第9話 平和の終わり
ピンポーン
インターフォンがなった。
「誰だろう?」
インターフォンの画面に映るのは男性だった。
「どちら様でしょうか?」
「あの、隣に越してきた遠藤と申します。引っ越しのご挨拶にきました。」
「少々お待ちください。」
男性だったため・・少しためらったが、引っ越ししてるのを見ているので大丈夫だと思い開けることにした。
「はい。」
ガチャ
「あ、お休みの所すみません。これよろしかったらお使いください。」
白い包装紙にくるまれた箱を渡された。
「あ、すみません。ありがとうございます。」
「いえつまらないものですが」
なんというか・・人の好さそうな、イケメンとも言えなくもないけど・・人懐っこい感じの男の人だった。
「俺、社会人なので夜遅く帰ってくる事もあるんですが、なるべくうるさくないようにしますので・・」
「いえ、大丈夫です。」
「ではすみません。」
「はい」
簡単な挨拶をして行ってしまった。いま顔を見たばかりなのにあまり印象に残らなかった。
《地味な人》
これが私が遠藤近頼(えんどうちかより)君と初めて出会った日だった。本当にただのお隣さんということで全く意識していなかった。
挨拶を終え私は何か食べようと思って台所に行く。
《そう言えばこの間、送ってもらった実家からの仕送りにあんみつが入ってたっけ。》
「たーべよっと。」
あんみつを冷蔵庫から取り出して、ガラス皿に取り分ける。
黒蜜をかけて食べる。
「ふう。おいしいわぁ」
おもむろになっちゃんにSNSで連絡を取る。
-なっちゃーん。
なっちゃんからすぐには返事がなかった。既読もつかない。
《なんか忙しいのかな?》
とりあえず読みかけの本を手に取って読み始めた。
この蔓延するウイルスのおかげでラマゾンで本を買う回数が増えた。服や化粧品より本にお金を使うことが多かった。
最近はまっている本は自分の殻からどうやってぬけだす?みたいな本だった。
なかなか進展しない唯人君とのコミュニケーションに役立つように読んでいるのもあるし、アルバイトのホテルの給仕に戻った時にも助かるかと思って読んでいる。
《やっぱり相手が何をしてほしいかが大事、かぁ・・。どうやって期待に答えるかって事が大事よね・・》
相手が何をしてほしいのか?を読み取る事が苦手というか良く分からないんだけど。
《してほしい事を聞くしかない?そりゃそうよ・・でもそこに踏み入れられないから困ってるのよね。》
なんてことを自問自答しながら自己啓発本を読んでいる。なんか自分の弱点を言い当てられているような気分になる。
《自分が苦手としている事でも、あえて受けてみるか・・》
私の苦手な事。苦手・・
《もしかしたら自分が苦手だからって、相手の身に立って考えてないのかも。唯人君の立場になって考えれば・・》
唯人君は気を使いすぎて、私を誘うのがなかなか出来ないって感じだった。
《やっぱり大胆さが足りないのかも。なっちゃんぐらいぐいぐい行けるようにならないとだめよね。それが苦手なのよねぇ・・》
なんて考えているとSNSに返信があった。
ポロリーン
-やっほ!しおりん!どした?
あーなっちゃーん!-
-どしたどした?
ヒマ!-
-おおそうかいそうかい!じゃあさ!家いっていい?
来て来てー!-
-夏希いきまーす!
というわけでなっちゃんが遊びに来た。
「しおりーん」
「なっちゃーん。寂しかったよー」
「唯人はどうしたんじゃ?」
「なかなか進展しなくってさー」
「そうかー、実はね・・今日はしおりんに報告があるのさ。」
「報告?」
「ふふー!何だと思う?」
「えっ?えっ?まさか!」
「言ってみ言ってみ!」
「か・・彼氏できた?」
「うん・・」
「わぁー!!おめでとう!!なっちゃんにもとうとう春が来たね!」
「来たよ春が!」
「凄い凄い!」
「うん、いまの今までその人と会って話してたのよ。」
「えっ?誰?私の知っている人?」
「実はね。そうだよ!」
「え?だと限られてるよね?」
「だね。」
《えーと・・だれだ?でもなっちゃんの元気な感じにお似合いの・・私の知っている人って言うと?》
「私の知ってる人だよね?」
「そうだよ。」
「ヒント」
「元気がとりえみたいな?」
「ああー分かっちゃったよ。」
「まあそうだよね・・」
「雷太先輩だ!」
「あはははー当てられちゃったね。なんか急に雷太先輩に呼び出されちゃってさあ。サークルに戻ってほしい話なのかと思っていったらさ、告白されちゃった。」
「キャー、告白!」
「好きだ付き合ってくれって。」
「す・・ストレート!」
「なんかねー、唯人君としおりんが付き合ってんの聞いて触発されたみたいよ。自分も告ってみようって。」
「た・・単純!」
「だよねー。」
「でも、憎めないよね。裏表ないし素敵。」
「私もつい簡単に良いですよ!って言っちゃったのよ。」
「えっ?よかったんでしょ?」
「うん、いいなあとは思ってたんだけど、逆に私なんか眼中にないのかと思ってたから。」
「そういえば、なっちゃんは彼氏にするなら元気な人が良いって言ってたもんね。」
「そう考えたらドンピシャでしょ?」
「ほんとだ。親友の私から見ても似合ってるよ。」
「本当?ありがとう!うれしいなあ。」
本当にうれしかった。
なっちゃんは結構元気っ子だけど友達はそう多くないみたいだったから。まあ友達多くないのは私も一緒なんだけどね・・基本なっちゃんとだけ遊んでるし。
二人の共通の友達と言えばテニスサークルでいっしょだった梨美ちゃんくらいだし、私だけ彼氏がいるのが心苦しかった。
「でさしおりん!」
「わかってるって!言いたいことは!」
「「ダブルデート!」」
「「うふふふふふ。」」
二人はどこまで行っても気が合う。
前に二人に彼氏ができたらダブルデートしようって言ってたのだった。
ダブルデートは直ぐに実現し4人で遊園地にいったりした。
遊園地は入場制限があって人数が絞られていたが、きちんと予約券を買って入ったためゆったり遊ぶ事が出来た。
それからは、なっちゃんと雷太先輩と私と唯人君の4人で遊ぶ事が多くなった。
外にはなかなか出かけられなかったが、夕方から4人で開いているカフェに行って話をしたりした。
そのおかげもあって唯人君と私の距離もだいぶ近くなって、友達以上恋人未満のような関係になれたと思う。
「雷太先輩サークルの方はどうなんですか?」
私が雷太先輩に聞く。
「ああ、4年生は来なくなってしまったよ。」
「そうなんですねー。」
「俺が部長になっちゃったしな。」
雷太先輩は3年生になって部長になったらしかった。
「大変ですね。」
「まあこんな時期だし結局新入部員も入らないから、俺の代で終わりじゃないかなあ。サークル活動も禁止だから出来てないし・・」
「なんかやめちゃってすみません・・」
「いやいやいや、栞ちゃんや夏希のせいじゃないよ!もともとテニスサークルは廃れてきてたからね、そこに来てこのウイルスだろ。仕方のない事さ」
「そういえば・・陽治先輩がウイルス感染したって聞いたな。」
「ええ!そうなんですか?心配です。」
「ああ今は入院しているらしい。」
するとなっちゃんが言う。
「サークルに陽治先輩来てたの?」
「いや来てない。というか面会もしちゃいけないらしいから、今はどうなっているのか知らないよ。」
「男の人がなりやすいって聞くもんね・・」
「そうなんだよなあ。俺も大丈夫かなあ・・」
「いつもこの4人だし、そんなに出かけてもいないから大丈夫じゃない?」
「だよな!」
ウイルスはどちらかというと男性が感染しやすいらしかった。
唾液で感染するらしく一緒に食事したりすると危ないらしい、気を付けていれば大丈夫だというが、どこにでも危険がある事は間違いない。
逆に女性の方は濃厚接触が無いとかかりづらいらしい、いってみればキスや性交渉などがあるとなるということだ。気を付けていれば噛まれでもしない限りはならないだろうということらしい。
既にテレビのニュースはこのウイルスの事しか流れていない。
「カフェでもこうしてマスクをしながらのお茶だもんね。」
「そうだよねえ。」
「なんかみんなの本当の顔が思い出せなくなりそう。」
「なっちゃんの言うとおりだよね。」
「私は雷太君としおりんの顔はしょっちゅう見てるから分かるけど、唯人君の顔はしばらくまともに見てないからイメージ補正かかってるかもしれない。」
なっちゃんが言うと、唯人君も同じような事を言う。
「それを言うと俺も夏希ちゃんと雷太先輩の顔を、よく思い出せないかも。」
「そりゃ俺もだな。じゃあここでマスク取ってみんなで顔見せようぜ」
「そうですね。近い人たちだけでも顔みたいですよね。」
そして4人がみんなでマスクを外した。
「ふふふ。なんかみんなの顔をまじまじと見るなんて面白いよね。」
なっちゃんが言う。
「本当だ。なっちゃんってこんなに可愛いんだっけ?」
「はあ?しおりん家でご飯食べる時、いつも見てんじゃん!」
「「「ははははは」」」
またみんなでマスクをかける。早くマスクをとって安心して誰とでもご飯を食べれる日が来ると良いのだが・・
「大学でももう2,3人ほど入院した人が出たらしい。」
雷太先輩が話す。
「東京は多いんですもんね。逆に東京を出て行けなくなったし、実家にも帰れなくなってしまったし。今年のゴールデンウィークは東京ですごす事になりそうです。」
「あ、そうだね。ゴールデンウィークどこにも行けなそうだしね・・。」
「じゃあ4人で過ごしません?」
「栞ちゃんと唯人君がいいならいいよ!」
なっちゃんも答える。
ひととおりカフェで話をしてそれぞれに分かれて帰る。
「じゃあしおりん!明日学校でね!」
「はーい。」
雷太先輩となっちゃんは手を繋いで逆方向に歩いて行った。
私と唯人君は私の家の方角へ向かう。
唯人君の家は2つ先の駅なのだが、いつも家まで送ってくれるのだった。
「唯人君も男だし感染に気を付けてね。」
「そうだね。でも俺栞ちゃん達以外と遊ぶことないし大丈夫だと思うけど・・」
「えっ?そうなんだ!私達とだけなんてしらなかった。」
「栞ちゃんはいつも夏希ちゃんと一緒だったからね。でもこうして4人で遊べるようになっていつも会えるようになったから。」
《ええー!そうかぁいつもなっちゃんと一緒だったから気を使っていたのか!》
「あの・・唯人君。気にせずにどんどん誘ってくれていいんだけどな・・」
「そうなのかい?えっとじゃあ!気軽に誘う事にするよ?」
「むしろそうしてくれたらうれしい・・」
「わかった!なんか俺・・気を使いすぎていたのかもしれないね。」
《そうだよ!いま気づいたの?あなたは気を使いすぎなの!!》
まもなく家に着く。今日もあっというまに二人の時間は過ぎた。
「あの、今日もありがとう!うれしいな。私は唯人君の彼女・・でいいのかな?」
「俺なんかの彼女になってくれてありがとう。」
「えへ。」
唯人君が私に近づいてきてマスクを外した。私もマスクを外す。
私の心音はどんどん上がっていく。
ドクンドクン
唯人君の唇がわたしの唇に重ねられた。
その時私は決して疑わなかった。
この目の前にいる初恋の人が私の初めての人になるんだと思っていた。二人で初めてを迎える日が来るのだろうと・・
この時は確信めいたものがあったのだ・・
それが儚い夢だとも知らずに。
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