第12話 ゾンビの世界で生活
その夜のこと。
やっといい香りに包まれて眠れる事に感謝しながら布団にもぐった。
恐怖が無くなった訳じゃない。でも一人で怯えて眠るのと、綺麗な体で男の人が側にいるのとでは雲泥の差だった。
ただ・・
よくよく考えると風呂上がりのいい香りの体に・・男性と二人きりの部屋・・
《あれ?これ大丈夫なのかな?》
いまさらながら・・男性と二人きりの部屋に戸惑っていた。結局、唯人君とはなんの進展もなかった。そんな私が見ず知らずの男性の部屋で、お風呂上がりの石鹸とシャンプーの香りを漂わせながら。
ふと遠藤さんをみると、携帯を見ながら難しそうな顔をしている。
《きっと大丈夫。》
「あの・・」
「はい!?」
遠藤さんが声をかけてきた。思わず声がうわずる。
「ん?どうしました声がうわずってましたけど・・」
「い、いえ!大丈夫です。どうしました?」
「おそらくあと1週間ほどで食べ物がなくなるでしょう。」
《そういう話だよね!そうだよね。》
「いえ・・遠藤さんにはお世話になってばかりで何と言っていいのか・・」
「いや!そんなことはどうでもいいんです。でもいろいろと情報をとらないとなと思っています。どこかで食料は手に入るんでしょうかね?店ってこの状況で開いているものなのでしょうか?」
「たしかに・・こんな状況でスーパーなんかやってるわけないですよね?」
「そうなんです。とにかく調べたいと思います。電気が来ているうちに携帯で情報を得ようと思っています。」
「私も探してみます!」
「はい。でも今日はもう遅い。明日の朝から調査を始めましょう。」
「は、はい。」
このマンションはワンルームマンションなので部屋はそれほど広くなかった。部屋の広さは8畳程度で台所は別なのでまるまる部屋として使えるのだが、二人で使うとなるとそれほど広くはなかった。
ベッドのとなりに布団を敷いて寝ているが、遠藤さんとの距離はそんなに遠くなかった。
手を伸ばせば届いてしまう。
「じゃあ・・電気消しますけど・・いいですか?」
「おねがいします。」
電気を消されるとちょっと緊張してくる。なかなか寝付けなくなってしまった・・
《きっと大丈夫だよね?遠藤さんはイイ人だもん。》
しかし考えれば考えるほど目が冴えてきた。
ついつい、寝苦しいように寝返りをうってしまう。
もぞもぞ
・・もぞもぞ
「あの・・栞さん・・」
《キ・・キター!ヤバイ!》
「は、はい!」
つい高い声を出してしまった。
「いや・・寝つけないようですね。ココアがあったと思うので温めて飲みますか?」
「あ、ありがとうございます。ではお言葉に甘えて・・」
優しい声をかけてくれるだけだった。
また電気がついた。明るくなって目がしぱしぱする。
「じゃ待っていてください。」
「はい。」
《きっと遠藤さんは安全な人だ。うん・・そう思う。》
遠藤さんは台所の方に行ってしまった。目が冴えてしまったのでSNSをチェックしてみる。
《・・連絡はないか。》
誰からも連絡はなかった。本当に誰からも連絡がこなくなってしまった。
「お待たせしました。」
「ありがとうございます。」
ココアをレンチンして持ってきてくれた。
「なかなか考える事ばかりで眠れませんよね?俺もそうです。眠りが浅いというか・・」
「わかります。もう目を瞑ると考え事ばかりしてしまって。」
「親とは連絡がつかなくなってしまったし、もう話が出来るのは栞さんだけになってしまって。」
「はい・・わたしもまったく同じです。親からの連絡も途絶えてしまいました。」
「不安ですよね。」
「不安です。」
「警察とか自衛隊は何をしているんでしょうね?」
「ええ、彼らがなんとかしてくれるものばかりと思っていました。」
「ここ・・日本ですもんね。これってウイルスのせいですかね?」
「SNSでの情報ではそうだろうと言われてますね。」
夜になって眠れずにいる私の話に付き合ってくれていた。この人は底抜けにお人よしなのかもしれない。
「栞さんのお友達も連絡来ませんよね。」
「はい・・どうしてしまったのか。」
「きっと何かの理由でスマホをなくしてしまったとか、電源がとれない状況にあるとかそんなところだと思いますよ。」
《そうだろうか?いきなりスマホが通じなくなってしまった。食料を調達するという連絡が来て・・それから全く連絡が無い。でも遠藤さんは気遣ってくれて慰めを言ってくれる。》
「そうですね。きっと電源が取れない状況なんだと思います。」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
会話が切れてしまった。なぜか不意に何も話す事が無くなってしまい・・次の言葉が浮かんでこない。どうしよう・・
「あの!」
「あの!」
二人の言葉がかぶってしまった。
「栞さんどうぞ!」
「遠藤さんが先に!」
「いえいえ栞さんから!!」
《どうしよう。実は話す事なんて何もなかった。》
「あ・・あの・・このシャンプーお気に入りなんですよ。」
《えと!私は何を言ってるんだろう!?いきなり脈絡のない話をしてしまった!そんなことを言われても男の人は困るよね。》
「あーすっごくいい匂いします。シャンプーの匂いでしたか。」
「ですよね。いいお値段するんですが自分へのご褒美で買っちゃうんです。」
「あーいいですよね!自分へのご褒美は大事だと思います。」
「遠藤さんは自分へのご褒美は?」
「本を・・買います。」
「本!私も好きなんですよ!」
「俺は偏ったものを読みますが・・」
「好きなら何を読んでもいいと思います!」
「ですよね!」
そうか・・この人も本が好きなんだ。共通点があることに少しほっとした。なんだか落ち着いてきた。
「あの・・遠藤さんのお話は何だったんですか?」
「ああ・・そろそろ寝ましょうかと言おうとしました。」
《あ・・そういうこと・・》
「はい。眠れそうです。」
「それは良かった。おやすみなさい。」
「おやすみなさい。」
わたしの取り越し苦労だった・・
電気を消して眠りにつくのだった。
数日後・・
ガスが止まった。
そう!いよいよガスが止まってしまったのだった。
「ガス、止まりましたね。」
遠藤さんが目の前で起こった現実を伝えてくる。見ていれば私もわかるのに・・
「はい。」
「食べ物はまだ少しありますが調理は電子レンジだのみです。電気もどのぐらいつながるかわかりません。この調子で切り詰めてもあと一週間です。」
《この人は本当にすごいと思った。なんだかんだと想定通りに食料を持たせてしまった。それほど切り詰めたという感覚はない・・普通に3食たべていたし・・》
「はい。」
「食べ物が尽きる前に、今ある食べ物を加工して熱を通して日持ちするようにします。」
《このあたりの計画性は大人だから出来るのだろうか?私にはできなかった。本当に先を考えて行動をできるというのは凄い事だと思う。》
「はい。」
「あと10本くらいあるブドウジュースを持って、食料を探しにいきませんか?」
「えっ…!」
《怖い。だって・・なっちゃんも梨美ちゃんも食料を探しに行ってから連絡が途絶えたんだもん。外に出るのはとても怖かった・・》
「怖いとは思いますがジリ貧です。」
「わかりました。」
「すぐに帰ってこれるか分からないので念のためぶどうジュースを。」
「そうですね。」
《そうだよね。行かなきゃ死んじゃうもんね。食料探しに行かなきゃね。》
すると遠藤さんがある提案をしてきた。
「決行するのは3日後です。それで・・あまり関係ないのですが、今日は控えていたビールを飲みませんか?苦手ですか?」
「飲みます。」
私は19才の未成年だった。いたずらで少しだけ飲んだことがあるけど本格的に飲むのは初めてかもしれない。
でも飲みたい気分もある。
《少しでも怖さや寂しさを忘れられる?かもしれないと思った。》
プシュ
プシュ
「乾杯!」
「乾杯!」
二人で缶ビールを合わせて飲む。
ビールは苦かった。
《ビールってこんな味なんだっけ?合宿の時でもジュースを飲んでいたから・・なんかビールってそんなにおいしい物でもないな・・》
なんて考えながらぐびぐびと飲む。
遠藤さんも合わせて飲んでいた。
「ぷはー!うまい!」
遠藤さんはとても美味しそうに飲んでいる。
「久しぶりにビールを飲んだよ!しばらくはいろいろと警戒して飲んでいなかったから!うまいわ。」
「よかったです。」
「あ・・栞ちゃんはビールはそれほど?」
「いいえ、ほとんど飲んだことが無いだけで・・でもおいしいですよ。」
「まあゆっくり飲もう。」
「はい。」
500ミリ缶だったが・・結構多かった。でもなんだかおいしいような気もしてきた。
遠藤さんが作ってくれた、味噌焼きおにぎりをつまみに二人でビールを飲んだ。
そしてわたしは・・だんだんと酔っぱらってきたみたいだった。
「遠藤さん。酔っぱらってきました。」
「いいなあ俺は500ミリじゃあ、ほとんど酔わないよ。」
「そうなんですね。私は十分かも」
「ごめん・・俺・・もう一本飲んじゃおうかな?」
「ああどうぞ!・・てか私がどうぞって言うのもおかしな話ですね。」
「いや・・一応許可をもらわないとね。」
遠藤さんは台所に行ってもう一本のビールを持ってきた。
プシュ
ぐびぐびぐびぐび
遠藤さんはまた一気に飲み始めた。
私は500ミリ缶の三分の二を飲み干した。そして・・なんだかふわふわしてきた。さっきまでの不安と孤独な気持ちがほんの少しやわらぐようだった。
「今日は何も考えずに気分良く寝よう!」
遠藤さんは印象の薄い顔だと思っていたが、意外に整ってるんだな・・
まじまじと見てしまった。
「栞ちゃん。どうしたの?」
「いえ、なんでもないです。酔っ払ったみたいで気分が良いです。」
「よかった。」
そうだ、明日どうなるか分からない毎日を送っているんだ、今日を精一杯いきよう!
そんな気力が湧いてきた。
《目の前の遠藤さんに寄り掛かりたいな・・なんてだめだめ!私には唯人君がいるんだから!私は本当に馬鹿だ・・》
へんな事を考えてしまった。やっぱり疲れてるんだ!
「気分が良いうちに寝ようか?食器とかは明日やろう。」
「あ、はい。じゃあ寝ましょう。」
そしてお互いの布団に潜り込んだところで、電気を消した。
《なんだろ、私・・お酒飲んだらなんかもやもやする》
目が冴えてきたので、スマホをいじりだす。なにか・・連絡は?
なかった。
スースー
遠藤さんはいつのまにか寝息をたてて寝てしまったようだった。
私は起きあがって、カーテンの隙間から窓の外を見る。
近くの住宅には電気がついているところがあった。
《もしかしたら生活している人がいるのかも・・電気をつけっぱなしでいなくなったのかもしれないし・・毎日見比べたらわかるかもしれない・・。今日は遠藤さんが眠ってしまったから明日言ってみよう。》
なんとなく、遠くの方は電気がついていないような・・どうなっているんだろう。
「はぁ・・」
ため息をついた。
見慣れた町の夜。
でも遠くの方では火事が起きているのか燃えているところもあるようだ。すでにサイレンは聞こえなくなってしまった。車が走っている気配もない。
「これで本当に食料なんか手に入るのかな?もう何もかも終わってしまったんじゃないのかな・・」
また不安になって来た。
さっきビールを飲んでいた時に、今日は何も考えないようにって遠藤さんに言われたばかりなのに・・でもこうして外を見ていると不安が頭をもたげてくる。
3日後・・部屋を出るんだ。
「きっと大丈夫・・問題ない」
遠藤さんをみると気持ちよさそうに寝ている。
なんだかこの人を見ていると危険なことはなさそうな気分になってくる。
「大丈夫・・」
私も布団に入って目を閉じた。
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