2.魔女の初仕事

——シュオーネ王国 北方の町ラーザ


 シュオーネ王国は、大陸北東部にある比較的大きな国だ。王都があるのは、今いるラーザより南へ下り、国一番の港町より少し内陸部。

 そしてそこに女神様を祀る大神殿もある、というのは、この国に生まれた人なら誰しも知っていることで、生涯に一度は訪れるべき聖地と言われる。


(まぁ、私には関係のない話だけど......)


 なぜならラーリアは、女神様の怒りに触れた『女神の堕とし子』だから。


 全知全能の女神様は、この世界に住む人々それぞれに、生まれたときから変わることのない運命をお与えになるという。人々は女神様に祈りと感謝をささげ、死後に女神様に褒めていただけるように善行を積むのだ。

 ただ、それをきっかりしっかり守っている人はどれだけいるだろう。少なくとも、 貴族や王侯は、建前上は神殿やそこに仕える神官に一目置き、祈祷も儀式も熱心に行う。でもそれは、女神を信じているというより、周りの目を恐れているからだ。そして、王よりも力を持つ神殿に目の敵にされないためだ。

 と、ラーリアは思っている。

 だからこそ両親も、ラーリアが『女神の堕とし子』だと知ったとき、その不幸が自分たちに及ぶことを恐れて追い出すよりも、自分の娘がそうだという事実を周りに知られないように神経を尖らせていたのだ。


 何にせよ、ラーリアには祈りを捧げるような信仰心はない。祈祷室には近寄るなと言われていたし、懺悔を捧げて運命を変えてもらおうとも思っていない。

 とはいえ、他人の信仰心を馬鹿にするつもりもない。支えがあるから安らかに生きられるというのも確かだし、何より、ラーリアが不幸を呼ぶのは事実だから。つまり、女神様はいるのだ。皮肉なことに、『女神の堕とし子』だからこそラーリアはそれを知っていた。


 そしてその不幸——運の悪さは、今日もラーリアに訪れる。


「せっかく、おじさんに初心者が受けるべき依頼を聞いたのに」


 ラーリアは森の中でひとりごちる。

 ラーザについて真っ先に向かった冒険者ギルドで受けた依頼内容は、白尾鳥ハクビチョウの卵の採取。白尾鳥はその名の通り、白く長い尾が特徴の鳥で、木の根元に巣を作る。親鳥は警戒心が強くビビりで、人の気配を感じるとすぐに逃げるので、卵の発見・確保自体は何ら難しいことはない。一般市民が食用として親しんでいるくらいのものだ。

 ただ、その殻は薬にも使われるということで、しばし大量の採取依頼が出されるらしい。

 初心者として気をつけるべきは、卵がとても割れやすいので、たくさんとって帰ってきたと思ったら全部割れていてもう一往復、という事態くらいだろうか。

 『森に入ってすぐですし、魔物はよほど運が悪くなければ出ませんので安全ですよ』とは、受付のお姉さんの言だ。そしてその言葉を聞いたときからずっと、ラーリアは嫌な予感がしてしかたなかった。


 かくして今、ラーリアは、四方から迫る狼のような気配に溜息をついた。


(走ったら......割れるか)


 卵はちょうど、いくつかの巣を回って依頼の数を集めたところ。やり直しは避けたかった。

 どうしようか考えるうちに、じわじわと距離を詰めてくる魔物たちの姿が見えた。前後左右から一頭ずつ。グルルルと唸りながらにじりよる魔物は、教科書の挿絵と照らし合わせれば群れる魔狼リオンに違いない。


 一頭のリオンがグルルッと短く鳴いた。


 ラーリアはそれでも焦ることなく、頭の中の引き出しを引っ張り出す。

 確か——そう、狡賢いため、こちらの強さを見せつければ二度と襲ってこないと記述してあったはずだ。


 四頭のリオンが一気に距離を詰めてくる。牙を見せつけ、爪を引っ掛けようと飛びかかる。


我、偉大なる竜なりリントヴルム


 ラーリアが謳うように呟くと、リオンが一斉に動きを止めた。訝しむようにラーリアを睨むと、唸り声を響かせながらも、そろそろと後退する。


 やがて、先程襲撃の合図をかけた一頭が短く吠えると、リオンはあっという間に森の奥へと去って行った。

 ラーリアは構えていた杖を下ろす。どうやら、竜の威を借りた幻影魔法は上手くいったらしい。


「......リオンの群れには、動きを仕切るリーダーがいる、と」


 それを心のメモに刻むと、ラーリアは卵の無事を確認し、ラーザの町へ戻る道に足を向けた。


 ちなみに、幻影魔法の威圧は周囲にも効果があったらしく——ラーリアの制御が甘かったともいえる——帰り道の森は、白尾鳥も、ほかの小さな獣たちも、皆、姿を潜めていた。

 その結果、あとでそこへやってきたほかの冒険者たちの依頼遂行を間接的に邪魔したことを、ラーリアは知らない。


 ラーリアはすこし、自分でも気がつかないくらいには、浮かれていたのだ。部屋に閉じこもり勉強ばかりする日々から、自由に外を歩けるようになったことに。

 リオンも撃退できたし、卵の採取も一度で終えられそうだ。

 その幸先の良さは、16歳の女の子が『今日は良い日だった』と思うには十分だった。



——だから、静まり返った森の中、爛々と光る双眸をラーリアに向ける影に気がつかなかった。

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