第2話
開いた窓から冷たい風が流れ込んでくる。
先に沈黙を破ったのは影だった。
「……あの、あなたは?」
しっとりと落ち着いた声だった。動揺しているのか、僅かに声が震えている。
「……え? 私?」
土足で
「私は恵美。
「え、み?」
影はしばらく首を捻ってから、急にかしこばってお辞儀をした。
「あ、ども。初めまして。僕、わたらい まさやです」
「……まさ…や、くん。どうも、初めまして」
なんとも間の抜けた会話だ。
女が一人で留守番をしている部屋に突然不法侵入してきた謎の男、誰がどう見ても危険な状況だ。不審者相手に「どうも」などと呑気に挨拶を交わしている場合ではない。
恵美の不安気な視線に気付いたのか、まさやは慌てて言葉を付け足す。
「急にすいません。僕、
「え? 明日香の? ……ああ、そうなんだ」
それを聞いて恵美の警戒心も少し緩んだ。
自由奔放な彼女なら、こんな非常識な時間に女の家を訪ねて来る友人がいてもおかしくはないだろう。
謎が解けてほっとした恵美は、遠慮なく相手を品定めした。
窓の外にいた時は顔の造形まで把握できなかったが、これくらい近い距離なら十分に判別可能だ。
髪の色は黒、整髪料を使っていないのか髪質はサラサラで清潔感がある。
背は恵美よりも10センチほど高めで、170センチくらい。白いダッフルコートを着用しているため体型は分からないが、顔つきからすると華奢な方だろう。
年齢は不詳だが、あどけない表情から推測すると、たぶん恵美と同じ高校生くらい。
ひととおりまさやの全身に目を向けた恵美は、小さく頷いて微笑んだ。全体的に見て<悪くない>これが相手に対する第一印象だった。
「まさや君、だっけ? せっかく来てもらって悪いんだけど、明日香たちは家族旅行でハワイなの」
「へ?」
まさやは気の抜けた声を出す。
明日香から何も聞かされていなかったのだろうか。
「知らなかった? 私たち毎年、年末年始は海外で過ごすのよ」
「……ああ、そう言えばそんなこと言ってた気が」
まさやは何かを思い出したように「あちゃー」と呟いて頭を掻く。
「だから悪いけどもう帰……」
そう言いかけた恵美の言葉を遮って、不思議そうにまさやが口を開く。
「お姉さんは、何でいるんですか?」
「私? 私は来年大学受験だから、旅行なんて行ってる余裕ないわ」
「へぇ~、大学かぁ。どこ行くんです?」
初めて会ったにも関わらず、まさやは興味津々でぶしつけな質問を繰り返す。
好奇心なのか、何らかの意図があっての事なのかは分からないが、ずいぶん詮索好きな男だ。
柔らかそうな雰囲気に騙されそうになっていたが、なんだか得体の知れない人物だ。恵美は幾分か警戒心を強めながら、適当に話を切り上げようとした。
「T大」
「うわ、すごい。秀才じゃないですか」
「そんなことないわ。まだ受かったわけじゃないもの。それじゃあ、そろそろ遅い時間だから」
「あ、外寒いんで窓閉めますね」
まさやはそう言ってダッフルコートと靴を脱ぐと隅の方に丸めて置く。そして開いたままだった窓を閉め、毛足の長い絨毯の上に腰を降ろした。
あまりにも自然な流れだったため、まさやの行動に疑問を挟む余地がなかった。
今の状況が全く飲み込めていない恵美に向かって、まさやは子供のように無邪気に笑いかけた。
「せっかく来たんだし、お茶でも飲んで帰ります。イヴに男一人ってのも
靴の汚れが絨毯に付かないよう自身のコートで包む気遣いは持ち合わせているのに、女ひとりの家に無断で上がり込み居座ろうとする無神経さが恵美には理解できなかった。
しかも、こちらがお茶を出すことが当たり前のような物言いには、怒りを通り越して呆れの方が勝ってしまう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます