かつての当たり前を実感する




 書類や書物と照らし合わせ、やはり、時は戻っていると改めて把握した。

 そして詳しく調べてみると、絶望的な事実が分かった。

 アレンが死ぬまで、後一ヶ月しかない。そして、エリオスや陛下が死ぬまで、後──



 後頭部の方から力が加えられ、カクン、と頭が前に傾いた。


「何ぼーっとしてんだ」


 アレンの仕業だった。

 セラは、アレンをちらりと見上げてから、前に目を戻す。


「……アレンと違って、考え事してるの」

「ああ?」


 本当に柄が悪い。エリオスを見習ってほしい。

 柄悪く唸ったアレンだったが、そのままセラの横に立った。

 前方には、訓練中で剣を交わす姿者たちの姿がある。


「お前、最近稽古してんのか?」

「してる」


 セラが時を戻り、三日。アルヴィアーナを挟み、アレンと対立しそうになってからも同じ時が経つ。

 アレンとは、必要以上にぎくしゃくすることはなく、普通に話していた。ただし、どちらも三日前の件には触れない。

 元から、あまりアルヴィアーナのことは話題にされない。三日前にアレンが言ったように、セラとアルヴィアーナの仲が口が裂けても良いと言えないからだったのだろう。


「ふーん。じゃあ、久しぶりに」


 予兆を感じ、反射で体が動いた。

 横に向かって、手のひらを広げた。

 パシッと乾いた音がして、同時に少しの痛みを感じた。


「やるか」


 セラに拳を打ち込んできたアレンは、口の端を吊り上げて笑った。

 臨むところだ。セラは返事の代わりに、無言で拳を払い、作った拳をアレンの腹を目がけて叩き込もうとした。




 しばらく経ち、セラは、地面に叩きつけられた。息が詰まり、無防備になった内に、上から木剣の切っ先が向かってくる。

 とっさに体を転がし、思いっきり脚を振り抜いた。


「──お前、真剣でもそれやってたかよ」

「戦場で致命傷負うよりいいでしょ」


 起き上がり、アレンの手が柄から離れかけ、握り直すところを見逃さず、一気に距離を詰める。

 一瞬を見逃すな。戦場で、一つでも多くを倒すために。

 かつてこの場でなかったほど、冴え渡る感覚がした。

 踏み込み様に腰から木の短剣を抜き、一気に剣を飛ばさんばかりに振り抜く。


 訓練用に木で作られた剣同士がぶつかり、鈍い音を立てた。

 しかし、アレンの手は柄から離れなかった。刃が競り、真正面から臨んだアレンが、驚いたように目を見開いた。

 そして彼らしくなく、強く刃を押し、一度距離を開くことを選んだ。


「セラ──いや……そんなもん隠し持ってやがったか」

「備えは大事」


 セラの剣は先ほど手から離れた。取る暇が与えられず、今の状況になだれ込んだのだ。

 だが、剣対短剣になっても、まだ勝負は分からない。

 セラは、鋭く踏み込んだ。


 途中、体術勝負になり、地面を転がったり何だとするはめになった。

 基本的に何でもありなのだ。剣が間に合わないと感じ、足が間に合うなら蹴ればいい。

 真っ当な、子どもが思い描くような騎士かと言えば異なるだろう。


「セラ」

「……」


 セラの手には剣が戻っていた。その腕を動かそうとするが、押さえられていて動かせない。切っ先は届かない。

 一方、セラに馬乗りになり押さえつけるアレンの剣は、真っ直ぐにセラの喉元に向けられ、ギリギリにある。


「お前の負けだろ」


 少し息を乱した声で、アレンが上から言う。

 セラも荒く息をしながらも、声は出せないわけではないが、無言だった。


「おい」

「……負けました」

「よし」


 負けを認めると、剣が退けられ、アレンが上から退く。


「は、俺の勝ちだな」

「腹立つ」


 アレンが立ち上がり、勝ち誇った顔をするので、セラはむっとする。

 あとちょっとだったのに。

 悔しいが、男女の差もあるが、単に剣の技術の差も決定的にあり、アレンに勝てたことは数えるほどしかない。

 今日は先に剣を飛ばされて、滅茶苦茶な勝負過程にしては、途中で剣も拾えたしいい流れだった。


 それに──こんな風に、またアレンと勝負できるとは思わなかった。

 座ったまま、セラはぼんやりとアレンを見上げる。


「さっさと立て」

「自分のペースで立たせてくれないの」

「部下に示しがつかねえだろ」


 言うことは最もだ。

 セラは、ゆっくりと立ち上がった。


「なに?」


 視線を感じて見ると、アレンが腕を組み、セラをじっと見ていた。


「別に。……ただ、お前、あんな動きしてたかと思って」


 まあ、いい、とアレンは言い、木剣を持って歩いていく。

 セラも一歩二歩遅れて、歩きはじめる。


「うわ」


 訓練場から出ようとすると、エリオスと鉢合わせした。

 エリオスは、セラとアレンを見て一瞬目を丸くしたあと、呆れた表情になる。


「二人共、汚れすぎだ」


 言われて、セラはアレンと二人して自身を見下ろす。

 ……なるほど。白い騎士服は見事に汚れていた。外の訓練場で、地面を転がり回ることにもなったから、それは汚れる。


「いつも思うんだが、これが白いから悪くないか?」


 アレンが、服の色に責任を課した。

 そうとも言う、とセラは内心同意した。


「普通はそこまで汚れないはずなんだ。地面に倒れるはめになることをするなら、中でやるように言っているだろう」

「外の訓練場にいたから、そのまますることにした。それより服、いっそ黒くしねえか?」


 城の騎士、王の騎士ならではの清廉なる白を基調とした騎士服だ。

 民の目に触れることもあり、騎士とは民の憧れの的でもある。

 何より王の側にいてもみすぼらしくないよう華やかで、他国の貴人が来ても、まず失礼はない。

 そう簡単に変わるはずがない。


「もしも賊を相手にすることになって血がついても黒なら目立たない。白はかなり目立つだろ」

「縁起でもない例えを出すな」

「そんな怒るなよ。例えだろ」


 たかが例えが、近い将来起こるとは、この場にいる誰も思っていなかったのだろう。

 ただ、心配しなくとも、本格的に戦いになれば鎧を身につけることになる。

 真っ白な騎士服は、赤く染まらない。


「陛下の息子方が三人揃い踏みじゃないか。あのお三方が揃うと、さすがに華やかだな」

「セラ様は息子ではないだろう」

「だが、さっきのアレン様との勝負を見ていると、女だということを忘れるよな」


 そんな会話が聞こえて、わざわざ見ないが、目だけをちらっと向けた。

 周りにいる他の騎士たちだ。

 どうも、アレンと勝負している間に人が増えていたらしい。


「男でも勝てるのは、エリオス様とアレン様くらいだろうな」


 それはそうだな、と微かに聞こえる言葉に頷く。

 出来ればこの二人とも同等の勝負をしたいのだが、勝敗が五分五分になったことはない。

 さらに今しがた負けたアレンより、エリオスの方が強いのだから……。


 セラが全てのものを守るためには、彼ら以上の力が必要なのだろう。

 かつて、エリオスでさえ最後には数には勝てず、戦場で散った。

 あの場でエリオスが先に死に、後でセラが死んだのは運だろう。戦場の状況で、エリオスが先に死んだ。

 では、アレンが死ぬまであと一ヶ月しかない今、セラはその力をつけるべきか。

 答えは、一番に考えるべきところはそこではない、だ。

 一ヶ月ある。一番に考えるべきは、未然に防ぐこと。そのために、セラはここにいる。そのために、戻ってきたのだろう。


 木剣の柄を、強く握り締めた。

 次は、剣を取り落とさないと、まだ立ち上がらなければならないと覚悟する、あの地獄のような場所に立たない。








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