聞こえる。ノルンの声にファイは返事を返す。


「頼むぜ。ノルン」


 ファイが返事を返した直後、ファイの背中の白銀の翼は羽ばたきファイの体が宙に浮いた。宙に浮いたファイの体はどんどん高度を上げて飛翔する巨大な魔獣の元へ飛んでいく。

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