イヴの訪問者

MARU助

第1話

薄暗い部屋を照らす光源は、窓から差し込む月の光だけ。

それさえも朧げで、ともすれば消えてしまいそうだ。


恵美は、綺麗に片付けられた学習机に突っ伏して、まぶたを閉じていた。眠っているわけではない、意識はちゃんとある。ただ、しばらくこうして頭の中を整理する必要があった。


何故自分はこんなところにいるのだろう。真っ暗な部屋で、暖もとらずひとり寂しく過ごす17歳。

今夜はクリスマス・イヴ。街中の人が浮き足立つ幸せな日に、こんな毒々しい感情を抱いている人間は、自分をおいて他にはいないだろう。


恵美は体を起こし、両手を擦り合わせて息を吐く。その形が白い煙となり、ふわりと浮かんですぐ消えた。


――寒い。


暖房くらいなら入れても構わないだろう。

そう考え、イスから立ち上がって部屋を見渡す。


綺麗に掃除された絨毯の上には、 ちりひとつ落ちていなかった。

そればかりか学習机は丁寧に整理整頓され、本棚の本は高さ順に揃えられ、清潔なベッドカバーには皺ひとつない。見渡せる範囲をざっと確認しただけで、この部屋の住人がどれほど几帳面な性格なのか読み取ることができた。


シンプルだけれど、殺風景ではない。

部屋のあちこちに置かれた観葉植物や、品のいいガラス製の置物が、住人のセンスを伺わせる。


「これは全て私のもの……斎藤恵美<さいとうえみ>のものよ」


唐突に湧き上がってきた黒い感情に抗うことが出来ず、恵美は発作的に手近にあった観葉植物の鉢植えを棚から払い落とした。


鉢植えはふかふかの絨毯の上に落下し、土を撒き散らしながらコロコロと転がった。

破損こそ免れたものの、毛足の長い絨毯に入り込んだ土を片付けるのには手間取りそうだ。


――面倒くさい


咄嗟にそう思ったが、このままにはしておけないだろう。

恵美がゆっくりと鉢植えに手を伸ばそうとした瞬間、


 コツン


背後で音がした。


何かが窓に当たったような、固い音。

それが窓を叩く人の手のように思えた恵美は、素早く振り向いて、驚きで息を呑む。

ベランダへと繋がる大きな窓に、影絵のように真っ黒の人影が映りこんでいたのだ。


こちらを覗きこんでいる相手の顔は、月明かりではっきり見えない。


「……誰?」


恵美は反射的に一歩後づさって、部屋を飛び出ようとした……が、少し遅かった。

窓は開いていた。

その影は躊躇うことなく室内へ足を踏み入れ、恵美の前に立った。


恐怖で動くことができない。


恵美と影は、数秒間物言わずお互いを凝視した状態で立っていた。

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