第8章 異邦人

第35話 命知らずの外人部隊!

 ナゼールの反乱軍の討伐以来、飛龍乗りだけで敵地に飛んで戦闘任務を行うのには限界があるという認識が陸軍上層部で広まっていた。


 飛龍乗りはあくまで飛龍を飛ばすのが仕事であって、ギョームは別としても白兵戦は明らかに飛龍乗り達には荷が重い。


 そこでブレスト司令が陸軍に掛け合って、ギョームがかねてから希望していた飛龍に同乗する歩兵の分遣が承認された。


「というわけで、明日の朝には分遣隊が着任して飛龍隊の指揮下に入る」


「これでかなり任務の幅が広まりますな」


 飛龍に乗れる人数は限られるが、それでも戦闘の専門家が何人か助っ人に来るだけで大きな違いだ。ギョームにはそれが経験上よく分かった。


「それで、どこから来るのです?やはり近衛歩兵連隊からですか?」


 ジャンヌは戦闘の矢面に立っただけに、この件にかける期待が大きい。あんな危険な事を繰り返していたのでは命がいくつあっても足りない。


「いや、外人部隊から来る」


 飛龍乗り達はどよめいた。つまり、明日から外人部隊が飛龍隊の仲間入りをするのだ。


「危険なのでどこも嫌がってな。他に引き受け手がなかったのだ」


「連中は命知らずですが、その代わり行儀も悪いですぞ」 


 外人部隊の兵士は契約満了と引き換えに与えられる帝国の国籍、あるいは金や危険を欲する外国人である。


 その出自故に常に最前線に投入され、それを潜り抜けてきた精鋭であるが、反面極めて粗暴な男の集まりという定評がある。ギョームはそれを身をもって知っている。


「小ギョーム、それを上手く仕切るのが君と私の仕事だ」


「戦闘より大変かも知れませんな」


 ギョームは考え込んでしまった。


「女伯、外人部隊って将校は帝国の人だって話だけど、どういう人がやるんだ?」


 モーリスは外人部隊という存在を物語の中のロマンチックな存在と捉えているので、あまり不安がっていない。それに、古巣である捕鯨船も乗っている人間の人種や国籍はばらばらだ。


「大抵は素行不良者か、亡命貴族だな」


 外人部隊の将校は正規の帝国軍人だが、その性質上死傷率が極めて高いので士官候補生からの人気はない。


「得体が知れない人の集まりなのは、今の飛龍隊も同じじゃないですか」


 テオドラの生まれた銀嶺山脈は貧しく、伝統的に傭兵として出稼ぎに出る若者が多く、外人部隊のルーツもまた旧王朝が雇った銀嶺山脈の傭兵部隊にある。


 彼らは貧しい故郷への仕送りと先祖代々培ってきた信用を守る為に勇敢に戦うという定評があり、それだけにテオドラは他に生きる道のない傭兵に同情的であった。


「銀嶺山脈の傭兵と外人部隊はまた性質が異なります。外人部隊は何しろ犯罪者も多い」


 外人部隊は入隊と同時に帝国風の新しい名前が与えられ、過去は問われない。実際のところは外国人である必要さえない。


 犯罪者が官憲に追われて外人部隊に逃げ込んだという類の話は沢山ある。ベップとしては民俗学と犯罪学の研究が出来るのは喜ばしかったが、研究に協力してもらえる程仲良くなれるかはまた別の問題である。


「とにかく、あいつらは危ない。舐められないようにしろ。上に交代を頼んでもすぐには無理だからな」


 ギョームの言葉に帝国軍人の外人部隊への評価が凝縮されていた。血気盛んな地上班員に至っては、外人部隊が来ると聞いてそれとなく喧嘩支度を整える有様である。


 果たして翌朝に外人部隊を乗せた馬車がやって来た。だが、1個分隊が乗るには馬車は小さくて妙に速い。


 その理由は本部に到着して早々にはっきりした。どうにも胡散臭い風体の大尉に率いられて降りて来た、それ以上に胡散臭い外人部隊は総勢6名。帝国軍の1個分隊は11人なので半分の人数しかいない事になる。


「外人部隊第1歩兵連隊より参りました。分遣隊長のブランコ・ミハイロビッチ大尉です」


 型通りの挨拶をしたブランコは、顔幾筋もの傷が走り、長身で見るからに頑強そうな、それでいて鳶色の瞳に全く緊張感の感じられない、危険な雰囲気を身に纏ったにやけ顔の男だ。


「こっちは副官のジャック・オーギュスト軍曹。我々は単にオ―ギュと呼んでいます」


 長髪を頭頂部で束ねて紐で結び、小柄ながら異様な殺気を忍ばせた極東人らしき軍曹が深々と頭を下げる。


 この男は明らかに大陸のそれとは別種の大小の奇妙な両手剣を、大きい方はサーベル同様に、小さい方はベルトに直接差し込んで帯びている。


「近衛飛龍隊司令官のマルセル・ブレスト少将だ。遠路御苦労と言いたいが、兵の数が足りないようだな?」


 先頭で出迎えたブレスト司令はブランコと握手をしながら外人部隊を一瞥した。


「それなんですが、これしか集まりませんでした。戦闘が少ない割に危険だけは多そうな飛龍隊に来たがる者は少ないのです。その代わり強兵を揃えました」


「そうか。ならいい」


 ギョームはブランコの不遜な物言いに唖然としているが、ブレスト司令はこれを咎めなかった。外人部隊が一筋縄ではいかない連中である事も、他所の部隊に良い兵士は出さないという軍隊の暗黙の了解もブレスト司令は知っている。


「辞令を貰おう。まさかちり紙に使ったわけではあるまい」


「ははは。流石にブレスト司令はジョークも鋭い」


 ブランコは尻ポケットからあろうことか二つ折りにした辞令の封筒を取り出し、ブレスト司令に手渡した。ロッテ先生が恐る恐るこれをブレスト司令から受け取り、本部へ戻ろうとした時に事件が起きた。


「よう、良い尻をしてるな」


 オ―ギュの隣に立っていた、弾痕が一杯の山高帽を被った老兵がロッテ先生の尻を撫でた。奇襲を食らった哀れなロッテ先生は、飛び上がらんばかりに驚いて悲鳴とともに辞令を取り落とした。


「こら!何を考えとるんだ!」


 これに吹き上がったのがギョームである。


「まあまあ、怒らない怒らない。こいつは隼のマリオンと言って、歳は食っても外人部隊で一番敵にも女にも手の早い男です」


「酒保商人の姉ちゃん。ウイスキーをくれ」


 マリオンは全く悪びれた様子もなく、闘犬のような顔を下品に歪ませながらジャンヌを指さして極めて失礼な事を言った。モランは嫌がるが、酒保商人は軍服を着る建前になっている。


「それが将校に対する口利きか!」


 ジャンヌは激高してサーベルに手をかけた。


「俺はもう50歳だ。年寄りは敬って欲しいね」


 マリオンも負けじと拳銃に手をかける。分遣隊は兵卒でもサーベルを支給されることになっているが、この男の腰にはサーベルはなく、2丁の拳銃のぶら下がった自前のベルトを締めている。


「おいおい。こんな良い女を殺しちゃ勿体ないぜ」


 ブランコがこれを制する。将校を将校とも思わない外人部隊の明らかな嫌がらせであった。


「さて。マリオンだけ上等兵で残りは一等兵です。こいつは巌のジーン」


 マリオンの隣で窮屈そうに立っていた身長2メートルを超える南方大陸人の大男がブレスト司令の前に歩み出て、スキンヘッドと白い歯を光らせながら巨大な手で握手を求めた。


 ブレスト司令はこれに無言で応じたが、にこやかなジーンの凄まじい怪力に内心肝を冷やした。


「そいつは無口でね。そっちは美声のカルロ」


「皆さん、どうぞよろしく」


 カルロは甲高い声で愛想よく挨拶した。女と言えばそれで通るような顔つきの美男子で、事によっては男装した女ではないかとさえ飛龍乗り達には思えた。


「最後は早業のジャンゴ」


 ジャンゴと呼ばれた浅黒い肌の若い小男はブレスト司令の前に歩み寄ったかと思うと、おもむろにズボンのポケットに手を入れた。


「こいつは偉大なるブレスト閣下へのプレゼントです」


 ジャンゴがポケットから取り出したのは、ブレスト司令の懐中にあるはずの時計である。いつ盗んだのか飛龍隊どころか外人部隊にさえわからない。


「細かく追及する気はないが、君は帝国警察にとって好ましくない人物らしいな」


「その手のゲテモノの時計は貴金属を使ってるわけでもないのに、すぐ足が付くから商売になりません」


「ほう。興味深い知識をありがとう」


 ブレスト司令はこれに動じずジャンゴから時計を受け取ると、何事もなかったように鎖に着け直して懐中に戻した。


「各自荷物を居室に運び、9時には裏の演習地に集合するように」


 分遣隊はブレスト司令の言葉に従い、用意された部屋に散って行った。


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