第18話 飛龍の行進

 帝国に8月15日がやって来た。この日はフランコルム帝国初代皇帝レオ一世の誕生日であり、皇帝の日と称する祝日になっている。


 帝国全土、わけても帝都では盛大な祭りが行われるが、そのメインを飾るのが帝都を一直線に横切る軍事パレードである。


 帝都の中心の凱旋門から出発するパレードは士官学校の生徒が先頭を切り、近衛親衛隊を筆頭とした陸海軍の精鋭、国家憲兵隊、更には警察や消防も加わり、全てが宮殿前広場に至って整列し、皇帝の閲兵を受ける。


 パレードは夏の風物詩であり、列席する各国の国賓や大使にフランコルム帝国が世界に冠たる強国であることを示す機会であり、帝国臣民の誇りであった。


 きらびやかで重たい大礼服に着替えた飛龍乗り達は、まさにこれから飛び立たんと官舎裏で飛龍と一緒に整列していた。


 ブレスト司令は貴賓席に解説役も兼ねて陣取るために先発している。地上班の面々も殆どがパレードを見物する為に既に発った後で、本部には僅かな要員が残っているだけである。


「これより飛龍隊はパレードに出発する。訓練通りにやれば必ずや陛下のご希望にそえる!」


 ギョームは部下たちの前に立って訓示を述べる。ギョームにとってこの手のパレードは慣れたものとは言え、なにしろ飛んでいくのは初めてで、勇ましいことを言っていても緊張が隠せない。


「シャルパンティエ、その軍旗に恥じるような飛行だけはしてくれるな」


「必ずやり遂げます」


 普段はブレスト司令の執務室に安置されている、皇帝への賛辞と紋章の刺繍された軍旗を手にしたジャンヌは堂々と言ってのけた。


「クルチウス、俺は科学には暗いが、訓練でできたなら本番でも科学的に可能なはずだ。間違いないな?」


「そのはずです」


 ベップはパレードの前により安全な装具を完成させようと急いだが、間に合わなかった為に一番固くなっていた。しかし、恐れさえ克服すれば可能である事もまた理解している。


「エスクレド、お前は死を恐れず白梟のハインリヒを仕留めた男の中の男だ。パレード如きが恐ろしいはずがない。そうだな?」


「はい!」


 モーリスはもはや怖いものなしである。パレードに命の危険など存在しないのだ。


「よし、今日の空は俺達が陛下から租借した!出発!」


 その時には既にパレードの先頭は陸軍士官学校の生徒を先頭に凱旋門を出発していた。帝都のそこら中で花火が上がり、群衆は騒ぎ、軍楽隊はあらん限りの力を込めて行進曲を奏でる。下手な戦場よりも余程騒がしいのが皇帝の日だ。


 飛龍隊の順番は最後から2番目である。最後尾は常に外人部隊が独特の歩調でゆっくりと行進するのが帝国におけるパレードの慣例であった。


 世界中の言葉が飛び交う貴賓席でのブレスト司令は終始質問攻めである。飛龍隊が今年のパレードの主役である事は疑う余地がなかった。


 飛龍隊を値踏みする駐在武官の油断ならない際どい質問も、ゴシップを鵜呑みにした大使婦人の頓珍漢な質問も、ブレスト司令はそつなく答えていく。しかし、心中では部下達が気にかかって仕方がなかった。


 だが、飛龍隊の飛行はあっけない程順調であった。雲一つない快晴の空はいつまでも飛んでいたくなるような心地良さで、眼下には飛龍を見ようとする人の群れがあちこちに見えた。


 30分も飛べば喧騒の帝都である。飛龍隊は大通りに並行して帝都を突っ切って飛ぶのだ。


「歴史に残る晴れ舞台だ。派手に行くぞ!」


 横一列に並んだ飛龍隊の一番右側に陣取ったギョームはそう叫んで腰のサーベルを抜き、パレードの行列が目指す宮殿を指し示した。それを合図に飛龍は一斉に速度を上げ、全速力で帝都上空を飛び越えていく。


「飛龍だ!」


 貴賓席で最初に飛龍を見つけて空を指し示しそう叫んだ幸運な人物は、新大陸南部の小国の大使であった。


 帝都のほとんど全ての群衆がその瞬間、上を向いた。4粒の豆のように小さく見えるそれは少しずつ大きくなり、飛龍らしき姿が段々と見えてくる。


 そしてついに飛龍隊は凱旋門の上空を通過し、眼下を進む行列をぐんぐんと追い抜き、宮殿を飛び越えてその裏手の大聖堂脇で散開した。


 飛龍隊は時計を見ながら帝都の建物の位置関係に注意を払い、帝都のどこからでも万遍なく飛龍が見えるように、それぞれが半円を描くようにして飛ぶ。


 飛龍隊が再び凱旋門に至り、着地するはずの時間から逆算して数分前、貴賓席側に陣取った軍楽隊はこの日の為に作曲された『飛龍隊行進曲』を演奏し始めた。


「間もなく飛龍隊があの地点に着地します」


 ブレスト司令は凱旋門の向こうで総勢20人余の帝国の全女性将校が囲む一角を指差した。その一角を近衛砲兵連隊の騎馬に牽引された新型砲の列が迂回しながら凱旋門をくぐり、次々と大通りへと出ていく。


 折良く行進曲は間奏に入った。この間奏は丁度50秒。その間、軍楽隊の傍らで10秒間隔で空砲が撃ち鳴らされる。


 先頭の騎手、ジャンヌとアメジストがこれに合わせて滑空しながら高度を下げ、一発目の空砲と同時に地面に降り立ち、鞍に付けたスタンドから軍旗を取って掲げた。


 貴賓席はその姿にどよめき、その次の瞬間どよめきは歓声に変わった。


「ご覧下さい、あの旗手の姿を。我が陸軍士官学校が送り出した歴代最優秀の女性将校、ジャンヌ・シャルパンティエ・ド・レミ少尉です!」


 ブレスト司令と同席していた士官学校校長のブサック准将がブレスト司令を出し抜いて叫ぶ。


「ブサック君、それはちとずるいぞ」


 ブサック准将の抜け駆けにブレストは苦笑した。


「ブレスト司令、少しは他にも花を持たせないと、妬みを買いますよ」


 ブサック准将が言う通り、今や目の前を通って行く近衛砲兵連隊の勇姿は誰も見ていない。明らかに飛龍隊が主役であった。


 いずれにしても、女性将校が存在することそれ自体が諸外国の人々にとっては驚きであり、ジャンヌが見事に飛龍で帝都を飛んでこうして先陣を切って着地したのはにわかには信じがたい光景であった。


(これならいける。全員ちゃんとやれる)


 軍旗を掲げながらジャンヌは後ろを振り向くわけにもいかず、ただ祈る事しかできない。


 ジャンヌの右側の地点に、やはり空砲の音と同時にギョームとグラディウスが着地した。


「あれが名高いギョーム・パスカル四世ですか?」


「そう。彼こそ帝国一の騎兵です」


 後ろにいたある北国の駐在武官に訊ねられ、ブレスト司令は胸を張る。


(こりゃあ、間違いなく歴史に残るな)


 ギョームはひと仕事終えた安堵でそんな事を考えたが、すぐに思い直した。全員が無事に着地しなければ任務は失敗である。


 だが、ベップとリウィウスは意外にも正確にギョームの背後に着陸してみせて、ギョームを安心させた。


「今皆様の前を通っていく新型砲、そのおよそ4分の1までは他らなぬ、あのクルチウス少尉が砲兵工廠時代に設計したものです」


 ブレスト司令はブサック准将の忠告に従い、旧知の仲の近衛砲兵連隊に来賓の視線を向けさせた。


(まだ、改善の余地はありますな)


 ベップはというと、着地にも、目の前を通っていく砲にもまだ改善すべき点が沢山あるのを発見して興奮していた。今やそれがベップの生き甲斐でさえあった。


 着地スペースは後になるほど狭くなる。つまり、殿のモーリスとスパルタカスが一番難しい。だが、走る列車に飛び移るのに比べれば簡単な仕事だとモーリスには思われた。その着地は見事な物で、ブレスト司令を安心させた。


「白梟のハインリヒ討伐で先陣を切ったのがあのエスクレド少尉です!」


 来賓ばかりか、近衛砲兵連隊に続いて凱旋門をくぐっていく女性将校達も、南方大陸からこの為にやって来て後ろで控えていた外人部隊一個中隊も、このブレスト司令の言葉にはどよめいた。今やモーリスも有名人である。


(飛龍乗りってのは最高だ)


 それがモーリスにも分かった。それだけに嬉しい。モーリスの心にはもはや迷いは消えていた。


 先行した女性将校達が凱旋門を抜けたところでギョームはサーベルを抜き、あらん限りの声で叫んだ。


「飛龍隊前へ、進め!」


 飛龍隊はその掛け声と同時に歩みだした。隊列を崩してはいけないのはもとより飛龍達も承知である。その整然とした様は各国の駐在武官を唸らせた。


 レオ一世が戦勝記念碑として作らせた帝国の象徴、凱旋門を抜けて大通りに出ると、そこには帝都の人々が待ち受けている。


 雷鳴のような大歓声、沿道を埋め尽くす人波、通りの建物から大通りへと突き出て空を覆い隠すほどの国旗の海、天気は快晴だが、大通りにはいつまでも紙吹雪が止むことがない。帝国の精鋭は毎夏こんな熱狂の嵐の中を行進していくのだ。


 この大通りが終わることなく続けばどんなに良いだろうか。パレードに列する幸運と栄誉を得た者は誰しもそう思うのだった。


 しかし、長いようで短い大通りはじきに終わる。熱狂冷めやらぬままに全員が宮殿前広場に整列し、皇帝レオ三世に敬礼してパレードは終わる。


 そして、皇帝に敬礼した誰もがまた来年もこのパレードに列する事を願いながら、フランコルム帝国を守る役目に戻っていくのである。勿論、それは飛龍隊も例外ではなかった。



 銃と蒸気と飛龍乗りはこれで「一旦」完結となりますが、次のシリーズも既に用意しております。


 近日中に投下予定ですので、どうぞお力添えにブックマークや感想をよろしくお願いいたします。

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