第8話 忍び寄る恐怖の影
冬休みが終わり試験の時期がやってきた。
《まあきちんと勉強はしていたので、単位を落とす事はないと思うけど。》
気をつけなきゃいけないのは、最近流行ってきている風邪のような病気だった。
世界中でパンデミックが起き、あっという間に広がったのだ。日本でも蔓延しはじめているようで、学校でも感染防止のために結構な数の人がマスクをしている。
私も予防のためにマスクをしていた。なっちゃんも常にマスクをするようになっていた。
「ああー、しおりんのかわいい顔が隠れてるぅー」
「なっちゃんだって!可愛い顔が見えないよ!」
「本当にウイルスが厄介だよね。変な病気が流行ってさ」
「マスクがうざいわ。」
「感染して試験受けられなくても嫌だったしね。」
「だよね。私も嫌なことは早く終わらせたかったわ。」
「とにかく今日の試験を乗り切って、楽しい春休みをすごすんだ!」
「がんばろうね。」
それからの2週間、私達は無難に試験期間をきりぬけた。
私もなっちゃんも、なんだかんだと優等生なので、すべての科目の単位をとった。
おかげで楽しい2年生ライフを送れそうだ。
「しおりん。今日バイトだっけ?」
「うん。」
「そういえば、バイト先変わったんだよね?」
「そう、今はホテルの給仕のアルバイトしてるよ。」
「すっごいところで働いてるよね?」
「なっちゃんもしてみない?」
「えー。じゃあしてみようかな?」
「じゃあ職場の主任さんに話してみるね!」
「ありがとう。」
その夜にバイト先で主任に聞いてみると、その返事はあまりいいものではなかった。
《てか・・私もだめなんじゃん・・》
次の日、私達はなっちゃんの部屋にいた。
「なんかごめんね。なっちゃん。」
「仕方ないよ。しおりんも仕事休みになっちゃったんだし、このご時世だから。
「なんかさ、感染拡大防止の為ひと月休業するんだって。私もヒマになっちゃったわ・・」
「ホテルの社員さんとかも辛いよね。」
「助成金の申請してるんだけど、いつ通るかわからないって。通ってもお金がでるのは数ヶ月先らしいし、私達バイトはしばらく休みだってさ。」
「まあ仕方ないか。じゃあヒマだしさカフェいかね?」
「いいね!行こう。」
2人は暗い気持ちをリフレッシュするため、お気に入りのカフェに足を向けた。街は人も少なめだが、まだまだ歩いている人は大勢いた。
サラリーマン、私服のひと、若い人、年寄りとさまざまなな人達が町を行きかっている。
みなマスクをして歩いていた。街並みは変わっていないのに、違う世界にでも紛れ込んでしまったかのようだ。人々の様子がすっかり変わってしまった。
繁華街を抜けていつものカフェに着くと・・
・・カフェは閉まっていた。
-しばらくの間休業とさせていただきます。再開は現在未定となっております。またのおこしをお待ちしております-
店主
「えー!やっぱ家でじっとしてろって事なんかな?」
「たぶんそうだよ。」
「どうしようか?」
「いったん家帰ろう。そうだ!なっちゃん!今日うち泊まりなよ!」
「おっ!いーねー。じゃ一緒にご飯つくろーよ。」
「何作る?」
「まだ肌寒いし・・あ!じゃあさ鍋にしようぜ。しおりん家に電気の鍋なかったっけ?」
「あ、電気グリル鍋あるよ!」
「お魚の鍋にしようよ!」
「いいねー!じゃあ買い出ししよう!」
2人でスーパーに買い出しに行く事になった。
スーパーにもわりと人がいたが、平日の午後なので混んでいるっていうほどでもない。スーパーの人々はやはりマスクをしてウイルス感染対策をしていた。
「まずタラ買おう。」
「タラ!買う!そして・・なっちゃん白子いける?」
「あーたべるよー!!」
「白子いっちゃおう!」
あとは豆腐、長ネギ、白菜、しめじ、椎茸、みつ葉、乾燥くずきりを買った。
「鱈鍋じゃぁ!」
「飲み物買おう。」
「炭酸とお茶を買おう。」
「ポン酢は家にあるよーん。」
「調味料系は買う?」
「全部揃っとるよ」
「いやーん、さすがは女子力高いしおりんだわー。」
2人はテンションマックスで買い物を済ませ、なっちゃん家に着替えを取りに行ってから、私の家にむかった。
「もうすでにお腹ペコペコじゃて。」
「しおりんさんよ・・わしもじゃ。」
家に着いたので早速、電気グリル鍋を出す。
「ちょっとさ・・熱が上がるまで時間がかかるから、鍋に水入れてコンセントいれとくね。」
「じゃあ私材料切っとくわ。」
「あいよ」
私はグリル鍋に水を入れて、そこに昆布を1枚丸ごと入れた。だしを取るために沸騰させる。
「電気グリルは沸騰するまで少し時間がかかるのでお待ちくだされ。じゃあ私も野菜を切るとしますか。」
「あ、野菜きり終わっちゃった。あとは豆腐とキノコだよーん。」
「じゃあキノコを手でほぐすわ。椎茸は飾り切りしたるよ。」
「すごーい!しおりんの女子力・・早く唯人君に見せつけたいものだわね。」
「そんな日がくるんだろうか・・そうなんだろうか?」
「わいがセッティングしてやろうかあ?」
「えーおねがいしちゃおっかな。」
なんて話をしながら鍋の用意をした。
具材に火がとおりグツグツいっていた。湯気が出てきたので少し窓をあける。
二人で鍋をつつきはじめた。
「おーいしいー!」
「んー、さいっこう!」
「白子うまいわ。」
「マジで最高だね!」
二人で鱈鍋を堪能した。
テレビをつけてみると、またウイルス蔓延のニュースだった。
「最近さあ・・テレビのニュースこればっかだよね。」
「ホントだよね・・大丈夫なのかなあ?」
「どちらかというと男の人がなるらしいけどね・・」
「でも女性もかかるんだよね。気をつけないと入院とかしたくないしさあ。」
「しおりんが入院したら私生きていけないわ。」
「なっちゃんが入院したら私もいやよ。」
「お互い気を付けて予防しなくちゃね。」
「うん・・ただね・・なっちゃん。いつもマスクしてるからって目元だけを化粧するってのも・・なんだか。」
鍋を食べるためにマスクを外していたのだが、なっちゃんの鼻から下はスッピンだった。
「えっ!どうせ見えないし、化粧品の節約にもなるし!いいよ!」
「てか、今日もしカフェ開いてたらどうするつもりだったのさ。」
「あっ・・・・それはさあ、マスクで隠しながら・・無理か?」
「まあマスク会食なんてもあるし、ありかもね。」
「でしょ」
なっちゃんはやっぱり天然な可愛さを披露してくれるのだった。
春休みがもうすぐ終わって私は2年生になる。
春休みが一番長いのにアルバイトも出来ず出かける事も出来ず、ほとんど何もすることがなかった。ウイルス拡散防止のため街に出かける事も控えていた。
買い物くらいしかする事が無い。
なっちゃんともあまり遊び歩けなくなってしまった。今日も部屋でなっちゃんとSNSでやり取りをしている。
-その後唯人君とはどうよ
それが・・ウイルスのせいで会えてないわ-
-まあ・・そうだよね。さすがにガンガン会えとは言えないわ。
SNSでは話してるけど、会ってないからそれほど進展が無い感じ-
-まったく困るよねぇ
まあ2年生になって学校が始まったらがんばるよ-
-だね。また近いうち一緒にご飯食べよ!今度はうちでたこパーだ。
わーい!楽しみー-
-じゃまたあとでね。
じゃね-
なっちゃんとのSNSでの会話も終わったので、ラマゾンで買った本を読むことにする。あまり出かけられないのでネットで買い物をすることも多くなり、実家の親からもなるべく外に出ないようにクギを刺されていた。
しばらく本を読んで過ごしていたが、ひとりでいるのがつまらなくなってしまった。
唯人君とはデートできていないし、キスから進展することも無く、前と変わらず友達のような会話が続いていた。
《そう言えば唯人君に料理をふるまう約束をしてたんだっけ。春休み中に呼ぼうと思ってたんだけどな・・》
まったくもってこのウイルスは厄介だった。海外の方がひどいらしく、日本はだいぶ抑えられているらしい。それでも拡大はしているようだった。
暇なのでテレビをつける。
テレビはどこもかしこもウイルスの話題ばかりで、気が滅入ってくる。
パチパチとチャンネルを変えていると変なニュースが流れていた。
アフリカの方で暴動が起きたということだった。病気に侵された人たちが暴れ出したというニュースだ。
「無理もないよね、こんな抑圧された世界じゃ暴動も起きるよ・・日本は平和で良かったかも。」
さてと。
実家から送ってもらったお米と、買いだめしておいた肉と野菜で回鍋肉を作ることにした。
キャベツとピーマンを切って下ごしらえする。豚肉を炒めてそこにキャベツとピーマンを入れ、市販の回鍋肉の元をいれた。その傍らでお湯を沸かしワカメを戻す。回鍋肉を炒めながら、だしが入った味噌を湯に解いて味噌汁を作った。
ご飯は炊いて冷蔵庫で冷凍していたものをレンジで解凍した。
昼は回鍋肉とみそ汁で済ませて、午後はまた本を読む。
《あーあ。こんな暮らししてたら太っちゃうよなあ。マスクしてジョギングでもしてくるかな・・》
思い立ったが吉日!
さっさとジャージを着て、髪を後ろで結った。
玄関に行きスニーカーを履いて家を出る。
走っていくと公園では桜が咲いていた。
「あー。サクラだ!」
ジョギングしながら花を見る。
実家より桜の花が咲くのは2週間ほど早く、この辺りは卒業シーズンに咲くのだった。
少し桜の花が散り始めていた。
「まもなく実家の方では満開なんだろうな・・」
ぽつりとつぶやいた。
なんだか少し実家が恋しくなった。年末年始に帰ったばかりだったが、ウイルスの蔓延でこんなに寂しくなるとは思ってもみなかった。
そんな寂しさを振り払うように少し走るスピードを上げた。
「ほっほっほっほっ。」
息をリズミカルに吐き出して軽快に走る。
走る私の脇を電車が追い越していった。
2年生の講義が始まるまではもうすぐ。
《後輩が入ってくるの楽しみだなあ・・どんな子がはいってくるんだろう?》
花見客で人がごったがえすはずの、この公園も今年はまばらだった。宴会している人も見かける事はなかった。
立ち止まって看板を見る。
看板には宴会は禁止と書いており、勝手に行うと町内会の人や警察に注意されるらしい。
橋に差し掛かって、川を見下ろすと一面ピンク色に染まっていた。花弁が浮いて綺麗だった。
ジョギングを辞めて立ち止まってじっと川を見る。
「キレイだなあ。」
なんとなく空を見上げてみると、澄んだ青空が広がっている。
《こんなに気持ちのいい空なのに、みんなマスクをして苦しそう。私も走りながらマスクしてるし・・早くこんなの終わらないかな?》
そんなことを考えてまた走り出す。
マンションにつくころにはイイ感じに汗をかいていた。
「ふぅ」
マンションの1階の集中ポストの所に来てみると。不在連絡票が入っていた・・
「あ・・また実家から仕送りだ。」
また仕送りを送ってくれたんだろう。お米はまだあるけど、あまり買い物にいけないので助かる。
「あれ?」
一階のオートロックの自動ドアが開けられていて、どうやら引っ越し屋さんがいるみたいだった。大家さんと業者の人が話ていた。
《あ、もしかして新1年生かな?》
そんなことを考えながら自分の部屋に上がっていく。
すると・・引っ越しして来たのは、私の部屋のお隣さんだった。
引っ越し業者さんがせわしなく出入りしている。
《あ、隣に新しい人が来たんだ?どんなひとかなあ・・嫌な人じゃないといいな。》
私は部屋に入り、着替えと下着を取り出してお風呂場に向かう。汗をかいたジャージを洗濯カゴに入れ、下着とブラを洗濯ネットにいれた。
シャー
シャワーをひねると勢いよくお湯が飛び出してくる。身体を濡らしてお湯を止めた。
ボディウォッシュを泡立てて、汗を丁寧に洗い流していく。
「ふぅ」
軽くため息をついた。
シャワーを浴び終わり、タオルで体を拭いて用意していた下着とブラをつける。そして部屋着を着て部屋に戻った。
携帯を手に取り、先ほどの不在票にあった運送屋さんの携帯番号に連絡をする。
「あの・・不在票があったんですけど・・」
運送屋さんといつものやり取りをして電話をきった。
ドライヤーをコンセントに差し込みテレビをつけた。
ボォォォォォ
ドライヤで髪を乾かし始めるのだった。
ひとりで静かにいるのが嫌なのでテレビをつけたが、ニュースはよく見ていなかった。
テレビでは、イギリスでもドイツでも暴動が起きたというニュースが流れていた。
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