第11話 男の部屋に緊急避難せよ
なっちゃんと梨美ちゃんと連絡が途絶えて早くも1週間がたった。
私の食料も底を突いて数日が過ぎていた。
1日1回ほんの少しのご飯とレトルトを小分けしたものを食べていたが、すでにそれも無くなっていた。
お腹が減りすぎてまともな考えが浮かばない。少しめまいがするようだった。
何も手につかなかった。そろそろ自分も一人で外に出かけなければならない…そう思っていた。
「なっちゃん・・梨美ちゃん・・どうしちゃったのかな」
ポロポロと涙が出てきた。
《思い切ってこのまま外に出かけたら、特に問題なくコンビニで買い物とか出来ちゃうんじゃないか?》
危ないのはなんとなくわかるが冷静な判断がつかない。
ひとりでは怖くてシャワーも浴びていなかった。シャワーを浴びている時に何かあったらどうしようと思っていたからだ。いつ何が起きるか分からない・・極限の精神状態だった。
そんな時・・
カラカラカラカラカラ
隣の部屋のベランダの窓が開く音がした。
《えっ!人だ!隣に人がいたんだ!まだ外に出ていないんだ!》
そっと窓を開けて隣をのぞくと、引っ越しの時に挨拶をしにきた男の人が外を見ていた。
勇気を振り絞って声をかけてみることにした。
「あの・・」
「うわぁあ」
驚かせてしまった・・
「はい!」
男性の返事が裏返っている。
「あの・・無事ですか?」
「なんとか…、そちらは?」
「まだ、なんとか…ただもう限界です。」
「どうしたんですか?」
「食料が…」
「あ!それであれば俺がなんとか出来ます。防火戸を破りますんでこちらにきませんか?」
「いいんですか?」
「助け合いましょう!」
部屋と部屋の間のベランダを遮る壁を破ってくれた。私はそこを通り隣の部屋に行く。
「いま食べ物の準備するから待ってて。」
優しい声でご飯を用意してくれると言ってくれた。
彼が作ってくれたのはステーキ醤油で味付けした豚肉と、ブロッコリーとブドウジュースだった。
お腹がペコペコだった私は、はしたないと分かっていながらも勢いよく食べ始めた。
《おいしい!おいしいよぅ・・。辛かった・・》
あっというまに作ってくれたご飯を平らげてしまった。
「落ち着きましたか?」
男の人は私に声をかけてきた。あくまでも優しく紳士的な態度だった。
「はい、ありがとうございます。」
「相当疲れてますね。」
優しい言葉に思わず涙があふれてきた。本当にもうだめかと思っていたから・・
「えっぐ、ええ、えーん。」
つい子供のように泣き始めてしまった。私は涙を止める事が出来なかった。
「ほんとに、ほんとに不安で!まさか隣に人がいると思いませんでした!」
「俺もまさか隣に人がいたなんてびっくりしました。」
「音を立てないように、じっとしてました!」
堰を切ったように話し出す。
「あ!俺は遠藤近頼です。」
「私は長尾栞です。」
お腹が膨らみ、隣人の遠藤さんの言葉に安心した私は・・ついウトウトし始めた。眠たくて仕方がなかった・・ヤバい!しらない男の人の前で寝てしまいそうだ。
「あの、すみません。寝ていないので…」
「あ、部屋に戻りますか?」
本当に遠藤さんは紳士的だった。自分の部屋に戻れというが・・私はそれをためらった。
「いえ、ここで眠ってもいいですか?」
つい言ってしまった。知らない男の人の部屋に眠ってもいいかと聞いてしまった。しかし・・一人の部屋には戻りたくなかった。怖さと不安でいたたまれなくなる・・
「ああ、かまいませんよ。どうぞこちらでお休みください。」
ベッドを貸し出してくれた。
「いえ・・床で結構ですから・・。」
と私が言うと遠藤さんは頑なに断って来た。
「長尾さん相当疲れているみたいだからベッドで眠った方がいいですよ。俺が床で寝ますからゆっくり眠ってください。」
「あの・・あの・・シャワー浴びてなくて汚くて・・」
「いいからいいから!」
きっぱりと言われ、私は断る事が出来ずになすがままにベッドに横になる。するとあっというまに意識が遠のいていくのがわかった。
《やっと‥眠る事ができる・・》
私は意識を手放した。
朝起きると遠藤さんはまだ床で眠っていた。彼も疲れていたのだろう。
私がもぞもぞと起き始めると彼も気が付いたようで起きてきた。
私はあまりもの安心感に放心状態だったが、遠藤さんにお願いをしてみることにした。
《どうせ部屋に戻っても心細いだけだった・・出来たらここで・・》
「あの…ここで一緒にすごしていいですか?」
思い切って大胆な提案をしてみる。
「いいですよ。俺も2人なら心強いです。」
快い返事をもらった。しかしこのままでは私の着替えも何もない・・自分の部屋に取りに行かなければいけないのだが、なぜだろう?一人になるのがとても不安だった・・また一人になる!そんな怖さが襲ってきた。
「あのう・・部屋に着替えや調味料を取りに行きたいんですが、一緒に来てもらえないでしょうか?1人になるのが怖いんです!」
「もちろん!お安い御用ですよ」
遠藤さんは紳士的だった。普通についてきてくれるという。
自分の部屋に戻った私はまず収納ボックスに向かう。
まず着替えの服と下着を確保した。
「あとは・・」
その後キッチンにいって油と調味料をとった。
「あの・・油と調味料・・使うかわからないですけど・・」
「いや・・助かります!調味料はいくらあっても助かる。」
そう言ってくれた。
その後で私はトイレに行って生理用品と化粧ポーチを持ってきた。
「あとベッドの上の布団を・・」
「ああ俺が運びますよ!任せてください!大丈夫です。」
遠藤さんが布団を運んでくれた。いろいろと必要物をもって遠藤さんの部屋に戻る。
「安心しました。遠藤さんありがとうございます。」
「いいんですよ!力を合わせてきりぬけましょう!」
本当に安心だった。一人の時よりもだいぶ力が湧いてくる。
ただ・・これから・・どうするんだろう?
その不安は無くならなかった。
「遠藤さんは今まで誰かと連絡をとったりしていました?」
私が遠藤さんに聞いてみるとちょっと曇った顔で答えてくれた。
「親とは連絡とっていたんだけど、後は会社に電話してみたけど誰も出ないんです。」
「やっぱり会社は、やってないんですね。」
「会社には誰もいないみたいです。」
「会社の他の人とプライベートで話したりしなかったんですか?」
「はは・・俺、会社に話す人いないから特には・・」
《なんか遠藤さんにまずい事聞いちゃったみたい・・だんだん顔が曇って来た。どうしよう・・》
「遠藤さん!よくこれまでのあいだ食料が持ちましたね。」
「あ、ああ!俺は業務用スーパーに行って大量買いして、小分けするのが趣味だったりするんですよ。」
「おもしろい趣味ですね。」
「おもしろい?・・ですか?」
「ああ、あの面白いというか楽しいというか・・」
「いいんですいいんです。地味な趣味なので・・」
なんだろう。気まずい・・会話がぎくしゃくしてしまう。どうしたらいいんだろう?
「とにかく俺がストックしている食料も限界があるので、二人でどこまでできるか計算してます。普通に節約して一日3回食べて2週間ってところですか・・」
「えっ!そんなにもつんですか!」
「はい、直前に十分食べ物を買い込んでましたから。」
「凄い趣味だと思います!こんなに頼もしい事はないです!」
「ガスがきているのが不幸中の幸いです。」
「それもいつまで、もつのか分からないですもんね。」
「とにかく行けるところまでいきましょう。」
よかった。
ただ・・いま気になるのは二人ともお風呂に入っていなかったので汗臭くなってきていることだった。
《でも・・自分の部屋でお風呂に入るのはなんとなく怖いし・・なんて言ったらいいんだろう?》
と考えていたら、遠藤さんの方から私に言ってくれた。
「あの・・俺そろそろシャワー浴びようと思うんですよ。というか風呂ためて入ろうかなと・・」
「あ、お構いなく。私はまだ・・」
なんか急に言い出せなくなってしまった。よく考えたら男の人の部屋のお風呂に入りたいなんて言えないし・・唯人君の部屋にだって泊った事ないのに、もう遠藤さんの部屋には泊まってしまってるし・・図々しいかもしれない。
「いえ、栞さんよかったら先にどうぞ。俺が見張ってますから問題ないです。俺もちょっと怖いので後で入っている時に警戒しててもらえませんか?」
「そうですね!お互い様ですもんね!ではすみませんがお言葉に甘えてお風呂をつかわせてもらいます。」
遠藤さんの優しい気づかいに感動する。どうやら本当にいい人らしかった。
「とりあえず、ガスが来ているうちに入っちゃいましょう!じゃあ俺お湯を溜めてきますね。」
「すみません。おねがいします。」
遠藤さんはお湯を溜めにお風呂場に行った。
私は自分のスマホでSNSに誰かから連絡が無いか見てみる。
しかし・・なっちゃんからも梨美ちゃんからも連絡は来ていなかった。唯人君や雷太先輩も何も音沙汰がない。
というか・・スマホってまだ使えるのだろうか・・
「みんな・・無事かな。」
悲しくなって涙が浮かんできた。
「なっちゃん・・どうしてるのかな・・」
ポトッ
絨毯に涙が落ちてしまった。
すると浴室の方から遠藤さんが声をかけてきた。
「あと少しかかります!もうちょっとくつろいでいてください。」
遠藤さんは私が一人で部屋にいるので、心細くなっていると思ったのか声をかけてきてくれる。この人は本当に優しい人だった・・。私より3才年上の余裕なのかもしれない。
お風呂を待つあいだSNSでいろんな人の状況を確認しているが、あまりいい情報はなかった。
「ネットはまだつながってるんだ・・」
世界はどうなっているのか?
わからなかった・・
この部屋の中だけが今の私達の世界だった。
「あ栞さん!お湯。溜まりましたよ。」
遠藤さんが声をかけてくれた。
「ありがとうございます。あの・・こんなことをお願いするのは気がひけるのですが・・」
「ああ!何でも行ってください!石鹼とか栞さんの部屋に取りに行きましょうか?」
「いえボディソープは持ってきています。」
「はい、何をしましょう?」
「あの私が入っているあいだ・・脱衣所のドアのすぐ前に居てくださいませんか?」
「あ、ああ!もちろんです!見張る約束です。怖いですもんね!安心して浴びて来てください!」
「ありがとうございます。」
そして私は遠藤さんと一緒に脱衣所に行って、遠藤さんをそこに待たせてドアを閉めた。
《ひさしぶりのシャワー。久しぶりのお風呂・・大好きなお風呂・・ゆっくりしたいけど遠藤さんが待っているし手短にしなくちゃね。》
「本当にすみません。」
「お互い様ですから。」
「ありがとうございます。」
服を脱ぎながら遠藤さんに言う。
ガチャ
シャワールームに入って蛇口をひねる。
シャー
ぬるめのお湯を首元からかけて胸元に向けて汗を流していく。そしていつもの通りにシャンプーで頭を洗い始める、自分の部屋から持ってきたシャンプーだった。久しぶりの甘い香りのするアミノ酸系のシャンプーで念入りに頭を洗う。
《今は遠藤さんを待たせているから・・》
すぐに泡を洗い流してトリートメントする。そこそこに髪に馴染ませてから洗い流す。
ボディータオルにロカシタヌの石鹸を乗せてよく泡立てて体を洗い流す。
《ふう・・怖かった日常がほんの少し普通の日常に戻ったみたいだ》
そして全身を洗ってシャワーで洗い流す。
最後は保湿洗顔ソープを泡立てネットに乗せてクシュクシュと揉み泡立てる。きめ細やかな泡で顔をゆっくり洗う。
《そういえば怖くて・・化粧をずっと落とし忘れてたかも・・なんか・・荒れてる?》
少し荒れた肌を洗っていると・・ポロポロと涙がこぼれ落ちた。早く普通の生活に戻りたかった・・でも普通の生活?世界は元にもどるんだろうか?どんなにSNSで情報をひろっても良くない情報ばかり、世界は終わってしまったんだろうか?
いくら考えてもわからない。
とにかく顔の泡を洗い流してからだの泡も落としていく。
「遠藤さんが溜めてくれたお風呂につからせてもらおう・・」
私の部屋と同じユニットバス。
でも久しぶりの温かいお湯に凄くリラックスできた。遠藤さんが待っているので、そこそこに温まったらお風呂を上がった。脱衣所にあったボディタオルで体を拭いて用意していたオフホワイトのブラジャーとパンティを身に着けた。
洗面所の鏡で顔を見る。
「目の下のクマがひどい・・」
ずっと眠りが浅かったからかもしれない。
ジェラルタピクのパジャマの上下を身に着けた。しばらく普段着で眠っていたからゆったりとした服を着る。
ガチャ
「あの・・ありがとうございました。あ・・すっぴんなので恥ずかしいですが・・。あとパジャマですみません。」
私はすっぴんを見られるのが恥ずかしくてうつむいた。
「お風呂に入る前と後で全然変わらないですが?すっぴんなんですか?」
「はい。すっぴんです。」
《この人・・いきなりストレートに言ってくるんだ。まあ裏表がなくていいけど・・》
「そしてパジャマの方がゆったり眠れると思いますよ!」
お世辞なのかなんなのか分からない言い方だったが、ちょっとだけうれしかった。
「ゆっくり浸からせてもらいました。」
「もっとゆっくりしてきて良いって言っておけばよかったですね。急いじゃったんじゃないですか?」
「いえ、大丈夫です。」
「それならいいんですが、じゃあ俺も入ってくるので適当にしててください。」
「あ、はい。でも私もこのあたりに居ます。 」
「すいません。心強いです。」
そうして遠藤さんは脱衣所に入ってドアを閉めた。
私は脱衣所の前に鏡を置いて化粧水をはたいた。
「ふぅ・・少しは・・」
ほんの少し体の力が抜けた気がした。
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