第36話 親衛隊VS外人部隊

「聞きしに勝る猛獣どもだ」


 詰め所に吐いた飛龍乗り達の沈黙を破ったのは、怒りの収まらない様子のジャンヌであった。


「お前達、舐められたら終わりだぞ。俺達は親衛隊将校だというのを忘れるな」


 ギョームは表向き平静を装っていたが、腹の中ではジャンヌ以上に怒っている。ギョームは最悪の場合サーベルに訴える覚悟をしているが、部下達は部下達でどうにかするしかない。


 その日の午前中は射撃訓練が行われる事になっていた。だが、分遣隊の面々は朝以上にだらしない格好で現れた。オ―ギュとマリオンが私物の装備を身に着けているのは先刻承知だが、ジーンに至っては丸腰で上半身裸である。


「マリオン。支給した拳銃はどうした?」


 ギョームはマリオンの銃が支給したそれとは違うのにいち早く気付いてそれを咎めた。


「歳を食うと新しい道具はどうも。悪いが俺は俺の流儀で通させてもらいますぜ」


 マリオンは左のホルスターから旧式の回転拳銃を取り出し、これ見よがしに掲げた。


「外人部隊はそれでいいと言うのかもしれんが、ここでは違う」


「ああ、そうかい」


 マリオンは拳銃をホルスターに収めると、再び目にも止まらないスピードで拳銃を抜いた。


 弾はギョームの背後に転がっていた空き缶に当たった。空き缶は縦に回転しながら宙を舞い、引き金を引いたまま右手で撃鉄を起こしたマリオンの2発目が飛び込んだ。


「というわけで」


 マリオンがそう言ったのと、高々と飛び上がった空き缶が地面に落ちたのは同時であった。ギョームはマリオンのあまり早撃ちに、一瞬何が起こったのか呑み込めなかった。


「他の者から弾を貰えなくてもいいならこの際それでいいだろう。だがジーン、お前は何だ?」


「軍服は動くと破れる。サーベルや銃は小さすぎる」


 ジーンは意外にも理に適った回答をした。既製品の軍服はジーンには小さすぎると見えて、朝のジーンはあまりに窮屈そうであった。


「じゃあ、どうやって敵と戦う?」


 ジーンはこのギョームの問いに黙して答えず傍らに転がっていた石を手に取ると、25メートル先の拳銃用の標的に投げつけた。石は信じられない勢いで紙張りの的の木枠を破壊し、はるか後方に落ちた。


「型にはまらない連中が揃った外人部隊の、更にはみ出し者がこいつらですよ。模範的国民を選りすぐった親衛隊とは違う」


 ブランコはにやにやと笑いながらギョームを挑発した。始末の悪い事に、いざ訓練となると実戦経験豊富な分遣隊は成績良好である。


「あれで生き延びてきたのには理由があるんですね」


 モーリスは見た目と裏腹に確かな実力を見せる分遣隊の面々に驚嘆した。


「エスクレド君。我々は飛龍への騎乗が専門であって、射撃はその片手間です。哲学者が数学者に数学で勝てないのは当然でしょう」


 ベップは案外冷静に現実を分析していた。もっとも、モーリスには哲学者が何を指す言葉なのか分からない。


「俺達はその哲学者って事ですか?」


「そうです。哲学者は哲学で数学者を打ち負かす事が出来るのです」


 ベップは飛龍乗り達を集めると、荒くれ者の分遣隊を屈服させるための策を語り始めた。


 午後にはついに分遣隊を飛龍に乗せる運びになった。モーリスの後ろにマリオン、ギョームの後ろにオ―ギュ、ジャンヌの後ろにブランコとカルロ、ベップの後ろにジーンとジャンゴという組み合わせである。


「こりゃあ凄いな。パレードで見たよりデカく感じるぜ」


 ブランコはこれから初めて飛ぶというのに、全く臆した様子もなく大はしゃぎである。


「絶対にベルトを緩めないでください。それと、変に動くとバランスが崩れます」


 テオドラが恐る恐る分遣隊に釘をさすが、彼らは真剣に聞いていないようだった。


「お嬢ちゃん。命が惜しいなら外人部隊に長居はしねえよ」


「あなた達はよくてもこの子達が困るんです!」


 テオドラもこれには怒った。墜落は乗っている全員と飛龍が死傷することを意味するのだ。


「よし、いつも通りいくぞ!」


 ギョームの号令で一斉に飛龍達は飛び立った。だが、嘘がある。今日の飛行はいつも通りではない。


 飛龍は100メートルの高度を取り、しばらくはのんびりと飛んだ。外人部隊はもっと恐ろしい物を散々見てきたようで、はしゃぐばかりである。


「極東には蛇のように長い龍が居るという話だが、見た事はあるか?」


 はしゃぐ他の分遣隊とは逆に全く口を開こうとしなかったオ―ギュに、ギョームは話しかけた。


「絵でなら」


 オ―ギュはそっけない返事である。


「そうか。だがこれは絵じゃなくて現実だ」


 ギョームは拳銃を抜くと、空めがけて撃った。それを合図に飛龍乗り達は一斉に行動を開始した。


 飛龍は快晴の空をめがけて全速で上昇し、どんどん角度を上げて最後はほぼ垂直になった。ジャンゴが盗んだ時計の高度計は狂ったように針を回転させ、ついには高度3000メートルに到達した事を示した。


 3000メートルの高さとなるとそこは別世界である。見上げる地上の人達はけし粒のようで、はるか遠くの海が見え、身を切るような寒さと薄い大気が人を苦しめる。


「どうです?この高さ」


 この高さとなると流石に分遣隊は動揺が隠せないし、飛龍乗りとて息苦しい。平気なのはモーリスと飛龍だけだ。


「こんな高さの山は珍しくないね」


 マリオンは強がりを言った。そうだとしても山に登るのとはわけが違う。この高さに達するのに20分とかかっていないのだ。


「じゃあ、降りましょうか」


 モーリスはスパルタカスの首を叩くと、今度はほとんど垂直に急降下した。


「駄目!ぶつかる!」


「喋ると舌を噛むぞ!」


 カルロが思わず悲鳴を上げたのを、意地悪な笑みを浮かべたジャンヌが一喝する。急降下は速度が出る為、地表まではわずか数分だ。


 流石に飛龍は利口で、ぶつかる事なくその身体を引き起こして地表すれすれまで高度を下げて水平に戻った。


 ここからはもう飛龍乗り達の独壇場である。急上昇に急降下、急旋回、きりもみ、そして宙返り。日頃訓練しているあらゆる機動を出し惜しみ無用で披露したものだから、見物人は大喜びだが分遣隊は大変である。


「落ちる!落ちる!」


「あなた方が暴れなければ平気です」


 ジーンの恐怖に上ずった声に耳も貸さず一番危険な飛行をするのは、自ら開発した鞍に絶対の自信を持つベップである。リウィウスもずっとそれに付き合っているので一層無茶をする。


 阿鼻叫喚の曲芸飛行は30分程も続き、分遣隊は思い焦がれた地面に戻った時にはもうぐったりとしている。


「全員、整列!」


 追い打ちをかけたのがギョームのこの号令である。同じ大尉でも書類の上ではギョームの方がブランコより先任なので、分遣隊も嫌とは言えない。


「飛龍で飛ぶのはこのように限りない危険が伴う。分かるな?」


 ギョームは一列に整列した飛龍乗りと分遣隊の前を行ったり来たりしながら訓辞を垂れる。


「敵地へ降り立った時点で飛龍酔いで行動不能であったとすれば、もう任務は失敗したと言うべきだろう。とすれば、お前達は任務を果たせない役立たずと言わねばならない。そもそも…」


 分遣隊は全員飛龍酔いと酸欠で顔面蒼白で、直立不動の姿勢を取るのさえおぼつかない状態である。


「フラフラするな。外人部隊は帝国軍の誇る精鋭じゃないのか?貴様らたるんどるぞ!」


 フラフラしているからこそギョームは長々と話を続ける。この訓示それ自体が飛龍隊の意趣返しである。


「とにかく、こんな有様ではとても実戦では使い物にならん。なので15分後に再び飛行する」


 散々彼らをいたぶったところで、とどめの一言でギョームの長い訓示が終わった。

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